第25話 郷裡は暗澹とし撈月と無道~・5・~

ふぅこれで次に移れるよ。てっきり軍事企業の社長さんが乗り込むと思ってたのに。何もしないとはね。期待外れだったかね」

エレベーターを降りた女は脳内にあるアジトの場所を確認していた。

「さてと、今から君たちの面でも拝みにいくかな」

(これでこの会社からおさらばできるし、あとは彼奴らのデータを見てだな)

女は胸元に視線を落とし、更に考える。

「まぁその前にこの映像を少しいじらなきゃね」

「あっそうだ。道化らにもメッセージを送らなくちゃ」

パスワードだけ掛けた携帯を取り出し〝明日夜、二体のサンプルを西の国境まで運び、戦闘は西から開始。只一斑は朝から西へ行き作戦行動に移せ〟と送った。

女は地下から自分の研究室に戻り映像を編集し、クーデターを起こそうとしているアジトへと足を向けた。

目的地に着き入ると男数人に此方を凝視しされ強張る演技をした。

「大丈夫だ。内通者だよ」

ふと、一目見て視線を下ろし答えるリーダーの男。

「そうなんですね」

リーダーのセリフと様子を見て張り詰めた視線を解くデータに居なかった男たち。

女は安心したそぶりを見せ、そろりと一つだけ開いた席に着き口を開く。

「明日の夜デジタルサイネージを占拠して我々の脅威を見せ付けるのはどうでしょうか」

「つてはあるのか?」

「あります」

「そうか、それで何時ごろを予定してるんだ?」

「九時ごろなんていかがでしょう?」

「君がそれでいいなら任せるよ。それに満月だからね」

「それで、意思表明をした次は?」

「大企業達が隠してきた事実を公表する。多分それだけじゃ足りないから。実際にそこに行って研究者たちを映して事実を話させ、全市民に向けて流す」

「彼奴らを生かすんですか?」

「暴力では何も生まない社会的な断罪が必要なんだ」

「それじゃクーデターとは言えないんじゃないかしら」

「この都市を誰が牛耳っていると思っているんだい?この情報を流すだけで十二分だと私は思うよ」

「それもそうね」

「それで、芋女!そっちはいくらか集まったのかしら?」

「はい、二十人ほどですが・・・」

「内訳は?」

「技術職三人に実験体十七人です」

「貴方、実験体にされた人たちも使うの?少し道徳心が無いのではないかしら?」

「いえ、私には誘えるのが限られてまして・・・すみません!このことを話したら力になりたいっていうものですから」

「流石、都民ね」

「よさないか!二十人も加わるんだ。今はプラスに考えよう」

「それで、見分けがつくように何かマークを作るのはどうだ?」

「いいわね。じゃぁ月を両手で掬う絵、何てどうかしら?」

「月の形はどうするんだ?」

「そりゃ満月だろ。そうだろ?」

「それが良いわね」

「じゃそうと決まれば行動に移そう。さぁ録画した映像を見てみようじゃないか」

一方、栃佐野家では帰って来た翌日に使者から今日を含めて二日だろうと言われたが、焦る様子はなく道場で神力を流しながら体を動かしていた。最小限で神力を運用しても木の床は足の型を作り、最初は注意していた蕺だったが終いには黙り自室へと戻るのだった。

そんなことに気にしていられない葵は黙々と様々な技を繰り出していた。

(壊すなって言っても此処が一番柔らかいから、神力を流した身体を動かすには一番効率が良いんだもんな。仕方ない、仕方ない)

動く身体に神力が馴染んだ頃、少し体を冷やすために外に出ると満月になりかけの月が此方を照らしていた。そんな頼りない月を葵もまた見つめていた。又、道場に戻り今度は血書を使い神力の分配を試そうと思い思考錯誤していた。

「うーーーん、この前は本全体に纏わせてたからなぁ。一頁だけ摘まんで一文ずつ流してみるか」

そうすると流した部分だけの内容が流れ込んできた。それは、自分の祖先がこの力を手に入れた軌跡が記されていた。

〝私達は山を開拓することになり移り住もうとしたところ土を掘ったら丸く大きな岩を見つけ、つい綺麗だと思い触ると頭の中に声がし身体から力が湧き始めた。その声はこの力の使い方を学び出来る限り子孫まで繋ぐ事と言い消えた。最初は使い方が分からなく鶴嘴や鍬、鎌などを壊し続け、同じ移住者で道具を作っていた人を転々としその度に買っていると壊れない物に出会った。それから何代にも渡り関係を持ち続けたが、やがて移住してきた人も減り獣が増えそれを退治するのに武器が必要になった。その為、お願いしに行ったが渋い顔をされた。折れる事の無かった我々は退治は我々がするからと言う条件で造ってもらった。それで獣を退治しに行ったところ獣の力を凌駕し難なく倒した。それに驚いた四代当主はその余りの出来の良さに作っている所を見せて欲しいと頼んだが断られた。上記の通りこの事が始まりであった。そして、この造られた武器の総称を神弼刀(しんひつとう)と名付ける事にした。書き役:第五代当主 栃佐野 重蔵〟

葵は手を離し頭を掻く、そしてその内容に少し笑う。

「ほーーーーん。そんなことがあったのかぁ。へぇーーーー。見せて欲しいって頼んで断られたのか随分信用が無いねぇ。あははは」

また、閉じた本を開きさっきの頁まで戻ると栃佐野重蔵の下に読んでない部分を見つけ読むと〝注:私の父親は信用が無かったよう〟と記されており今日一番笑った葵であった。

そして続きが気になり次の頁も読んでみると今度は〝神代文字を刻むにあたって〟と題されており更に読み進めると〝神代文字を刻む時にその効力の大きさを決めるのは作りての神力との相性、その物を造る才そして、信念の純度である〟と書かれていた。それに対して葵は小さく頷くだけだった。

各家も最後の準備に入り分家達は必要な荷物を詰めていた。

「こういう事になるなら最新のクオンタムボックスを買えばよかったな」

「そういうと思って買ってあります」

「それいくらすると思ってんの?」

「一千万位だったかなぁ~」

「貯金全部なくなっちゃった」

「そうね、これから使えなくなるかもしれないからね」

「安心してほしい。娘の好きな服買って此処に入ってるから」

「あらあら、私の分は無いのかしら?」

「そ、それは北の中央国に行ってから何か買います」

「お金が無いのに~?通貨が違うのに~?」

「働くからぁ勘弁してくれ」

「楽しみにしているわ。別に高いものなんて要らないわよ?」

「ちょっと!?この金槌と鉄床、其れに斧と梃、乳鉢に金箸が入らないわよ」

「もしかして、神力を流したせいで物質が変性してるのか」

「分かったから、こっちの袋に入れて持ち運ぶわよ」

沫立家では俊が映像を何度も確認していた。

「親父の野郎嘘ついてたのか?」

「あの二人は前当主より強くなるって言ってたろ。勝ってんじゃねぇか。彼奴らにこれを流すか・・?」

「ん・・でも神力に薬剤の効力を考えると・・・結構強くなれるんじゃないか・・・」

「やはり・・」

場面は変わり女研究者は予定時刻よりも遅れて送られてきた映像を編集されてないか確認し見始めた。

「やっぱり彼らは凄いな・・・本当に木の棒の音なのか?」

「・・・やっぱり、あの男気付いてるな・・・子供二人の動きに被る様に出来るだけ見せない様に立ち回っているな・・・」

一通り見終わったその研究者は画面を落とし椅子に深く座り直し背もたれに体重を掛ける。

「はぁ思ったより重労働になりそうだね。子供の方が良かったよ」

溜息を衝きつつも携帯で追加のメールを送った。

内容は〝一斑は完全武装の他、薬の常用の許可〟であった。

「あの使者の片割れが東から回らないのは何か理由があるんだろう。残りの人間を捕まえてもよさそうだけど、居るだけ大変だし何か他にあるかもしれんしな。まぁ最悪、西の国境まで超えれば良さそうだな」

そして、当日の朝になり葵は朝食を食べいつもの様に木に登り都市を眺めていると都市の周りから離れてちぐはぐな建造物が混在しているのが目に入った。神力で目を強化し覗くと人々が都市の方向へ向かって歩き出したり、車やバスで移動し始めていた。その後も良く凝らして見てみると都内とそれ以外の建物は根本的な違いが感じられた。

(なんか、都市外の方が古臭いんだよなぁ。それに高さはほぼ同じなのに質感が違ったりしてんだよなぁ。何なんだろなぁ)

そんな事を考えていると春蘭が家の前まで来ていることに気付いた。駆け足で出迎える。

「ちょっと遅いわよ!ほら!これ。渡したかんね。ちゃんと生きて帰るのよ!」

早口でまくし立ててよこしたのは布に包まれた刀だった。

「あぁ俺にか」

「お礼言いそびれたな・・・まぁ次会ってからでいいかぁ」

「早速見てみるか・・・」

葵は道場に行き布を外し取り出す。

姿を現したのは鈍く輝く鉄黒の頭に朧銀の鯉と鍍金の水草、柄巻は鼈甲色でその間から覗く鮫皮と重く光る金の目貫は片方は滝を上る鯉で一方は雲間を八の字に這う龍であった。

縁は頭と同じでゆったり泳ぐ鯉が彫られていた。次に引っかかりながら出てきたのは蓮葉文透の鍔であった。その蓮は右は横から左は上から見た構図になっていた。

最後に現れた鞘は墨で言う焦のごとく濃く、マットな仕上がりになっていた。

刀装具に見とれながらも鞘から刀身を抜くと刀身全体に波紋が出る皆焼(ひたつら)が目に飛び込んできた。刀身は葵の間抜け顔を映すが、これまで見た事の無い波紋に見入られていた。切っ先は大鋒(おおぎっさき)になってるのも気付かなかった。

葵は鞘に戻し試しに神力を入れどんな効果が付与されてるか確認してみることにした。

神力を込めると葵は驚嘆した。血書よりも神力の浸透具合が滑らかですべての部分に自分で操作しなくても均等にしてくれた事。そして、刀が透明になり自身も透明になった神代文字の効果に。

自然に脳内に流れる神代文字は以下の通りであった。

刀身には金剛化

鍔には一体化

鎺には凝着

柄の組糸には紐付化

目貫には抽出

縁頭には付加

鞘には透明化であった。

それぞれの効果は以下の通りである。

金剛化は刀身を金属を超えた強度へと昇華する。

一体化は刀身と刀装具を一つの物体と捉える事で武器としての歪みを無くし振るいやすくする。

凝着は触れている物どおしをくっ付き合わせる。

紐付化は使用者と刀との間に繋がりを持たせその恩恵を受けさせる。

抽出は神代文字の効果を選び、選択したものの効果を発揮させ、選択しない場合は抽出以外の全ての効果が発揮される。

付加は一つしか効力がない刀装具や刀身に限りもう一つ他から加えれるが二つが限度で重複は不可。

透明化は鞘を消すことは出来るが鞘がぶつかる音や匂い、鞘の欠片などは効果外。

「凝着と一体化が類似してないか・・・まぁいいか」

葵は何度か神力の量を調節して効果の増減を試したところ。それに当てはまるのが金剛化、凝着だけであとは変わらなかった。

(まぁ使っていく内に閃くだろう。ちょっと技とこの刀を同時に使ってみるか)

外に出て七試式では見せなかった居合をしてみると、ちょっと困った事になった。

葵が抜こうと思ったところ、凝着の効果で鞘と鎺と鍔がくっ付いてしまい足裏も床に張り付き、手も柄にくっ付いたままになった。

「あーなるほど・・・これで抽出が生きるのな」

葵は再び同じ態勢になり同じ様に神力を注ぐ。

またしても紐付化で自身にも金剛化と凝着、一体化、透明化の恩恵を受け皮膚は更に強靭になり服も引っ付き足も地面にくっ付く、更に刀には自分の感覚が宿ったかのようになる。しかも、その状態で刀を引き抜く為に力が入り続ける。しかし、それを外から認識できる人間は居ない。

抽出の効果で凝着だけ除外した瞬間、鞘から刀身が勢いよく離れ透明化が解除されそのまま水平に空を切る。

この時、強化された肉体、しかも神力を纏った刀で振るわれた一刀は易々と斬撃を飛ばし道場の壁を切り崩した。

その音に驚いた蕺は急いで物音のする方へ駆けつけた。そこには半壊した道場と刀を握りしめて茫然とする葵がいた。

「何やってんだーーーー!!!」

「ぅお!?なんだ?!」

「道場をこんなにしてーーー何の恨みがあるってんだよぉーーくそーーー」

「こんな威力があるなんて思わなくてさ」

「うぅ・・・くそ・・・」

「いやぁもうそろそろ此処を離れなくちゃいけないんだからさっ。無くなる訳でもないしさっ。元気出して」

「・・・・・」

「もう俺が悪かったから勘弁してよぉ」

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