平田 南 回顧(5)
検査結果後、そのまま官舎に送り届けられ、今私の部屋に入った由寿さんが絶句している。
私は、何故絶句しているのか分からない。
暫くしてから、由寿さんが私の両肩を掴み、向かい合う体勢にさせられた。
何処か鬼気迫る表情で
「ここは、あなたの部屋で間違っていないわよね?」
と問うので
「ここは、私に割り当てられた部屋です」
と答えると、大きなため息をついたあと
「あなたの私物は、ここに見えるだけ?」
と問うので
「ここに在るだけです」
と答える。
何がおかしいのだろうか?
「確認だけど、あなたここに住んで2年になるはずよね?」
と問うので
「その通りです」
と答えると、何故か絶望した表情になった。
「まさか、こんな生活をしていたなんて。
取り敢えず、生活改善から始めないと性格矯正なんてできないわよ」
と呟いている。
由寿さんは、何処かに電話を掛けた後
「これから買い物に行くわよ」
と言い、私を引っ張って官舎の外に出た。
何故か分からないが、逆らわない方が良いと思えた。
官舎の前で待っていると、久喜さんが車を回してきた。
そのまま、ホームセンターまで行き、ベットと布団とカーテンや小物を購入した後、食事を取ってから官舎に戻った。
久喜さんが荷物を部屋まで運び、二人が手分けをして部屋を片付けた。
そして、帰り間際に
「良いこと、寝る時は布団で寝ること。
毛布に包まって床で寝ない事。
そして、明日の朝からきちんと食事を取る事。
自分で作らないなら、駐屯地の食堂を利用しなさい。
その後、そのまま出勤すれば何の問題も無いでしょう。
分かりましたね」
と強く念を押されたので
「分かりました」
と答えた。
翌朝、ベットの上で目を覚ます。
正直、ベットで、布団の上で寝たのは対魔庁入庁時の研修以来だと思う。
作業服に着替え、かなり早めに駐屯地の食堂で朝食を摂り、事務棟に向かう。
事務棟には隊員用の待機所があり、ミーティングや事務仕事に使う共用部屋で、机と共用パソコンが置いてある。
毎朝、今日の当番の班員と夜勤明けの班員が全て集まる。
班長以上は、隊長室に各人用の机とパソコンが支給されている。
機動戦略隊用の待機所に入ると、副班長が寄って来てよく割らない事を言っている。
その副班長が吹き飛んだ。
副隊長が居た場所の先に、メイスを振り抜いた由寿さんが立っていた。
由寿さんは、床にうつ伏せでピクピクと痙攣している副班長に向き直り
「朝っぱらから、ナンパしてるんじゃないよ」
と怒鳴った。
その後ろで、久喜さんが苦笑いをしている。
この日から、この班で活動して行く事になった。
そして、由寿さんと一緒に行動する事が多くなった。
由寿さんは、私生活を含めて色々と指導してくれる。
日業業務や班での活動時の立ち位置や気配りの方法意外にも、生活習慣から料理や裁縫等も由寿さんに習った。
何とも言えない感覚だった。
でも、嫌ではなかった。
由寿さんにべったりの活動もそれ程長く無かった。
それは、由寿さんが妊娠したからだ。
その為、由寿さんは後方部隊に移動する事になった。
そして、由寿さんの後任として、
彼女は、私の翌年に中部駐屯地に配属された人だ。
この人も由寿さん同様、距離感が他の人と違った。
副班長の様に
仕事終わりやオフの時に、私の部屋や彼女の部屋で過ごしたり、買い物等に連れ回されたりした。
迷惑なはずなのに、嫌だと思わない自分がいるのにも驚いた。
そういう事に関心が無いし、適当に相手していれば相手の方から去っていったのに、彼女は逆により多く連れ回された。
当然、由寿さんの体調が良い日は、由寿さんもかまってくる。
そして、由寿さんのお腹が大きくなってくる。
時折、お腹を触らさせられて
「ここに赤ちゃんが居るのよ」
と言われる。
知識として知っているが、何とも不思議な感覚だ。
「赤ちゃんが、お腹を蹴ったわ」
と言われても
「そうなんだ」
と言う事しか出来ない。
実際に触らせてもらって、蹴った感触もわかったが何も言えなかった。
その時感じた事を表現する言葉を持っていないからだ。
困った顔をしている私に対して、由寿さんは何も言わず、ただ微笑んでいた。
月日が流れ、由寿さんが女の子を産んだ。
退院する日に、久喜君と彩芽に引っ張られて病院に迎えに行く。
由寿さんの病室に入る。
由寿さんは、帰宅準備をしていた。
赤ちゃんは、横のベビーベットで寝ている。
由寿さんが赤ちゃんを抱えて私に近づき、無理矢理、私に抱っこさせる。
周りの看護師さんにサポートされながら、赤ちゃんを抱っこさせられた。
腕の中にあるのは、小さく軽いはずなのに重い。
私が困惑する横で、彩芽は覗き込んで
「かわいい」
と言っている。
由寿さんが久喜君に
「あなた、この娘の名前は考えた?」
と聞くと
「多くの
「良いわね。それで行きましょう」
と言う事で、赤ちゃんの名前が決定した。
私は、目の前が真っ暗になった。
何故か分からない。
闇に飲み込まれる中、腕に抱えた赤ちゃんの重さが私を引き止める。
「困惑した顔をしてどうしたの?」
と由寿さんの声で引き戻された。
「軽いはずなのに重く感じる」
と答えると
「それは、命の重さよ」
と言われた。
それを聞いた私の中の何かに
そして、赤ちゃんを由寿さんに返した。
その後、久喜君が退院手続きを済ませて退院した。
私と彩芽は、病院前で久喜夫妻と別れて寮に戻った。
それからは、月に1、2回、由寿さんに呼び出されて恵ちゃんの相手をする事になった。
ほぼ毎回、彩芽同伴で恵ちゃんの相手をする。
最初の頃は、ミルクを与えたり、オムツ交換をしたりした。
少し大きくなると、遊び相手をさせられたり、一緒に外出する様になった。
その合間合間に料理や洗濯等の家事も習わされた。
段々と大きくなる恵ちゃんと過ごす度に、私の中の何かが壊れる。
そうして、
戦闘中に
恵ちゃんの成長と共に私の暴走頻度は上がっていった。
そして、神城さんと対戦した時、
ただただ、破壊衝動に突き動かされ、戦う事に執着している。
副班長が、後ろに回り込むのが見えるのに気づいていない。
副班長の1撃で意識は闇に沈んだ。
意識が戻った時には、
私達は、何かに意識が飲まれる前に本懐を達する事が出来るのだろうか。
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