第15話 正編:相伝譜代の集い~・2・~

 門の前で刀鍛師の男は立ち戸を叩こうと腕を上げた時、突如向こう側から開き主家の当主である栃佐野蕺が顔を覗かせる。


「よっ!早かったな皆~」


 右手を上げ軽く挨拶をする栃佐野家現当主に目を丸くし唖然としていた。


「め、珍しいねぇ出迎えてくれるなんて気でも変わったかい?」


 刀鍛師の後から蕺より少し歳を食ってそうな女性からからッとした荒く女性にしては低い声で驚きといじる様な言動が飛び出る。


「いやぁよ今世紀最大の危機みたいだからちょっと用心の為・・に・・な」


「では早く入れて下さるかしら?」


 またその奥から凛として静かで棘のある女性の声が聞こえてくる。


「お・・おう、そうだな。入ってくれ」


 素早く入って行く13人、すでに感じ取っていた葵は槐を道場の方に誘いそこでちょうど合流した二人、道場の扉を開く蕺神棚を正面にして左奥の木刀や竹刀を置いている小さな部屋の方に案内していく。


「おい!親父、どこ行くんだ?」


「黙って着いてこい」


「へーい」


 他の人たちは何も言わず只、付いてきていた。そしてその部屋の一番奥に行き床に手をかざす蕺すると光が文字をかたどりだし浮き出した。すると660㎜真っ角の扉が出てきたのだった。金具の取っ手を握り開ける蕺、積もった砂や塵が舞い口を袖で塞ぐ葵。


「もっとゆっくり開けられないかなぁ」


「なんかドンパチする映画で武器庫に入るみたいでカッコイイじゃないか?」


「見過ぎだ映画の・・・てかそんな映画どこで見てきたんだ?」


「む、昔だよ昔・・・あははは・・・」


 後ろを見た蕺は凛とした声の女が袖を口に当て眉をひそめ、早く入れと言わんばかりに隠れた手で合図を送ってくる。蕺は口をすぼめ入口に脚を入れ万歳の体制になり明かりの無い地下に消えてゆく。間髪入れずに葵も入っていく。続々と慣れたように分家当主も入っていくが次期当主達はぎこちなく所々袴を足裏で踏み梯子を滑りそうになるものも居た。その際〝うおぉ〟や〝きゃっ〟などの声が漏れる奴もいた。そんなことは気にする事無く一人分の幅の畳廊下を進んでいく。


 どの位距離があるか分からないが横1420㎜、縦1530㎜の竪子と横子で24マスに区切られた障子が現れた。スッと開けると広がるのは高さ2m、奥行8m、幅4mの直方体の空間で天井は網代であった。床は畳が敷き詰められ一番奥だけ貫が2m框1m大きさで目も違く横に四畳敷かれ、その他は貫1.5m框1mで縦に十六畳あった。その上に黒く塗られた幅1.5m長さ6.5mの机が置かれていた。


 蕺と葵は一番奥に行き胡坐をかく様にして座る、そして入ってきた順に左右に分かれて交互に席の前まで来て分家が全員そろってから一斉に腰を下ろし正座になった。

今回集ったのは以下のとおりである。


刀鍛師(とうたんし)

 現当主:天津 石  (あまつ しゃく)     

次期当主:天津 春蘭 (あまつ はるか)


 貫釘師(ぬきくぎし)

 現当主:端空 毬  (はしうつ はり)     

次期当主:端空 茱茰 (はしうつ しゅゆ)


 縁頭師(ふちがしらし)

 現当主:雪消 重陽 (せきげ ちょうよう)  

次期当主:雪消 柊  (せきげ しゅう)


 鍔打師(つばうちし)

 現当主:針白 探梅 (はりしろ たんばい)  

次期当主:針白 槐  (はりしろ えんじゅ)


 鎺金師(はばきがねし)

 現当主:空木 かんざし(うつぎ かんざし) 

次期当主:空木 紫陽  (うつぎ しあき)


 刀室師(とうしつし)

 現当主:小金井 朴  (こがねい なお)    

次期当主:小金井 銀葉 (こがねい ぎんよう)


 柄工師(つかこうし)

 現当主:七夜 薺   (たなや なずな)     

次期当主:七夜 石蕗  (たなや つわぶき)


 以上十四名、〝表栃佐野家特家六職〟が集まった瞬間であった。席に座ったと同時に天津石がこれまで噤んでいた口を開いた。


「当主殿、大体の事は当主様からお聴きし、承知しておりますが使者殿からも直接お話を聴かせていただけませんでしょうか?勝手で申し訳ないのですがお願いします」


 蕺は膝に手を置き使者を呼ぶ。すると天井からするすると透け出てくる二人の足が見え、十三人はギョッとするが小声も漏らせず飲み込んだ。やがて顔まで抜け切るその姿はまさにホラー映画の幽霊そのもので空気が淀んでいるこの部屋にある意味適した登場のしかたであった。


「この方たちが使者様なのですか」


「はい、私が姉のカーヤと申します。そして」


「私が弟のジーバと申します。以後お見知りおきを」


「ご丁寧にどうもすみません。私は栃佐野家刀鍛師の天津石と申します」


 天津石は正座を止め立ち上がり頭を垂れ芯のある野太く落ち着きのある声で挨拶をする。すると次々に分家の人たちも挨拶し始める。まず、貫釘師の端空毬は荒く低い声で、縁頭師の雪消重陽は重くゆったりとした声で、鍔打師の針白探梅は男性にしては少し高く細い体躯に似合うしゃがれた声で、鎺金師の空木かんざしは声量は小さいものの良く通る落ち着きのある声、刀室師の小金井朴はざら付きの無い滑らかで色気のある声で、柄工師の七夜薺は張り詰めた糸の様に細いが力強さを感じる不動さと冷たさを感じる声で名乗っていく。


 顔と名前を覚えたところで改めて使者としての使命を話しだす。


「今日皆さん、集まっていただき有難うございます。これから私たちの使命についてお教えしたいと思います。先ずですね我々の使命は神樹を狙う組織から神樹を護り独占する事、強いてはその組織の壊滅。そして、神樹で先史文明の技術を消し去る事です。この条件を満たせると考えると、神力を継承されている栃佐野家の当主様方のような人に協力をお願いするのが最適と判断したまでです。その為、不可罰の壁が残っている間この国に居る他の二家の人たちにも一丸とになって神樹を集めてほしいとお願いもしてまいりました」


「でも神樹は一つじゃないんでしょう?」


「えぇこの国の他にも外に十一の国が存在していて蕺さんと同じような力を継承している家があると言うのは蕺さんからお聴きになりましたよね?」


 その問いに七人は首を横に振り次期当主達はだんまりを決め込む。その素振りにカーヤは蕺を目を細めて見つめるが目線を感じ顔を横にずらし知らんぷりする蕺。


「当主、この国の外に国家があるとは聴いておりません。この国の外に分かれた神樹を集めに行くとはお聴きしましたけど」


「石!そんな丁寧な口調はいらないわよ!ちょっと、蕺!どう言う事?貴方私たちには〝突然神の使者が来たんだけど神樹を探してるんだって、この国の外にも分かれた神樹があってそれも集めに行くみたい。それで神樹って願い事を叶えてくれるんだと。それを狙う組織があるみたいでその人たちの手に渡らせたくないみたい〟ってよこしたじゃない。何で大事な事を書かないのよ?」


「そんな怒るなよ薺。子供に嫌われるぞ」


「うるさいわね!あ・な・たに言われたくないわ!それに怒りたくもなるわよ!緊急招集とか言うもんだから来てみれば伝言に使者さんの話を理解するのに必要な事が書いてないもの!大体、貴方昔から物覚えが悪いのだからメモでも取りなさいよ。まったく」


「いやぁ簡潔に送った方が良いかと思って・・・さ」


「話をするのにある程度、認識を共有するのは円滑に進める為に必要と思いますけれど?どうかしら蕺?」


「お、仰るとおりです」


「ぷぷぷっ」


 父が他の人に撃沈され思わず笑いがこらえきれず出て来てしまう。それでも追撃を止めない薺。


「貴方幼い時からそうよね。何か心配事や嬉しい事、自分のキャパを超えると抜け作みたいになるわよね」


「「んくくくっ」」


 今度は槐と銀葉が共に顔を伏せ抑えきれない笑いを出す。心当たりがあるのか葵は失笑から無表情に変えその顔を突き通す。


「「す、すみません。つい・・・似てるもので・・んっくくく」」


 2人の弁明でも顔を赤くすることも怒る事もしない葵。隣の父親は肩を竦め伏し目になっている。それをしょうがないと言った眼差しで見詰めるカーヤと分家当主達。ジーバは余りピンと来ていないみたいで首を傾げていた。


「もういいです。では使者さん話の続きをお願いします」


「そうですね。さっき話した通りにですね。不可抜の壁に仕切られた国家が他に十一つありましてそれぞれに一つずつ分かれた神樹がありまして、当然それぞれの国家にも栃佐野家さんの様な方々が居りまして同じように協力していただくように周りました。不可罰の壁が無くなる前に全てこちら側で集められれば良いのですがそうなる確率は低く、もしそのようになっても願いを叶える為には再び一つにしなければならないので、またそこで狙われる事もあると思います。ですので各国の人たちと妥結もお願いしているんです」


「なるほど・・・分かりました。まだ蕺に言いたいことがありますが疲れるので止めます。我々は当主の意向に従います。わざわざこのような場を用意したのは使者さんに協力するという訳でしょう。それにまだ何か言う事があるのでしょ?蕺」


 七人を真剣な面持ちで見澄ました蕺。


「お、おう、そうだ。此れからは私は当主の座を降り葵に継がせるということだ」


「はぁ?」


 左下瞼が引き攣る薺。


「えっ?」


 処理しきれないかんざし。


「ん?」


 戸惑う朴。


「なんて?」


 片眉を上げ自分の聞き間違いか聞き返す毬。


「はぁ」


 溜息をつく探梅。


「よしっ」


 何故か気合をいれる重陽。


「それはめでたいですね」


 何故か一際楽観的な石の声がこの部屋に木霊したのであった。

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