第29話 幕間3-2

 ……当たってる。

 聞けば聞くほど穴があっても仕方がないような理論だ。それでもすべて当たっている事実に、見透かされていることが恥ずかしいと穂刈は頬が熱くなる思いだった。

 それほどわかりやすい人間だっただろうか。今更になって声を荒げたことが馬鹿らしく思えていた。

 蓮は一息置いた後、目を弓なりにして話を続けていた。


『人間とはどちらかに偏りを感じると不安になる生き物だからね。悪事、悪意に性質が偏ると反対の行動をしたがるものだ。特にゲーム中はウォッチャー内も随分張り詰めた雰囲気になるだろう。だから同僚にも家族にも優しくする。事細かにゲームマスターに確認に行く姿勢も真面目で裏方の方が性に合っているという証左であり、私と一体一で話を任されるほどには信頼がある』


 そして、一言、


『君はきっといい人なのだろう』


「仕事ですので」


 平静を取り戻した穂刈はゆっくりとした口調でそう言う。

 馬鹿気たことを言う。こんなゲームを主催した側の人間に対していい人など、と。

 急におかしくなって、口元が緩んでいることに穂刈は気付いていなかった。


『それでは改めて答えを聞きたい。数多くのゲームを見てきた君が全員生存に大切なこととはなんだと思うかね?』


 そして話は最初に戻る。

 彼が最初に言っていたのは、意識づけをすることだ。そしてその次に必要なこととなると――


「……信頼、ですか?」


『残念、不正解だ』


 出来の悪い生徒を愛でるような目に、穂刈は頬を膨らませる。

 答えは蓮の杓子定規であるため、そもそも正解することが難しい。しかし一方的に穂刈の内情を当ててくる彼に一矢報いたいと思うようになっていた。

 なんだろう……

 真剣に考える。そもそも全員生存は過去例がない。その手段も穂刈は知らないし考えたこともない。

 いや、駄目だ。ウォッチャー目線で考えていてはわからないことだ。一プレイヤーとして考えないと答えはない。

 目を閉じて、息を吐く。穂刈の出した答えは、

 ……わからない。

 プレイヤー目線になるにはゲームを外から見過ぎている。今更その心情になって考えることなどできない。

 悔しくて、情けなくて、声を上げて叫びたい衝動を押さえつける。

 そんな穂刈を無視して、蓮はごく当たり前のように言い放つ。


『正解は全員生存が不可能ということに気付くことだよ』


「はい?」


 あまりに突飛な内容に穂刈は固まってしまった。

 ……当たるわけないだろ!

 フリーズした頭が溶けるとともに怒りが沸き上がっていた。

 幸いだったのが真っ白になった思考のおかげで、衝動的になる前に考える余裕があったことだった。

 思わず拳に力が入るのをほどきながら、穂刈は息を整える。


「不可能とわかっていてあの提案をされたのですか」


『ああ』


「意味がわからない。それでは今ゲームをしている彼らは道化に過ぎないというのですか」


『そうでは無い。そうでは無いのだよ』


 蓮は首を振って否定する。

 そして、


『大事なのは用意された舞台では全員生存が不可能ということなんだ』


「どういう意味ですか?」


『過去幾度と全員生存を掲げたグループはあっただろう。それでも達成されることは無かった。当たり前だ、そんなルールがまかり通るなら全員そうしてゲームが成り立たない』


 確かに、と穂刈は頷く。

 ただ記憶にある限りでは不殺を掲げた人はいたが、今回のように半数以上が全員生存に向けて共闘することは無かったと思い返していた。


『ではどうするか。ルールに抵触しない範囲で抜け道を見つける他ない』


「不可能です」


『そうでも無いさ。なんにしても完璧などありえない』


「それは──」


『それはそちらが一番よくわかっていることだったね』


 そう言われ、穂刈は言葉に詰まる。

 心に針を打たれたようだった。

 ルールも役職も、タスクですら毎回ブラッシュアップしている。それはマンネリ化を避ける意味もあるがゲームが完全に崩壊する可能性を秘めたものを洗い出すことが一番のメインだった。

 もちろんそんなことは誰にも伝えていない。顧客ですら、知っているものは少ないだろう。

 何故そこまで分かるのか。いまさらな質問が穂刈の頭をよぎり、


「……それも全て憶測ですか?」


『そうだよ。まあ、どちらかと言えば推理と言って欲しいがね』


「それでルールの穴には既に気づいているのですか?」

 

『オーディエンスのためにも言わないでおいた方が楽しめるだろうが、申し訳ない。あの短時間で思いつくことは出来なかった』


 すまない、と頭を下げる姿がモニターには映し出されていた。

 そりゃそうだよなと、安堵する半面、

 彼でも無理なのか……

 それは自分たちが完璧に仕事をしている証拠であったが、穂刈は失望する気持ちを隠せずにいた。


「無責任では無いですか?」


『人間死ぬ気になればある程度できるものだよ。もしかしたら私が開放される頃には問題が解決しているかもしれないね』


 それを無責任というのではないかと、心の中で穂刈はつぶやく。

 ありえない話では無い。一人の知恵よりも十人の知恵の方が単純に考えればアイデアの数は上回る。

 ただ、と穂刈はゲームの進捗を横目で見る。

 ……駄目だな。

 ある程度まとまっているがそれでは足りない。そんな簡単なゲームではない、最後には瓦解するのが目に見えていた。


「どうでしょうか」


 何処までが本心か、モニター越しでは計り知れない蓮の表情に意地悪く穂刈は声をかける。

 彼は全く気にした様子なく、


『なんにせよ、今は見守ることしか出来ないさ』


 そう言うとまた目を閉じる。

 ただ寝入る前に小声で呟く声があった。


『健闘を祈るよ』

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