神城 翔  親として(6)

 家の鍵を開け、荷物を持って玄関に入ると、優が自室から出てきた。


「おかえりなさい」

 と言う優に

「ただいま」

 と普段と同じ様に返したつもりだ。

 声が引きつって無いよな。


 上がりかまちを超えた所に荷物を置き、靴を脱ぐ為に屈んだ所、次に入ってきた娘が

「やったー。 お姉ちゃんのままだー」

 と叫び、靴を脱ぎ散らかしながら私を追い抜き、優に抱きついた。


 優が

「ちょ、やめ、やめ、舞、やめて、痛い」

 と嫌がっているが、娘は頬を緩め

「えへへ、かわいい。かわいい」

 と口ずさみながら、抱きしめたまま、身体を左右に揺すっている。


 俺が呆けている内に、妻が玄関を閉めながら

「舞、その辺にしない。優ちゃんが痛がっているわよ」

 と諫める。

 舞も「はーい」と言って素直に優を開放した。


 舞は、優を頭の先から爪先までじっくりと見た後、うっとりした表情で

「やっぱり、かわいい~。お姉ちゃんというより、妹!?」

 と言っている。


 そんな舞の横に立ち

「優、少しは休めたか?」

 と確認すると

「うん、休めたよ。今は試験勉強している」

 と言う。

「そうか、舞にはまだ説明していない。夕食後に説明するからな」

 と答えつつ内心では、もっとゆっくりしていても良かったのにと思っていた。


 舞は

「なに、なにかあるの?」

 と気楽な反応が返ってきた。

 そして、娘に優が女体化した事実を伝えていない事に気づいた。


「(俺が)落ち着いてからだな」

 と舞に伝える。

 正直、疲れた。


 そんな俺を放置して妻と舞が会話をして、居間の方に移動して行き、優も部屋に戻った。

 俺は、荷物を持って台所に運ぶのだった。


 夕飯が出来るまで、ソファーで休む。


 夕飯は、優と舞の好きなハンバーグだった。

 妻は、優の分も普段と同じ量で料理したが、優は男の頃の半分も食べれず残した。

 残したハンバーグは、舞が食べた。


 食後、妻が後片付けをしている横で、舞に優が完全に女性化した事と特殊能力者保護令の事を伝える。

 舞も最初驚いていたけど、「そっか」とあっさりと受け入れた。


 その事に俺はあっけに取られていると

「お兄ちゃん。今はお姉ちゃんか。

 お姉ちゃん的には、大変そうだと思うけど、お姉ちゃんが居なくなる訳では無いからいいよ。

 それに、友達とかと別れる必要も無いから、良かったのかな?

 それで、お姉ちゃんの能力アビリティとランクは?」

 と舞に言われた。


 優は

「舞は、口が軽いから教えない」

 と言うと

「ケチ、教えてよ」

 と優に迫っているので

「舞、優の能力アビリティは、ちょっと特殊なんだ。

 だから、周りに広がらない様にしないといけないんだ。

 下手に知られたら、優が居なくなる事になってしまうから、我慢してくれるか?」

 と説得すると

「いつになったら、教えてくれるの」

 と聞かれたので

「そうだな、最低限、中学校を卒業するまでは我慢してくれるか」

 と頼むと、不満そうな顔をしていたが

「むー、わかった」

 と一応納得してくれた。


 妻が、明日ショッピングモールに優の服や日用品を買いに行く事をむくれた舞に告げると、機嫌が直り、妻と舞による優の衣装談義が始まった。

 二人の談義が白熱しはじめると、優はそーとその場を離れた。


 うん、アレに巻きこれたくない気持ちも良く分かる。


 あ、気づかれた。

 ああ、引き戻された。

 アレに関与する勇気はない。

 静かに見守るしかなかった。


 暫く白熱した衣装談義の後、優は開放された。

 妻は洗い物に戻り、優はぐったりとしている。

 舞は、買い物リストとにらめっこしている。

 買い物リストは、先程の衣装談義中に作られた物だ。


 そうしていると風呂が沸いた。

 妻が優に風呂に入る様に促す。


 優が風呂に向かってから少ししてから、舞が風呂の準備をして浴室に向かおうとしている。

 思わず呼び止め理由を聞くと

「お姉ちゃんは、女になったばっかりだから、体の手入れ方法とか知らないと思うんだ。

 だから、教えてあげようと思って」

 と言う。


 すると妻が

「確かにその通りね。じゃあ、お願いするわね」

 と言った。


 俺には分からないが、女性の風呂が長いのは理由があるのだろうと思い、それ以上何も言えなくなった。


 舞が風呂に行くのを見送った。


 そこそこ時間が経って、舞が浴室から出てきた。

 舞は、男物の寝間着を着ていた。


「あら、それは優ちゃんの寝間着ね」

 と洗い物を中断した妻が問うと

「お姉ちゃんが、お兄ちゃんの寝巻きを用意していから交換したの」

 と舞が答えた。

 妻は舞の暫く見た後

「確かに、今の優ちゃんには大きすぎるわね。

 寝巻きも買わないいけないわね。

 忘れない内に、買い物リストに追加しましょう」

 と言って、ダイニングテーブルの上に置いてある買い物リストに追加した。


 妻の洗い物も済み、妻と舞もリビングで寛いでいると優も浴室から出てきた。

 優は舞の寝巻きを着ているが、寝間着が大きいのでぶかぶかした感じになっている。

 袖を2重3重に折って手足を出している。


 なんとも言えない可愛さを醸し出している。


 その優は、舞になぜ寝間着を取り替えたのかを問いただしていたが、舞の正論の前に撃沈していた。


 そして、優は、部屋に戻り勉強をすると言う。

 なので、無理をしないで早めに寝る様に言った。


 優が部屋に戻ったので、妻に先に風呂に入る様に促す。

 妻が浴室に向かうのを見送った。


 リビングで、舞が見ているテレビをなんとなく見ながら時間を潰す。

 妻が風呂から上がると、即自分も風呂に入る。


 体と頭を洗い、温くなった湯船に体を沈めると同時に大きなため息が溢れた。

 色々と考える事が多過ぎて、頭がパンクしそうだ。


 だが、一つはっきりしているのは、この家で男は俺一人になってしまった事だ。

 その事は非常にさみしくも思うが、これからは優も女性としてきちんと扱おうと心に誓うのだった。

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