第4話 長い、長い茶番
「えっと……ごめん。なんて言われたのか、よく聞き取れなくて」
「嘘つきだって言ったのよ。もしくは海鞘(ほや)吹き?」
「……法螺(ほら)吹きだって言いたいの?」
「そう、それ」
はむ、と赤いエビを口に運びながら頷く。もぐもぐと咀嚼して、まるで断罪までのわずかな猶予を楽しむかのよう。
「おかしいな。暮永さんは僕に御祓いをしてくれるんじゃなかったっけ?」
「一介の女子高生に御祓いなんてできるわけないでしょ? 馬鹿なの?」
「えぇ……」
「まあよしんばできたとしても、意味はなかったでしょうね。なにせ最初から、祓う霊なんかどこにもいないのだし」
確信を孕んだ口調に、僕は言葉を詰まらせる。
「じゃ、じゃあ今までの時間は、なんだったの?」
「あなたの嘘を暴くための時間に決まっているじゃない。わたしは最初から、あなたが嘘つきだって知っていたわ」
テーブルの横はガラス張りで、すっかり暗くなった夜の景色が見渡せた。車道のほうでは、信号が青になると並んでいた自動車の群れが発進、赤いテールランプが遠ざかっていく。それを僕は視界の端で退屈に眺める。
「あなたは不幸体質を演じている。そうでしょう? 伊庭太啓くん」
身体が急速に冷めていくようだった。感覚が冷えて鈍くなっていく。
いや、逆か。
暮永さんの表情が、言葉が、もともと冷え切っていた身体と心を、僕に否応なく意識させるのだ。
ここで素直に頷くのは暮永さんの望むところじゃないだろう。
僕はジュースを飲んで喉を潤すと、
「……じゃあ僕の事故はすべて偶然ってこと?」
と、問うた。
「そこまでの頻度で交通事故に遭っているのに、それを偶然と片づけられる程、わたしも能天気じゃないわ」
「だったら、どうして?」
くるくるとフォークでパスタを丸めながら、
「あなたは、車を避ける気がない」
軽い口調で、そう言った。
僕はもう、空いた口が塞がらなかった。
「避ける気が……ない?」
「ええ。これっぽっちも、ね……。だから異常な頻度で事故に遭うし、性懲りもなく夜に出歩き続けられる」
「……僕に、自殺願望でもあるって言いたいの?」
「さあ。怪我を負えば皆に心配されるとか、面倒な部活を休む口実になるとか、母親の家に行きたくないからとか、どうせそんなところでしょう」
「正気じゃないよね、それ」
「だからそう言ってるじゃない。あなたは——正気じゃない」
真正面からしっかり言われてしまった。
僕はたぶん、一ミリも表情を動かさなかった。
「全部、暮永さんの想像だよね」
「かもしれないわ。けれど……あなたはさっきわたしに嘘を吐いた。確実な嘘をね。だから確信を持って言えるわ」
「嘘なんてついたかな」
「覚えてないの? つくづく残念な頭ね」
ため息をつかれてしまう。でも本当に覚えがない。
「ヘルメット」
「え?」
「わたしにヘルメットでもしてたのかと聞かれて、あなたはこう答えたわね。『まあ、そんな感じかな』って……。でもそれは嘘。あなたはヘルメットなんかしていなかった」
暮永さんの口調は淀みない。
「あなたがしていたのは、ヘッドホンよ」
…………なんで。
「ヘッドホンをしながら夜道を自転車で走るなんて危険な真似、何度も事故に遭っているような人がするわけがない。そう思って、咄嗟にはぐらかしたのでしょう? でも甘いわね。そうごまかす時点で、後ろ暗い事情があると白状しているものよ」
「…………」
なんで、どうして。
この子はここまで言い当てられるんだろう?
驚きは、内心のつぶやきに留まらなかった。
「なんで、どうして、そんなことが」
「わかるかって? 逆に訊くけれど、あなたは本当にわからないの?」
「え、なにが……?」
本気で困惑する僕に、暮永さんは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「呆れた。わたしはすぐにわかったのに」
「ど、どういうこと」
「まあ、あのときあなたはガードレールの近くで痛みに苦しんでいたから、そんな余裕がなかったのもわかるけれどね」
「…………」
……もしかして。
「まさか。あのとき、僕を撥ねたのって」
ごくりと固い唾を呑み込む。
暮永さんはフォークを白磁の器に置くと、
「ええ。わたしのパパが運転していた車よ。助手席にいたのは、わたし」
ふん、と鼻を鳴らしながら、食べ終わった料理に手を合わせた。
僕はこのときほど、自分を馬鹿だと思ったことはない。
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