伊吹 明日香 1学期中間テスト後の日曜日(完)

 彼女は、自分のベットに座り私を睨んでくる。

 私は、彼女を無視して自己鍛錬を続ける。


 彼女は急に怒り出し

「なんで、あんたは全てを手に入れているのよ。

 学業も優秀。

 能力訓練も優秀。

 そして、彼氏まで手に入れて。


 どうしてよ。

 どうして、私は何も無いのよ」

 と叫んだ後、泣き崩れた。


「だからなに?

 私に同情しろと?

 それとも、ただのひがみ?」

 と冷たく言い放つ。


 彼女は、顔を上げ私を睨み

「全てを手に入れたリア充のクセに」

 と怒鳴る。


「アホくさ。

 それって私を悪役に見立てて、自分を悲劇のヒロインに仕立てているだけじゃない。

 それで同情してもらえると思っているの?

 結局の所、何も努力していない自分を慰めているだけじゃん」

 と言うと

「私の何が分かるって言うのよ」

 と叫ぶ。


「何も知らないし、分からないわ。

 それに知りたいとも思わない」

 と答えると

「なんて冷たい人」

 と言うから

「鏡見た? 貴方の酷い顔をみたら誰だってそう思うわよ」

 と言うと

「自分が可愛いからって図に乗って」

 と喚き散らす。


 私は、机に置いていた鏡を彼女の眼の前に突きつけ

「ほら、自分の顔を見なさい。

 黒くくすんだ肌、窪んだ目、酷い隈、鬼の形相、眉間の深い縦皺、歪んだ輪郭。

 誰が見ても醜いわよ」

 と怒鳴りつける。


 彼女は、鏡に写った自分の顔を見つめ、鏡を両手で持ち鏡を見つめながら床に崩れ落ち

「うそ、これが私」

 と落ち込んでいる。


「今の貴方は、最初に会った頃の面影が全く無いわよ。

 この1ヶ月何をしていたの?」

 と優しく問うと、彼女は顔を上げ涙を溜めた目で私を見た。


「どうしてそこまで必死になっているの?」

 と言うと

「私は、ただ強くなりたかっただけ。

 認められたかっただけ」

 と弱々しく言う。


 私は、大きなため息が出た。

「人を辞めても必要なこと?」

 と聞くと

「人を辞める?」

 と返す。


「そうよ。

 人の心を捨て、他人を羨み恨む。

 そんな鬼女みたいになってまで、何で力を欲しているの?

 一体誰に認められたいの?」

 と問うと

「私は、私は……」

 号泣を始めた。


 私は、静かに部屋を出て寮監室に向かう。

 私が強くなりたい理由は、男性恐怖症の克服の為だ。

 特に年齢が近い男性は、特にダメだ。

 最近はだいぶマシになったとは言え、本来なら男性の側に居たく無い。

 強くなった事で一般人相手にはだいぶマシになった。


 それなのに零士君と章君は、なぜか平気。

 零士君と一緒なら、全く気にならなくなった。


 私が強くなりたい理由と彼女が強くなりたい理由は、大きく違う。

 私では対応出来ないので、寮監と相談する事にした。


 今日は、寮監の富野さんが居た。

 状況を話しどの様に対応したら良いか相談すると、一緒に部屋に行ってくれる事になった。

 富野さんと共に部屋に戻っても彼女は床に伏せて泣き続けていた。

 富野さんが一喝すると、びっくりしたのか泣き止んだ。

 顔を上げさせ彼女が何を思い、何を考え、何をしようとしたかを問いただした。

 彼女は、支離滅裂ながらもそれらに答えた。


 どうやら彼女は、小・中学校で唯一の能力者と言う事で、随分とちやほやされていた様だ。

 その為、かなりプライドも高かった様だ。


 そんな彼女は、訓練校でその他大勢になってしまった事実を受け入れる事が出来なかった。

 だから、必死に這い上がろうと足掻いていたが結果を残せない。


 しかも彼女が属している派閥は、上昇志向が強く、他者を排斥してでも上に登ろうとする派閥なので、結果を残せない彼女を派閥の上級生は叱責する。


 だから更に足掻くが、成績は上昇するどころか下降の一方。

 その為、派閥内の順位も下がる一方。


 上級生は、そんな彼女を叱責し馬鹿にして小間使いに使いにする。


 そんな負のスパイラルに陥った彼女に取って、自分と真逆に見える私を一方的に恨んでいた様だ。

 私と零士君が、ド◯キで一緒に買物をしているの見て爆発したみたいだ。


 私からすれば、迷惑千万で同情の余地も無い。

「ただの自滅でしか無いのに」

 と思って横で聞いていると


 富野さんは

「ちょっとこの子を連れて行くよ」

 と言う。


 私が

「どうぞ」

 と言うと

「少し治療が必要だから、数日は帰ってこないと思う。

 だから気にしないで欲しい」

 と言った。


「治療?」

 と聞くと

「この子は、適応障害を発症している。

 だから治療が必要なのさ。


 毎年数人発症するんだよ」

 と言って、彼女を立たせて連れて行った。


 私は、ボー然と見送った。

 アレ、病気なんだ。


 彼女が戻ってきたのは、3日後だった。

 私に会った彼女の開口一言目は「ごめんなさい」だった。

 彼女は、カウンセリングと投薬治療を受け、富野さんから成長出来ない理由と原因を教わり派閥を抜けたそうだ。

 そして私に

「自分のペースで頑張ってみます」

 と言った。


 彼女の顔は、以前と比べ物にならない程穏やかになっていた。

 まさに、憑き物が落ちたとはこの事だろう。

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