第20話 部員たちの密会
翌日の放課後はとくに集まる必要がないと暮永さんに言われたから、僕は帰りのホームルームが終わると文芸部室には寄らず直帰することにした。
けれど校門を出たところで待ち構えるようにして立っていた二人組、柚月ちゃんと那瀬さんによって、僕のスムーズな下校は阻まれてしまった。
「えっと……なにか用かな?」
「すみません伊庭くん。少し話をしたいんです。いいですか?」
「あ、うん」
神妙な顔つきの那瀬さんに少し気圧されながら、僕は頷く。
「まずは落ち着いて話せるところに行くっすよ!」
相変わらずテンションの高い柚月ちゃんの一声によって、とりあえず場所を変えることになった。
そして数分後。
多くの客で賑わうファーストフード店の端っこ、テーブル席の一つでコーラを飲みながら、僕は二人と対面するような形で座っていた。
「看鳥ちゃんの噂、なんとかできませんか」
話とは案の定、暮永さんのことだった。
「なんとか……って?」
「なんとかは、なんとかです」
ぴんと背筋を伸ばした那瀬さんが言う。
「真綾ちゃんから聞いたんです。中学時代、看鳥ちゃんになにがあったのか」
「同級生の男子を振ったって話?」
「え? あ、そ、そうです」
「おろろ? 先輩も聞いてたんすか?」
「うん。本人からね」
暮永さんが話してくれた内容を、僕は掻い摘んで二人に語る。
「——ってことがあって、そのせいで暮永さんは、みんなから目の敵みたいに思われてるんだよね?」
「ま、おおむね合ってるっすね。みんなというか、大体花園さんたちっすけど」
「伊庭くんは、それを聞いてどう思いましたか?」
「どうって……」
訊かれても。
どう思ったかなんて正直あまり覚えていない。
「……わたしは、とても腹が立ちました」
アイスコーヒーを掴む那瀬さんの指先にかすかに力が入る。
「全部、花園さんたちの勘違いなのに、どうしてか看鳥ちゃんだけが悪者みたいに扱われていて……こんなの、理不尽すぎます」
「勘違い? そうなの?」
「え? ……だ、だって、看鳥ちゃんはなにも悪いことはしてないでしょう?」
「でも、暮永さんが加藤くんを振ったのは、事実なんだよね?」
「ん、加藤くん?」
柚月ちゃんが首を傾げる。すぐに僕が仮名であることを説明すると、「にゃるほど」と笑って納得してくれる。
「告白を断るのは悪いことでありません。むしろ誠実な証です」
「一週間も待たせるのは不誠実じゃないの?」
「そ、それは……」
「振られたショックで病気が悪化したんだったら、加藤くんと仲が良かった人たちにうらまれても、それは仕方ないんじゃないかな」
「い、伊庭くんはどっちの味方なんですか!」
「べつに、どっちの味方でもないよ」
「っ!」
「はいストップ! 那瀬先輩、ちょいと落ち着いて~」
勢いよく立ち上がった那瀬さんをすかさず制して、柚月ちゃんが「どーどー」と冗談めかした口調で宥める。
「伊庭先輩も、もうちょっと言葉を選んでもらいたいっすねー。今の言い方じゃ、意地悪に思われても仕方ないっすよ」
「ご、ごめん」
そんなつもりはなかったんだけど、たしかに説明が足らなかったかもしれない。僕はもう一度那瀬さんに「那瀬さん、ごめん」と頭を下げた。「い、いえ、わたしのほうこそ……」と那瀬さんは気まずそうに肩身を狭くする。
「要するに、伊庭先輩が言いたいのって、わざわざ噂をなんとかする必要がないってことっすよね?」
「うん、まあ」
僕は頷く。
「暮永さんが悪くても悪くなくても、どうでもいいっていうか。そんな昔のこと、少なくとも今の暮永さんには、関係ないことでしょ?」
那瀬さんは形のいい眉をひそめる。
「でも、看鳥ちゃんはそのせいで今もみんなから敬遠されていて……だから」
「可哀想だってこと?」
「……」
「僕には、そんなふうに見えないかな。暮永さん、今だって十分楽しそうだし、時々昔のことで嫌なことがあるかもしれないけど、それだって、暮永さんが自分で選んだことだろうし」
少なくとも助けを求めているようには思えない。
「わたしも伊庭先輩に同意っすね~」
「真綾ちゃん……」
「噂がなんとかなっても、たぶん姉御の周りは変わんないと思うっすよ? 今さらみんな仲良くなろうなんて思わないでしょうし、姉御もそれを望んでるかどうか」
「でも……」
「あ、なにも守りに入れってわけじゃないっすよ? こっちから積極的になにかする必要はないってことっす。むしろあっちからまたなにかされたら、全力でやりかえしてやりましょう! 大丈夫、安心してください。花園さんたちの弱みはいくつか握ってあるので。報復には手を抜かないっすよ?」
暮永さんが全校生徒の弱みを握ってるって噂があったような気がするけど、あれって、もしかして…………。
うん。考えないでおこう。
僕がそんな判断を下している間に、那瀬さんはじっとテーブルに視線を落として黙ってしまった。赤い唇は引き結ばれ、長い睫毛が頬に影を落とす。納得は、いっていないんだろうな。
「どうして、そんなに暮永さんを助けたいの?」
訊くと、那瀬さんはなぜか拗ねたように唇を尖らせて、
「わたしは、ただ……看鳥ちゃんから逃げたくないだけです。……今度こそ、ちゃんと向き合いたいってだけで……」
「いや~、姉御は愛されてるっすね~」
「う、うっさいわ……」
「……」
——要するに。
友達なんだ。二人は。
那瀬さんは暮永さんと見えない絆で繋がっていて、だからきっと必死に助けようとするんだろう。
たぶん、そこが僕に一番欠けている部分で、暮永さんが「乾いている」って言うところなんだろう。
「も、もうええわ! あたし一人でなんとかする!」
羞恥か怒りか、顔を真っ赤に染めた那瀬さんは投げやりにそう言うと、「おつかれ!」と脱兎のごとく去ってしまった。
「素直じゃないっすね~、那瀬先輩は」
「ねぇ、柚月ちゃん」
「ん、なんすか?」
那瀬さんが去ったほうを見ながら僕はつぶやく。
「僕って、やっぱりおかしいのかな」
その言葉に、柚月ちゃんは虚をつかれたのか、眼鏡のレンズ越しにぱちぱちと瞬きを繰りかえした。
でもやっぱり、すぐににやっとした笑みをつくって、
「うん。めちゃくちゃおかしいっすよ」
「ん…………柚月ちゃんは、遠慮ないね」
「先輩に遠慮は要らないっしょー」
「まあそうだけどさ……」
そぞろにストローを吸うと、ズズズッ、と音が鳴る。いつのまに全部飲んでしまったのか。試しにコーラのカップを振ると、なかで細かい氷がシャシャラと動く。なんとも退屈な音だった。
「先輩は、そのままでいいっすよ」
僕がハッと顔を上げるのと、柚月ちゃんが「あむっ」とハンバーガーにかじりつくのはほぼ同時だった。
ぺろっと唇を舐めて「ん~!」とご満悦に舌鼓を打つ。もぐもぐと頬を膨らませている様子は、なんだかリスみたいだった。無性に餌付けしたくなるような。
「やっぱり、柚月ちゃんって、不思議な人だよね」
「ダントツで変な人に言われちゃいましたねえ~」
「誉め言葉だよ。柚月ちゃんが同じ文芸部で、良かったと思う」
むふふ、とご満悦な笑顔で柚月ちゃんは笑った。
「ポテト、いる?」
「いる‼」
財布を持って、僕は立ち上がった。
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