第17話 正編:相伝譜代の集い~・4・~
蕺は子供たちを払い現当主らだけに伝えておきたい事があった。ぞろぞろと七人は座敷に上がってゆく。人数分の湯呑みに頬を噛んだ表情が映り慌てて何時もの顔色に取り繕う。
「すまいないな・ぁ葵の事なんだが・・・」
座るや否や間髪入れず本題に入る。だがほんの少しのつっかえと柳眉の上がり角度と眉間の皺でいささかの隠し事を勘ぐらせてしまう蕺。
「なによ・・・早く言いなさいよ」
心を構え、じっと見つめる分家当主達。
「神力を譲渡したら君たちが造る刀と刀装具を見に行かせたいんだけどいいか?」
いつも通りの蕺の空気とずれた要望に杞憂と感じ直す薺は気を抜いた。
「何~そんな事?いくらでも見てってよ」
他の皆も同じように肩の力を抜き溜息を漏らしそれぞれ呟く。
「そうですね。娘がどんな刀を造るか葵君にも知っていて欲しいですから」
「ほう、いいですねそりゃ」
「私も良いよ。知る事は大事だからねぇ」
「あぁ俺んとこもいつでもいいぞ」
「でもなんで我らが造るものを見せたいんだ?」
重陽は膝に肘を衝き投げかける。
「それは、・・・・」
「次期当主として我ら分家の役目をその目でみせたいのだろう」
詰る蕺に変わり石が心中を察し答える。
「で、あんたも来るの?」
「いやぁ俺は行かないよ」
後頭部をかきむしりながら俯く蕺。それを横目で見るかんざしに怪訝そうな表情をする毬と薺。
「どうしてよ」
「いやぁちょっと葵に聴いて欲しい事があって」
「何を聞けばいいのよ?」
その問いただす顔色は平坦でまた何か突拍子もない事を言うのかと言わんばかりの目力を感じさせた。
「もし神樹に叶えて貰うなら何を叶えて貰いたいかどうか」
「そんなの自分で聞きなさいよ」
薺は現当主の情けなさに大息を吐きながら呆れたような声色になる。
「・・・・・」
「なに、恥ずかしいの?」
「そうだ」
俯きを止めて腑抜けた低声を響かせる。表情が緩む皆は流れでくすっと笑みを落とす。
「あら、やけに素直ね」
「それでなんだが・・・もしそこで母親の事を聴くようだったら何も言わないで欲しいんだ。ただ望みを聴きたいんだ」
「なんでよ?」
急に険しくなった皆の顔を見ることなく微かに聞こえる声で囁く蕺。
「俺には何も聞いてこなかったから」
「そう・・・でもあの時まだ四歳ぐらいでしょ?覚えて無いじゃない?」
語尾を強くした薺に割入る様に毬が踏み込んで聞く。
「それでも、何か母親の事を聴くんじゃねぇか?」
「それに突然居なくなったら探しまわるとか騒いだりすると思いますが、そのような素振りはあったのですか?」
諭すように丁寧に問う石に一つ一つ想い出しながらも心当たりがない蕺は溜息混じりの風体に似合わない芯の無い声で卑下する。
「そんな事は無かったよ。まったく。嫌われてんのかなぁ」
今まで見た事の無い様な姿に各、励ましの言葉を掛ける。
「それは無いんじゃないか。嫌っていたら会話なんかせんよ」
「そうよそんな事は無いんじゃない?」
「葵君が黙ってたんじゃないですかね」
「それはあり得るかもね」
「きっとそうよ」
「俺もそう思いたい」
柳眉を下げ眉間に皺を寄せ緩んだ口元から胸底の想いがするりと出てきて寄せた皺が消えた。幸い伏せていた為見せられていない事に少量の罪過が積もり再び眉間に皺が入る顔を上げた。
「本当は余り未練がましくさせたくない。亡霊を追いかけるような切っ掛けを少しでも与えたくない」
「でも写真とか遺品なんかも見られたらおしまいよ?」
心が冷えるのを感じた。それは冷や汗に出てくることは無く無表情に断定した。
「それは、大丈夫だ」
「見えないどこかに仕舞ってあるの?」
「地中に埋めたんだ」
段々と突き刺さる空気に心底を掘られる感覚に襲われる。
「それは本当?いつも言ってるでしょ。嘘が下手だって。本当はどうなの?」
「写真も・・服も燃やした。・・・・全て」
目線が自分自身に向くのが分かった。薺の込み上がる怒りの眸と合わせたら離せなかった。
「!?なんですって・・・・なんですって!!!貴方ね、愛した人なんでしょ?最後まで誓ったんでしょ?なら死ぬ最後まで離さないで持っておくもんでしょ!?普通!」
「貴方、本当に屑ねかける言葉も無いわ。葵君がかわいそうだわ本当に」
凍えた心を撫でるような女性特有の低く、透き通り、突き刺さる声で飾った言葉はしばらく耳で渦巻いていた。
「貴方の顔を観たくも無いわ。じゃぁ失礼しますから」
「それに、二度と貴方と会いたくありませんから」
薺と毬は勢いよく障子を開けドタドタと出て行ってしまう。
「それはあんまりではないですか当主殿」
「いいんだ・・・・これで」
皆、視線を落とし暫しの時間が過ぎた。
「何でそこまでやるのか理解できませんが、当主がそこまでやるにはそれ相応の想いがあると感じ取りました」
「それが・・・心中なら・・何も言いません。・・せいぜい葵君には嫌われない様に・・してください・・ね」
「俺たちゃ何も言えない・・自分も同じような事したからなぁ」
「貴方達は・・・別でしょう。縁を切っただけで・・亡くなった訳では・・・ない。例え当主と同じことをしていても・・・それは決別の意味を持ちます・・・から・・ね」
フォローの言葉はかんざしで悉く否定されてしまい、申し訳なく肩を竦める探梅。
「では、・・・私も・・・お暇します・・・ね」
かんざしが立ち去った後、タイミングを見計らい帰り仕度をしだす。
「帰りも時間がかかるし俺らも行くか」
「あぁ、そうしよう」
「じゃぁ当主よ俺も帰るぞ。・・・蕺も家ばかりいると息が詰まるだろうからたまにはさ・・家に遊びにこいよ」
「では、私も帰りますね当主殿」
二人に便乗するように重陽も石も立ち上がり帰ろうとする背中に蕺は声を掛ける。
「ありがとうなみんな、今日は・・・悪かったなぁ」
男衆はすっと頭を下げ何も言わずに座敷をでて子供の元へ向かって行った。
葵は次期当主達と話をしていると眉間に皺を寄せ肩を上げ苛立った様子の薺と首を項垂れ腰に手を置き呆れた様子の毬達が地面に足跡をくっきりつけながら、一歩一歩踏みしめながら此方に向かって来ていた。葵は近付く二人の心音や鼻息で察した。
「この家が嫌になったらいつでも私の家に来ても良いのよ?」
その言葉と同時に葵は柔らかな匂いに包まれた。それは咲いたばかりの桜の匂いだった。それに滑らかな流線型をなぞる着物は葵の顔に当たり型を崩し間接的に柔らかい物を当てられる体験する。それは、葵を困惑させ何をされたのか石蕗の言葉を聞くまでは分からなかった。
「ちょっとお母さん!何で葵さんに抱き着くのよ!失礼でしょ!」
先ほどとは違った様子に周りが目を開き、抱き着かれている当の本人は立ち竦むだけだった。
(初めての体験なのにも関わらず何故か懐かしい・・・なんでだろうか・・安心する)
その一瞬の思考の後、慌てて突き放す葵。
「そうよね。ごめんなさい・・つい可愛くって」
「まだ成人前だぞ!気持ちは分かるがもう辞めとけよ?犯罪者になりたくなければな!」
「分かっているわよ」
「葵君!神力を貰ったらうちに来てね。茱茰が造る所を見てやって欲しいんだ」
「そうです・・・ぜひ・・来てください・・ね・・・」
「は、はい・・・」
茱茰と石蕗を連れて栃佐野家を出て行く二人、見送りも済まない内にかんざしが出て来て葵に挨拶を紫陽と共に二人の後を追うように後にする。
「葵さん!是非うちにも来てくださいね~!」
大声を出した紫陽は母親に頭を小突かれて足音は遠ざかって消えてゆく。
気が付くと探梅、朴がその後ろに重陽が出て来ていた。槐と銀葉、柊は葵に挨拶をし帰っていったのだった。雪中の事は最後まで聞けなくどうしたものか考えていると春蘭が話しかけてきた。
「お前は髪の毛切らないのか?」
「そうですねぇ。切りたいんですけどね」
「自分で切ればいいじゃないか」
「いやぁ前に切ろうとしたら何か異様に怒られたんですよね。それっから任せる様になったんですよね」
「そうかぁ。切った方がいいぞ?」
「話聞いてました?」
そして最後の一人だった石が春蘭を迎えに来た。
「春蘭、家に帰ろう」
「なんだ?私にも神力を譲るのか?」
「そうだ。それに葵君、この先苦しいかもしれないが私たちは味方だ頼って欲しいですね」
葵の肩に手を置き暖かい言葉を掛ける石に少し気まずくなり強張った口調で返してしまう。
「分かりました。頼りにしてます」
「では、また葵君」
「じゃあなっ!」
木戸門まで見送り台所まで戻り夕飯の支度をする葵、父はその背中を見るだけで何もしないまま座っている。
「おーい親父さんやー手伝ってもらって良いー?」
「あっあぁ分かった、運べばいいか?」
「おん。お願い」
朝と余り変わらない食卓に箸を止めることなく口に運ぶ葵と蕺、珍しく会話が無くいつもより早く食べ終わりお茶を用意する葵。ずずずと飲む葵と対象的に一気に飲む蕺に様子がおかしいと感じ神力について話す。
「おーい。親父!神力を渡すのがそんなに心配か?」
「お、おう」
「心配すんなって早く済ませようぜ」
「そう・・だな。道場に行こう」
二人は場所を移し暗く明かりも無く、虫の声も風が弾く音も消えた空間で神力の譲渡を開始した。葵が神棚と中央で向かい合うように座禅をくみ深い深呼吸を繰り返す。蕺は葵の後につき胡坐をかき背中に掌を当て、〝明〟を唱え始める。
「天中に身を捧げ力を受け継ぐ我ら栃佐野家、役目を未だ終える事が出来ず次の者へと継承させたく願う。又、相承する者の心力は熟れ拝受する器へと成り申す。願わくば小片の祝福を与え給え」
言い終わりと同時に葵の中に力が流入し全身を掛けめぐっていき、蕺は神力が葵に移った事で強い脱力感と倦怠感に襲われていた。その力の奔流は目にしたカーヤとジーバの呼吸を忘れさせ、瞬きをするのさえ忘れさせた。二人にしか見えない清澄とし煌めく発光体はその瞳にその脳裏に焼き付かせたのだった。
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