第23話 正編:郷里は暗澹とし撈月と無道~・3・~
「七試式(かずみしき)ってなんだよ?」
葵は胡坐で左ひじを左ひざに衝き使者を背にして問うた。蕺は一瞬目をすぼませ葵に言ってなかったことを思い出し慌てて説明しだす。
「えっとなぁ。七試式ってのはなぁ。剣術・居合術・棒、杖術・長刀術・槍術・柔術・弓術の七つを用いてお互いの家と試合をして心技ともに練成する事を目指して造られたものだ。まぁ今となっては剣術とか居合とか柔術ぐらいしか合わせられないけど・・・まぁそう言うこった息子よ。まだまだマウントは取れるぞ?」
肘で支えるのを止め肩を落とし深く溜息を衝き父親の顔を見る。
「うるせぇ。そう言うのは初めの方に教えるんだよ。阿保!」
「まぁまぁそういうなって」
いきなりの提案に綵花は蕺に明日でもいいかと提案をする。
「おうそうだね。沫立さんはどうですか?」
静かに聞いていた沫立千万に蕺は笑顔を向ける。千万は視線を落としたまま正座した膝に掌を乗せて絞り出すように答える。
「そうですね・・・我々も準備しないといけないので・・・」
「いいじゃないか別に、焼石に水かもしれないけど。七試式って模擬戦みたいなもんだろ?少しは身内じゃない人間と試合した方が良いんじゃないか?」
どこか否定的な千万に俊が遮り、その言葉は千万を説得させた。
「まぁそれもそうかぁ」
一同がやる方向に意思表示をし蕺は低声で場所を決めにかかる。
「では何処でやりますか?」
「私たちは何処でも構いませんよ」
一瞬間が開き風が戸を揺さぶる。
「今日は我々の家だったので沫立さんの方にお邪魔してもよろしいですか?」
「私達は構いませんが山女さんたちは遠くなってしまいますけどいいんですか?」
山女不香は終始笑顔を崩さずに柔らかな声を響かせていた。
「はい、私たちは大丈夫ですよ~」
「では明日、この時間で沫立さんの所で」
作戦も一応には決り、皆は家に帰る為立ち上がり一言ずつ頭を下げて帰るのだった。
「えぇでは作戦も決まりましたし失礼しますね」
「失礼しました」
「それでは我らも帰るとしよう」
「・・そうですね。では失礼します」
皆が帰った後、蕺と葵は道場で相向きの形で胡坐をかいていた。
「で、これで何すんの?」
「血書を使って神力を物に流す練習だ」
葵は懐に仕舞っていた血書を取り出し徐に開くがこの古いものに神力を流しても大丈夫なものかと怪訝そうな顔になる。すると、それを見越した蕺は口角を上げ嬉しそうにする。
「大丈夫。いくら強く神力を流したって壊れはしない」
「そう?」
未だ半信半疑な葵だが言われた通りに神力を流してみた。その瞬間葵の脳に夥しい言葉が一気に流入した。脳内に入るのはなじみのある言葉の情報と目から入る読めない字体との差に目が回った様な追体験をした。それに吃驚して血書を離してしまう。
「うわぁああ!?」
にやけ顔はしたり顔に変化し葵をあざ笑っていた。
「どうだ?驚いたろ?」
「頭の中にこの本の内容が流れてきたんだけど?!」
「そうだろ、そうだろ」
蕺も同じ事をされたのだろうか瞼を閉め何かを噛み締めるような頷きを見せる。
「で、血書を読んでどうすればいいんだよ?」
「別に意味なんて後でじっくり考えればいい。今はとにかく物体に神力を流す練習だ」
「これが終わったら次は?」
葵は左手に持った血書を右手の甲で軽く叩きつまらなそうにする。
「そうだなぁ木刀にでも流すか」
「ふーん。でどの位の精度なら言いわけ?」
何十頁もある血書を何度もぺらぺらと捲りは閉じ捲りは閉じを繰り返していた。
「全体を均一な力で留まらせられればとりあえず合格だな。まぁやってみろ」
「へいへい」
父親のつまらないだろうがやってみろという心の声が聞こえた気がした葵は生返事をし早速取り掛かるのだった。
(色んな言葉が流れ込んでくるな。ちょっと鬱陶しいな・・・)
葵は数時間で神力を留める事に慣れ、ある程度力の強弱も付けれる様になっていた。
「ふぅ結構疲れるのな、これ」
暫し覗いていた蕺はやっぱりと言わんばかりに酒を飲んだ時の様な良い機嫌で話しかけてきた。
「おう!やっぱり呑み込みが早いな。今度は木刀で試してみろ」
「お、おう・・」
少し引き気味になるがすぐに気にするのは止め木刀を受け取る。さっきの要領で神力を込めてみる。
「お~さっきより流しや」
流して瞬きする間に木刀は根元から爆散していた。口をへの字で噤んでいると父親は笑い出す。
「がはは爆ぜてしまったなぁ息子よ」
「見てのとおりある一定以上の神気を込めると崩壊する。しかも均一の力で覆わないと手元で折れたり剣先が脆くなりやすい。物体に合わせて流す量を調節するんだ」
葵は分家の人たちが造る刀を思い出す。
「あの刀はどうなるんだ?」
父親は顎を一指し指と親指で挟み言葉を取捨選択しながら話す。
「それはなぁ。思いっきり流しても壊れはしないけど・・・神代文字で付与してある効果を引き出すときにまばらになって上手く使えなくなるんだよ。ただやみくもに神力を使えばいいって訳でも無いよ、息子よ」
また、父親にマウントを取らせるはめになって少しうざかったらしく奥歯に力を入れ深呼吸する。
「はいはい、親父が試した事があるのは分かったよ」
「おいおい、そんな事は断じてしてないです~」
陽気な態度に草臥れた表情を浮かばせる葵は予備の木刀のありかを尋ねる。
「もういいから予備の木刀どこにあるの?」
「もう持ってきてますぅ。ほれプレゼントだ!」
背中に隠し持ってきたであろう木刀を十本出してきた。だが葵は試したいことがあるのか片眉を下げ不服そうという心情を露わにした。しかし、父親はそれを察する事は無く、すまし顔で見つめるだけだった。
「もっとだ!」
「なんだよ。そんな事かよ、まったく」
そう言いながらも蔵にいきありったけの木刀を持ってきて、後は頑張れよと言い戻って行ってしまった。そんな父親にお構いなしに早速神力の制御を始める。
(血書は感覚として画用紙に水を浸透させるようだったが、木刀の場合は半紙とかちり紙に水を浸透させるようだったな。今日中に上手くコントロール出来ればいいけど・・・)
十数本試して分かった事があった。木刀の外側だけに神力を覆わせると外側だけ高度が上がり適度な神力で覆っている間は崩れる事は無かった。だが解いた後に軽くぶつけたり握るだけでボロボロと木くずになり原型を保てなくなっていた。しかし、木刀の内側から神力を浸透させ満遍なく満たすことで木刀は素の強度をはるかに凌ぐほど硬く強靭になっていた。この場合解いたとしても崩れる事は無く、普段の木刀と変わりはなかった。ただ後者の方が神力を多く使っていた。
「ふぅやっぱりそうだ・・・物体の外側だけに纏わすのと内側から流して留まらせるのとは別物のようになるな」
「もうちょっと慣らす必要があるな・・・効果って何だろなぁ、まぁいいか」
更に日が傾いてきた頃、製薬会社が所有する都内のあるマンションの地下で社長が研究室を訪れていた。
「あいつの所から情報は送られてきたのか?」
「ええ、来てますよ。まだ作戦の内容しか分かりませんけど・・・」
研究者はあの人物に取り付けた小型カメラの映像を画面に映しだした。
「これがそう?」
「はい」
一連の様子を見て肩を一瞬上げ問題ないというようなジェスチャーをしてみせた。
「ふーんなるほどね。此れなら・・・」
「まぁ相手は民間人に被害を出したくないのと密かに行動したいみたいですからね」
研究者は背もたれに体重を乗せそう答える。
「で、どうします?」
「まだ、様子見でいこう」
「了解です」
帰ろうとした社長を研究者は引き留める。
「あと、奴らは明日何かやるみたいですよ」
「何をやるって?」
社長は出入り口の前で振り向き傍まで戻ってくる。
「かずみしきって言ってましたよ」
「かずみしき?」
「ええ、何か剣術とか体術とかを三家で競う行事みたいですけど」
「丁度いいね。相手の手の内と戦力が丸わかりだね」
「もし良さげなら捕獲して実験体にして良いよ」
ポンポンと研究者の肩を叩きしたり顔をする。
「分かりました」
社長はそのまま研究室をでて地下道で帰って行った。研究者はそれを見送りもしなく厳重に隠してある二つの実験体を硝子越しに見やる。
「雪中の奴も運が良いのか悪いのか。証拠隠滅の為に引き取ったこの実験体が此処まで良い素材だなんて思いもしなかったよ・・・しかも二体ィ・・・あははは。しかも映像に映っていたあいつらはもっと良さげだな」
同刻、軍事企業の社長室の一室で冷蔵庫からワインを取り出しグラスに半分以上注ぎショーケース越しに一人だけの見世物小屋を見ながらチビチビと飲んでいた。そこに三回にわたりドアを叩く音が部屋に木霊する。
「社長、お話があります」
「何だ!今は忙しいんだ」
社長は気分を害されたのか声を荒げ苛立ちを耐える素振りの隠す素振りも無かった。
「緊急の用です」
尚、秘書はいつも通りと言わんばかりに抑揚のない声で再度ノックし大事だという事を強調する。
「分かった。お前らは早くそれを片づけろ」
社長は気分が削がれたのか硝子越しの黒服に合図してリモコンを取り硝子の色を黒く不透明にした。
(流石、場末に居るだけある。私の知らない鳴き声を奏でてくれる。色んな事をさせるには中央都下区〝逼〟に限るわ)
「入っていいぞ」
「失礼します」
「で、緊急の用とは何だ?」
「はい、提携を組んでいる製薬会社が裏で人材を引き抜いていたり偽装していたりしていたみたいです」
「それは本当か!?」
ガタンとグラスを置き中身が交互に揺れ数滴零れる。
「えぇ・・はい・・」
秘書は零れた事よりもグラスに水滴がついてる事に目が移っていた。
「何故今まで気が付かなかったんだ?」
秘書は片手で収まる情報媒体を取り出し指紋で電源を付ける。すると長方体の電子機器は四つに分かれ空中で四つ角を取る様に浮かび横六十センチ縦四十センチの画面を浮き出させる。そして映し出したのはこの会社を辞めた者達だった。
「引き抜きに関しては皆転職でなく辞めてから入り直してるみたいなので、それで遅れたと思います。しかも最初の方は数人だけだったのでそれも原因かと・・・それに裏で口裏を合わせていたと思います。年々増えてきていましたから」
辞めていった人材情報をスクロールして流し目で見ていた社長は最後まで見ることなく閉じた。
「偽装ってのは?」
「肉体の強度上げる薬の実験の際、より顕著に効果が出た人を死んだと偽っていたという情報も上がっています」
「肝心なのは誰が居なくなったのかだ」
椅子に深く座り直し背後にあるビル群の光景と向き合うように椅子ごと回転させ見下ろしだす。
「特に上の役職についてた人はいないですね。治安部隊の部隊長クラスがちらほらとですね」
「そうだろ?じゃぁ別に大丈夫じゃないか」
そして机に置いてあったグラスを持ちまた、チビチビと飲む。
「ただ、移ったと思われるのは成績が良かったり技術にたけた人達です。しかもほとんどが中央都下区〝逼〟の出身です」
それを聞き一口で入れる量を増やす社長。
「いやぁむしろ良かったじゃないか。内部が綺麗になって野蛮人は居なくなった方が。それに優秀な人が居るのは此方も一緒だろう」
「しかしですね。人数が」
食い下がろうとする秘書に対し社長は最後まで聴くことは無く、更に機嫌を悪くする。
「はぁ、問題ないといってるだろう?別に同業の会社でもあるまいし。君は自分だけ・・と思ったりしてる?君は彼らとは違うんだよ。我らとも違うけど、母に感謝するんだな」
「・・・承知しました。では、失礼します」
これ以上は無駄と思い速やかに社長室を去ろうとする秘書に社長は満面の笑みでご苦労だったと声を掛けるだけだった。
社長室を後にした秘書は廊下を歩きながら一人不満を漏らしていた。
「なんなの?!あの糞爺!汚らしい目で見てくるなよ。差別主義者が!はぁ私も向こうに行こうかしら・・」
(差別して能力のある人間を下の役職にしたりするからよ。ある程度調べれば出身は分かるし社長の思想も知ってるからある程度数が増えたら危機感を持ってもらおうと思ったけど・・・甘かったわ。って言うかワインの飲み方下手すぎ)
自分たちの情報が抜かれている事も知らない葵たちは変わらぬ朝日を浴びていた。
「いつ見ても飽きないなぁ」
葵は木のてっぺんに昇り山から見下ろす都会を眺めるのが日課になっていた。そんな気分が良い所になじみのない空気の揺れを感じて下を向く。すると其処に居たのは綵花であった。
「おい!本当に山猿だったとはね!何してんの?」
気分が下がった葵はそのままの姿勢で言い返す。
「はぁ、どうも、みてくれだけ良い山女さん。中身が腐ってて腐敗臭が凄いから近寄らないでくれよ」
「何ですって!減らず口ね。良い気分しないわ」
「俺はお前のご機嫌取りじゃない」
「何で俺の家に寄ったんだ?」
「なに?気があるとでも思ってんの?」
にやにや、へらへらとする表情にむかつくが綵花の頭に蝶が止まる。それを見てにやりと笑う葵。
「お前さ蝶が良く似合うのな」
さっきとは打って変わって頬を少し赤く染め、訳の分からない言い訳を始める。
「急に何よ・・・一人じゃつまらないと思って話し相手になろうと気を使ったの」
「いやそうじゃなくて、お前の頭がお花畑だから寄って来てるのかなって」
「貴方ね!」
貶されたのと褒め言葉として受け取った自分に怒りが湧き出る綵花はその場でじっとして眉間に皺を寄せ目を細めじっと睨む。
「お前が先に始めた事だろ?」
半ば呆れたように肩を竦ませ反論をする。すると、父親が代わりに朝食を用意しており二人を呼びに来た。
「おーい。うるさいぞ二人とも朝飯出来てるぞー」
「お前は食ったのか?」
「いやまだだけど」
下を向き足で落ち葉を蹴り上げながらもぼそぼそと呟く。
「じゃぁ食ってけよ」
「じゃぁお言葉に甘えていただきます」
快く誘ったつもりだったが余り乗り気でない様子にいささか気分が空回る葵だった。
「ホントに美味しいかったわ。ご馳走様」
沫立家に行く準備をしてる葵に話しかける綵花。
「いいよ別に」
それに振り返ることなく淡々と答える葵。
「貴方が作った訳では無いでしょ?」
「残念。下処理も味付けも俺がして父親は火を通しただけだよ」
葵の事を料理が出来ないと思っていた綵花は意外そうな声を上げる。
「そうなの?!」
「何だよ」
見た目だけで判断された葵は嫌悪感が声に籠ってしまう。
「いやぁ別に・・」
栃佐野家を出てからは話す事は無くなり、森を抜け山を登ると随分手入れのしてある壁や植木が見えてきた。すぐそこが沫立家だと分かり門の前まで歩いて行く。
「ここかぁ結構綺麗だな」
「貴方の家よりもね」
「俺の家はわびさびがあるんだよ!」
「大きい声出さないでよ。いいから入るわよ」
綵花はインターフォンの位置が分からなくあたふたしていると葵が呟く。
「来てるのが分からないのかね。気が利かないな」
「そういう事は言わないの」
小声で諭されていると門から一人の女性が現れて挨拶をしだす。
「沫立家で侍女をしておる者です」
「綵花さんに葵さんですね。さぁ、こちらへどうぞ」
そう言って侍女は二人を中に案内するのであった。
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