第14話 正編:相伝譜代の集い~・1・~
槐は夢を見ていた。それは遠い遠い記憶で何も考えなくて良かった小さい頃の話。
兄貴が居なくなった頃だったような。そんな懐かしいく温かい記憶。
小学校低学年の俺は葵と銀葉と同じ教室だった。そこは中央都下区〝逼〟と都市民の差別のない新しくできた学校だった。放課後はいつもそこで出来た友達の家で遊んでいた。皆、裕福で身だしなみをきちんとしており自分もそれに見合うようにアイロンがけだったり服に汚れが付かない様に気を張っていた。
だが兄貴が居なくなってから友人の家で遊んでいると電話がなり何時も怒られ理由を言って途中で帰ってきていた。家でも刀装具を造っていたせいか爪や皮膚に落とし切れない汚れが出てきた。それでも時間を見つけ遊びに行くと次第に友人の母親に冷たい視線を向けられるようになっていった。そこから段々と嫌がらせは度を増し、出される飲み物が他の子よりも少なかったり、コップが汚れていたり終いには消費期限が過ぎた飲み物を出された。その時俺は我慢して飲み込もうとしたがその場で吐いてしまった。その母親は激怒し親を呼ぶように俺に怒鳴った。震えながら呼ぶと父親は玄関の前で土下座した。何故かあんなに怒っていたのにも関わらず気分が良くなったのか二度と家に来ない様に言い俺と父親を追い出した。その時友人たちは笑って見送っていた。俺は気分が悪く何も聞こえなかった。帰ろうと手を握る父親の腕を払い走ってトイレに駆け込み個室で泣いていた。
気付くと外は夕暮れで慌ててそのマンションから出ようとすると一階のカフェテラスであの母親がママ友と談笑していた。俺に気付てないのか〝あの小汚い子供が居なくなって清々したわ〟と聞こえて来て俺は無我夢中で走り出した。夜が更けて帰ると父親は何も言わなかった。
あの日からはぶられる様になった俺は一人帰っていた。そんな時いつも一緒にいる葵と銀葉が話しかけてきた。俺は気丈に振舞うが二人は分かっていたのだろう。葵は〝俺は瞼が開かいんだよ〟と言いながら上瞼と下瞼を指で広げながら変顔をし、銀葉は〝私達は家族の様なものだと思ってる。だって長い付き合いでしょ〟と優しみだけの言葉を掛けてくれたのだった。
そんな夢を見ていると自然と瞑っていた目から涙が出てきていた。
葵は起きると隣に寝ている槐を叩き起こす。布団を引っぺがし寒そうに身震いしている槐、昨日の怪我は一晩で信じられない程良くなっていた。それでも起きようとしない槐に今度は肩を掴み揺さぶりをかける。
「おい!起きろよ槐」
槐の意識は起きる事より寒さをどうにかしたい様で、剥がされた掛け布団にしがみつこうとしていた。
「さみーよ。布団を剥がさないでくれよ~」
それを言葉と共に振り解こうとかけ布団をひらりと上に舞うようにさせる葵。それで煽られたのか朝の冷えた空気を全身で受ける槐は両の手で二の腕を掴み、脚はくの字に曲げぶるぶると震えている。
「おーいー。寒いってー」
「俺の家はこれが普通なんだよ。朝ごはんを作るから一緒に来い!」
「えぇ・・・まじかぁ・・・」
「あぁまじだから早くしろ」
「一宿一飯の恩戯だぞ?」
そう言われしぶしぶ布団を片付ける槐、葵は納得したように頷きながら莞爾として笑う。
「じゃぁ行くぞ」
槐を連れ障子を開けると部屋の温度よりも低い空気が風に乗って二人の服の隙間から肌を撫でる。我慢しながらも廊下を歩き台所を目指す2人。
「寒~早く案内してくれよ?葵」
「そんな寒いか?」
後ろを歩く槐に首を傾げながら聞き返す。
「寒いよ!しかも今気づいたけど空気も薄いよね?ここ」
葵はそれを聴き少し鼻高々にしてみせる。
「いやぁだってここ、山の頂上付近だからねぇ」
槐の足音が消え葵も立ち止まる。
「はぁ?」
「はぁ?ってなんだよ?」
身体も槐の方を向き直し腕を組む。
「ってここ何処だよ?」
槐は少し冷や汗をかき引き攣った顔をし、腕を両の袖口にいれる。
「いや俺の実家でしょ」
「そうじゃなくて、場所だよ!ここの!」
葵はすこし眉間に皺をよせ左手を肘置きにし傾けた顎を人差し指で擦りはじめる。
「あぁあれだよ。この国で一番高い山だよ、いつも霞がかっているあの山・・・多分ね」
槐は確定してなそうな文言に少し呆れるが多分合っていると思い飲み込む。
「えっそんなとこに家があったのか?いやまてよ・・・じゃぁ此処から学校まで可笑しいぐらい距離ないか?」
「うーん、どうだろうな普通に走って一時間ぐらいだぞ?」
「・・・まじ・・・?」
(あそこから1時間ねぇ、1時間・・・1時間?!同じ都心の学校に通ってるよな・・・距離にして優に100キロは超えるぞ・・・ってことはうちの主家の坊ちゃんは時速100キロ以上で走れるのか?!あの時から思ってたけど・・・いやいくら何でも人間やめてるよ・・・こりゃ感覚も狂うわ)
一瞬、この距離の交通手段が自分の足だけで尚且つ一時間も走ると言うおかしな情報に惑わされたが元々神力を継いでいる家系な上、可笑しくて当たり前だと納得させた。
「そんな事より朝飯だよ」
些細な事と言わんばかりな態度で歩きだす葵、そんなドライで自慢するそぶりのない次期当主に少しの銀慕が芽生える。槐は突っ込んだ腕を抜き後を付いて行く。
「朝ごはんは何を作るんだ?」
「飯を炊いて魚を焼くだけ、味噌汁は温めなおすだけ、副菜は冷蔵庫から出すだけだ」
「それなら自分でもやれそうだ」
「槐は米を研いでもらうのと皿に煮物なんかを移してくれ」
「そんなんでいいのか?」
少し声のオクターブが下がる槐、余り期待されてないと思われたのか葵は気を利かせる
「料理とかしたことあるのか?」
「いや・・・ない・・です」
葵の眉尻は下がり八の字の様になる。
(じゃぁ何で気を落としたような声になったんだよ。まぁ折角だし何か一緒に作るか)
「じゃあ厚焼き玉子でも作るか?」
「おぉ!いいねぇ」
何故か嬉しそうに踵で軽やかにリズムを取りながら歩く槐に何でか分からないがあざける葵。
「そんなに楽しいか?」
「いやぁ葵はわかんないけど友達とこういうのしたことないからさ!」
今度は後頭部で指を組み肘を張っている。葵もこんなことは初めてで、内心少しの高揚とうきうき感があった。ふっと口角を上げ微かな鼻息がでる。
「俺もこんなことは初めてだよ」
そんなことをしていると台所に着き葵は朝食の準備を始める。台所と言っても槐が想像していたものと違いガスキャビネットも換気フードも無い。あったのは流し台とコンセントケーブルが無い古ぼけた冷蔵庫と二口の竈である。呆気に取られていると葵からの指示が入る。
「米は冷蔵庫の横にある米櫃に入っているから其処から3合分取って、軽量カップも一緒に入っているから」
「・・・あぁ・・・おっけーボウルは何処にある?」
「流し台の下にあるよ」
「分かった・・・」
槐は米櫃から3合だけ取ってさっと洗い、今度は副菜を出すため食器棚から皿を取り冷蔵庫の扉を開けた。すると電気も通って無いのに今日一番の冷気を感じた。意味が分からないと思っていると冷蔵庫の内側に自身が知っている文字を見つけ察した。
(やっぱりそうだ、これ神代文字を使って造られてる。所々分からない文字もあるけど・・・ていうか刀装具以外にも造れるのか?!)
「ねぇこの冷蔵庫って何時からあるんだ?」
「わかんねぇな物心ついた時から在ったよ」
「そう・・・」
「どうしたんだ?壊れたか?」
「いやぁそうじゃないけど」
葵は研ぎ終わった米と水を入れ釜に移し、竈に蒔きと松ぼっくりを入れライターで火を焚く。
「じゃ魚も出してくれ。卵は好きなだけ使ってくれ」
「はいよー」
冷蔵庫を見回すと入っていたのは山魚でなかなかの体高があり油が乗っているのが素人目でも分かる。朝、食欲が無い槐でも丸ごと一匹食べれそうであった。見とれている槐だったが卵の存在も思い出し4つ程出した。
「魚だけど何匹出せばいい?」
「まぁとりあえず人数分の3匹だな。内臓も鱗も取ってあるから塩だけ振ってくれ」
「まかせろ!」
焼き物に入った塩を取り全体にまぶしハラスにも塩を塗る。今度はボウルに卵を割り入れる。泡立てない様に箸をいれ着る様に混ぜていく。その隣で火が出来上がったもう一つの竈に葵が山女魚を取っ手のついた2つの網で挟み焼いていく。辺りには魚の油の焼ける匂いと薪が熱で割れる音がして、それに箸がボウルに当たる音も重なっていく。やがて箸の音は止み釜が歓声を上げ始める。魚も仲間で火が通り今度は卵の番であった。長方形のフライパンに油をひきなじませる。
箸に着いた卵液が〝じゅう〟と音をさせたのを合図に一回目の卵液を流しこむ。ふつふつとした卵の気泡を一つ一つ潰し丸めていく。それを葵と槐で計4回繰り返し作った。最後に鍋ごと冷蔵庫に入れてた味噌汁を温めて朝食の準備は終わり、米が炊けるのをまつだけだった。槐は台所とウチゲンカンの間で腰を落としていた。
するとその匂いを嗅ぎつけてきたのかカーヤとジーバが顔を出してきた。
「「おはようございます」」
「おはようございます。カーヤさんジーバさん」
槐は突如出てきた二人に何が何だか分からずフリーズした。
「槐、この人達が俺が言った使者だよ」
「あぁそうなんですね。栃佐野家の分家、針白槐です。宜しくお願い致します」
すぐさま立ち上がり二人に一例をする。
「えぇえぇ、聴いてますよ。同い年の子がいるって。所で貴方はどんな刀装具をお造りになっているのですか?」
「自分は鍔の方を造っております」
少したどたどしい敬語で返す槐に一笑する。丁度米が炊き上がり釜を引き上げ、少し蒸らす。その間沈黙が訪れ、それは朝食を食べ始めるまで続いた。
「栃佐野家当主様この度はまことにありがとうございました」
「いいんだよ。家の馬鹿が原因なんだから。怪我したんだから一杯食えよ?」
「有難うございます」
槐の言動の切り替えの凄さに感嘆の表情になった葵。
「おい!葵少しは槐君を見習ったらどうだ」
「なんだ?自分だって見習ったらどうだ。朝飯の用意ぐらい手伝いに来いよっ作れとは言わないからさっ」
「なんだと!」
「あぁ?なんだ?」
今度は槐が呆気にとられていた。
「いつもあんな感じなんですよ」
突然カーヤさんが槐の左に出て来て話しかけてきた。突如声がすることに慣れない槐は吃驚して〝うわぁ〟ともらしてしまう。
「カーヤさん余り急に出てこないでください。槐まだ慣れて無いんですから」
「すいません葵さんこの反応久ぶりで面白くってつい」
次に槐の右側からジーバが出てくる。
「ごめんね。姉さんが悪ふざけして」
これにも吃驚する槐。
「だから急に出てこないでと言ってるじゃないですか」
二人揃ってこちらにぺこりと頭を下げ、朝食を穴が開くほどの目で見つめている。
「お二人はお食べにならないのですか?」
「えぇ私たちは体質上食べれないのですよ」
「そうなのですね」
「お気になさらずに食べて下さい」
「は、はぁ」
なんだかんだ朝食の時はずっと見つめられ味が分からなかった槐。食後は葵に敷地内を案内されていた。特に道場はひどく傷だらけで所々に何かが刺さった様な穴まであった。皆が集まるまで葵の自室で鍛錬の話を聴いたり、縁側で日向ぼっこしたりしていた。
そして3杯目のお茶を飲み干す所で、ぞろぞろと主家の木戸門の前に13人の分家の人たちが集まってきていた。
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