第24話 郷里は暗澹とし撈月と無道~・4・~

 女中に案内されたのは、石が円状に広く縁どられており地面より少し高く積まれた土が四角く慣らされていた壁の無い柱だけの建物であった。その土の台が濡れないよう四方に柱を支えとして屋根が付けられていた。

するとそこにザっザっと歩く足音が二つ近づいてくる。

 「やぁ随分早かったね」

 「えぇ楽しみにしてきたもので」

 「それは嬉しい事だ」

 「ちょっと待っててね色々持ってくるから」

 「あっはい」

 「分かりました」

 まだ準備が終わらないのか千万は道場に向かう。

「お前は何が出来るんだ?」

「いきなり失礼ね。剣術と居合と少し合気位ね」

「そう言う貴方は?」

「俺はな合気が柔術に変わっただけで他は同じだよ。後はまぁちょこちょこっと・・・そんな感じ」

「へぇ意外とちゃんとしてるのね」

「意外ってなんだよ」

「なんでもなーい」

「変な女だなぁ」

そんな話をしていると何十本もの木刀を持ってきた千万が戻ってきた。

「いやすまんね。終わったから早速始める?」

「そうですね始めましょう」

「そうね」

「取り合えず今日は神力を持ってる人だけでやろう。息子と私の弟が見学するけど気にしないでな」

「まぁはい。で試合順はどうします?」

「まず私と綵花君、その後私と葵君、その後葵君と綵花君ってのはどうだい」

「それで構いません」

「俺もそれで構いません」

二人は開始位置に衝き葵が外で合図をする。

「はじめっ」

その合図でお互い切りかかるかと思われたがそんな事はなく様子見をしている様であった。千万は中段に綵花は少し半身の下段に構えた。葵は二人が使う神気に色が付いてる事に気が付いた。

お互い中段の構えになり足の指先で地面を摘まみながら距離を縮めていく。切先を通り過ぎ小鎬の領域まで入った瞬間、千万は綵花の顔目掛けて突きを放つ。その木刀の軌道を沿うようにして自身の木刀を地面と垂直に立たせ右脚を深く踏み込み左脚の脛は地面と平行になった。腹があった位置まで顔を落とし回避した。

そのまま流れる様に一時の間も無く千万の木刀を擦りながら小手を狙う。

千万は拳一つ手前で払い上げると右足のひきつけを同時に熟し左足を下げ振り下ろす。

綵花は下ろされた木刀の鎬地に自身の木刀の根元を沿わせ方向を自身から外させながら千万の木刀を上から抑える様にし肩と肩が密着した状態になる。

そのまま踏ん張り合いになり押し固めた土は脚で削られていく。

綵花が一押しした所に小さな空間を作る様に身を引いた千万は肘を綵花の肘下に入れ搗ち上げ、左の背中で吹き飛ばす。

また、お互いを見やり、じりじりと間合いを詰めていく。

千万は下段に綵花は柄頭を鳩尾の位置まで上げ脇を閉め体に密着するようにして水平に構える。

徐々に詰る距離と息。やがて呼吸の境目が無くなり空間は張り詰めていく。

微かな呼吸の揺らぎに綵花が反応し木刀と一体化したようにそのまま突っ込む。

千万は踏み込んだ綵花の右手と左手の僅かな間に孤を描きながら弾き飛ばすのと突きを同時に行った。

柄と鎬がぶつかる瞬間に綵花は左脚を前に出し身を反転させ、これまで水平に構えていた木刀を少し立たせ受けた柄を滑らし千万の懐まで入る。

綵花はさっきのお返しの様に肘で搗ち上げる仕草を入れる。

それを察し伸びた右肘を透かさず引っ込める。

綵花はにやりと笑い逸らせていた柄を前まで滑らせ持ってきて左手で千万の右手を搗ち上げる。

綵花は木刀を担ぐ姿勢になり、千万は右手が左肩まで行ってしまい顔ががら空きになる。

綵花は顔目掛けて近くなった距離を調整するように左脚を引き又も身体を半身にし切り込む。

千万は右脚に体重が乗ったままタイミングを計っていた。迫る一刀の速度と同じ速さで右脚を引き、身体を半身にしながら角度を変え木刀の軌道上から外し左手を強く握り綵花の右小手を切る一刀を下ろす。

綵花の木刀は空を切り、千万の木刀は綵花の小手の上にある。勝負は千万勝利に終わったのだった。

「次は、葵君!いこう!」

「休まなくてもいいんですか?」

「大丈夫さ」

「では、お願いします」

用意してあった木刀を無作為に選び綵花と入れ替わる様にして中に入る。

仕切り線まで進み構える両者。千万は右脚を深く前に出し半身になり木刀を隠す様に左脚と同じ位置に置き構える。それに対して葵は中段の構えで動くことは無い。

そろりそろりと指を這うようにして縮まる距離。気付くと両者は制空権一歩手前まで来ていた。

次の瞬間千万は右脚をするりと踏み込み左下から葵の脇の下を目掛け振るう。

葵は丁度木刀の中間の鎬に木刀の剣先を当て軌道をずらし自身の木刀を下に潜らせ峯で払い上げる。

葵はその隙を見逃さず一歩踏み込み胴を水平に切るが千万が右脚を引き躱し上段に構える。

お互い見やり葵は左脚を引き付け右の肘を突き出し左肩に担ぐように構える。それと同時に千万は左脚を前に出したまま右脚に添わせるように身体で木刀を隠す様に構える。

今度は葵が土に指がめり込む踏み込みをする。そのまま突っ込む葵の死界になった左下から切り上げる千万。

葵は笑みを浮かべる。ほとんど見えない中、下からくる一刀の軌道を変える様に上から振るった。

地面すれすれの葵の木刀、空を切った千石の木刀。

葵は木刀を瞬時に翻し刃と峯を変えそのまま右小手下から切り上げた。千石はその一刀を押さえつけようと振り下ろし、木刀とぶつかる瞬間に葵の木刀は折れて綵花の傍まで飛んで行ってしまった。その木刀の柄は葵の手の形に形成されていた。

「あ・・・あれ?」

「あははは、残念だな」

「綵花君、交代だ」

「はい」

二人は新しい木刀に変え相対する。

二人とも正眼の構えですり足で距離を詰める。葵は左小手目掛けて予備動作なく下ろす。綵花は左手を離し木刀を横に水平にし峯の中間に添えた。そのまま葵の木刀を左に受け流し柄元で顔面を突く。

葵は柄で綵花の右手に引っ掛け上から抑えるようにし鍔迫り合いの形にする。

そのまま葵は押し切ろうと力を入れる。それに反発すると見せかけ綵花は右脚を引き上半身の半回転させ刀身を隠し右脚を出すのと。

葵は綵花の切り上げに対し綵花と木刀の間に自身の木刀を入れ左孤を描くようにして逸らす。

一瞬、両者は自然と上段の構えの様になるが、綵花は左の袈裟切りに入り葵は袈裟切りを躱す様に右脚を大きく引きその一刀を逸らし押さえつける。

地面すれすれに交差している両者の木刀は一寸も動くことは無く、数回の瞬きの間が過ぎる。その瞬間葵が滑らかなすり足で間合いを詰め綵花の首、目掛けて下から木刀を突く。

それに対して綵花も押さえつけられた反動を利用し葵の首、目掛けて左足を少し引き体制を下げながら葵の両腕の間から首を刺す一刀を放つ。

葵は綵花の右首に切っ先が、綵花は葵の右首に切っ先が触れていた。両者の木刀が触れたのは同時で尚且つ瞬きが出来ない刹那の出来事であった。

「なかなかやるのね」

「ちっとも誉め言葉になってねぇ」

「大体わかったわ皆の実力が」

「なんか上から目線だな」

「私は驚いてるよこんなに強いだなんて。此れならどんな相手でも突破できるかもね」

(何なんだあの二人?!動きが殆ど残像に見えた・・・)

「じゃあこれから代わる代わるやって行こうか」

「そうですね。慣れさせる必要がありますから」

「私も賛成です」

三人の他に二人も混ざり実践紛いの試合をしていった。ただ屋敷の二階でお爺さんとそれに抱えられる子供がその様子を見ているのだった。そして、斜陽を背に沈むまで五人は打ち込み合っていた。

翌日、地味な女研究者はいつも通りに出勤していた。あの組織に渡せれた小型カメラを胸ポケットに仕舞いながら。

普段使用している研究室に入り出来る限りの情報を映していく。随分古典的だが何処かに保存するより足がつかないのが一番の利点だった。

只、それを監視カメラで見ていた男がいた。それは石の研究をしていた者だった。

「神樹が姿を現すまで今日を入れて多分二日だからね。急いでこの声を録音してAIで違和感なく話せるようにしなくちゃ」

そんな事にも気づかずに今日も滞りなく作業と仕事は終わり研究室を出ようとすると其処には社長直属の研究長が来ていた。

「やぁお疲れさん」

「は・・い。お疲れ様です」

お辞儀と共に鞄の持ち手を肩にかけながら素早く胸元のカメラを左腕で隠す。

「今日はお急ぎかね?」

「は・い。帰って溜めていたドラマを見ようと思いまして」

女はそのまま怪しい研究長の横を通り過ぎてゆく。すると、その男に肩を掴まれ腰辺りに筒状で硬いものを押し付けられる。

「言われなくても分かっているだろう?ここで引き金を引けば君は死んでしまう。此処で殺しても良いが君はどうする?君の両親はまずまずの家柄だし大事にされてきたんだろう?此れから会えなくなっても良いのかな」

「私に脅しは効きません!」

「そうだね。君を殺してしまったらそこまでだけど、それが親御さんだったらどうします?二度と父親と母親に会えませんよ?」

「私にどうしろと?」

「ちょっと二重スパイをしてもらうだけですよ。さぁこれを付けて差し上げましょう」

研究長が女にしたのは目隠しであった。どうにかずらそうと試みるが少しもずれることは無く、完全に視界を遮られたのだった。

そのまま二人の足音しかない通路を歩き階段を降り、外界の音が消えたかと思えばバスか電車か分からない物に乗らされ移動する。何分経ったか分からないが乗り物は止まり降ろされ、しばし歩き、今度は音が籠りエレベーターに入ったと直感する。そのまま数秒上昇して止まり扉が開く。

開いた瞬間から勢いよく冷えた風が入り込み髪を激しくたなびかせ顔や首にまとわりつく。男は少しうっとおしそうにしながら女に歩くよう指示をだす。

十数歩、歩いたところで止まらされ男は掴んでいた私の肩を軸にして180度回りだした。ビルの屋上でしかもその際まで行かせておいてその立場を逆にした事に私は混乱し意味が分からないでいた。男は気取られない様に指で携帯を落とす。

そして、男は肩から首に掴む場所を変える。そして男の手は微熱を発し更に熱くなる。女は熱いと条件反射の様に身を屈めようとした瞬間、閉ざされたはずの視界が夜空を認識した。

何故か私は女の人の首に手を置きポケット越しに拳銃らしきものを当てている。咄嗟に放してしまい女が此方を振り向く。それに私は驚愕し言葉を詰まらせる。それはこれまで写真や鏡で見てきた私の顔そのものだったからであった。急いで拳銃の光沢で自分の顔を見ようとする。胸が無い事に気付きつつも確認するとさっき見ていた男の顔であった。

女だった者は拳銃を取り出し両手で構える。自分に向けてるように思え気持ちが悪いがそうするしかなかった。

男だった者はにやりと笑い女だった者に詰め寄る。男になったものは近づく自分の胴体に打つ事が出来ず、足を打とうと引き金を引くが弾が出ない。

「それは模造品だよ」

そう呟く女になった者は私を蹴り飛ばす。女だった者はよろめき後ずさりし熱くなったお腹を押さえる。背中により一層下からくる風を感じていると更に蹴りを入れられる。

そうすると上半身は完全に空中へと持っていかれ頭を下にして落ちてゆく。反射する男の顔と街のネオンが雨の様になり私を後悔の念と共に包んでいく。

「ぁいた」

その心情が大きく言葉として出ようとしたと同時に混交された中身が地面に零れた。

人気は全くなく物音に反応し出てくる動物も寄ってくる虫も居ない。ただ其処には霞んだ白と艶がでたビビッドな赤に染まる髪の毛が散らばり二次元的で奇怪なポーズをしている男の死体だけだった。

「あーあ残念だね」

恐る恐る覗く女は半笑いで身を引き携帯を拾う。そして、トコトコとエレベーターまで向かうのだった。

「久しぶりにやると鈍るねぇ」

女はその密室で溜息に似た息を吐き呟く。

そして、その女の首に出ていたのは3,000年以上前にあの場所で集まった子供たちにあった魔術印章とひどく似通っていて馴染む様に消えてゆくのだった。

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