第20話 正編:相伝譜代の集い~・7・~

 次は鎺金師の所へと向かった。デザイナー建築の様な和の様式にすっきりとした直線が近代的な雰囲気を醸し出しており落ち着と綺羅を感じた。かんざしと話していると紫陽が帰宅し二人に鎺の作りについて教えてもらったり皆に見せない蕺の顔を話したりした。又も泊まれと言われ一泊した葵は出される朝食にふと母の手料理の味を総見していた。


 そして、見送りをされて槐の所へと向うのだった。玄関で挨拶をすると父親が出迎えてくれた。


「おぉ!葵君!今日はどうしたんだい?」


 一瞬暗い表情が垣間見えたがすぐに笑顔を作った。


「はい、無事に継ぐ事が出来たので挨拶に来ました」


 軽く挨拶をして次の家に向かおうと身体を反転させようとすると更に声を掛けてきた。


「お父さんは一緒ではないか?」


「はい、一人で来ました」


 向き直し答えると少し安堵したのか肩を落とした。


「そうか、そうか。せっかくだし上がっていきなさい。槐も呼んでくるからちょっと待っててくれ」


「はい」


 邪魔しては悪いと思って帰ろうとしたのだが何か話したい事があると思い言う通りにした。


「よう、もう継いだのか」


 襖を開け入ってきた槐は作務衣の格好をして手ぬぐいを頭に巻いていた。その手は黒く汚れており濡らしたタオルで拭っていた。


「そうだよ。やっと見える様になったんだ」


「どうなんだ?その・・具合とか?」


 二人掛けのソファに腰を掛ける槐。


「問題ないよ。でも想像より色も濃いし建物も高いし大きいから其処はびっくりしたよ。都心の家とは大違いでより一層ね」


「そうだよな、あの道場だって穴開き放題だったしね」


「それは、余計なお世話だ」


「てか誰に髪切ってもらったんだ?」


「春蘭とその母だよ。まぁまぁ様になってんだろ?」


 葵は髪を摘まみながら答える。


「あぁなってる」


「お前はまた鍔造り?」


「そうだよ。誰かさんが継ぐから余計にねっ」


「いいじゃぁねぇかやる事増えて」


「はぁお前は大丈夫なのか?」


「大丈夫ってなにが?」


「いやぁ神力の使い方とか・・・」


「いやいや直ぐになれるって」


「おっとすまん。時間だ」


「戻るのか?」


「怪我すんなよ~」


 手でグットサインをして襖を閉じて作業場に戻っていく。入れ替わりの様にお茶を持った父親が入り目の前のテーブルに置き、お盆を自分の隣に置く。


「葵君済まない・・・長男が居れば・・・」


 開幕頭を下げてくる槐の父親にてんぱる葵。


「大丈夫ですって槐だって才能は有るでしょうし努力してるじゃないですか。それに、探梅さんが一番傍で見てるんじゃないですか?」


「足を引っ張るんじゃないかと不安なんだ・・・歳は若いし鍔造りをしだしたのも遅いから他の分家の人たちとの差が気になってしまって・・・」


 葵は襖から遠ざかる足音に気付いたが何もいう事は無く探梅の話に耳を傾けた。


「それに・・・兄の残した鍔に寄せて造ってるんです。私はその鍔を見るたび息子に駄目出しするんです・・」


「造り始めは良かったんです・・・兄と同じかそれ以上の才があると私は思うんです。しかし、次第に兄の亡霊を追うようになり始めてしまって・・・」


 探梅はあのときの蕺と屈託のない笑顔を兄に向ける幼い槐を思い出していた。


「そう・・なんですね」


「だから・・・すまない葵君・・・」


 再び頭を下げる探梅にまたも困惑する葵。


「やめて下さいよ・・・でも大丈夫だと思いますよ」


「そうですか・・・」


「自分は微塵も足手纏いなんて思ってません。いくら綺麗にした手でも鉄の匂いでどの位費やしたのか分かりますから」


 葵は自分の本心をぶつけると探梅は下げた頭を何度もうなずかせ納得したようだった。


「・・・ところで葵君はどうしてあの使者さんたちに協力をするのか聞いてもいいかい?」


「多分ですけど・・・この力はこういう事の為と思うんですよ」


 落ち着き払った声で答えた葵の目を見て視線をおとす。


「そう・・・」


「葵君は何か叶えたいものとかはあるの?」


「うーん・・いやぁ、特にはないですかねぇ・・・まぁ強いて言うなら母がどんな人か一目見たいぐらいですかね・・・」


「そう・・・」


(なんか皆願い事は無いの?って聞いてくるけど・・・何なんだ?まぁでも神樹に願いを叶える可能性があるからなぁ)


 また少しだけ父親との思い出を話し、ある程度時間が経ったと時計を確認し帰る様子を見せる。


「すみません長居してしまって・・・失礼しますね」


「わざわざ来てくれて有難うね」


「いえ、では・・・」


 葵は端空家と雪消家、七夜家も寄るがそこでも叶うとしたら何を願うと聞かれ同じように答えた。薺からは此れから起こる戦いに釘を刺され娘の石蕗は葵が春蘭に髪を切ってもらったのを聞き自室で発狂していた。


 銀葉の家に向かうと何年も整備されてない雑草が背の高さを超えた獣道を抜けていくと古民家の様な雰囲気を持つ建物が姿を現した。庭は手入れをしているが周りは雑木林に囲まれて昼間でも鬱蒼としているのは想像に難くなかった。


「初めて来るけどこんなとこに住んでたのか。まぁ俺も言えたもんじゃないけど・・・」


 インターフォンが無く戸を開け大きめな声で呼んでみると銀葉の父親が出て来てくれた。


「葵君?!よく来たね!」


 朴は欣然と感じれる様な声と表情で居間から揚々と出てきた。そこで葵は今まで同様に来た理由を話した。すると奥に上がる様に促されて少しだけ寄っていくことにした。


「すみません。では失礼します」


 葵はお茶の間に通され玉露を淹れた湯呑みを出される。


「どうぞ・・・」


「すみません頂きます」


 少量口に含み葵から話を切り出す。


「銀葉は作業場にこもっているんですか?」


 質問したことが悪かったのか伏し目になる朴は気を落としたように答える。


「えぇ最近はそうです」


「槐もそうみたいですからね。俺も頑張らなくてはいけませんね」


 自分が気を使ったのを感じたのか朴が溜息と共に口元を少し上げるのを感じた。


「大丈夫だよ葵君なら・・・人一倍頑張ってきてたじゃないか」


「そうですかね・・・」


 これだと埒が明かないと判断した葵は銀葉に合わせてもらおうと朴にお願いをした。


「銀葉ともお話出来ませんか?」


「あぁ・・・うん家の裏にいるから行ってみるといい」


「すみません有難うございます」


 葵はすぐさま裏にある作業場に向かい戸を叩く。


「・・・はい・・なんですか?」


 少し他人行儀な言葉に臆したが単刀直入に聞いく。


「葵だけど少し話さないか?」


 少しの沈黙の後、銀葉から離し掛けた。


「継いだのね・・」


「分かるもんなのか?」


「家に来る用なんてその位だと思って・・それで話って」


「雪中の事さ」


 すると、これまで手を休める素振りが無かった銀葉が止まったのだ。


「ど、どうして?」


 葵はその背中に向けて聞かれたくないであろう質問を聞いてみた。


「嫌がらせみたいなことされてたろ。その理由を聞きたくて」


「別にされてないよ。そんな事」


 否定しまた作業に戻る銀葉。その空間には木を彫る音が二人の無言をかき消していた。


「嘘は嫌だな・・・そんなに信用がない?」


「だから無いよ・・そんな事」


 食いつく様に否定した語尾が少しだけ強くなり鑢の音を上回り、また静寂が訪れる。


「もういい?鞘を造る練習しなきゃだから」


「そうか・・邪魔したよ・・」


 出て行こうとした葵の背中に銀葉が質問をぶつける。


「これからどうするの?」


「・・・出来れば・・三家で神樹を探す話合いがしたいね」


 葵は戸に手を掛けたまま答え、また質問を聞く。


「そうよね・・・三家だけで大丈夫なの?」


「あぁ大丈夫!」


「そう・・・・・・・また私に鞘造らせてね」


「頼むよ」


「うん・・・」


 背中どうしの会話は淡白なものとなり、その間も銀葉は手を休める事は無かった。戸は入って来たよりも大きい音に感じた。玄関に向い帰る旨を伝え実家に向かう葵だった。


 暗くなり始めた獣道を上り、走り駆けて行く。直に実家の前まで着き木戸門を開け入っていく。家に上がっても親父の声がしなく縁側に行くと足を広げ大の字に寝ている姿を見る。その懐には一枚の写真の角が出ており抜き取って見てみると、まだ小さい自分の肩を腕で包むようにしている親父と縁側で撮った写真であった。また懐に戻し、飲みかけの湯呑みと手付かずの湯呑みを見つけ片づけるのだった。葵は写真に写る父と自分の位置が少し左に寄っている事、縁側に出ていた湯呑みが写真に写っていたことに気が付かなかった。


「お、おう帰ってたのか・・・」


 台所で洗っていると欠伸をしながら声を掛けてきた。


「縁側で寝るなよまったく・・」


「いいだろ気持ちが良いんだから・・・処でさカーヤとジーバが三家で神樹を探す計画を立てたいという話をしたんだが・・どうだ?」


「どうだって・・・そうするしかないでしょ・・・」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る