山田 零士 入学後の初週末(7)

 章が無茶をしない様に

「章、体の動き、筋肉の動きをしっかり感じてから、魔力で一部肩代わりするつもり魔力をほんの少しだけ流せ。

 絶対に連続で行わず、一回一回を丁寧にやれ」

 と忠告する。


「おう、分かった」

 それから、章は悪戦苦闘を始めた。

 最初の様に飛ぶ事は無かったが、動きがギクシャクしたり、妙にスムーズに動いたかと思えば、ギッコンバッタンと動いたりと、目まぐるしい動作を続けた。

 30分程続けたが、魔力が少なくなったので止める事にした。

 コツを得る事は出来なかった様だが、朧気な感覚は掴めただろう。


 既に、出発してから1時間以上経過すると、地力の差が現れ始めた。

 俺と章と浅黒い肌をした女性訓練生の3人が先頭を走り、残り3人が縦一列になって走っている。


 あと5km位の所まで来ると、俺達3人だけになっていた。

 そして、このまま訓練校の校門まで順調に走り抜けた。


 校門では、上級生が立っていた。

 校門を抜けると

「よし、お前達が今年のトップだ」

 男性上級生がそう言うと

「じゃあ、到着確認するから、こっちに来て訓練生番号と名前を教えて」

 女性上級生に声を掛けられたので、そちらに行き、到着処理を済ませる。


 時刻は、18時34分。

 ショッピングモールを16時に出発したので、2時間34分で走破したことになる。

 まあ、ほぼ予定通りの時間が掛かったな。


 到着確認を終わらせて寮に戻ろうとすると、一緒に走っていて遅れた3人が校門に向かって走ってくるのが見えた。

 彼らが校門を駆け抜けた事を確認してから、寮に戻る。


 寮の自分の部屋に戻ると、真っ先に持って返ってきた荷物から食料をクローゼットの奥やベットの下の収納庫に隠した。

 もちろん、ぱっと見では判らない様にしてある。


 何故かと言うと、今回走って帰ってきた1年生の殆が夕飯を食べ損ねるからだ。

 そこに食料があると分かると、絶対にたかりに来る。


 俺達も無償で食料を提供する程お人好しでは無い。

 なので、その対策として隠すのだ。

 当然、章にも隠す様に指示してある。


 食料を隠し終え、章と共に共同浴場に向かう。

 風呂と飯、どちらを先にするか悩んだが、既に18時45分を回っているので、19時30分までしか入れない風呂を先に入る事にした。

 シャワーという選択肢もあるが、疲れたので湯船に浸かりたい。


 風呂に行くと、俺達に続いてゴールした2人が既に入っていた。

 恐らく、部屋に戻ってすぐに来たのだろう。


 俺達も出来るだけ素早く上がるつもりだったのだが、湯船に浸かると気が緩んだみたいで、気が付いたら19時20分を過ぎていた。

 大慌てで風呂から出てると、厚生棟の前を寮に向かって歩く者達が多数いた。

 上級生の言葉に踊らされた一年生諸君が、ようやく帰ってきた所のようだ。


 そいつらを横目に見ながら、食堂へと急いだ。

 食堂の配膳カウンターには、最後まで一緒に走っていた女性訓練生が配膳を貰っていた。

 風呂上がりの為、比較的薄着で、湿った髪が艶やかさで、精悍な横顔が美しかった。

 俺は、思わずその姿に見とれてしまった。


 章が、俺の前を横切ったおかげで我に返り、お盆を持って配膳カウンターに向かう。

 配膳カウンターで、おばちゃんに夕食を受け取ると

「丁度、アンタで終わりだよ」

 と言われた。

 マジでギリになるとは思わなったが、なんとか夕食を確保出来たので良しとしよう。


 章と同じテーブルに座ると、食堂の入り口に「本日の販売終了」の看板を掲げるおばちゃんと同じタイミングでやってきた女性訓練生4人が見えた。


 おばちゃんが、女性訓練生達に売り切れた事を伝えると、ガックリと肩を落として帰っていった。


 多少、気の毒に思ったが、仕方がない事として割り切って夕飯を食べた。


 夕食後、飲み物を自動販売機で買ってから、歩いて寮に戻る。

 道中、疲労困憊で寮に向かう者と寮から大急ぎで厚生棟に向かう者が大勢居た。

 特に、女性訓練生が必死の様子だ。


 ようやく訓練校まで戻ってきたのだが、門限の時間が迫っているので、大急ぎでシャワーを浴びに向かっているだろう。


 でも、この様子だと、今寮に向かっている連中の中には、シャワーも浴びれない者が出そう…いや、出るな。

 3時間以上走った後、飯も無く、汗も流せないのは、特に女性訓練生は嫌だろう。

 心の中で、「ご愁傷さま」と言うに留めておく。


 気を取り直して、章に声を掛ける。

「この後の自主学習だが、今日は止めにしよう」


「お、そうか。『今日もやるぞ』と言われるかと思ったぞ」


 あからさまにホッとした様子なので

「そうか、章がそこまでやる気なら、やるぞ」

 と言うと

「待て、マジで今日は勘弁してくれ。

 自主勉強中に寝てしまう確率が、200%だ」

 と泣きを入れてきた。


 まあ、俺も本気で無いので

「冗談だ。流石に今日は疲れた。

 こんな状態で勉強しても、頭に何も入らない。

 今日は、早めに休むぞ。

 その代わり、明日は普段通り起きろよ。

 いつもの朝練と身体強化の技能スキルの訓練をするぞ。

 魔力制御訓練ばかりで飽きただろ。

 これからは、少し技能スキルも含めて訓練をしようと思う」


 この後と明日の予定を伝えると

「気分転換に技能スキルを教えてくれるのか。

 良いね。

 魔力制御訓練が重要なのは分かっているんだけど、どうしても単調で、集中力が続かないんだよな」

 腕を組み、ウンウンと唸っている。


「本来なら、ある程度魔力制御が出来る様になってからなんだが、お前の場合、適度にメリハリを付けないとダレるからな。

 それに、折角やる気を出しているのだから、勉強も頑張ってもらうぞ」

 と言うと、章は渋い顔になった。

 その顔を見て笑いを堪えられず笑い出すと、章は最初怒っていたが、直ぐに笑い出した。


「こんな下らない事で、笑ったのは久しぶりだ」

 章の感想を聞いて、最近笑っていない事に気付いた。

「そういえば、そうだな。

 最後に声を出して笑ったのは、一体いつだったかな」


「優が、女性化する前だった気がする」

 章の返答に、半年も笑っていなかった事に気付かされた。


「…そうか」

 そこで、会話が途切れてしまった。

 もっと言いたい事があるはずのだが、言葉にならない。

 お互い、不快にならない沈黙のまま、寮に戻った。


 寮に戻ると、上級生が今日走って帰ってきた人におにぎり弁当(おにぎり2個、からあげ2個、たくわん2切れ)を渡していた。

 当然の様に、俺達にも手渡れた。


 相部屋の奴は、門限ギリギリに寮に滑り込んだ。

 汗とホコリ塗れの状態で、部屋に戻って来やがった。


 そいつは、服を着替えるだけで済ませようとしたから

「お前、臭いぞ。せめて、濡れタオルで身体ぐらい拭けよ」

 と、嫌味を込めて言うと、タオルを持って出て行った。

 一応、体臭を気にしていたみたいだな。

 部屋に戻ってきた奴は、髪も濡れていたから、洗面台で頭も洗ったのだろう。


 こいつは部屋に戻ってきた後、弁当を1分と掛からず食べきった。

 あと、案の定、「食い物を持っているなら、よこせ」と迫って来たから

「そんな物無いぞ。例え持っていても、お前なんぞにやるか。ボケ」

 と喧嘩を買ってやった。


 まあ、奴は「チ、使えない奴だ」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。

 全く、無駄に自尊心だけが高いだけの人間だ。


 俺は、今日買った電気ケトルで沸かしたお湯を使って、お茶を入れると、隠しておいた弁当を夜食として食べた。


 俺は、普段通り22時に就寝したが、相部屋の奴はまだ戻って来ていなかった。



 翌朝、普段通り起きると、そいつはベットで爆睡していた。

 そいつを尻目に、着替え、食堂に向かう途中、寮の玄関で章と合流する。


 その日は、朝から能力訓練に4時間、勉強に2時間程費やした。


 ちなみに、俺が14時過ぎに寮の部屋に一旦戻った時、相部屋の奴はまだ寝ていた。

 そして、俺が部屋を出ていく時の音で目を覚ました様だ。

 部屋中から変な声が聞こえたからだ。

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