山田 零士 入学後の初週末(5)

 集合場所は、ショッピングモールの駅側の建屋の外で、一般客が少ない出入り口を出て直ぐの場所だ。

 俺達が到着した時には、学年の半分位の70人位が集まっていた。


 各人の服装は、総じて動きやすい服装にリュックサックを背負っていた。

 まあ、中には場違いな格好した者も居たり、走らない人に荷物を預けている連中も居たが、ここに居る殆が走って帰るのだろう。


 上級生達が、参加者の点呼と体調の確認を行っている。

 それが終わると、走る際の注意事項等の説明が行われ、いざスタートと言う直前に

「さあ、これから実際に走って帰るわけだが、1時間以内に走りきった1年生は今まで居ない。

 さあ、お前達はどうだ?」


 まあ、当然の様に反発する連中で溢れる。

 正直、コイツラの根拠の無い自信はどこから来るのか不思議だ。


「おお、威勢が良いな。

 威勢よくリタイアするなよ」

 上級生の安い煽りに、過敏に反応する馬鹿がいきり立ち、既に暴走直前になっている。

 まあ、コイツラは良くて完走、悪ければリタイアだろう。


 合図と同時に、全力で走り出す面々。

 俺と章は、最初から飛ばす様な馬鹿はしない。

 アイツラの様に1時間以内に走りきれるとは考えていない。

 俺達の目標は、2時間30分以内に走り切ることだ。

 なので、普通に走り始める。

 ある程度体が温まるまで、ゆっくり目に走っている。


 俺達と同じ様に走っているのは10人で、内2人は上級生だ。

 彼らは、何かあった際の為に伴走している。


「お前達だけ、相当遅れているのが良いのか?

 先頭集団は、相当先に進んでいるぞ。

 ペースアップした方が良いぞ?」

 伴走している先輩が煽ってくる。


「それがどうかしましたか?

 直ぐに失速する連中を気にするだけ無意味。

 自分のペースを守って走った方が最終的に早く着く。

 煽っても無意味ですよ」


「ほう、どうしてそう思う。

 先行している連中が最後まで走り切ると考えないのか?」

 俺が煽りに乗らず、冷静に切り返したが気に食わなかった様だ。


「理論上、身体強化が魔力を消耗しないと言っても、実際には魔力操作等で魔力を消費する。

 対魔庁の一般隊員は、走るだけの強化なら魔力効率90%と言われているが、アイツラはまだ未訓練者だ。

 そんな連中が、一般隊員相当の魔力効率があると思えん。

 せいぜい、50%も有れば良い方。

 優秀なら、70%位あるかもしれん。


 仮に魔力量を1000と仮定して、身体強化を維持するのに最低300必要とする。

 アイツラが、最大魔力で維持出来た時間は10秒。

 なので、身体強化を維持できる総魔力量は、10,700となる。

 魔力効率を70%とすると、消費する魔力量は、300の3割、90を毎秒消費する。


 なので、約118秒、2分位は維持できる事になる。


 アイツラが身体強化で走る速度を、エリートマラソン選手並とするなら、時速24km位になる。

 分速なら400mだ。


 一方俺達は、時速10km位の速度だ。

 分速なら、166m位だ。


 魔力を使い切ったアイツラが、俺達と同じ速度で走っているとは思えない。

 恐らく、時速6km~8km位だろう。


 時速7kmと仮定すると、分速116m位だ。


 走り始めて5分位経っているから、アイツラの距離は全力で走った2分間の距離800m+通常速度で走った3分間の距離348mの1,148m位の距離に居るだろう。 


 一方、俺達は830m位の距離だ。


 アイツラとの距離差は、318m位だ。


 このままの速度で走る続ければ、いずれ追いつく。

 焦る理由なんて何処にもない」

 俺がつまらなさそうに答えると


「あー、頭が良い奴が居るとやりづれー。

 お前の言う通りだよ。

 アイツラは全力で500mも走れていないだろう。

 1kmを超えて走れれば、かなり優秀な方だ。


 魔力を使い果たした後は、お前ら程の速度で走れていない。

 精々、歩くより早い程度だろうよ。

 ちくしょー」

 よく分からんが、不貞腐れてしまった。


「章」


「なんだ?」


「脚の関節を保護する様に魔力を展開しろ」


「ん?どういう事だ?」


「足首、膝、股関節に魔力を纏わせる。

 そうする事で、関節を保護出来る」


「おう、分かった。やってみる」

 章は、俺の言葉に何の疑問も抱かず応えた。


 走りながら器用に四苦八苦している。

 こいつは、短気で脳筋的な所があるが、地頭は悪くない。

 むしろ、地頭は良い方だ。

 それに、感も良い。

 直ぐに出来る様になるだろう。


 そのまま、数分走っていると、先行した連中の最後尾に追いついた。


「俺達は、コイツラに付くからお前達は先に行け」

 そう言って、上級生達は最後尾の連中に移動した。


 更に数分走る。

 その間に、10人位追い抜いてしばらく走った。

 そして目の前に五叉路が現れた。

 Y字に横一文字が入った感じの交差点だ。

 俺達は、Yの足の方から走ってきた形になる。

 左右の道路は、訓練校方面に向かわないので、前方2本の道路が訓練校方面の道路になる。

 前方2本の道路は、左側が新道でバス路、右側が旧道だ。


 信号が赤の為、先行している者も止まっておるが、全員が道路右側の歩道で止まっている。

 俺達は、今まで道路左側の歩道を走ってきた。

 俺と章は、そのまま道路左側の歩道で停止した。

 2人程、何も考えていないのか、信号が青だったため対岸に渡っていった。


「こんな所に止まってどうした?

 みんな反対側に居るぞ」

 交差点で待機していた上級生が問うので

「バス路を走るだけです」

 と素っ気なく返す。


「おいおい、良いのか?

 バス路は、走りやすいかもしれんが、旧道はバス路より4kmも短いんだぞ」

 上級生は、人を鼻で笑い、小馬鹿にする様な態度で言うので

「地図上の直線距離という限定だったらな。

 実際は、つづら折りの道の急勾配の山道。

 道通りに走れば、バス路より6kmも長い。


 俺の目的は、2時間半で訓練校まで走り切る事だ。

 無駄な遠回り等している余裕は無い」

 俺は、そう断言した。

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