第12話 正編:夷険の間~・6・~

 葵は手当たり次第に近くの総合病院に行くが何処も診察をする処か受付もしてくれなかった。背中で寝ている槐は体が痛みで火照っていて呼吸が浅く早くなっていた。


(おいおいマジかよあの野郎根回ししやがったな。病院だろうが、診るぐらいしてくれてもいいじゃねぇか)


 何処も診てくれないと悟り自分の家まで運び父に事情を話すと葵の不注意の言葉で引き起ったものと分かり父親は憤慨した。


「葵・・分家の子を巻き込むんじゃない。もう少し周りの空気を読むとかな。・・・まぁ大事にならなかっただけ良かったが」


「いやいや仕方無いだろう!銀葉が嫌がらせを受けてたんだしよ!少しぐらい言いたい気分だってあるだろ。槐だって俺が行った時には殴られた後なんだからさ」


「問題はそこじゃない。そいつとはいつもクラスが一緒なんだろ?その相手がどういう輩か判断する感覚を持ててない事が駄目だと言っているんだ」


「分かったよ!ちょっと槐を診てくれよ」


 父親が自分の部屋に布団を敷きそこに槐を横たわさせる。父親は槐の制服を脱がし腕、腹、脚を診ていく。


「うん、槐君の怪我の具合は素手で殴られただけの様だな。制服を見るにお前の方がよっぽど殴られたのだろう。でもお前は無傷だ。お前は一人でも大丈夫だが分家の子はそうはいかない。きっとやり返さなかったのは今の状況で力を振るえば損をするのはこちら側と分かっていたからではないか?この家に産まれたのなら己の行動は周りを巻き込むという事に考えを巡らせるんだ。それと槐君は葵が面倒を見なさい。あと今日の稽古は厳しくするからそのつもりでな」


「あーはいはい。分かったよ」


 葵の布団で寝ている槐は顔色がよく傷も腫れも明らかに小さくなっていた。寝ている槐の顔を見て自分の率然な言動を自照する。


(確かにあの時、挑発するようなこと言ったけどさ。俺が来る前にボコボコにされてたんだから仕方ないだろう。・・・だけど友人まで手を出すとは思わなかった・・武道を嗜んでる同士、性格の良し悪しはあってもあそこまでとは思わなかった。でも何であそこ迄執拗に虐めるんだ?)


 そう思い返していると槐が目覚めていた。


「よう、父親になにか言われたのか?まぁ気にしてないと思うけど。あの日、銀葉が早退したからいいものの・・銀葉には黙っててくれないか・・きっと自分を責めるし」


 槐は上半身を起こして言ってきた。


「そうだな・・・でもお前が此処で治療してる理由をお前家のご当主に話さなきゃならんし、明日皆来るしきっと露見るぞ?」


 槐の目の奥をじっと見つめて言葉をはなつ。


「まぁ・・そうだよな・・・」


 槐は瞳を一瞬閉じ呟いた。葵は気分を変えようと話題を少し変える。


「でもなんで銀葉は彼奴らに虐められていたんだ?・・知ってるのか?」


「・・・いや・・・・推測だけどいいか?」


「それでもいい、聴かせてくれ・・」


「多分、銀葉と雪中でなにかあったと思うんだよ。その何かは分からないけど」

「いやぁそれだったら俺も分かってるって。明日銀様に聴こう。槐がこんな目に遭ったら話さずにはいられないだろうからね」


「違うんだよ・・・なんか・・ねっとりした感情になるんだよ。彼奴を見てるとさ。てか、事の発端は貴方にもあるんですよ?」


 すまし顔でこちらを見つめ返す槐。そして葵はまた話を変えようとし声が上ずる。


「・・・・・はぁ~でもいい理由が出来たんじゃないか?」


「話を変えるなよ!」


「これはお互い様だろ!お前だって茶化してたじゃねぇか」


「そうだよ。彼奴の事気に食わないからね」


 胸を張り威張る様に肯定する。


「あ~理由ってリンチされて怖くなって学校に行けません~てこと?」


「そうそうそれで槐が怪我をして銀葉も怖くなって学校に行けませんってならんかね・・」


「そうなるといいんだけどね」


「でもさ、凄いよなぁ神力って。親父の話でしか聞いてなかったけどあの怪我をここまで治すんだから」


「えっ!いつ?その傷治したの父親なの?塗薬とかじゃなくて?」


「え?あぁなんか制服を脱がしてみてた時じゃない?手をかざしてた様だったけど・・」


「え!?・・・あの一瞬で!?凄いな神力!」


「いや、おじさんも凄いんじゃないか?」


「え!あの親父がか?喜ぶから余り言うなよ?」


「えぇ・・・」


「じゃお前ずっと起きてたんか?」


「ん?ああ、そうだけど。それがどうかしたか?」


「じゃあ俺が此処に来てからずっとか?」


「うん」


 迷いなく答える槐に葵は暗澹とした空の表情を悟られたんじゃないかとうら恥ずかしく思い背中を向ける。そ の侘しい背中を冷眼になった槐は尻目に捉える。布団の上辺の布を握り閉めていた。


(くそっ俺はお前みたいに強くないから・・もし俺がお前みたいに強い人間だったら・・・俺は悔しい・・行動出来ない自分が・・・家系を理由にしてた自分を・・・それを正しいと感じてた自分に・・そして葵に対して妬心と悋気があった。彼奴が他者を思いやれるのは自分が生物的に強いのを理解しているが為どうにでもなると考えてたと思っていた。積み重ねた常軌を逸した日常を想像することなく、ただ俺は嫉むだけだった。俺だってそれなりに家系の技術を学んだし修行したと思っていた。此れで限界だと思い込んでいた。精一杯やったと達成感を味わっていた。葵が対等に話してくれるのをいいことに認められていると思っていた。)


 何も言わない槐を不思議に思ったのか葵は振り返る。瞬時に何時もの濃やかな表情に戻る。


「おい?どうしたんだ?」


「いや。考え事してた」


「そう?」

 

「何考えてたん?」

 

「いいや・・・教えない」


「けちんぼだなぁ」


「じゃぁお茶取ってくるから」


 葵がお茶を汲みに行く裏で葵の父親とカーヤは話をしていた。


「えぇ最初は妥結する事を優先的にお願いします。彼らも神樹の場所までは分かりません。分かっていたら徒党を組む事はしませんからね。それは此方も同じですが」


 息を吐く親父。すげない双眸を薄くする。肌が強張り停滞する空気が熱を奪われる感覚になる。


「例え誰が相手になっても排除すればいいのだな?」


 不穏に感じる言葉付きは臍を固めたと諒察する。


「えぇお願いします」


「最悪な事態にならない様に立ち回りますから。私たちも最善を尽くしますから」


 弟のジーバは憂慮する父親に気休め程度の言葉を掛ける。


「まぁそうならない様に願うしかないかね」


 何れそれぞれの思惑が衝突する日まで堰き止められた様に少しずつ萌芽していた日常は加速度的に変化していく。大渦の様に飲み込まれる定めは禍胎と共にあり逃げ道など端から無く独往の精神で破らなければならない。遺訓から薄々凶兆が起こると感付いていた父親は息子が背負うには余にも酷な天命だと私憤したのだった。

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