第30話 初日 0:00-1
「手詰まりだったところで朗報と言えばいいのか、さらに拡大した探索範囲に嘆けばいいのか」
再度集合した七人が情報共有を終えると、源三郎はそう呟いて、眉間を指で押さえていた。
話の焦点は地図と別棟、そして地下に向けられていた。しかし一階の地図をくまなく見ても地下に繋がる階段は見つかっていない。
隠されているのか、そもそも行けないのか。その判断は見送りになっていた。
しばらく議論をしていた後、益人がだらりと身体を地面に投げ出して、
「それより休息はどうする? 嫌だぜ、三日も寝ずに歩きっぱなしは」
そういうが直ぐに返事はない。
時間は有限で、しかし全員の顔には疲労が見て取れる。しっかりとした休息は必要だが、それが今かという判断が誰にも出来ずにいた。
牽制し合う人を他所に、寝転がる益人はいびきをかき始める。その姿に春夏はため息をつくと、
「安全地帯はないから交代かしらね」
「二時間ずつの二人監視でいいんじゃないか?」
提案に乗る形で颯斗が言う。
それに反対するものはおらず、次に決めることは順番になるのだが、
「なら真ん中の二時間は俺が担当しよう」
源三郎が手を挙げていた。
最大四時間連続で眠ることができるが間の人だけは途中で起きなければいけない。それがどれほど影響するかわからないがどうせなら連続して休憩を取りたいと思うはず。
誰かが割を食う必要があるならと、源三郎は考えていたが、春夏はそれに首を横に振った。
「あら駄目よ。これからどうなるか分からないのに、大事な男手が疲れたままじゃ不安で仕方ないわ。女性三人がいいと思うわ」
「それでは不公平だろう」
「今そういうこと言ってる場合じゃないわよ。大事なのは睡眠よりも攻略。それを第一に考えたらどうすればいいか分かるでしょ」
諭すような言葉に、源三郎は黙るほかなかった。
「なんでもいい。早く寝させてくれ」
いつの間にかに起きていた益人はそれだけ言うとまた眠りに入っていた。
益人がさっさと眠ってしまったため、男性三人のうち誰が休むかという話になった。正直誰もがどっちでもいいという感じだったため、じゃんけんで勝った源三郎が先に休むことで決まった。
部屋の入口から見て左奥に男性が、右奥には女性が眠るようになっている。距離を置くためではなく、交代の時に寝ている方を起こさないためだ。
颯斗と和仁は警戒のため部屋の外、廊下に出ていた。通路が見える階段の踊り場で待機する。
これなら通路側から誰か来ても、階段から来てもその存在の察知を早くできる。懸念は途中の部屋から急に現れることだが、そうならないように事前に確認済みだ。
颯斗は壁を背にして座っていた。手には拳銃を持ち、いつでも打てる状態にしてある。
「ど、どうも」
そのすぐ横に和仁が座る。人一人分の距離を開けて。
「いや、ビビられても困んだけど」
「ごめんね。こういう性格なんだ」
何度も頭を下げる姿に、あっそと、興味をなくした颯斗は、
「ビシッとしてくれよ。そんなんじゃいざって時に役に立たねえぞ」
「うん、頑張るよ」
根拠の無い宣言に、
……大丈夫か、こいつ。
颯斗は怪訝な目を向けていた。
それに気付いた様子もなく、
「颯斗くんはすごいよね。ちゃんと活躍してるしさ」
脈絡のない褒め言葉に、颯斗は眉間に強く皺を寄せていた。
「それは女ひとり守れず怪我をさせた当てつけか?」
「そ、そういう意味じゃないよ。交渉だって出来るし勇気も機転もある」
「あれだってもう少し向こうから情報を引き出すことも出来たはずだ。後悔しかねえよ」
「ごめん、気の利いた事もいえなくて」
一人俯く様に、
……結局何が言いてえんだ、こいつは。
嫌悪感を顕にするが見る気もないのか、和仁は俯いたままだった。
会話をしているという実感がないまま、颯斗はとりあえず話を続ける。
「気の利いた事言えって頼んだわけじゃねえんだから無理すんなよ」
「羨ましいなぁ」
「は?」
ぷちと血管が破れる音が颯斗の脳内に響く。
やめろ、やめてくれ。それ以上何も言わずにいろ。
その願いは虚しく煙のように消えてしまう。
「そうやってはっきりものが言えて。僕は人の顔色を伺って生きてきたからそういう──」
それは初めての体験だった。
耐え難いストレスを感じる前に脊髄が司令を出して作った握り拳を躊躇いなく和仁に向ける。
当たった衝撃を感じるまで自分が何をしたのか理解出来ず、
「なっ、な……」
頬を押さえる和仁を見て、
……殴り足りねえ。
颯斗はもう一度拳を作るが、今度は振り被らずにゆっくりと手を突き出す。
和仁の鼻先に拳を置く。鼻息か吐息かがかかり気持ち悪いと感じつつ、
「お前、びっくりするほどウザいよ。何が言いたいかわかんねえし何がしたいのかもわかんねえ。殺していいんなら殺しそうだわ」
「ご、ごめん」
「謝んなや。何が悪いかもわかってねぇのによ!」
咆哮と共に颯斗は壁に拳を突き立てる。
骨とコンクリートがぶつかる乾いた音に表情が歪む。数秒耐え、肺の中の空気を吐き出すと、逆の手に持っていた拳銃の力を抜いていた。
その時、
「うるせえ! 何時だと思ってんだ!」
拠点から出てきた益人が、鬼の形相で睨みつけていた。
その後ろから春夏が薄く閉じた目のまま覗いていた。
「……大丈夫?」
「すまん、なんでもない。気をつける」
「そう……ならいいけど」
そう言い残し、春夏は部屋に戻る。
一人残った益人もしばらく二人を睨みつけたあと、大仰な舌打ちをして戻って行った。
静寂の中、颯斗は軽く息を吐いて、
「勘違いすんなよ。この場に集まっているからって別に仲間でもなんでもないんだ。用がないならもう話しかけんな」
「……ごめん」
かすれた声を颯斗は聞いていないふりをして前だけ見つめていた。
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