第18話 相伝譜代の集い~・5・~

 完全に神力が移りきると父親の左腕は力なく項垂れ数滴の冷や汗が床に落ちてゆく。葵は深く呼吸をし落ち着かせている。

「はぁ、はぁ・・はあ。・・よしもう済んだぞ。どうだ?」

「んっ!いい感じ!心地のいい風に包みこまれてるみたい」

「ちょっと待ってろ」

一言いいどこかへ行く蕺を横目に葵は受け取った神力を身体の隅々まで巡らせていた。

(こう・・か・な?)

やがて身体全体が内側から熱くなるのを感じ頭にも何かが流れ込むような、まるで堰き止めていた水が勢いよく流れだし川を形成するように繋がり循環していく感覚に襲われる。するとどこかに行っていた親父が何かを手に持って戻って来た。それを何の気なしに受け取る葵が目にしたのは赤い文字で書かれた本だった。

「なにこれ?」

葵と相対し胡坐をかく蕺。

「栃佐野家の血書だ」

(ん?血の匂い?ん?お!おぉ!瞼がっ!)

「うわっ瞼が開くぞっ!見える!」

「・・・・あぁ・・・・凄い・・・なぁ・・・」

眸の中の暗闇と夜陰とで混同していた視界が段々と知覚し、この世界のもう一面の姿を捉え、広がった瞬間であった。

(ん?この本からかぁ・・・てか、なんて書いてんだ?読めん)

「何が書かれてるのさ?赤い文字で」

「神力の使い方だ。直に読めるようになる。もっとくといい。それじゃ最初に神力を感じきる所からだ」

「そしたら・・から・だに・・・ん!?お前!見えているのか!?」

「あ?あぁ。まだ引っかかる感じもするけど、まぁ問題ないよ」

「は・・はははっ・・・」

「なぁ、これどうすればいいんだ?」

「ま・まずはな、心を鎮めるんだ」

(集中して・・・溢れ出すこの気を体内に納める感じで・・・あ・・・あれ?また目が開かなくなってる)

「いいぞ、その調子だ」

「な、なぁ親父。また見えなくなったんだけど」

「あぁだって俺が石たちに教わってお前の瞼に神代文字を真似て封印したからね。身体中に流せればまた開くぞ」

「なるほど・・」

(全身に巡らせるようにかぁ・・・血管を通す感じかな?・・おぉお!この力に染まる感覚・・心地いい)

両瞼に一文字ずつ刻まれた〝桎梏〟の文字が神力の影響を受け当時の色を呼び起こし黒褐色から臙脂へと変わる。そして十数年ぶりに世界を映す眸が姿を現す。虹彩には白い線が入っており、それは真っ黒な瞳孔に向かって細くなり、暗闇に浮かぶその曼荼羅模様はよく映えていた。

「よし!なんとなく掴めてきたぞぉ」

幾度となく神力を流しコツを掴もうとする葵をただ見つめるだけの蕺。

(ここまでとは・・・信じられん・・)

「お、おい!」

「何だよ、親父」

邪魔をされ少し不貞腐れるような、楽しみを奪われる予感を察する子供の表情を向ける。

「今日は休みなさい。それに明日から分家の人たちの所へ行って刀と刀装具の製作過程を見てきなさい」

「はぁ、分かったよ。ったく」

「じゃぁ俺は寝るよ。お休み」

葵は腕を懐に入れ背を丸めて自室へ戻っていく蕺を背に道場を眺めていた。

「お、お休み・・・」

「そうだ!夜空とこの都市を山の上から見てみよっ!きっと綺麗なんだろうな」

道場を飛び出し塀を飛び越え家よりも高い場所を探す。すぐ近くにそれなりの樹木を見つけてっぺんまで登る。葵の眸子に映ったのは色とりどりの蛍光色に彩られた都市だった。様々な主色を発光させる高層ビルが立ち並び、その下部では何車線かも分からないほどの道路と建物どうしを繋ぐ橋。そしてそのどれもを照らす商店街の柔い明かりと、デジタルサイネージの照明を要らんとするほどの眩くも温もりのない雨水が似合う光が都市を包み込んでいた。その強烈な光は灰色の雲合いを微かに色づかせていた。目移りして観ていた葵は単純で直截な感嘆をもらした。

「あはははっ!すっげぇ、すっげーや!こんなっこんな色だったのかぁ」

(また、明日来よう・・)

湿り気のある空気をどかす様に体温より少しだけ低い風が噴き上げ前髪をふわふわとかき上げるのだった。

朝日が山を照らす前に起きた葵は急いで昨日の場所へ行く。不可抜の壁は練り色に輝き始め街並みを煌めき照らす。まだ動きのない都市を俯瞰している事に欣幸としていた。

「おっとまずいな。家に戻って朝飯作らなきゃな」

急いで戻った葵は早速、朝食を作り机に並べていた。そこへ丁度良く蕺が頭をかきながら座敷に座る。

「おぅおはよう」

その後を追って来るようにカーヤとジーバに顔を合わせる。

「おはよう。カーヤもジーバもおはよう」

「「おはようございます蕺さん、葵さん」」

「今日から春蘭さんの所に行くのですか?」

カーヤは何かうわづいた声で聴いてくる。

「そのつもり。一緒に行く?」

にこやかに聞き返す葵。

「いえ、ここで待っております」

わざとらしく肩を落としジーバの方へ目線を向ける。

「私も待っております」

「分かったよ。てか手土産持った方がいいのか?」

「持って行かなくていいぞ」

「そうなの?家に金が無いだけじゃないの?」

「あるわ!失敬な!そこの引き出しに入っているからそれで何か買っていけっ」

「はいよーじゃぁ遠慮なく持っていくよぉ~」

「もってけもってけ。あとこれも持っていけ」

ほいっと紙を丸めた物を投げて渡す。

「何だこれ?」

「地図だよ分家の家が書いてあるから」

「そうだよな、家分からなくちゃね。じゃっ、ちょっくら行ってくるよ」

「気を付けろよ」

 見送ることも無く、冷蔵庫から出してきた御手洗団子とお茶を手に縁側でくつろぎだす蕺。

「さて・・・どうしたもんかね」

見上げた青漢にぽつりと落とすのだった。


家を出た葵は左右に連なる山を交互に見て、どちらから行くか悩み初めに春蘭の所に行くと決め走り出した。枝と葉の隙間から見える人工の建物に現を抜かしながら森を抜けていく。やがて立派なたてがまえな家が見えてきた。

平屋ではあるものの自分の家と似ているが、広く住居とたたら場の二つの建物が並んでいた。そこから鎚と鎚とが交錯してカン、テンと奏でていたのだ。葵は音に導かれるように覗きに行くと石と春蘭が刀を打っていた。二人は気付かず区切りが良いとこまで音は止むことはなく、気が付けば周りが樺色一色となっていた。束の間の急速の後、再度吹き出す汗を垂らしながらたたら場を後にし家に入っていく春蘭。声を掛ける隙が無く少し片づけをする石に開いた戸から声を掛けた。

「あれ?葵君、どうされました?」

持っていた鎚を元に戻したたら場から出てくる。

「いえ、無事に神力を継承できましたのでその挨拶と刀を観に来ました」

「そう。今来たって事は・・・無いか。気付かずすまなかったね」

首にかけた手ぬぐいで汗を拭きながら謝る。

「お昼前ぐらいですかね。声を掛けるのはまずいと思ったので、覗くように観てましたよ」

「それは申し訳ない。是非上がって行ってほしい」

「では、お言葉に甘えて失礼します。あ、あとこれ詰らないものですが・・」

葵は都市の外れで買ってきたお菓子を紙袋から取り出し渡す。

「わざわざ、ありがとう。さぁどうぞ」

「はい失礼します」

「お茶、入れるから其処に座っていて」

「はい・・」

そこに春蘭の母〝天津 箭〟が入って来るや否や葵を見つけ笑顔をほころばせ瞬間的に近づいてくる。

「あら、葵君じゃない久しぶりねぇ大きくなったわねぇ、それも色男になってぇねぇあんた」

「そうだね。でも葵君は新しい当主になったんだ。子供扱いはだめだよ」

石は高揚した箭を苦笑いして宥める。

「そうだったわねぇごめんなさいねぇ葵君」

「い、いえお気遣いありがとうございます」

母の声を聞きドタドタと床を踏み鳴らしながらリビングの戸を開ける春蘭。

「何だよ、うるせぇな~・・ん?えっ?葵?!何でいんのさ!てかいつ来たん?」

「午前中には来てましたよ。刀打ってるのずっと観てましたよ」

気まずそうに、でも少し意地をするように答える葵。

「声かけてくれればよかったのに」

さっきとは打って変わって落ち着いた声に戻っていた。

「いや邪魔になってしまうかと思いまして・・」

「そう?律儀だねぇまったく」

そう言いながら机の上に開けた団子達を持ちソファに座り足を組みながらもちゃもちゃと食べ始めた。

「これうめぇな。誰が買ってきたんだ?」

「葵君ですよ・・まったく」

溜息を込め少し呆れながらお茶を淹れ終わる父。

「ありがとよっ葵!」

グットサインを出し口いっぱいに頬張る姿はまるでリスであった。

「まったくもうこの子ったらぁ、お行儀が悪いんだから」

出されたお茶と団子を堪能していると石が宿泊を進めてきた。

「いやぁ悪いですよ」

遠慮する葵に石は真剣な顔になり葵の目をじっと見つめた。

「私達にも葵君と蕺のことを聴かせて欲しいんだよ。たくさんあるだろう?」

「私も聴きたいっ!」

「そうよ、いいじゃない。泊まっていきなさい」

葵は周りの空気と石の眼光に負け泊まる事に決めたのだった。

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