第13話 正編:夷険の間~・7・~
父親の言葉通り今日の稽古は手厳しいものだった。身体の彼方此方には痣や擦り傷が出来、息も絶え絶えになっていた。
「いつもより張り切るね親父」
片膝を衝き木刀を杖にし息を整える葵。
「あぁ神力を渡す前に少しお灸を据えてやらないと思ってな」
「そうかい別に俺は間違っちゃいないと思うけどね」
「なら、久しぶりに本気で掛かってこい」
「あぁ上等だよ。怪我しても知らないよ?」
葵は構え直し息をすっと飲み込み剣先を中段に落とし左足に体重を乗せ、左小指で木刀を硬く握り精神統一する。
「舐めた息子だな。今までかすり傷も付けた事ないじゃないか」
父の半分茶化されるが構わずに聴覚、触覚、嗅覚全てを総動員させ極限まで集中す
る。
「言っとけ」
そう吐き捨てた葵は全力で父親に掛かって行くのだった。
正真正銘全力を出した葵は道場の中央で大の字に寝ころび腫れた顔で天井をぼおっと見ていた。
父親は静かに道場を出て居間に戻って行った。それを見ていたカーヤとジーバもそそくさと先に居間に戻るのだった。
「さっきの稽古を見ていたのか?」
「え、えぇとても気迫のある声がしましたから」
「確かに。思わず見入ってしまいましたよ。何時もあんな感じなんですか?」
「今日のは特別だよ」
「そうなんですね。でも何で今日は特別だったんですか?」
「あいつが浮かれてっからだよ」
手入れされた右手で首の後ろを擦って答える。
「浮かれてる?何にです?」
「神力を受け継いでこれから来る非日常で使える事にだよ」
今度は眉間に皺を寄せ目を閉じ左手で唇を覆うようにする。
「つまりこれから起こる事を楽しみにしてるということですか?」
「そう」
表情を変えないまま頷く父親。
「それでも神力を継がせるのですか?」
「仕方ない・・・多分この力を受け継いできたのは此の為だと思うからな・・・あとは天命に従うしかない」
「いつやるんですか?」
「明日の集いが終わった後かな。時間も無いみたいだし」
父親は顎に掌を支えにしカーヤの方を向きながら目を開き言った。
「葵さんとの会話を余り見ないのですがいつもあの様な感じなのですか?」
「そうだなぁ。私と稽古を始める前まではあんな感じではなかったのだがなぁ」
「何かあったんですか?」
「葵の母親が原因なんだよ。妻は病気で入院していたんだ。それがある日からやたらと元気になったんだ。通院もいらなくなったある日出て行ってしまってね。妻の実家にも電話したんだけど繋がらなくってね。それで妻の実家に行ったんだ。でもそこには知らない家が建っていて知らない家族が住んでいたんだ。そのまま行方が分からなくなってしまってね。その日から居ないものとしたんだ。葵が四歳の時だった」
「例の組織が絡んでいる事って考えられない?」
ジーバが意味深長な事を言うが父親は思い当たる府が無く苦り切る。
「妻は技術者でもないしその組織にとって何にも利益にならないと思うんだがな」
「申し訳ありません。思慮が浅かったです」
「いやでも考えられなくはないからな。もしその組織が関係してたらまた会えるのかね」
陰々たる空気の父親に都合の良い言葉は無く、閑雲となった私たちは黙然としたままだった。そんな我々の心を汲み取ったのか父親はあっけらかんとした顔をする。
「いやぁすまんね。こんな話して会いたいのは本音なんだけど居なくなってから十数年経つと色んな感情が推しつぶれて薄れていくんだよ。だからそこまで固執しなくなったんだよ。今は息子のことで一杯一杯だから」
「そうだったのですね。短慮な発言でした。すみません」
「いいんだ。誰かに聴いて欲しかったんだと自分でも思うんだ。それに貴方たちだから話したのかもしれない」
「それならいいのですが・・・」
「話は変わるけど明日、分家の人を呼ぶから今日話した事をそのまま話してほしいんだがいいか?」
「えぇ任せて下さい!えぇっと分家の人たちが来ると仰いましたが、何人ぐらいの人が来るのですか?それに分家の人たちって何をなさっている人たちですか?葵さんに聴いても自分も詳しい事は聞いてないからと言われてしまいまして。少し気になっただけですのでお話出来なければいいんですけど」
カーヤの話を聴き葵は自分がこれまで話した家の事を半分も覚えてないと分かり益々気を落とした。
「はぁあいつはまともに俺の話も聴かんのか。・・・・まぁそうだな・・・明日集まるのは・・・十四人かな?そもそも分家は主家の武器つまり刀を造るのを主としてんだけど、細分化してて、鍔なら鍔だけ造る家、鞘なら鞘だけって感じで特化してるんだよ。分けると刀鍛師、貫釘師、縁頭師、鍔打師、鎺金師、刀室師、柄工師の七家になる。でも唯造ってる訳ではなくて造った刀、刀装具に神代文字を刻むんだよ。そして私たちが神力を注ぐ事で文字に刻まれた効力を引き出すって具合。まぁ普通の武器に私達の神力を注ぐとすぐに壊れてしまうから分家の人たちがその力に耐えられるような武器を造ったって家伝の史話に書いてあったな。まぁ詰まる所、我らが使う得物は打ち刀と刀装具に分かれてて、それを一つずつ造ってくれているという訳だな」
「お~結構いるのですね。所で此処の家では十四人もの人が集まれる空間は無いように見えるのですが、どこに集まるのでしょう?」
建物を隅々まで見る様にしてジーバは尋ねてきた。
「あぁ道場の地下に部屋があるんだよ、それが結構広いんだよな。ただ入口がせめぇんだよな。あ~でもカーヤ殿とジーバ殿は通り抜けられるんだもんなぁ問題は無いか・・・良いよなぁ壁通れるの」
父親は羨ましそうな目で見てくる。
「別にそこまで良いもんじゃないですよ」
「そうなのか?便利でいいと思うんだどなぁ」
パンと膝を叩き立ち上がり背伸びをする。
「まっ明日は・・・そうだな正確には十五時頃に皆集まると思うから」
「「はい、承知しました。ではまた明日」」
二人は同時に頭を下げ床の間を出て何処かに向かって行き、父親は床の間から出て自室に戻っていった。
父親にこてんぱんにされた葵だったがしばらくして起き上がり、徐に木刀を手に取り素振りをし始める。そして、床の間を出た双子は気配を消し道場で木刀を振るう姿を見つけ覗いている。それに感付いたのか素振りを止めた葵は恐怖し隠れた子供を見つけたように薄気味悪くにやけた顔で此方を見澄ましたがカーヤとジーバと分かるといつもの表情に戻る。
「何か用ですかね?」
明らかに気配を断ち切ったにも拘らず今度は完全に見破られた事に聊か聳動を覚える。この時私は確信を持った。今まで感じ得た事の無い異質で得体の知れない力を目の当たりにし望外を感じた瞬間だった。
「あぁいえ・・葵さんが何処に行ったのかと探しておりました。鍛錬中失礼しました」
「いや大丈夫ですよ。気分転換で振っていただけですので。それで何かありました?」
「いえ。葵さんにはまだ伝えて無かったので・・・この前この国を含め大陸全土には十二国あると言いましたがもしこの国で神樹の株を見つけれずに不可抜の壁が解けたら優先的に他国の同じ勢力と妥結してほしいということです。お願い出来ませんか?」
「えぇ分かりました。ではそのようにします」
「改めて協力感謝します」
「いえ、気にしないでください」
葵はさっきまで殴られていたはずなのに機嫌が良さそうに二つ返事をしまた素振りを始めるのだった。
寝室で何時かの写真を見ている父親は葵の爺さんの遺訓が現実味を帯びている事にも憂わしさの想念を抱いていた。虚妄ならと灯燭のように揺らめく心と夕日が沈み夜去りの空、飛ぶ鳥が巣に帰っていくのを見届け良夜に薫風が吹く。父親も納戸から単衣を取り出し浴室で湯浴みを済ませ寝室まで歩いてゆく。さっきよりも気温が下がり僅かに湿気のある肌が冷涼を際立たせる。寝室で写真立てを見惚れる様に一通り眺めると暖かくもなら無い電灯で出来ている万灯の明かりを消し栃佐野 蕺(とさの しぶき)は夢を結ぶ。
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