山田 零士 入学後の初週末(6)

「ほう、よく調べているな。その通りだ」

 そう言って一笑すると

「おい、お前。

 やめろ。

 アイツラに教える必要は無い」

 後ろに居た奴を抑えた。

 どうやら、反対車線に行った者達に教えようとした様だ。


 止められた奴は、納得出来ない様だが、

「お人好しも良いが、そんな事をしてもアイツラの為にならない。

 きちんと自分で下調べもしていない。

 だから自業自得だ。

 気にする必要は無い」

 という上級生の言葉に黙り込んでしまった。

 恐らく、こいつも事前に下調べをしていなかったのだろう。


 そうしている内に、信号が青になったので再び走り出す。

 ほぼ同じ位に抜いた2人が追いついたが、上級生の甘言に乗って交差点を渡った所で反対車線に渡るために立ち止まっている。


 俺達は、そのままバス路を走り続ける。

 ほとんどの生徒が旧道を走っているからか、五叉路以降、俺達の前後に上級生も同級生も居ない状態だ。


 俺と章は、適時給水しながら走っているが、他の面々は水を持っていなかった。

 なので、交差点で停止を余儀なくされた時に、近くの自動販売機で水を購入していた。


 走り始めてから1時間位たった頃、章の様子を確認すると、足腰の関節を魔力で保護した状態で普通に走ってやがる。

 俺は、それを出来るようになるのに1ヶ月もかかったんだぞ。


 今更、章の事をうらやんでも仕方がない。

 こいつは、一旦コツを掴むと直ぐに自分のものにする天才なんだ。

 凡人の俺が天才と比べても仕方ない。

 こいつが着いてこれない程の努力をするだけだ。


 一緒に着いてきている奴らも、足腰の関節を保護しようと頑張っているが、一人を除いて上手くいっていない。

 その一人は、俺より大きな体躯をした浅黒い肌の女性訓練生で、最初から足腰の関節を保護し、身体強化を弱で使用して走っていた。


 恐らく彼女も、両親か親族から訓練を受けていたのだろう。


 それはともかく。

 章は次の段階に進んで良い状態だ。

 なので章に声を掛ける。

「章、足腰の関節の保護に問題はなさそうだな」

 俺の問いに

「おう、最初は苦戦したが、なんとか形になったぞ」

 章は、普段通りに返してきた。


「なら、次の課題だ」


 俺の返しに、ちょっとうんざりした感じで

「おい。もう次の課題かよ」

 ため息混じりの返答をよこした。


「そうだ。

 足腰の関節の保護を保ったまま、脚の筋肉に魔力を流して筋力を強化する。

 走る動作に合わして、力の入った筋肉に魔力を流すんだ。

 ただし、流す魔力の量は極微量で良い」


「色々とごちゃごちゃして、難しいな。

 要は、足の動きに合わせて魔力を流せば良いんだろう?」


「端的に言えばそうだが、必要が無い部分まで魔力を流すなよ。

 あと、魔力は極微量でいいからな」


「ああ、分かった。やってみる」


 そういった直後、章は派手に吹っ飛びやがった。

 明らかに魔力の込めすぎだ。


 一歩で5m程先まで飛んだ後、なんとか必死に着地を決め、地面アスファルトや壁に突っ込む事はなかった。


 追いついた俺に対して

「おい、今の何なんだよ。訳も分からず空飛んだぞ」

 興奮気味に叫ぶ。


「興奮するな。

 魔力を流しすぎて、脚が強化され過ぎた結果、予想外に飛んだだけだ。

 てっきり、転ぶと思ったんだがな」

 俺が少し残念そうに言った。


「足が強化された?

 それって、身体強化か?

 ところで、俺が転ぶ事前提での指示か、おい」

 章が、語尾を強めて食いついてきた。


技術スキルの身体強化だ。

 技術スキルの場合、1から10まで制御する事で使えるようになる。

 能力アビリティなら、勝手に補正が入るからそこまで苦労しないらしい。


 まあ、お前は能力アビリティの身体強化を持っているから、技術スキルとして使える様になれば、能力アビリティに追加される可能性が高い。

 それに、細かな制御も出来る様になるから、覚えていても損は無い」

 俺は、いつもと同じ様に答える。


「そうか、身体強化か。

 これを習得すれば、クラスで威張り散らしている奴らを見返せるな。

 これは頑張って習得しないといけないな。


 ところで、さっきの件なんだが、どういうつもりだ?」


「なんの事だ?」


「あ゛、俺が転ばず飛んだら、がっかりした件だよ」


「ああ、それか。

 別に大したことじゃない。

 俺が初めて身体強化を発動させた時、思いっきりひっくり返ったから、お前もそうなるだろうと思っただけだ。

 なんでも、パワースリップという現象で、蹴る力が強すぎて足が滑るから転ぶそうだ。

 恐らくだが、俺達の履いている戦闘靴ブーツのグリップ力が高かったお陰で、空を飛べたらしいな」


「そうか、それは良かった。

 ・・・

 ・・

 ・

 って、良くないわ。

 なんで、最初に言わないんだよ」


「いや、言ったぞ。

 でいいからなとな。

 それに、魔力を入れすぎると転ぶぞと忠告しても、お前やっていただろう」


「そう言われると、否定出来ない。

 俺は、まだまともに魔力制御出来ないからな」


「当たり前だ。

 お前はやっと、魔力塊マナ・コアを知覚出来る様になったばかりだ。

 制御方法も知らないのに、制御出来るはず無いだろう。

 今出来るのは、意識した部位に魔力を集める事だけだ。

 それも、多少の強弱をつける程度が精一杯だ。


 だから、今は朧気な感覚が掴めれば十分だ。

 今度は、飛ばない様に気をつけろよ」

 俺は、呆れ気味に答えた。


「え、まだ、やるのか?」


「当然だ。

 ただ走るだけだと退屈だろう。

 走るついでに技能スキルの訓練も出来るのだから、一石二鳥だろう。

 せめて、感覚位掴んで欲しいものだ」


「俺に何を期待しているんだ?

 俺はお前と違って馬鹿だぞ」


技能スキルなんて、いかに体に覚えさせたが全てだ。

 繰り返しの訓練以外に習得方法は無い。

 ならば、少しでも早くから取り掛かるべきだ。


 だから、馬鹿でも習得出来る」


「分かったよ。やれるだけやってやる」

 章は、ヤケクソ気味に答えた。

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