村田 聖子の決断(3)

 思わず目を見張って顔を上げる。


「そんなに驚かなくても」

 と言って、微笑んでいる。


「私の妹も引っ込み思案で、人付き合いが苦手にしているのを見ているからね。

 ちょっとした行動を起こすのにも、色々と葛藤した挙げ句、何も出来ないのを何度も見てきたから。

 だから、きっと必死だったんだろうなと思ったのよ」

 と言われ、思わず泣き出してしまった。


 しばらく泣いた後、正気に戻った途端に物凄く恥ずかしくなった。

 軽蔑されただろうと思いながら顔を上げると

「どう?少しは気が晴れた?」

 と聞かれ、キョトンとしてしまった。


「その顔が素の様ね。改めて自己紹介しよっか?」

 と言われ頷いた。


「私は、1年C組の和田わだ 佑里香ゆりかよ。

 趣味は裁縫よ。

 得意科目は英語で、苦手科目は数学。

 両親は、共に防衛課に所属しているわ」

 とスラスラと言われた。


「ほら、村田さんの番」

 と言われて

「えーと、村田むらた 聖子しょうこです。

 趣味は、かわいい小物集め。

 得意科目は、家庭科かな。

 苦手科目は、数学と物理。

 両親は、二人共自衛官です」

 と言うと

「親は自衛官か。

 体格が良いのは、何かスポーツとか格闘技とかやっていた?」

 と聞かれたので

「剣道と柔道は、小さい頃から無理やりやらされていたから、一応有段者だよ」

 と答えると

「おお凄い」

 と言ってくれた。

 私がちょっと恥ずかしかった。


 その後は、家庭の事や訓練の事や趣味の事等々、夜遅くまで色々な話をした。


 翌朝、普段通り朝6時に起きる。

 ベッドから抜け出すと和田さんも起きた。


「ごめん。起こした?」

 と言うと、スマホの時間を見て

「大丈夫。いつもこの時間に起きているから」

 と言われ、彼女も朝の身支度を済ませた。


 6時30分になったので、和田さんと一緒に食堂に行って朝食を食べる。

 私達が食べ終わった頃に岸さんと三村さんも食堂にやって来た。


 二人は和田さんが一緒に居る事に驚いていたが、事情を説明すると納得した。

 二人は食事をしながら4人で色々と話しをした。


 まだ、朝の7時30分過ぎだが訓練着に着替えて教育官室に向かう。

 教育官室には、既に何人かの教育官が来ている。

 土曜日は、研修生訓練が行われるから担当教育官が出勤しているのだ。


 扉をノックして

「失礼します」

 と大きなお声を出してから扉を開く。


 教育官達の視線が一斉に注がれる。

 思わず後ずさりしそうになると、岸さんと三村さんが背中に手を当てたので後退できなかった。


 教育官の1人が

「お前らどうした?」

 と聞いてくる。


 恐らく普通に言っているのだろうが、昨日の件もあって威圧的に聞こえる。

 頭が真っ白になりながらも直立不動の姿勢で

「申し訳ありませんがお時間を少しください」

 と声を張り上げた。


「良いだろう。入れ」

 と許可が出た。


 私達が教育官室に入ると

「そこに座れ」

 と言われ指で指示された場所には、長方形の会議机と椅子が対面に3脚ずつ設置されていた。

 その机の片側に3人揃って座ったのだが、また私が真ん中に座らされた。


 対面の真ん中の椅子に厳島教育官が座った。

「それで話とはなんだ?」

 と言われた。


「自分達は、派閥とグループを抜けました」

 と言うと、厳島教育官だけでなく周囲に居た教育官の視線が突き刺さる。


「派閥の幹部達は、神城さん達1年生の首席達を武道の訓練中の事故にみせて怪我をさせろと指示しました。

 また悪評をばらまき、信頼を失墜させる様にと指示しました」

 と上ずった声で述べると

「それで派閥を抜けて、その事を報告に来たと?」

 と言われ

「その通りです。

 私達には派閥の行動を止める力はありません。

 なので、寮監と教育官に事実を報告する事が精一杯です」

 と答えると

「お前達の言い分は分かった。何か証拠になる物はあるか?」

 と言われた。


 私はその様な物を何一つ持っていない。

 どうしようと思っていると、三村さんがスマホを取り出し操作すると昨日の女子寮の談話室での1件の音声が再生された。

 教育官達は黙ってそれを聞いた。

 再生が終わると別の教育官が

「その音声データのコピーを貰えないか?」

 と言われ、三村さんは二つ返事で応じてその教育官の元に移動した。


「校内の不穏な行動に対する情報提供を感謝する。

 お前達3人の刑を減刑しようか?」

 と厳島教育官から提案されたが、私は

「いいえ、減刑はいりません。

 今回の不祥事は、自分達の甘さから招いたものです。

 それに元仲間とはいえ、減刑の為に売る様な行為は出来ません。


 まだ行動を起こしていない事柄で評価されても困ります。

 未然に防げるなら、それに越した事はありません」

 と答えると、厳島教育官はニヤっと笑った。


 隣に座っている岸さんが、小さな悲鳴を上げて腕にしがみつく。

 その位迫力のある笑い顔だ。

 でも、自衛官の官舎だとよく見た笑顔なので私は大丈夫だ。


 厳島教育官は

「お前達の気持ちを汲み取って、未然に防ぐ事に注力しよう」

 と言ってくれた。


「ありがとうございます」

 と言って、頭を深々と頭を下げる。


「他には何かあるのか?」

 と問われ

「来週の月曜日の朝、ホームルーム前に神城さん達に謝罪したいと考えています」

 と伝えると、少し考え込んでから

「それは構わんと思うが……、恐らく、簡単には謝罪を受け取って貰えないぞ」

 と言われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る