第22話 郷里は暗澹とし撈月と無道~・2・~

 昨日とは打って変わり、お天道様は低温にした世界を温(たず)ねる。旭日を匂わす燦燦とした太陽は都市を玲瓏と煌めかせる。その光景に熱を覚えた葵はこの広大な面積を相手にどうやって三家で探すのかと思索していた。考えは纏まらずそのまま台所へと戻っていくのだった。

「おーい朝食出来たよー」

「あーへいへい」

カーヤとジーバは葵に挨拶し皿を並べる葵に今日の三家合同の作戦会議の場を栃佐野家宅にしたと告げる。偶々中心の位置にあった為だとも告げた。葵は驚いた様子はなく淡々と並べ終え食卓に着く。

「いつも変わらない朝食でよく飽きないですね?」

カーヤは感心する素振りを見せる。

「いやぁ慣れ過ぎちゃって逆にだね・・・」

「てか何時ごろから始めるの?」

葵は手を止めカーヤとジーバに向き尋ねた。

「そうですね・・・十時ごろとお伝えしてますが」

「あぁえっと人数の方は?」

「各、現当主と次期当主が一組、前当主と現当主が一組ですので計六人になります」

「そっか俺も出なきゃならんのか・・」

「当たり前だろ。何言ってんだ?」

「役目は殆ど終わった様なもんだから気ぃ抜いてたよ・・・」

「これからなんだから、だらけるなよな・・・万が一の時分家の人を守ってもらわなきゃいけないかもしれないからさ」

「・・・まぁそうだよな・・」

「そうだぞ・・・」

そう言い黙々と残りを食べる葵にちらちらと見る父親、その光景を少し離れて観察する使者達。その内食器を片づけ始める葵に向け神力の具合を聞く。

「どうってぼちぼちってとこかな・・・体中に巡らせたり部位ごとにも結構コントロール出来るようになってきたしもしかしたら親父より才能があるのかもね。へへへっ」

「じゃぁ今度は物に神力を流すのをやってみるか?」

「もう?!良いのか?」

「あぁもう良さげだからな」

「血書持ってるよな?」

「あるけど・・読めないぞ?」

「読めなくても分かるんだよ。その方が一石二鳥だからな。三家との作戦会議が終わってからでいいよな」

「分かったよそれで」

父親も食事が終わり水を溜めた桶に茶碗を浸す。葵は自室で綺麗で丈夫な作務衣に着替えており、父親は水面に写る自分の顔を見つめていた。やがてお茶を淹れに来た葵は父親に声を掛ける。

「あぁ何でもない」

「お茶飲む?」

「あぁ・・貰うよ」

棚から湯呑みを二つと茶筒を取り出し急須に入れる。両方の湯呑みにお湯を入れ捨てもう一度お湯を入れ急須に移し、少し置き交互に注いでいく。縁側に向かった父の元へ湯呑みをお盆に乗せ追ってゆく。二人は言葉を交わすことなく緑茶を啜る音、いつか分からない落ち葉が舞い、風が枝を、葉を、戸を擦らせ奏でる音、行く先の分からない鳥の群れ、その背景に緩やかに穏やかにたなびく雲に見え隠れる太陽が視界を遮る。

 風景は徒、徒、過ぎてゆくばかりで中々に静かすぎて時間が伸びる錯覚に浸る。そんな時、自宅に近づいてくる四人の気配をはっきりと感じて、ゆっくりと歩き木戸門に向かい待っていると視界に人影を捉える。若い女の方からやたらと視線を感じるが、待たせることなく門を通し以前使った床の間に案内した。

集まったのは沫立家の当主、沫立 千万(まつだて ゆきかず)に息子の沫立 俊。それに代々女性が当主の山女家、山女 不香(たかひめ ふきょう)と長女の山女 綵花(たかひめ さいか)であった。

 「集まったなら早く始めませんか?」

 俊は五人が座った瞬間に間髪入れずに切り出すが父親が止めに入る。

 「そう急ぐでない俊よ」

 「すみませんね皆さん」

 お茶を汲みに出ていた蕺は床の間に戻ってきており皆の前に湯呑みを置いていく。

 「お気遣いありがとうございます」

 「あ・・・ありがとう」

 「有難うございます」

 そろりと何処からか使者二人は姿を現す。そして神樹探しの作戦を練り始めていく。

 「俺らはどうやって神樹を探せばいい?」

 胡坐をかいた俊は使者に向かい単刀直入に聞いた。

 「それは・・走って目で見てもらうしかないと思います・・・」

 二人の使者は六人の目を見ながら答える。それに葵は此処にいる人たちでは足りないのではと疑問を投げかける。

 「少ないとは思いますが今はこれが最善だと判断してます」

 俊は納得したのか軽く頷き神樹の見分け方を聞く。

 「高さ的には皆さんの膝までです。それに周りに黄金の光が輝いているのですぐ分かると思います」

 「他には?」

 少し瞳孔が開き聞き返す俊にたじたじになり分からないと答えるカーヤ。それを見た綵花はそれ以上の追及を辞めさせるように割って入る。

 「まぁでもそこまで分かれば十分じゃないの?」

 そこに蕺も入ってくる。

 「幾つかいいか?」

 カーヤは目線を蕺に向けどうぞと言い、それにテーブルに左肘をつき頬を支えた姿勢で聞く。

 「どこに生えるかは分からないんだな?」

 「はい」

 「地面から直接生えるのか?」

 「はい。生えると言うか隠れていた姿が知覚できるようになると言った方が的確だと思います」

「なのでビルの間か誰かの敷地のどこに現れるかは分かりません。ずいぶん前に自分らで探そうと思いましたがまったく分かりませんでした」

 蕺は説明している途中から肘をしまい腕を組む。それを聞きあの広大な面積を探すのに最適と言われた事に疑問を持った葵は使者に問うていた。

 「なぁ分家の人たちに協力をしないのは何でだ?」

 それにジーバとカーヤは六人を見やり交互に答える。

 「分家の人たちが一人でも欠けたら貴方たちに支障が出てしまうからですよ」

 「それにこの国だけの話でもありませんと前に言ったではありませんか」

 「すんません」

 砕けた物言いをする使者と葵を観ていた不香は蕺の耳元で囁く。

 「蕺さんのお子さん随分と可愛いですねぇ」

 その艶美な声と息遣いに親父は顔を赤くし鼻下を長くする。

 「そそ、そうですか・・へへ」

 照れる父親が気持ち悪く左肘でわき腹をつつく。

 「おいっ」

 「分かってるよ」

 胸を少し張るカーヤに気付き目をやるとさっきよりも張りのある声で進行し始めた。

 「では、これから探していただくルートを決めますのでいいですか?」

 「では蕺さんお願いします」

 「了解です」

 使者にお願いされ持ってきたのは机の幅ほどの巻かれた紙の地図だった。

「よっこいしょ」

そのまま巻いていた地図をくるくると広げると映っていたのは台形の形をしており西から東に不可抜の壁を沿うように山が三つ連なりその間には平野が広がっていた。地図の中心に都市がありその北と東に施設、北西に社宅があり、山と都市の間にもう一つの住居区が記載されていた。

「随分と古いですね」

「俺んち貧乏だもんな!」

「いいから始めよう」

蕺が入る隙も無く俊が口を切る。それに顔には出さないが寂しさを感じる蕺であった。

「そうだな」

半笑いで葵が返すこのやり取りが無駄に感じ俊は下唇に力を入れ顎に皺をいれる。

「いいですか南にあるこの山が今私たちがいる所です。その両端に平野を挟んで山になっている東が沫立さん西が山女さんの住んでいる所です」

カーヤは葵が初めて見る地図で困惑しない様に説明したが綵花には疑問に感じた様で首を傾げ言葉にする。

「分かっているわよ。何故いまその説明をするのかしら」

自分の住んでいる所が分かり感嘆の言葉をもらす。

「そうなの?!」

ゆっくりと顔を葵の方を向く綵花。

「貴方自分の住んでいる所も分からないのかしら?」

地図を見て綵花の方を向く素振りが無い葵。

「あぁ気にしたこと無かったわ」

指で唇を隠しあざ笑うように更に煽りだす。

「随分と皺のない脳みそをしているのですね」

すかさず葵も返す。

「お前は早くに皺に悩まされそうだけどな」

「うるさいわね。山猿」

さっきまでの余裕はなく語尾に行くにつれて強烈になっていく。それにも難なく返す葵。

「そういうお前は山姥だな」

綵花は激高し机を勢いよく掌で叩き叫ぶ。

「なに言ってくれてんのよ?!」

その隣にいた不香に肩を掴まれる綵花と注意を受ける葵。

「ふふふ、二人ともその辺でよして続きを話しましょう」

綵花は一呼吸おき、そうねと呟き葵は謝る。

ゴホンと咳をしカーヤは用意した作戦を話し出す。

「プランAはは都市以外を三つの区域に分けて6人で散策した後に、それぞれ中央都市の定位置に居てもらい一斉に都市に入り捜索する方法です。詳しくすると東南東の山に住んでいる沫立家がそのまま壁があった所を北へなぞっていき、西南西の山に住んでいる山女家も壁に沿って北へ、それぞれ中央都市の北東、北西に居てもらい栃佐野家はここから見える法外区を探してもらい素直に都市の南に着いてもらいます。この間に見つかれば携帯に着信を一回、問題があれば二回して、なければ予定時刻になっても掛けないで下さい。一回の場合はそのまま北の国(中央国)目指して全力疾走してください。分家の人たちには壁が無くなる前にその近くに移動してもらいます」

カーヤが口頭で説明しジーバがそれと同時に地図をなぞっていった。皆はそれを目で追い耳でじっと聞いていた。説明が終わると葵は最後の北の国に向かう理由を尋ねた。

「私たちが行った国の中で唯一神力を持ったものが国の頂点に居たのと悪巧みを考えている権力者が居なかったからですね」

「ほーん」

そんな間抜けな返事をした葵を横目に俊は細かく聞く。

「それで、皆に一斉に掛ければいいのか?目印を打ち上げるとか無いのか?」

「一斉に掛けれるわけないでしょ?それに目印を打ち上げたら相手にも気付かれるから出来ないのでしょう?貴方もなの?」

カーヤとジーバは引き攣った顔になり綵花は母親に意見を求める。

「まだ全て聞いた訳では無いですからねぇ。ねっ蕺さん!」

「そ、そうだぞ!最後まで聴けよ?」

「「はぁ」」

楽し気な親同士に綵花と葵はそろって肩を落とした。すぐさま切り替え綵花は沫立家の当主にも求める。

「そうですな・・・分担は良いと思うのですが捜索時間を考えた方が良いと思いますな」

蕺は顎を親指と人差指で挟み僅かな沈思の後口を開く。

「そうだなこのくらいだったら一人で一時間強ぐらいと見積もって問題ないだろう。二人だったら三十分から四十分くらいだろうな」

「同じ考えです」

「私もおなじよ」

「それで他のプランは有りますか?」

又もニコイチで息の合った説明をする二人。

「プランBは壁が消える前に都市近くに潜伏していただき消えたと同時に入り神樹を探すのと敵勢力の排除を同時進行ですね。この場合、神力を持たない方は都市の戦いが終わるまで都市外を探してもらいます。後はプランAと同じです」

「ちょっと済まない」

今度は千万が気になった事をカーヤに聞く。

「どうぞ」

「先に相手が都市外に人を使わしていたらどうなる?いくら身体を鍛えてると言っても神力がなきゃ限界がくるぞ?」

カーヤは間を置く間もなく自らの考えを話す。

「予想ですが都市には重要な研究施設がありますし重要人物がいます。その為戦力が若干、都市の警備に傾くと思います。なので都市外に向かわせるならそこまでの戦力がある人物を送るとは思えません」

「まぁ確かにな」

千万は何度も顎を小刻みに上下に揺らしていた。一方で葵はここに二人の使者が居る事を可笑しいと思い他の所に行かなくていいのか聞いてみた。

「・・・えぇ・・・大丈夫だと・・思います。っていうか私らが居ない方が良さげ・・なんですよ。それに一つでもこちらにあればいいのですから・・・」

「そう・・なのですね」

綵花は何か感じ取ったのか察したのか哀れみの目を向き同情している様だった。

「プランCは壁が消える前に製薬企業と軍事企業をある程度潰し、その後ゆっくりと探して見つけたらそのまま中央国に直行という流れです」

「随分シンプルですが・・・」

綵花はそう言いながら目を細くし少し以外そうな抑揚で呟く。ここに千万が指摘する。

「これだと民間人に被害が出ると思いますね」

「そうなんですよね。区別が出来ませんから。それに壁が消えた時何か理由をくっつけて市民の外出を禁止すると思いますのでBかAだと様子見も出来てすぐ行動に移せそうなので」

「その方が市民が見つける確率がグンと下がるもんな」

葵が的を得た意見をしたのが面白くなかったのか又も煽りだす。

「あら貴方でもそこまで考えられるのね?」

今度は葵もスイッチが入り綵花と面と向かう。

「お前いつもボッチだろ。俺が友人になってやろうか?寛大だから、高慢ちきなお前とも仲良くできるぞ?」

「うるさいわよ?貴方もその下品な言葉遣い止めたら?お勉強なさらなかったのかしら」

「お前・・・陰でピエロにされてそうだな」

ぽつりと言った俊の言葉に笑いをこらえる葵と瞼を閉じ眉間に皺を寄せる綵花。対には堪え切れなくなり吹き出してしまう。

「ぷぷぷあははは」

「何なんですか?人を嘲り笑って」

「綵花ちゃん?」

「は、はい!」

「話の続きをしましょうね?」

「はいっ!」

冷たく色気のある声に綵花は怒られると恐怖し従順になる。その姿が可笑しく更に笑ってしまう葵と俊。

「「くくくぷぷぷ」」

「貴方たちもよ?」

「「すみません」」

気を取り直して俊が口を開く。

「じゃぁどれを採用するよ?」

「だってこの六人だけだろう?プランAとBの折衷案が妥当じゃないのか?最初は神力を持った奴が潜伏しそれ以外が外から囲んでいき連絡手段は着信。そうすれば都市内に神樹があって見つけられたとしても外から俺らが見てるんだ逃げられないだろうから。しかもカーヤさんの言う通りなら都市外には余り強い奴はいないから万が一があっても取り返しやすそうだしね」

「それもそうね」

「う~ん。そうだな」

三人はこれに納得し綵花が親たちにも意見を聞く。

「お三方はどうですか?」

「俺は・・そうだな・・・使者さんはこの時どう動くのか気になるな」

「分家の人達を中央国の組織の人と合わせたら他の国の人たちと決めた集合地点が見える場所で待機しているので申し訳ありませんが協力出来ません。既に見つけた場合は他の皆さんに連絡して中央国の国境付近まで来ていてください」

「私はいいと思いますよ」

「同上です」

「この時、都市に入るのは神力を持った者だけなのか?」

「えぇそうです。もし都市内にある可能性が出てきたら万が一の為もう一度都市外を探してもらってから中央国の国境まで来てください」

「やれるのか葵?」

突如振り向いて葵をじっと見つめる表情はこれまでに見た事のないものだった。

「出来るかって事?愚問だね親父。やらなきゃ駄目なんだろうよ」

「そうですわ。蕺さん我々はもう臍を固めているのです。心配する気持ちも分かりますが腹を括りましょう」

「そうだな・・・」

一瞬、縁側の方を見てカーヤに視線を戻す。

「使者さん、まだ数日は大丈夫なんだろ?」

「えぇまぁ」

「じゃあ七試式(かずみしき)をやろう」

きりっとした顔で誰かにかっこつけたいのか渋い声まで付けて言った。

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