神城 翔  親として(5)

 車は、何事もなかった様に優の通う中学校に到着した。

 妻が優を揺すって正気に戻す。

 氷室さんが、優を伴って中学校に入っていく。

 俺達も一緒に行くべきではないかと思ったのだが

「ご両親が一緒に居る事で、余計な混乱を起こす可能性があるので、車で待機して欲しい」

 という氷室さんの言葉を信じて、俺と妻は車で待機する。


 車内で待っている内に、先程の妻の言動を咀嚼そしゃくしていく。

 ある程度理解出来た所で

「あのさ、さっきの言動の事なんだが」

 と妻に声を掛ける。


 妻は

「ん? 優ちゃんに誓約を掛けた事?」


「ああ、その事なんだが、流石に酷くないか」

 と言うと、妻はばつが悪そうな顔をして

「その通りね。

 その事には、罪悪感を感じているわ。


 前にも言った事あると思うけど、私は最初、優ちゃんの能力アビリティ外見変形トランスフォーム変態メタモルフォーゼだと思ったのよ。

 だから、女性形態の時は、女の子らしく振る舞って欲しかった位の気持ちで使ったのよね。

 まさか、本当に女の子になっているとは思ってもみなかったのよ」

 と努めて明るく振る舞っている。


 妻はミスや落ち込んでいると、無理に明るく振る舞う癖がある。

 だから、殊更明るく振る舞う姿の裏には、激しい自己嫌悪と懺悔こうかいの念が渦巻いているはずだ。


「まあ、やってしまった事は仕方ないが、あとでちゃんと優に説明したうえで謝った方が良いよ」

 と忠告すると妻は

「ええ、後でそうするわ」

 と返してきた。


「ところで、やはり、解除は無理なのかい?」

 と確認すると

「ええ、私の誓約の能力アビリティは、一緒に居た時間と再使用までの時間の積算で強度が変わってくるから、今の私の力だと解除は無理よ」


「そうか、やっぱり無理か」

 俺は、大きくため息をついた。

 ただでさえ、これからの人生に大きな制約がついたのだから、少しでも自由な部分を残しておきたかったのだが、無理なものは仕方が無い。


「ええ、無理よ。

 でも、優ちゃん自身の考え方次第では、言動は自由になるわよ」

 妻は、不思議な一言を言った。


「それは、どういう事だい?」

 と問うと

「それは、私の能力アビリティで優ちゃんに『女の子らしい行動を取りなさい』という制約を課しただけだからよ」


「俺には良く分からない。

 俺としては、女性としての行動を強要している位の認識なんだか?」

 と更に問うと

「ある意味その通りよ。

 でもね、肝心の女性らしい行動については、制約の中では何もうたっていないの」


「それに何の意味があるのか?」


「大有りよ。

 今、優ちゃんが取っている行動は、優ちゃん自身が思い描く女性的な行動なの。

 言い換えると、優ちゃん自身が思い描く理想の女性像を演じているのよ」


 俺は、言葉を失った。

 何か言うべきだと思うのだが、口が動くだけで言葉が出てこない。


「だから、優ちゃん自身が思い描く女性像が変われば、それに沿ったモノになるわ」


「あ、そうなんだ。

 その事も、優に話してあげて」

 やっとの事で言葉を絞り出し、そう告げる。


「ええ、そうするわ」

 妻の言葉を聞いて、一応納得する事にした。

 というか、もはや許容量過大キャパシティーオーバーだ。

 色々と頭を整理する時間が必要だ。

 だから

「ああ、頼むよ」

 と一言告げて、額に手のひらを着けて天を仰いだ。

 その時、この事実を優に教えると黒歴史?確定になるのではと思ったが、教えないよりマシだと思う事にする。


 気持ちが落ち着き、ある程度考えがまとまった頃に、優と氷室さんが戻って来た。

 車に乗り込むと、氷室さんが中学校が受け入れを認めてくれたと報告してくれた。

 通学は、来週の月曜日から通学する事になったと言う。


 何か見落としている様な気もするが、取り敢えず一安心と言ったところだろうか。


 この後は、自宅に帰るだけだ。

 自宅マンションの前で下ろして貰い、一緒に自宅に戻る。

 優の後ろ姿を見ながら、優の姿に慣れる事から始めないといけないなと思った。


 家に戻ると精神的な疲れからか、ソファーに身体を投げ出したい気持ちに襲われたが、夕飯の買い物に妻と共に出る。

 家を出る時、優は洗濯物を洗濯かごに入れている最中だった。

 妻が

「優ちゃん 買い物に行ってくるね。何か食べたい物ある?」

 と聞くが

「今は、何も思いつかない」

 と答えが返ってきて

「そう、適当に考えるしか無いわね」

 と言って献立を考え始めた。


 俺は

「優、ここ数日色々あって疲れているだろうから、休んでなさい。

 舞が帰ってきたら、休めるものも休めなくなるぞ」

 と忠告する事位しか出来ない。

 もっと気の利いた言葉があったかも知れないが、これが限界だ。


「分かった。部屋で休んでるよ」

 と回答が有ったので、妻を伴って買い物に出る。


 スーパーでちょっと多めの食材を購入して、自宅マンションの前で帰宅中の娘と会ったので合流する。


「ちゃんと勉強出来たか?」

 と聞くと

「うーん。ボチボチ」

 と返答が返ってきた。


「ボチボチか。次はバッチリと言える位頑張って欲しいものだ」

 と言うと

「これでも頑張っているもん」

 とそっぽを向いて返答が返ってきた。


「じゃあ、結果は期待して良いな」

 と言うと

「うっ。あんまり期待しないで欲しいかな。

 なんとか平均点位は取れる様に頑張るから」

 と言う。


 忍び笑いをしながら、まあ、この位の年齢の娘相手に普通に会話出来るだけ、家庭環境は良いのだろうと思う。

 同僚や先輩で年頃の娘さんが居る人の話しだと、男親に対してまともに話してくれないらしいからな。

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