第21話 郷裡は暗澹とし撈月と無道~・1・~

 三家の内の一家である沫立家はある問題を抱えていた。それは現当主(沫立 千万)の祖父が神力の弱体化を恐れた為に子供の厳選を始めたからだった。発端は現当主の祖父の子の身体がそこまで頑丈でなく大きくもない事で次世代の身体は弱体化し実質的に神力の弱化と思わせた事が大きかった。

前当主は産まれた我が子に剣術を指南した。するとその才は自身をも超えており十二分に期待した。しかし、青年期を迎えても身体の強度が自身の半分程度なのを見て酷く落胆し継ぐ能力は無いと判断し孫に期待した。

すると剣の才は息子には及ばないながら、ある程度身体も大きく丈夫に成った為、跡取りとして祖父は育てた。

神力を孫に受け渡し曾孫が出来ると、その子は継がせなかった息子と似ており激怒した。孫の嫁が悪いと感じた前当主は強制的に別れさせ召使にして自分が選んだ女を新しく嫁にさせた。その女との間にも子供が出来るが似た様であった。玄孫に期待していたが曾孫が高校に上がる時に亡くなった。

そして、屋敷の部屋の一角で曾孫の沫立 俊(まつだて しゅん)は机に向かい頭を抱え項垂れていた。

「くそっ何なんだよったく!何で継がせないんだよ!この分からずやがっ!しかも役立たずのじじいは変なガキをどっかから連れてくるしよっ。何なんだよまったくよ!」

 手元にあった筆箱を投げ、ガシャンと崩れる本棚、シャープペンや消しゴムは畳に散らばり本に埋もれる。荒い息を整えないまま更に机をひっくり返す。

「死んだ糞爺だって言ってたじゃないか!他の家と比べると神力が劣っているって・・しかもっ代が変わる度に弱くなっていってるってさ!じゃ俺に継がせてもいいじゃないか!糞が!」

 戻した机は定位置からはずれるも気にはしなく眉間に皺を入れ胡坐をかき腕を組む。

「あぁどうしたらいいんだ。この前使者が来て三家で神樹を探す手立てを考えるって言ってたけど・・・きっと他の家は継いだんだろうな・・・前に集まった時、父は彼奴らの子供は親より強くなりそうだと言ってたし・・・いい加減決めて欲しいもんだよ。でも弟と従妹は無いよな俺より身体が弱いし・・・それに・・・まぁあるとしたら叔父か?・・・・うーん。だとしたら俺は不可抜の壁が無くなったら生きていけるのか?それとも雑兵か?・・・神力は継ぐ前に死んだら身内の誰かに移るって聞いたしな・・・だとしたら叔父が死ぬのを待つか・・真っ向からだと確実性が無い。だから不意打ち・・か。それに彼奴らの力が欲しいな・・・」

 その後もいろいろと思考を巡らせ気が付いた時には夜になりかけており障子の間からは五倍子を覗いた様に色づいた雲が靄靄としていて俊は気持ちが悪かった。

 又、更に日が傾いた頃、あるビル群の一つの地下で軍事企業と製薬会社の両社での会議が開かれていた。会議室にはトライアングルの机が用意されておりその頂点を取る様に座っている。そこには製薬会社の研究者も同席していた。ただ話を切り出したのは軍事企業の社長だった。

「なんだ貴様は?」

「私は代々製薬会社で例の石を研究している家系の一人です。この製薬会社を発足した時からの付き合いですふふふ、薬の研究じゃなくて石なんてって思いました?ふひひ、そんな私の所に興味深い話をされる人が来たんですよ。なのでお二方をお呼びしたんです」

「で、何用?」

 事前に用意された用紙に目を通しながら製薬会社の社長が淡々と聞く。

「はい、そのタレコミがですね。我々の神樹を狙う輩が居るという情報なんですがね」

「それで?」

「まだ相手の特性が分かっていないので様子見です」

「彼奴らを使えば?」

 読み終え研究者の顔の方を向き嬉しそうに尋ねる。

「えぇ試作品を向かわせております。ただ、私たちを狙っている者達には我々がその存在を知らないと思わせていた方が良いと判断したのでそのまま泳がせています」

「まぁそれが良いね」

 更ににこやかになり寒気のする目が糸の様になって隠れる。それとは違って軍事会社の社長は怒声を響かせる。

「おい!どうしてそれを知っている奴がいるんだ?!」

 感情のままに発した言葉に説明が必要だと察し溜息をつきつつも簡潔に述べる。

「いやだから言ったじゃないですか。どんな奴か分からないからこっちから手を出さずに垂れ込んだ奴を使うって」

「信用も何も要りませんよ。あんな奴は目先の事に囚われている哀れな人間ですから。それに」

「それ以上は大丈夫だ。まだ何かあるのか?」

 早く切り上げたいのか退屈そうに欠伸をし背もたれに寄りかかっていた。

「いえ、もしかしたらタレコミした人間もグルの可能性もあるので気を付けて下さいねと」

「まさかそんな事の為に私を呼んだのか?」

 その発言に笑いをこらえる研究者に苛立ちを隠せないのか頭まで真っ赤になり血管が浮き出ていた。

「いえいえ、これから新たに神樹を見つけ出す事に奴らを片付ける計画を加え作り直すんですよ。それに例の被検体を持ってきた子に手厚い待遇をしたそうだね。良い心がけだねぇ」

 そして誰にも邪魔されない会議が密かに始まったのだった。

 すっかり日は暮れて、都市はネオンに染まりコンクリは微かに彩られる。そんな都市を横目に光が更に微弱になった郊外の低いビルの最上階の一角で幾つもの眸が薄めた赤のネオン色を反射させていた。そこはむき出しの埋め込み式カセット四方向のエアコンに断裂した配線が露出し窓ガラスもコンクリの柱もひび割れて、雨粒で依然として乾かない床が無数の世界を映し出していた。響くは人の歩行音、動物の鳴き声。それに重なり続ける車の空気音。そんな環境に支配された空間で一人の男が口火を切る。

「おい、あの話は本当なんだろうな」

 パイプ椅子の背もたれに寄りかかり足を組み髪の毛を染め襟足の長い男に話掛けた。

「老人や子供が姿を消すって話なら本当だよ」

 半信半疑に聞かれ左眉を上げ肘を背もたれに掛け、そいつの顔を除くように体を左に向け答える。

「だから、それをどこで見たんだって」

 目を合わせ無かった男は証拠を出せと言わんばかりに見つめ返す。その男の冷たい視線に気圧され目線を外す草緑髪の男は自信無さげにぽつぽつと思い出しながら語りだす。

「見た訳じゃない。けど・・軍事会社の子会社の~あの~どこだっけな。あっ慈善事業の会社だ。そこの会社が持ってるさ、アパートて言うんか、マンションって言うんかなぁ。そこの住人からだよ」

「だってそこはそういう人達が住んでいる所でしょ?」

 二人の会話に成人を幾ばくか過ぎた女が割って入って来た。女はそのまま用意された椅子に座り返答を待っていた。

「違うんだよあそこは都市でも外れのとこにあるけど俺が言いたいのは~さ~」

 その男は右に向き直し、たどたどしくも伝えようとした。

「社宅ってこと?」

 冷たい視線を出した男が察して聞き返す。

「そうそうそれだよ。そこで老人とか子供が姿を消すってこと。それに今日は協力者を連れてきたんだよ」

 後ろに目をやった三人はゆっくりと姿を現す。出てきたのは眼鏡を掛けた清潔感があるのに何故か芋臭い女だった。そして四人の前まで来て座ることなく自己紹介を始める。

「初めまして製薬会社で研究者をしてる者です」

「皆さんの力を貸してほしいので此処に案内されてきました」

 今まで口を閉ざしていた冷徹な男は抜け作の女をじっとりと見回し安堵し質問を投げる。

「てかどうやって俺たちが計画しているのを知ったんだ?」

「たまたまこの人が働いている飲み屋でお会いしました」

 ぽんつくな女は緑頭の男をちらっとみて答えた。

「それはまた、たいそうなお人がねぇ」

 椅子に座っている女が嫌味の様に小馬鹿にしだす。その女は恥ずかしかったのか視線を地面に落とし肩をちぢ込ませる。その様子を見た針葉樹の様な髪の毛をした男が彼女をこずく。

「そういう事言うなって」

 足を組んでいた男は高揚した感情を声に出すことなく抑えながら甘ちゃんな女を睨みつけながら吐露する。

「だって可笑しいだろ!製薬会社っていえばこの国には一つしかない。それの研究者だと?!俺らはそんな裕福な出じゃないし逆立ちしたってそんな所に就職できやしない。そんな貧富の差が嫌でクーデターを計画してんじゃないか!それなのに・・・そいつらに」

「落ち着けよ。その気持ちは分からなくもないが話を聴かないには判断ができん」

 束ねている男が震える男を窘める。

「分かったよ。じゃぁそこの女!話してみろよ」

 男の言葉に促され棘のある言い方をし細めた目を女に向けた。

「私は先ほども言ったように研究職に就いています。私は主に試作の薬の効能と副作用を確かめる事とその適正量の把握です。対象は子供から老人まで試されます。恐らくですが姿が消えたのは薬の過剰摂取か持病かだと思います」

 女は彼らの表情を見る事は出来なく机の面の彼方此方に視線を変えながら胸の前で左手を包むように握って話した。

「はぁ!?じゃ貧乏人は富裕層の為に新しい薬の実験体にされてるってか?!」

 強まった怒声に身体をビクつかせて何度も頭を上下に振り答える。

「そう・・です」

「まじかよ・・・じゃぁ俺の・・・」

 懐から何か出そうとした男の腕を掴みそっと出させる。

「やめろ、今そんな事考えるな」

「続きをお願いします」

 男の目力に心を締め付けられ今までと違った汗がじわじわと吹き出してきていた。

「そう言った薬なんですが、世に出回ってない物もあるんです。一時的に脳のリミッターを外し人の何倍もの力を発揮させたり、成長速度を高める薬だったりそういったものもあります。私はそこまで地位が高く無いのでこれでも氷山の一角だと思って下さい」

「その成長速度を高めるって何なんだ?」

 リーダー角の男が更に低声になり静かに聞いてきた。それにすかさず答える女。

「細胞分裂を加速させ短期間に青年期後期まで成長させる薬の実験・・です」

 疑問に思ったのか独り言のように呟く目力のある男。

「それをして何になるんだ?病気には関係ないだろう?ドナーとかか?」

 男の疑問に食いつくように話し出す女。

「私も不思議に思ってそれで色々調べたんです。そしたら我らの希望を探すのに人手不足を解消するためって言うのと先の事を考えて力を蓄える時期にある。この二つだけ分かったんです」

「希望・・・ね」

 眼力のある男は天井を見つめて又も呟く。

「先の事って俺らの事露見てんじゃ・・・」

 さっきまで頭を抱えていた男が左の男に頬に力を入れ縋るように聞いていた。

「それはない」

 低声の男が一言答え、すれに付随し縋られてた男も安堵させる様な言葉を掛ける。

「いやいや、天下の大企業だぞ。正面切ってやる必要はないし、わざわざ俺らの勢力が拡大するのを待っているのが可笑しい。それに俺らの生活だけを潰す事だって容易なはずだよ」

「そうよ。私らが住んでる土地を新しい建築物を建てるって言って更地にも出来る。退かなかったら退かなかったで近い内に不審死の出来上がり。それにテレビか情報媒体で都民を上手く先導して私らに悪い印象を付ける事も仕事を辞めさせる事もできるだろうし、犯罪をでっち上げるか被らせるかで一生別荘って事も考えられるはずよ」

 淡々と話す女に色つきの男はすっかり怯え左の男の肩を掴んでいた。

「そんな事出来んのかよ・・・」

「多分出来るよ・・・もしかしたら実験体にされるかもね」

「それに、そうやって生活が出来なくなった人に慈善団体って言って住まわしていいようにこき使うじゃないのかなぁ。それに少なからずそういう差が許せなくて集まったんじゃないのか?」

「でも俺ら大丈夫なのか?消されたりしされないのかなぁ」

 再度聞く男に半ば呆れるかのように半笑いで諭すように言い聞かせる。

「だから大丈夫だって。集まった皆、誰一人消えて無いだろう?露見てないと考えるのが妥当だよ」

「皆さん大変なんですね・・」

 俯瞰して観られた様な感覚になる男に女。その一言で表情に影を落とす。

「そうだよ・・・皆、貴方が知っている世界を体験できない住民だからね。貴方を見てると本当、滑稽に感じるよ」

 乾いた笑いを交えてしみじみと感情をちらつかせる。

「でも、そんなあなた方だから協力してほしいんです」

「ふふっなんだ?子供を助けろってか?老人を助けろってか?」

 リーダーの男は声だけは笑い女の胸底を掘る。女はじわじわとした汗を感じるがそれに答える。

「はい、話を聴くに貴方たちの同胞が沢山いるのではないですか?それにこのことが公になれば都民の意識は製薬会社に向きます。一人が告発しても意味が無いのはお分かりですね?」

男は椅子に深く座り直し背もたれに肘を置く。

「大義名分が出来るって訳かい?」

 恐る恐る頷く女。今度は冷徹な目をした男が再度女の方を向き直す。

「俺らは現状の状態を改善したいだけなんだよ。それに貴方がしたい事を聞いてない」

「企業に囚われている人の解放と・・・その事実を公にし企業を糾弾し健全な薬作りに変えたい」

 夢物語と思っているのか女は震わした声にひくついた笑いを乗せた。そして低声の男は切り込んだ質問をする。

「その実験に不信感を持ってる人はいるのか?」

「はい何人かは・・・」

 少し震えは収まるが慎重さが増す女に性格が捻くれた女が追及する。

「改善させたいと言うけど大半の人は今の環境が心地いいんじゃないの?」

 同性の性なのか彼女なりの配慮を感じた男たちは目を丸くし突っ立った女は少し共通のものを感じ頷く。

「・・・そうかもしれません」

 しかし、すぐさま座った女は掌を返す様に詰め始める。

「この人信用できるの?さっきの話だって私たちを誘導してるように聞こえたけど」

「そんな事はありません!」

 これまでの会話の中で一番大きな声を出した女は自分でも驚き何度も謝った。

「じゃぁその人たちを連れて来てよ」

 嫌味な女には誰も乗らなく冷徹な男はリーダーも信用してないのかと尋ねる。

「いや消去法でしてる・・・そもそも彼奴らにしてみれば鼠に湧く蛆だ近寄りたくもないだろう」

「ほおっておいても脅威にはならないと思っているってことだね」

女は今までとは違う毅然とした態度で男たちを見やる。 

「ではなぜこのような組織を結成したのですか?」

リーダーの男は割れた窓ガラスからネオンに彩られた都市の最も高いビルだけを視界に入れ黄昏る呟く。

「心中だよ・・・随分と頭が悪いだろ?」

また道路に雨音が落ちる音、風で散乱した廃材や鉄筋がビル壁と床に打ち付ける音だけを共有しだす空間になる。男はその体制のまま話を続ける。

「何もない我らの命に意味を欠片でも残す為・・・なんて言わないよ・・・ただ届かない声を具現化してるだけだと思うよ・・・はっきりとした目標なんてないよ・・・権利の差を無くしたいだけ・・」

そして、また一息入れ席を立ち女と相対し手を差し出す。

「だからさ乗るよその話・・・その方が団結しやすそうだし増えそうだしね・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る