山田 零士 ゴールデンウィーク 訓練校1年目(7)

「その神城って、OGの人達が機動戦略隊隊員を100人抜きした化け物って言った。

 神城じゅんいの事よね」

 と伊吹さんは、記憶を辿る様に恐る恐ると言った感じで疑問を口にした。


「ああ、その神城で合っている。

 ついでに言っておくが、准尉って言うのは、名前で無く階級な」

 と俺が言うと、伊吹さんは黙り込んで肩を震わせている。


 俺がなんて声を掛けようか迷っている時

「えー。山田君って、あの娘と知り合いだったの」

 と絶叫を上げたて更に言い募ろうとしたので、慌てて伊吹さんの口を右手で塞ぐと、左手で体を引き寄せる。

 胸元に頭を抱え込む様に頭を固定した。


 俺は、注意深く周囲を確認し耳をすます。

 胸元で唸る音以外は聞こえない。

 更に能力アビリティを使い、周囲に薄い氷の魔力の波動を放つ。

 この魔力が物や人に当たると反射する。

 反射した魔力から、距離と方角、更に大体の温度がわかる性質を利用して、レーダーの様に使い周囲を確認する。

 幸い、俺の検知領域以内に人は居なかった。

 ホッと一安心した所で、自分の状況を確認する。


 俺は、伊吹さんを抱きしめている状態だ。

 ……

 一気に血が頭に登った。

 自分の血流の音が、鼓膜を破らん限りの大音量に聞こえる。

 おい、俺、何をやっている。

 どうしたらいい。

 どうしたら。


 やわらかい。

 取り敢えず離れよう。


 腕の中の温もりを感じる。

 …おい、何を考えている。


 髪からシャンプーの匂いがする。

 ……

 えーと、離れた方が良いよな。

 ……

 えーとそれから、謝ろう。


 俺は、ノロノロと伊吹さんを開放して

「すまん。大声を出されて思わず行動してしまった」

 と謝る。


 伊吹さんは、耳まで真っ赤にして口をパクパクしている。

 多分、俺も耳まで真っ赤になっているだろう。


 お互い何も言えない状態のまま、数分硬直していたと思う。


「やっぱり、強引だよ」

 と伊吹さんが呟く。


「いや、その、すまん。

 ただ、俺達と優の関係は黙っていて欲しい」

 と懇願こんがんする。


「どうして?」

 と少し弱々しく聞こえる声で問われた。


「俺達と離れた優が、自分の道を歩み始めているの邪魔をしたくない」

 と言った後、俺は首を激しく振った。


「違うな。

 それは、都合の良い言い訳だ。


 いつも一緒だったのに、気がついたら遙か先を歩くあいつが羨ましい。

 いつも一緒だったのに、置いていかれて悔しい。

 いつも一緒だったのに、居なくなって寂しい。

 居なくなったあいつに、心の何処かですがっている自分がいる。

 いつも一緒だった頃と変わらない関係に戻りたいと思ってしまう。


 そんな情けなくて弱い自分が嫌いだ。

 だから、強くなりたい。

 面と向かって、『俺達は幼馴染だ』と言えるだけの強さが欲しい。


 だから、幼馴染という過去にすがると、自分の足で立てなくなる。

 だから、今は離れるべきだと考えている。


 だから、お互いの関係が知られていない今は好都合なんだ。

 だから、秘密にしてくれ」

 と一気に捲し立ててしまった。


 息を整え

「すまない。ずいぶんと情けない姿を見せてしまった」

 と出来るだけ落ち着いた声を心掛けて喋った。


「好きだったの?」

 と意外な質問が来た。


「好きか。好き嫌いで言えば、好きなんだろう」

 と言うと、ちょっと沈んだ様に見えた。


「ただ、俺に取って優は、幼馴染であり、兄弟の様な関係だった。

 そして、いつも3人で居るのが当たり前だった。


 俺と章が優を振り回し、優が俺達をまとめていたんだ。

 その中心が居なくなったんだ。

 だから、元の形に戻りたいと言う思いが一番強いんだと思う。


 それに、優は、とにかくお人好しで、トラブルに巻き込まれやすかった。

 だから、俺と章で守らなければという思いもあった。


 だから、あいつを守れる様に強くなってからでないと、元の関係に戻れないっと思いこんでいたんだ。


 だけど、それがどれだけ傲慢ごうまんで不可能な事なのかを、師匠達に教えられたからな。

 今は、優の力になれるだけの実力を身に着けたいと思っている。


 だから、優の慈悲じひすがりりたくないんだ。

 ただの自己満足だと分かっている。

 それでも、自分の足で立つ為にも、新しい関係を築く為にも、今は離れる必要があると思える様になったんだ。


 だから、特に男女関係云々を言われても、お互い意識した事なかったと言うのが答えだな」

 と言うと、伊吹さんは考え込む様な素振そぶりをして、ブツブツと何か言っているが、聞こえない。


「まあ、いいわ。あの娘との関係は秘密にしてあげる」

 と言ってくれた。

 それと、なぜだか不明だが、伊吹さんの機嫌は直った様だ。


「それは助かる。ありがとう」

 と答えると、はにかんだ笑顔を返してくれた。


 少し照れくさかったが、時間が時間なので

「そろそろ、寮に戻ろう。門限が迫ってきた」

 と言うと、近くに設置されている時計を見て

「もう、こんな時間!」

 と驚いていた。


「よし、帰ろう」

 と言うと

「チョット待って。明日はどうするの?」

 と聞くので

「能力訓練と試験勉強をするつもりだ」

 と答えると

「私も一緒しても良いかな」


「もちろん。構わない。

 8時に魔力制御訓練棟に集合で良いか」


「ええ、問題ないわ」


「それと、お昼と着替えは持って来てくれ」


「お昼は分かるけど、着替えは?」

 ちょっといぶかしった顔をしたが

「訓練帰りにシャワーを浴びてから、寮に戻った方が合理的なだけだ。

 別にやましい事は無いぞ」

 と言うと

「ふーん。まあ、信じてあげましょう」

 と言って、コロコロを笑った。


 その後は、それぞれの寮に戻った。

 部屋で、マスターから貰ったカツサンドで夕飯を済ました。

 食後は、読みかけの小説を読んでいたが、頭に入って来ない。

 読むのを諦めると、どうしても先程の遣り取りを思い出してしまう。

 思い出しては、一人で悶えていた。

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