04 来訪者
「本当は、赤飯を炊きたいんだけど……オムライスって言ってたっけ」
視界が明るく感じる。気のせいだとしても、それくらいの進展があったのだ。
エプロンを結びながら、キッチンに入った僕はご飯の残りをチェック中。ふむ、たくさん余ってるじゃないか。
「チキンライスを赤飯にしてみるか……?」
げろまずだな。佳奈に嫌われるかもしれない。
ふざけたことを考えるのはやめて、冷蔵庫の中身を確認。こちらもギリギリ二人分のオムライスが作れそうだ。
じゃあ、先にチキンライスを作るか。
「バイト先のファミレスは卵が薄いからあんまり好きじゃないし、ふわふわじゃないんだよな。あれっ、どうやったらふわふわのオムライスって作れたっけ……?」
オムライスの材料を粗方キッチンの台の上に並べ、その前で腕を組んで、悩む。
と、ガラララと風呂場のドアが開く音が聞こえた。
「兄さん~。 シャンプー切れてた! 予備があると思うからちょっと持ってきて!」
「んー、わかったー」
「シャンプーを見つけたらノックしてー!」
ぴしゃり。扉が閉まった音も廊下を挟んだここまで聞こえてくる。
シャンプーの詰め替え用は洗面台の下……だっけ。佳奈の方が近いけど、まぁ、いいか。
まだ料理を始める前だったので火の心配がないのはよかったな。
脱衣所のドアを開け、佳奈が脱いだ服を踏まないように洗面台の近くまで歩いていく。
うわ、シャツとズボンを裏返しにしてる。あとでめんどくさいんだからさ。
過保護はするまいと放置。記憶を頼りにシャンプーの詰め替え用を探した。
洗面台の下の小さい扉を開くと、奥に二つ詰め替え用シャンプーがあるのが見えて、グイとそれに手を伸ばす。
「まだ~?」
「今見つけたところ。急かすとヒラヒラのオムライスつくるからね」
「うぇぇ、ごめんなさいぃ」
すっかり元気そうな声色に戻った佳奈の声を聞いて気が緩んだ。
(懐かしい。兄妹の会話って感じだ)
高校生の時はこれが当たり前だったのに、なんだか一々嬉しいな。
両親のことは正直恨んでいるが、今日は転機の日だ。次の休みの日に学校にいって大学の話でもしに行くか。
先生かぁ、話せれる人いたっけ……全員に嫌われた気がするんだけど。
少し明るくなった未来に胸が躍りながらも、詰め替え用のシャンプーを片手にお風呂場のドアをノックしようとした。
――ピンポーン。
玄関のインターホンが廊下に響く。
「あ……お客さんか。佳奈、ここにシャンプーを置いとくよー」
ザァザァとシャワーの音が響くドアをノックして近くにそっと置き、エプロンで手を拭いて急ぎ足で玄関の方へ向かう。
――ピンポーン。
夕方なのに、来客とは珍しい。
普段は家にいない時間帯だ。となれば、この家に訪れるのは佳奈のお友達か、何か売りつけてくる作り笑顔のセールスマンくらいか。
「はいはーーい、お待ちをー」
トトトと廊下を歩き、覗き窓からちらっと外の様子を見てみる。
下をうつむいて顔が見えない……が、髪の長さ的に女性だろう。
スーツ……ってことはセールスマンか? いやでも、セールスマンならニコニコしてるはずだし。いや、にこにこしてないセールスマンもいるか。
「兄さん! これ今使ってるシャンプーじゃない!」
ぎゃぁぎゃぁと風呂場の方から佳奈の叫び声。思わずそちらを振り返る。
――ピンポーン。
が、今は来客の対応が先だな。
佳奈は自分で取りに行かせよう。
「はいはーい」
セールスマンは苦手だけど、声出した時点で居留守は使えないし、出るしかない。
ドアを開くと、スーツ姿に身を包んだ若いショートヘアーの女性が、ドアが開かれてもなお
ちょっと、気味悪いな。
「えぇっと……、ご用件は」
ショートヘアーだから鼻から下は何とか見えるか?
見た目が若いけどスーツ姿だから佳奈の先生かな? 今テスト期間らしいけどなにかあったのだろうか?
「佳奈なら、今はお風呂に入ってますけど」
というと、バッと顔を上げてこちらをまじまじと見つめてきた。
「な、なにか……」
「……」
一々気味の悪い行動をする女性に無意識に体を引かせる。
少しの間、女性が僕のことを見つめる時間が続く。
来客かと思って対応していたけど……。不気味だな。
「部屋でも間違えましたか? 忙しいので、何もないなら閉めますよ」
黒い瞳、僕より低い身長。でも、どこか普通の人ではない気がした。気がするだけっていうのは知ってる。
返事がないから扉を閉めようとした――女性は一歩こちらに近づき、僕と目を合わせた。
「あの、いい加減にしないと……」
無言のままの女性の態度に嫌気がさし、語気が強まる。
すると、満足したように女性は頷いて満面の笑みを向けてきた。
「――やっと見つけました。適性者様」
女性はそういうと人差し指で、僕の右腹部から左脇までをなぞる。
何が起きたか一瞬理解出来ず、呆気に取られているとそれはすぐに起こった。
――ぐらっ。
視界が傾き、世界が意図せず斜め上方向に移動していく。
何が、起き……てる……?
目線を下げると、なぞられた線上から段々と下半身と上半身がズレていくのが見え、下半身の断面が目に入ってきた。
切り離された上半身は下半身を滑り、重力に従い地面に落ちた。
下半身はバランスを失って玄関の入口に転倒し、ドンっと思い音が家中に響く。
自分の状況が理解出来ると一気に激痛が体中を駆け巡り、声にならない声を上げた。
「――っっ!!!!!!!????」
――頭の処理が追い付かない――
――腹部が熱い――
――体が寒い――
――自分の頬に温かい液体が当たる――
床と並行にある視界が明滅と共に、自分の血液で満たされていく。
下半身との接合部分だったところから血が溢れ出し、あっという間に体は血液不足で意識が薄くなっていく――……。
「本来ならショックで気絶するはずなんですが……さすが適性者様です」
僕の血が付着している顎に手を置きながら、いまだ血が飛びだし血の海を作り上げている上半身だけの僕を褒めた。
「安心してください。後始末はちゃんとしておきますので」
僕の視線に覗きこむように身をかがめて話す。
それと同時に何を言っているのかまではわからないが、微かに佳奈の声がお風呂場から聞こえてきた。
薄れていく意識の中、強く願う。
佳奈……こっちに来ちゃだめだ。
――ぷつん。
ここで完全に僕の意識は途絶えた。
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