第19話 正編:相伝譜代の集い~・6・~

 葵は石と箭に詰め寄られて家の事、父親との稽古を聴かれた。此れまで誰にも話す機会がなかった葵にとってとても新鮮なものとなった。そして最後に〝もし神樹に願いを叶えて貰うとしたら〟と聞かれ少し考える葵。


「そうですね。母親がどんな人だったか・・ですかね」


「そう」


「それはどうしてだい?」


「いやぁ覚えて無い・・からですかね・・まぁもしなんで」


 丁度よくお風呂が沸いた合図の曲がなる。


「おっとお風呂入れるみたいだから行ってくるといい」


「すみませんではお先に失礼します」


 少し頭を下げお風呂に向かう。


「お~のぼせんなよ~タオルは向かいの棚に入ってるからな~」


「は、はい」


 春蘭は葵がお風呂に入ったのを確認して戻る。


「葵の母親って?だれだっけ?」


「春蘭覚えて無いの?蕺さんの結婚式に出た時に一度会ってるはずよ?」


 想い出す様に顎に一指し指を当てる箭。


「は~覚えて無い」


 ソファに座り首を預け仰ぐ。


「一度だけだから覚えて無くて当然だよ。まだ小学生くらいだったしね」


 軽く眉間に皺をよせしょうがないと言った様子の石。


「で、どんな人なの?」


 擡げた首を起こし興味深々に片眉を上げる。


「快活で素直な女性って感じだったかなぁ」


 腕を組み下唇を噛み少し唸ったあとに記憶を絞り出すように答える。


「じゃぁお母さんと正反対だね」


 何故か目をキラキラさせにやついた顔をする。


「余計な事を言うんじゃありません」


 顔を赤くして頬を膨らませながら怒りを向ける。


「いや母さんは今でも美しいよ」


「やだっお父さんたらっ」


 父の言葉に照れた顔を両の手で隠しくねくねと悶えている。そんな姿を満足そうに見ている父親。二人のやり取りに嫌気がさし溜息がでていた。


(あ~早く葵の奴上がってこないかなぁ。今なら二人とも恥ずかしめられるのに・・)


「私は部屋に戻ってるよ」


 そのまま部屋に戻りベッドに勢いよく飛び込み天井を見つめていた。


「あいつも大変そうだなぁ・・・はぁ」


 葵はお風呂をでてリビングに戻る。


「すみませんお先頂いてしまって・・」


「どうだった?」


「えぇ、いい湯でした」


「寝るのはこの廊下の一番奥の部屋を使うといい」


「すみません何から何まで・・」


「いいんだよ・・それに明日は春蘭が研ぎをするんだ観てみないかい?」


「えぇお願いします。ではお休みなさい」


「ゆっくり寝るのよ~」


 疲れてはいなかったが話す事もなく気まずいので開けてもらった部屋に行く。


 すると布団は既に敷かれており少し罪悪感を感じてしまう。入ろうとすると春蘭が近づいてくるのが分かり待っていると案の定用事があったのかコンコンと扉を叩いてきた。


「ちょっといいか」


「えぇはいどうぞ」


 扉を開けた先に居たのはビニール袋と鋏をもった春蘭だった。


「髪、切らない?」


「え?」


「重いでしょ?前髪も邪魔そうだし」


「えぇまぁいいですけど。前自分で切ろうとしたら怒られたんですよ」


「えぇ?いいわよ別に怒られても」


 ビニールを床に敷き首に括り鋏の根元から力強く切り始める。


「何で切ろうと思ったんですか?」


「あぁ?いいよ知らなくてそんなの。他の家周るんだろ?」


「えぇ周りますけど・・」


「そうすれば分かる」


 その夜は枕元に髪の毛が散らばって春蘭に掃除機を借りてみたが取れなく、コロコロと併用して何とかして綺麗にした。シーツを剥がし枕のカバーも取り洗濯を春蘭にお願いした。そのままリビングに行くと箭が朝食の準備を始めようとしていた。こちらを見た箭は吃驚した顔になる。


「どうしたの?それ」


「昨日、春蘭さんに切られました」


 キッチンから出て葵の側頭部や後頭部を見まわす。


「ちょっとこっちに来て頂戴。切り直してあげるわ」


 ベランダに案内され春蘭が使っていたものよりも高級な鋏で髪を整え始める。


「すみません。有難うございます」


 前にきて前髪を整えていると何かに気付き手が止まる。


「あら葵君、瞼に何か書かれてるけど・・」


「あぁそれは父が勝手に付けたんですよ」


 葵は恥ずかしそうにし顔を僅かに下げる。

 

「変なお父さんねぇ」


「えぇ・・・はい・・まぁ」


「よし。終わったわよ・・ほんと男前ねぇ」


 含み笑いをしながら鋏とクロスをしまいに行く。


「あ、有難うございます・・」


 照れて答える葵に微笑み返す箭。濡らしたタオルで頭を拭い乾かし鏡を見ると、全体的に毛先が整えられすっきりとしたバランスの良い髪型になっていた。リビングに戻るとコンコンと野菜を切る音がしていた。


「朝ごはんは何が良いかしら?」


「これと言って無いので皆さんが普段食べているものでお願いします」


 お任せと言うのも失礼と思い差しさわりの無い答えをだす。


「ふふふ、分かったわ楽しみにしててね」


 何だか気分が良いのか鼻歌交じりなり調理を再開した。其処に石と春蘭が入ってきた。


「おはよう葵君。流石に早いね」


「おはようございます」


「おっすー葵は早いねぇ」


「えぇまぁ」


石は目を開き何かを閃いた様だった。


「葵君、今日は昨日打った刀の研ぎを見るのと刀の造り方を話そう」


「有難うございます」


「では早速朝ごはんを食べてしまおう」


「はい、ではいただきます!」


 整然と並べられた朝食を食べ鑪場へと向かったのだった。


 先に石と葵が着き外で待っていると研ぐ準備が思いの外掛かるのか先に刀の造りを教えてもらうことになった。


「まだ神力を渡してないから葵君の刀はまだ出来ないけど・・・近々継ぐ事になっているから心配しなくて大丈夫だよ」


「それじゃ刀の作り方を教えるね」


「お願いします」


「まずは砂鉄から玉鋼を造り出す所から始まるんだ。此処は葵君の家と環境が変わりないでしょ?」


「えぇ」


「山から砂鉄を取りに行くのだけど余り人が入らないから量も取れるし質も上等なんだ。まぁそれは良しとして、砂鉄から玉鋼の塊にする時にたたらに炭と砂鉄を入れるんだ。それを三夜程繰り返す。それで造られた鉄の塊が玉鋼となるんだ」


「な、なるほど・・」


 石は意外そうに聞く葵に嬉しくなり刀の製法を熱く説明した。


 上質な玉鋼の見極め方。熱した玉鋼の打ち方や泥水をかける事とその理由、二十数回にわたり折り返す事、心金と皮金を組み合わせる事、それにも独自の配合がある事、土と砥石の粉末と水などを合わせ波紋を造る事などを捲し立てて語った。


 石はウトウトと頭を上下する葵が見えてないかのように気に留めることなく話を続ける。


「・・・え・・えぇ・・聞いてます・・よ・・・」


「おい!」


「いたっ!なに?!」


 後頭部に感じる痛みで起き、振り向くと準備を終えた春蘭が立っており、睨んでいた。


「今から研ぐとこ見るんだろ?寝てないで見ろ!寝坊助!」


「す、すみません・・・」


「すまんね葵君。気性が荒いが腕は見事だ許してやってほしい」


「いやいやぁ全然、大丈夫ですよ。こちらこそすみません」


 未だ痛む後頭部を擦りながら苦笑いをする。


「いやいやいいんだ。じゃぁ見に行こうか」


「はい」


 二人は鑪場の中へ入り研ぎ始めた春蘭の真剣で突き刺さる様な目を見る。


「本来は研師がいるんだけどね。春蘭が自分で造った刀を研いでみたいって言うからお願いして教えてもらう事になったんだよ。結構センスが良いみたいでね。褒められたよ」


(この人、娘好きすぎじゃないか・・・もしかして彼氏が春蘭から逃げるんじゃなくて・・・父親の方からか?)


「どうしたんだい?」


「い、いえ」


 無粋な考えをし一瞬肝が冷える。


「ところで髪を切ったみたいだけど・・・」


「あぁ昨日春蘭さんに切っていただきました。・・・」


「そうなんだ・・・ね。でも春蘭はそこまで上手く切れないと思うのだけれど」


「ちょっとだけですけど・・箭さんにも・・」


「なんて・・もったいない・・事を・・私だって・・春蘭に切ってもらいたい・・」


 受け答えの度に言葉に棘が目立つようになり、奥さんの名前を出したのが地雷だった。


(おいおいおい、あの気性の奴が親の髪切る訳ないだろ。俺の頭もガタガタだったと思うぞ。父親なら坊主になるぞ。なに訳の分からん想像してんだ?俺の周りの父親可笑しい奴ばかりだな・・・他の家もそうなのか・・・)


「あ、あのぉ研ぎの説明は・・・」


「私は、分かりません」


(何なんだ。この人、刀の説明の時あんなに意気揚々としてたのに)


「春蘭に聴いて下さい。教えてもらおうと聞きに行ったら〝必要ないでしょ〟って言われました」


「そ、それは父親には刀造り一本でいてほしいという気持ちがあるんじゃないですかね」


「やっぱりそう・・だよね。母さんにも同じ事言われたよ」


「そう、ですよ。きっと」


 励ます言葉を慎重に選ぶが内心は面倒臭かった。そんな中無言で黙々と研いでいる春蘭を見つめていた。研ぎは正午過ぎで終わり、その足で次の分家へと向かったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る