山田 零士 ゴールデンウィーク 訓練校1年目(4)

「要は、今俺達が行っている訓練の上位的なものを、戦術課の隊員達や師匠達でも苦戦するものを行っているわけか。

 確かに、追いつくのが容易では無いな」

 と俺が言うと

「なにそれー。

 なんでそんなに差が着いたのよ。

 だって、最初の頃は、私達よりかなり低かったのに」

 と伊吹さんが驚きからか、絶叫に近い声で言った。


「何をどうすれば、この様な事になるのか皆目検討がつかない。

 だから、天才と言ったんだ。

 実際、そうとしか表現できんからな」

 とマスターが締めくくった。


「あのー、神城じゅ、んい?が例外と言うのは?」

 と伊吹さんが聞くと

「現役の戦術課、特に機動戦略隊相手に100人抜きをした化け物だぞ。

 訓練生と比較する意味がない」

 と土森さんが投げやりに言った。

 伊吹さんも絶句している。


 そう言えば、章がずいぶんと静かだな。

 こういう事には、人一倍騒ぐ奴なのにと思って章の方を見れば、両手を組み、俯いていた。

 良く見ると組んだ両手の指に、かなりの力が籠もっているのが見て取れる。

 どうやら悔しすぎて、言葉を失っていた様だ。


 休憩後は、気持ちを入れ直し、訓練に没頭した。

 訓練は、17時まで続けられた。


 お昼?

 お昼は、師匠達が奢ってくれた。

 しかも帰り際に、カツサンドまで持たせてくれた。


 伊吹さんは、この連休中ずーとここに通い詰めたいと言ったのだが、師匠達の都合もあるのでそれは叶わなかった。

 取り敢えず、次回は後半3連休の初日になった。

 ならば、ギリギリまで訓練すると言い出したので、この時間になった。


 本当は15時位に終えて、時間に余裕を持って買い物をしてから寮に戻りたかったのだが、それはもう済んだことだ。


 そして、帰りのバスの時間だが、風呂(連休はシャワーのみ)に入る事を考えると18時13分のバスとなり、門限に間に合う事を考えると19時13分のバスしか無い。


 魔力纏身まりょくてんしんの訓練だから、あまり派手な動きは無いが、それでも汗はかいている。

 風呂には入りたいから、18時13分のバスには乗りたい。


 伊吹さんはショッピングモールへ行こうとしていたが、驚安の殿堂までは歩いて10分の位置にある事と、ショッピングモールがここカフェ月光から駅を挟んで反対側にあり、走って10分で着くかどうかという距離だったので、驚安の殿堂へ行くことになったのだ。


 驚安の殿堂からバス停までの移動時間は15分、バスの発車時刻の10分前にはバス停についていたから、買い物に38分は時間が取れる。

 その事を章と伊吹さんと確認した後、お互いにメッセージを交換してからお店の入口で分かれた。

 明日、明後日の食料を確保するべく、大急ぎでお店を周る。

 寮の自室に電気ケトルが有り、共有スペースには電子レンジが置いてあるので、常温保存可能なパックご飯とレトルト食品、カップラーメンとカップ焼きそば、あとはお惣菜パンや菓子パンを選ぶ。


 おっと、お茶とコーヒーが切れかかっていたんだ。

 お茶のティーパックとインスタントコーヒーも買い物カゴに入れて会計に向かう。

 会計を済ませ、リュックに詰め込み、待合場所で待機する。

 集合時間を2分過ぎた頃に章がやって来た。

 5分を過ぎても伊吹さんはやって来ないのでメッセージを送ると、直ぐに行くと返事が返って来た。

 伊吹さんが来たのは、10分後だった。

「ごめん、遅くなった」

 と言って現れた伊吹さんは、両手に荷物を持っていた。

 当然、背中に背負ったリュックにも荷物で一杯だった。


 俺は即座に、伊吹さんの荷物の1つを奪い取ると

「章、お前も1つ荷物を持て、走るぞ」

 と言って走り出す。


 章も

「分かった」

 と返事をすると、有無を言わさず荷物を奪い走り出す。


 伊吹さんは、突然の事態に

「え、え、え!」

 と狼狽えた後、俺達が走り去るのを慌てて追いかけ

「ちょっと、待ってよ。荷物は自分で持つよ」

 と言うが

「両手が塞がっていては走れないだろ。

 とにかく走らないとバスに間に合わないぞ」

 と言ってスピードを上げる。

 章も伊吹さんも俺のスピードについて来る。


 バス停前の角を曲がるとバス停にバスが停まっているのが見えた。

 なんとか、ギリギリ乗り込む事が出来た。

 最後尾の伊吹さんが乗った所で、バスは出発した。


 滴る汗を拭い、椅子に座り呼吸を整える。

 暫く椅子で脱力していると

「ごめんなさい」

 と伊吹さんが謝ってきた。


 俺と章が、伊吹さんの方に向き直ると

「ド◯キなんて、久しぶりでテンション上がっちゃって。

 ついつい、あっちこっち見ていたら時間が過ぎてしまったの。

 ごめんなさい」

 と言って萎れてしまった。


 俺はため息をついてから

「気持ちは分かる。

 俺達も最初に訪れた時は、2時間以上滞在したからな。

 次は気をつけてくれたら良い」

 と言うと章も

「俺もよく失敗するけど、零士がフォローしてくれるから気にするな」

 とあっけらかんと言い放つ。


 こいつ、俺に丸投げする気満々だな。

「そうか。章には、もう少し厳しく接した方が良さそうだな」

 と返すと

「えー、それは勘弁して」

 と言って手を顔の前で合わせて頭を下げた。


 その様子が可笑しかった様で、伊吹さんが吹き出す様に笑った。

 それを見た章が

「こいつ、有言実行を旨としているから、言った事は実行するから。

 怒らせるとすげー怖いんだぜ」

 と言う。

「ほう、やはり厳しくするか」

 と言うと

「ちょっと待て。俺はお前の犠牲者を減らしただけだぞ」

 と俺に手の平を見せ、慌てて弁明している。

「まるで俺が、イジメをしている様な言い方だな」

 と章に迫ると

「お前は、いつも肝心な事を省いて話すから、誤解されやすいだろうが。

 だから、事前に教えておいた方が良いかなと思ったからだ」

 と目線が泳ぎながら、弱々しく答えた。


 俺は、フンと鼻息を鳴らし

「まあいい。迷惑になるからここまでだ」

 と言うとそれを聞いた章はホッとした様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る