山田 零士 ゴールデンウィーク 訓練校1年目(11)

「いえ、章も居ます。トイレに行ったまま帰ってきていません」

 と俺が答えると

「そうか」

 と言って、俺の対面の椅子に腰掛けた。


「今日はどうしたのですか?」

 と俺が問うと

「今日は、俺が宿直担当だからな。

 お前達の様子を見に来たのさ」

 と言って俺達を見渡した後

「午後は、俺が指導してやろう」

 と言うので、二人揃って

「「お願いします」」

 と答えた。


「ところでお前ら」

 と言って真剣な表情をされた。

 俺と明日香さんは、息を呑む。


「付き合うのは構わんが、避妊だけはしろよ」

 と言われたが、頭が真っ白になった。

 思わず、明日香さんを見ると耳まで真っ赤にして、両手で顔を伏せてしまった。


 そんな俺達を見て

「初々しいな」

 と言って笑っている。


「厳島教育官。普通、不純交際をするなとか言いませんか?」

 と俺が、声を絞りだして聞くと

「ん。そうか?

 普通の高校ならそうかもしれんが、ここは訓練校だ。

 集まっているのも、能力者ばかりだ。

 だから、一般的な青春なんて送れない。

 だからこそ、短い時間でしっかりと青春する事は重要だぞ。


 対魔庁に入庁したら、より一層世間から隔離されてしまう。

 訓練と実戦ばかりだからな。

 だから、そこまで堅い事は言わん。


 だが、合意無き性交や暴行を受けたら遠慮無く女性教育官や寮監に言え。

 悪いようにはしない」

 と真剣な眼差しで語られた。


「とは言え、在校中に妊娠させたら、結婚可能年齢になったら強制結婚させるぞ。

 そうなったら、離婚は不可能だと思え」

 と脅してくる。


 俺が何か言おうとしたら、手で止められた。

「今の関係の話をしているのではない。

 これから起こるかもしれない事に対して訓示をしているだけだ。


 実際この話は、毎年夏休み前に訓示している内容だ。

 だから、特別な事を話している訳ではない」

 と言われた。


 俺と明日香さんが呆然としていると

「まあ、お前らなら問題を起こさないと思っているが、万が一があるかも知れんから、今話しただけだ」

 と言って豪快に笑い出した。


「問題を起こすつもりは有りませんが、カップルを推奨している様な口ぶりなのは何故ですか?」

 と俺が絞り出す様に質問をすると

「そりゃあ決まっているだろ。

 下手に禁止や規制を掛けると、隠れてヤル連中が増えるからだ。

 だったら、最初からある程度公認した方が、無駄な事故が減るというのが理由の1つだ。

 あとはだな。

 出生問題もある」

 と言うと厳島教育官は、頬を人差し指で2・3回掻いた。


「お前らに言う事では無いのだが。

 ここからの話は、授業でもやらないし、入庁後も教えられる事は無い。

 お前らの中でしまっていて欲しい」

 と言って、俺と明日香さんを見た。


 俺と明日香さんが頷くと

「能力者の子供が、能力者になる確立は100%では無い。

 両親が能力者なら75%位の確立で能力者になるが、片親のみが能力者の場合、40%以下になる。

 2等親以内に能力者が居る場合は、10%位だ。

 それ以外だと、1000人に1人生まれるかどうかだ。


 意外と少ないだろう。

 だから、能力者同士のカップルが理想なのだ。

 それを阻む行為は、極力避けたいという思惑が1つ


 それにな。

 入庁すると出会いはあまり無い。

 そのせいか、生涯独身率が20%もある。


 生涯独身って言うのも、気楽で良いのかも知れんが。

 俺は、カミさんと出会ってから迷惑を掛けたし、助けられもした。

 だから、感謝もしている。

 伴侶が居る人生も良いものだと思っている。


 だから人生の先輩としは、学生の内からカップルになるのを密かに応援したくなるのさ」

 と言った後

「絶対、他の人に言うなよ」

 と念を押された。


 俺と明日香さんが無言で頷く。

 厳島教育官が大きく頷いた時、訓練室側の扉が開き

「あれ、厳島教育官が居る」

 と厳島教育官の後ろ、扉を開けた章が言った。


「やっと戻ってきたか。午後の訓練を始めるぞ」

 と言うと立ち上がり、章を回れ右させて、章を訓練室に押し出しながら移動して行った。

 俺と明日香さんも立ち上がり、訓練室に移動した。


 厳島教育官の指導の元、俺と明日香さんは魔力纏身まりょくてんしんを行い。

 章は、魔力の最大出力維持を行う。


 3時まで訓練を行うと

「よし、お前ら休憩だ」

 と言うと、財布を取り出し

「奢ってやるから、これで好きな飲物買ってこい。

 俺のは、適当にコーヒーを買ってきてくれ」

 と言ってお金を渡された。

「飲み物を買ったら直ぐに戻ってこいよ。

 俺は、ちょっと教育官室に行ってくる」

 と言い残して出て行った。


 俺達は、気分転換を兼ねて3人で買いに出た。

 厚生棟の自動販売機で、人数分のジュースを買い、魔力制御訓練棟の休憩室に戻ったのだが、その途中で誰とも会わなかった。

 やはり、連休中に構内に居る人は少ないのだろう。


 休憩室に戻ったが、厳島教育官はまだ戻って居なかった。

 厳島教育官が戻って来るまでゆっくりしようと言う話になった。

 なので、カバンからポテトチップスを取り出し、皆で食べる事にする。


 ポテトチップスが半分位減った頃に、厳島教育官は戻ってきた。

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