第20話 相伝譜代の集い~・7・~
次は鎺金師の所へと向かった。デザイナー建築の様な和の様式にすっきりとした直線が近代的な雰囲気を醸し出しており落ち着と綺羅を感じる。インターフォンを押す前にかんざしが出迎え、家で根掘り葉掘り聞かれていると後継者の紫陽が帰って来た。
「ただいまー」
「お・・かえ・・り」
じっとりと葵の全身を遠目で観察しやっと気づいたのか声を上ずらせる。
「ん?葵さん?!なんで?」
「無事・・に・・継いだ・見たい・だから・・あい・さ・つに・きた・そう・・よ」
かんざしは一呼吸でいつもよりも早口で説明する。
「そうなんですね!おめでとうございます!葵さん!」
事情を聞き目をキラキラさせ嬉々として飛び跳ねる紫陽。
「有難う」
葵はその喜びように少しはにかみながら笑ってみせた。
「いえいえー」
そう言い残し軽快な足取りで部屋に戻ってしまった。
「ごめん・・な・さい・・ね」
「いえ、気にしないでください」
「それ・・より・葵・くんは・・・願い・事・・とかある・・の?」
声を少し低くして一つ一つはっきりと聴いてきた。
「そう・・ですね。母親がどんな人だったか・・ぐらいですね。まぁ誰かに聴けば分かるでしょうけど・・」
考える素振りをし辛うじて願いかどうかも分からないものを出す。
「・・・他・には・・ある・・の・・?」
少し口角が上がり、上がった肩が下がり何時もの様なたどたどしい感じに戻る。
「いやぁ・・・思い浮かばないですね。かんざしさんは何かあるんですか?」
葵は顎を親指と一指し指で挟み首を傾げながら答え、聞き返す。
「子供が・・幸せに・・なったら・・と」
「なるほど・・・」
(親父はどんな願いがあんだろう・・・)
「すみません。部屋に戻ってしまって」
制服から普段着に着替えたのだが葵の反応は変わる事は無かった。
「いやいや、大丈夫だよ」
「葵さん・・髪・・切ったんですね」
今度は話を髪型に変え、自分にも聞き返されるのを期待した。
「そうなんだよ。春蘭のとこに行ったら切られちゃってさ・・どう?」
くるっくるっと頭を左右に揺らし見せ付ける。
「とても似合ってますよ!」
「うん・・とても・・」
「自分から聞いてなんですけど照れますね」
朗らかな表情で褒められ、またそれが本心からであると気付いた時、初めて顔を隠したい気持ちになった
「うふふ・・・いい・じゃない・・」
「そうですよ!かっこよくなってますよ!ところで今日は泊まりますよね?!」
「い、いやぁ帰りますよ」
席を立ち帰ろうとすると瞬時に葵の左手を掴み一言呟いた
「いい・・わよ・せっかく・・・だから・泊まって・・いき・なさい」
「すみません。ではお言葉に甘えて・・」
葵はその細く冷たい声に慄き一泊することを承諾した。
それぞれの家庭の味を体験してきた葵はふと母の料理の味はどの様なものなのかと借りた部屋の天井の模様を目でなぞりながら巡らし眠りについた。
そして朝日が昇り朝ごはんを頂き、見送りをされて槐の所へと向うのだった。
次は鎺金師の所へと向かった。デザイナー建築の様な和の様式にすっきりとした直線が近代的な雰囲気を醸し出しており落ち着と綺羅を感じた。かんざしと話していると紫陽が帰宅し二人に鎺の作りについて教えてもらったり皆に見せない蕺の顔を話したりした。又も泊まれと言われ一泊した葵は出される朝食にふと母の手料理の味を総見していた。
そして、見送りをされて槐の所へと向うのだった。玄関で挨拶をすると父親が出迎えてくれた。
「おぉ!葵君!今日はどうしたんだい?」
一瞬暗い表情が出てきそうにすぐに笑顔を作った。
「はい、無事に継ぐ事が出来たので挨拶に来ました」
軽く挨拶をして次の家に向かおうと身体を反転させようとすると更に声を掛けてきた。
「お父さんは一緒ではないか?」
「はい、一人で来ました」
向き直し答えると少し安堵したのか肩を落とした。
「そうか、そうか。せっかくだし上がっていきなさい。槐も呼んでくるからちょっと待っててくれ」
「はい」
邪魔しては悪いと思って帰ろうとしたのだが何か話したい事があると思い言う通りにした。
「よう、もう継いだのか」
襖を開け入ってきた槐は作務衣の格好をして手ぬぐいを頭に巻いていた。その手は黒く汚れており濡らしたタオルで拭っていた。
「そうだよ。やっと見える様になったんだ」
「どうなんだ?その・・具合とか?」
二人掛けのソファに腰を掛ける槐。
「問題ないよ。でも想像より色も濃いし建物も高いし大きいから其処はびっくりしたよ。都心の家とは大違いでより一層ね」
「そうだよな、あの道場だって穴開き放題だったしね」
「それは、余計なお世話だ」
「てか誰に髪切ってもらったんだ?」
「春蘭とその母だよ。まぁまぁ様になってんだろ?」
葵は髪を摘まみながら答える。
「あぁなってる」
「お前はまた鍔造り?」
「そうだよ。誰かさんが継ぐから余計にねっ」
「いいじゃぁねぇかやる事増えて」
「はぁお前は大丈夫なのか?」
「大丈夫ってなにが?」
「いやぁ神力の使い方とか・・・」
「いやいや直ぐになれるって」
「おっとすまん。時間だ」
「戻るのか?」
「怪我すんなよ~」
サムズアップをして襖を閉じて作業場に戻っていく。入れ替わりの様にお茶を持った父親が入り目の前のテーブルに置き、お盆を自分の隣に置く。
「葵君済まない・・・長男が居れば・・・」
開幕頭を下げてくる槐の父親にてんぱる葵。
「大丈夫ですって槐だって才能は有るでしょうし努力してるじゃないですか。それに、探梅さんが一番傍で見てるんじゃないですか?」
「足を引っ張るんじゃないかと不安なんだ・・・歳は若いし鍔造りをしだしたのも遅いから他の分家の人たちとの差が気になってしまって・・・」
葵は襖から遠ざかる足音に気付いたが何もいう事は無く探梅の話に耳を傾けた。
「それに・・・兄の残した鍔に寄せて造ってるんです。私はその鍔を見るたび息子に駄目出しするんです・・」
「造り始めは良かったんです・・・兄と同じかそれ以上の才があると私は思うんです。しかし、次第に兄の影を追うようになり始めてしまって・・・」
探梅はあのときの蕺と屈託のない笑顔を兄に向ける幼い槐を思い出していた。
「そう・・なんですね」
「だから・・・すまない葵君・・・」
再び頭を下げる探梅にまたも困惑する葵。
「やめて下さいよ・・・でも大丈夫だと思いますよ」
「そうですか・・・」
「自分は微塵も足手纏いなんて思ってません。いくら綺麗にした手でも鉄の匂いでどの位費やしたのか分かりますから」
葵は自分の本心をぶつけると探梅は下げた頭を何度もうなずかせ納得したようだった。
「・・・ところで葵君はどうしてあの使者さんたちに協力をするのか聞いてもいいかい?」
「多分ですけど・・・この力はこういう事の為と思うんですよ。漠然とした考えですが・・・」
落ち着き払った声で答えた葵の目を見て視線をおとす。
「そう・・・」
「葵君は何か叶えたいものとかはあるの?」
「うーん・・いやぁ、特にはないですかねぇ・・・まぁ強いて言うなら母がどんな人か一目見たいぐらいですかね・・・」
「そう・・・」
(なんか皆願い事は無いの?って聞いてくるけど・・・何なんだ?まぁでも神樹に願いを叶える可能性があるからなぁ)
また少しだけ父親との思い出を話し、ある程度時間が経ったと時計を確認し帰る様子を見せる。
「すみません長居してしまって・・・失礼しますね」
「わざわざ来てくれて有難うね」
「いえ、では・・・」
葵は貫目師の端空家と縁頭家の雪消家にも寄るがそこでも叶うとしたら何を願うと聞かれ同じように答えた。
出来るだけ早く済まそうと次の柄工師の家に走って向かった。見えてきたのは現代風な家の作りでとてもおしゃれであった。今までの様にインターフォンを押すと石蕗がでて葵だと分かると慌てて出てきた。
「葵・・・さん?
「うん、そうだけど。どうしたの?」
「い・・いえ・・どうぞ・・上がってください」
まじまじと髪の毛を見る石蕗の目は瞳孔が開き、重い一重が見開いていた。
「有難う。お邪魔しますね」
「粗茶ですが・・どうぞ・・」
ずっと観ている石蕗に疑問を投げつける。
「あ、ありがとう・・・な、何か付いてる?」
「いえ、髪の毛・・・切ったんですね・・・
そう答えても尚見続けている石蕗に少し怖さを感じ始めた葵。
「あぁ春蘭に・・切って・・・もらって」
春蘭と聞くとみるみるうちに瞳に影を落としていく。
「・・ふふふ・・」
不敵な笑いをもらしながら台所に向かう石蕗を目で追う葵。
「ど、どした?」
「いえ、気に・・しないで・・・ください」
怒りで震える声と手。その手には包丁が握りしめられていた。
「わ、分かった」
葵はそっぽを向きお茶を啜りちらちらと石蕗の方を見ていると薺がお客さんが来たと分かり降りてきた。
「あら、葵君じゃないの。無事、当主になったのね。それに髪まで切って・・今の方がいいわよ?」
「有難うございます」
石蕗は母親に睨みをきかせる。
「なによ」
「しら・・ない・・」
一言だけ言い部屋に戻っていってしまった。
「あの子怖いわね」
肯定するわけにもいかず否定はするが内心恐怖を感じていた。
「そんな事無いですよ」
「いやいや、葵君気を付けなさい。あの子ちょっと葵君に心酔しすぎてるから。親である私が言うのもなんだけどヤンデレっぽいのよ」
椅子に座り呆れながら缶ジュースを一気飲みする。
「そう、ですかね」
リビングで気を遣う葵とは裏腹に自室にこもった石蕗は春蘭を思い出し、ぬいぐるみの首を締めあげていた。
「あーもう、春蘭め!くそ!あの女!くそっ!くそくそ!あいつのしたり顔が目に浮かぶわ!もう!」
「葵君、他の所はもう周ったの?」
「はい、後は小金井さんのとこですね」
「結構大変でしょ?」
「そんな事ないですよ。皆さん良くしてくれるので」
「そう・・・葵君はこんな状況になって不安にはならないの?」
そう聞く薺は二本目のジュースの缶の縁を持ちまわしながら片方では肘をついていた。
「ん~なら・・ないですね」
「何か余裕そうね?」
「余裕ですか・・・どうなんでしょう。どうしてです?」
葵はさっきの質問よりも間を開けずに答えた。
「多分だけど・・神樹の取り合いになったらこの都市は崩壊しそうな気がしてね・・・」
この事実を知らない市民にも被害が及ぶと考えている薺に自身の考えを話す葵。
「そう・・なるかもしれませんね・・・でも彼奴らに支配されるよりましです」
「そうね・・・でも対話することで変わる事もあると思うのよ・・・」
争う前にやる事があるのではと思う薺だったが葵はそこまで人を信用してはいないようだった。
「それが手っ取り早いですし被害も無く済みます。でもそれは表面上の事だと思います」
「表面上?」
「はい」
「腹の中は何を考えているか分からないと?」
「そうです」
「・・・分かったわ。気を付けるのよ。死んじゃ駄目よ」
薺は納得と落胆と半々の表情を浮かべキッチンに戻り珈琲を淹れる。
「えぇ。分かってます」
釘を打たれ少し笑みを作り席を立つ。それに気付いた薺は顔を上げ何か物寂しそうな優しそうなそんな眸をしていた。
「今日は有難うございました」
会釈をし家を出て行く葵は最後の銀葉の家へ向かったのだった。そんなことも露知らず落ち着いた石蕗は降りて来て葵が居ない事に気付く。
「あれ?葵さんは?」
「さっき帰ったわよ」
「なんで教えてくれないのよ~」
さりげなく珈琲を飲みながら答える薺に部屋中に響く声で叫ぶ石蕗だった。薺は蕺が聞いて欲しいと言われたこと態と尋ねなかった。
銀葉の家に向かうと何年も整備されてない雑草が背の高さを超えた獣道を抜けていくと古民家の様な雰囲気を持つ建物が姿を現した。庭は手入れをしているが周りは雑木林に囲まれて昼間でも鬱蒼としているのは想像に難くなかった。
「初めて来るけどこんなとこに住んでたのか。まぁ俺も言えたもんじゃないけど・・・」
インターフォンが無く戸を開け大きめな声で呼んでみると銀葉の父親が出て来てくれた。
「葵君?!よく来たね!」
朴は欣然と感じれる様な声と表情で居間から揚々と出てきた。そこで葵は今まで同様に来た理由を話した。すると奥に上がる様に促されて少しだけ寄っていくことにした。
「すみません。では失礼します」
葵はお茶の間に通され玉露を淹れた湯呑みを出される。
「どうぞ・・・」
「すみません頂きます」
少量口に含み葵から話を切り出す。
「銀葉は作業場にこもっているんですか?」
質問したことが悪かったのか伏し目になる朴は気を落としたように答える。
「えぇ最近はそうです」
「槐もそうみたいですからね。俺も頑張らなくてはいけませんね」
自分が気を使ったのを感じたのか朴が溜息と共に口元を少し上げるのを感じた。
「大丈夫だよ葵君なら・・・人一倍頑張ってきてたじゃないか」
「そうですかね・・・」
これだと埒が明かないと判断した葵は銀葉に合わせてもらおうと朴にお願いをした。
「銀葉ともお話出来ませんか?」
「あぁ・・・うん家の裏にいるから行ってみるといい」
「すみません有難うございます」
葵はすぐさま裏にある作業場に向かい戸を叩く。
「・・・はい・・なんですか?」
少し他人行儀な言葉に臆したが単刀直入に聞く。
「俺だけど少し話さないか?」
少しの沈黙の後、銀葉から離し掛けた。
「継いだのね・・」
「分かるもんなのか?」
「家に来る用なんてその位だと思って・・それで話って」
「雪中の事さ」
すると、これまで手を休める素振りが無かった銀葉が止まったのだ。
「ど、どうして?」
葵はその背中に向けて聞かれたくないであろう質問を聞いてみた。
「嫌がらせみたいなことされてたろ。その理由を聞きたくて」
「別にされてないよ。そんな事」
否定しまた作業に戻る銀葉。その空間には木を彫る音が二人の無言をかき消していた。
「嘘は嫌だな・・・そんなに信用がない?」
「だから無いよ・・そんな事」
食いつく様に否定した語尾が少しだけ強くなり鑢の音を上回り、また静寂が訪れる。
「もういい?鞘を造る練習しなきゃだから」
「そうか・・邪魔したよ・・」
出て行こうとした葵の背中に銀葉が質問をぶつける。
「これからどうするの?」
「・・・出来れば・・三家で神樹を探す話合いがしたいね」
葵は戸に手を掛けたまま答え、また質問を聞く。
「そうよね・・・三家だけで大丈夫なの?」
「あぁ大丈夫!」
「そう・・・・・・・また私に鞘造らせてね」
「頼むよ」
「うん・・・」
背中どうしの会話は淡白なものとなり、その間も銀葉は手を休める事は無かった。戸は入って来たよりも大きい音に感じた。玄関に向い帰る旨を伝え実家に向かう葵だった。
暗くなり始めた獣道を上り、走り駆けて行く。直に実家の前まで着き木戸門を開け入っていく。家に上がっても親父の声がしなく縁側に行くと足を広げ大の字に寝ている姿を見る。その懐には一枚の写真の角が出ており抜き取って見てみると、まだ小さい自分の肩に腕を掛けている親父と縁側で撮った写真であった。また懐に戻し、飲みかけの湯呑みと手付かずの湯呑みを見つけ片づけるのだった。葵は写真に写る自分が真ん中で父がすぐ左にいる事、縁側に出ていた湯呑みが写真に写っていたことを気に留めなかった。
「お、おう帰ってたのか・・・」
台所で洗っていると欠伸をしながら声を掛けてきた。
「縁側で寝るなよまったく・・」
「いいだろ。気持ちが良いんだから・・・処でさカーヤとジーバが三家で神樹を探す計画を立てたいという話をしたんだが・・どうだ?」
「どうだって・・・そうするしかないでしょ・・・」
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