第11話 夷険の間~・5・~

針白は葵を横目に階段をおりて靴箱で履き替え出ると明らかに学校の生徒では無い人が5人近づいてきた。

「ちょっと顔を貸してくれないか?後でお友達も来るみたいだからさ」

(あ~なるほど)

「わかったよ行くよ」

そのころ葵は雪中に絡まれていた。

「おい!長髪の貧乏オカマ野郎!」

葵は自分の事を揶揄してると分かりながらも無視をして部室に入ろうとする。それを見た卑小剣道青年こと雪中 薊(せっちゅう あざみ)はどら声を上げ癇癪を起す。

「僕を無視するのか?へえぇいい度胸してるね」

まるでお猿さんを相手している様である。なぜか、自分の優良さをひけらかし始める。

「でも今日は機嫌が良いからそれに免じて許してやるよ。でもさ、栃佐野君は何であんな貧乏な女と仲良くしてるのは何でなのぉ?もしかして好きなのかなぁ?いじめられてるのを助けて格好良く見せたいのかなぁ?じゃ今度からもっと虐めてあげるから助けたら良いよ。これでwin-winの関係だね。てかあんな女のどこが良いんだよ。手はごつごつしてて傷だらけ爪もぼろぼろ制服は御下がりみたいだしさ、髪も整えてない。それでいて筋肉質の体、女として終わってるでしょ。はっきり言ってあんな人間要らないでしょ。あ~ごめんねぇ好きなんだったね。別に悪い意味じゃないさ。あはははっお似合いだってこと、君たち二人。僕から祝言を贈るよ。おめでとう、葵君此れからも是非、我々の社会の歯車として生きて下さいね。っていうかさ、俺の事〝カス野郎〟とか言ってただろ?我々上級国民にそんな口きいてもいいのかなぁ。俺は駄目だと思うんだよ。そこでいい事を思いついたんだ。あの女の虐めを止めて針白君と栃佐野君、両方が大怪我か虐められるか。それともあの女には君たち二人の罪を償ってもらうかだ。おっと君だけ虐めても良いのだけど一人より二人の方がインパクトあるよね。それにあの女が友人二人を虐められてる時の顔を見てみたいしね。い~い考えてでしょ?この事は誰にでもチクっても良いよ。録音だってすればいい。あの女を医者に連れてって診断書を貰えばいい。それで誰かが君たちを助ければね。僕を裁いてくれる人が居ればいいねぇ。期待しているよ。栃佐野く・ん?それでどうする?このままあの女を虐めるか君らに責任を取ってもらうかのどっちかだよ。さぁ選んでよ栃佐野くん?あははは」

「あぁいいぞ、その責任とやらを取ってやるよ」

「素晴らしい考えだね。栃佐野くん。じゃ今から校舎裏まで行こうよ。僕のコレクションが増えたから是非君に見て欲しくてね」

「なんだ?光の当たらない所がいいのか?お前にぴったりだな!」

「ふん、何とでも言うがいいよ」

葵と雪中は二人揃って廊下を歩く。階段を降り下駄箱でまた雪中が話しかけてくる。

「機嫌が良いのはさ、大企業に入るのが決まったからなんだよね。大学も行かずにさ。本当に運が良いよ。しかもその会社あの軍事開発の会社なんだよ。CMを流してるあの会社だよ。もう将来安泰さ。で君はどこで働くんだい?てか働けるのかい?あははは大きなお世話だったね」

葵は何も言う事は無く雪中に案内されるが儘校舎裏に来た。そこには明らかに生徒ではない人間が複数人いた。香水を強烈に漂わせる人、鉄臭い人、汗臭い人、貧乏揺すりをする人、ガムを噛んでる人、座り込んで団扇を仰ぐ人らが何かを隠す様に並んで居た。

「雪中さんや見せたいのっては浮浪者のお友達かい?匂いがひどいよ?君にお似合いだな」

「違うよ。さぁどいて君たちこの子に見せてやらなきゃねぇ」

「へい、雪中さん」

雪中の言葉で次々に退く手下たち。その奥から感じ取れたのは槐の血と土が混じった匂いだった。

「おい!どういう事だこれは!」

「いやね。仮に君が話に乗らない可能性もあるからさ保険として先に来てもらったんだよ。なんでか怪我をしているね。どうしたんだい?針白くん?君たち知ってる?てか酷い匂いはこいつなんじゃないか?」

白々しい素振りに白々しい言葉で返す。そのセリフに腰巾着らは高笑いをする。

「いやぁ分からないですね。我々が来た時にはもう地面に這いつくばっていましたよ。あははは」

「おい!槐!大丈夫か?!」

駆け寄ろうとするも雪中の手下が壁になり牽制をする。

「あ・・・あぁ・・だい・じょ・・う・ぶ・・・だ」

「お前ら何が楽しくてこんなことをするんだ!?」

その返答に葵の髪を鷲掴みにしながら耳元に囁きだす。

「いやぁ大した意味なんて有る訳ないでしょ。唯の気まぐれ?暇つぶしかなぁ。まぁお歴々の私たちが何してもいいでしょ。偉いんだからさ」

鷲掴みされながらも強気に返す。

「お前らなそんな事しても自分に跳ね返ってくるだけだぞ!」

手を頭から勢い良く離し、手をはたきながら答える。

「あはははは何を言ってんのさ。誰が誰を咎めに来るんだよ?君らは泣き寝入りして終わりなんだよ。警察だって教師だって弁護士だって自分の食い扶持が大事だし家族が居れば尚更従順になるんだよ。分かる?味方なんて者は法律で決まってる訳でも無いし誰かの基準に基づいた物でもない。一人一人の情感に従っているに他ならないのさ。そんな感情は大事な物の上に成り立っていて比較する状況になった時、その正義感は崩れ去る。所詮人間はどこまで行っても無機物にはなれないって事。じゃあいっその事、人として人間として心の赴く儘に生きた方が僕の幸せになるからね。生まれ持った地位に権力思う存分に使わないでどうするのさぁ。まぁそういう状況が日常だったからってのもあるかもしれないね」

「何も感じず。意味も見出さず。理由が有る訳でも無く、その時の快楽の儘に甚振るのか?」

「そうだよ?じゃもうそろそろ責任とやらを取ってもらわなくちゃねぇ。覚悟は良いかい?」

「そっちこそ覚悟しなくていいのか?」

「なんのだよ?」

「入院のだよ。痴野郎」

「もういい。もう殺していいぞそいつ」

「へい。分かりやした。おい野郎ども囲め!」

ぞろぞろと葵の周りを一定の距離で囲む。味方の制空権もぎりぎりで五芒星の頂点を取るように一時、三時、六時、八時、十一時方向に立ち一斉に掛かってくる。そいつらを片付けて雪中の野郎に鉄拳をお見舞いしてやろうかと手が出そうになった時、タンスの引き出しにしまった鍔と鞘を思い出しあの二人が自分に残した言葉を思い出した。今の行動は自分の都合であると気付いた。とっさに顔を覆うように両腕を上げ防御の姿勢をとる。その一瞬で惟る。

(あぁくそっそうだったよ。ここでこいつらをやると露見る可能性がある。・・・忘れてたよ。ったくよ面倒だぜ。)

メリケンサックや路地裏にある様な廃材で殴る連中にひたすら耐える葵。脚の裏、脛、腰、頭を庇う腕、がら空きになっている腹を殴ってくる。所々制服に穴が開いたりボタンが飛んだり擦り切れたりしていた。

(想定よりも全く威力は無い・・けど、躊躇の無さを見るに思いっきりやってんなぁ。でもなんか相手の身体の動かし方、強張ってねぇか?なんか何かに駆られているかのような感じがするんだよなぁ気のせいか?まぁいくら殴っても俺は死なんけど。)

連中の一人が攻撃を止める。少し息が上がっている姿、無様である。

「おい・・お前・・なかなか・・はぁ・タフだなぁ・・はぁはぁ」

段々と手数が無くなるリンチ集団。次々とへたり込み地面に座り始める。

「はぁはぁ、ねぇちょっとおかしくない?!はぁはぁ・・いつもだったら泣いて許してぇとか言うのにさ!コイツ変よ!」

(おいおいマジかよこいつらこんなので疲れるのか。こちとら傷一つもないぞ。てか鉄臭いのはこの女か!?然も香水で臭いを紛らわしてるのか。勘弁してくれよ。鼻が曲がっちまう)

「おーい葵く・ん!どうしたのかなぁ?痛すぎて失神しちゃったかい?あぁ失神してたら聞けないか。くくくあはははは」

(うるせぇなこいつ。お前らの匂いも歩き方も身体の癖も声も覚えたし忘れることはもう無いぞ。そうだな・・気絶した振りしてこの場をやり過ごそう。脚に力を入らないようにして膝から崩れ落ちさせて・・そうそう・・そんな感じ・・・で地面に突っ伏すように腰を曲げてから腕はそのままで上半身を一体化させて頭ごと落とす。我ながらいい感じだな)

葵は気絶したように見せた。父親の扱きで気絶した時の様子を聞かせてもらったのが役に立った瞬間である。

(おぉ案外上手くいったのでは?てか早く槐を病院まで連れて行かせなきゃな。早くあっちいけ)

「急に倒れやがった・・」

「多分途中で意識が無かったんでしょ帰るぞ~」

「へい・・分かりやした」

「いいんですか?このままほったらかしのままで」

「あぁいいよ別に。ばれても俺には関係なくなるし~俺の親、誰だか知ってるでしょ?」

「はい・・失礼いたしました」

「そう、それでいいんだよ」

持ち前のお家柄で手下を威圧すると、とことこと葵の所まで近寄り腹目掛けて蹴りを入れる。大体一メートル程転がり仰向けになる。槐はそれを見て悌涙する。ただ葵はそれに気付く様子はなく腹中は病院に早く連れて行く事で一杯であった。

そんな槐の姿が目に入ったのか雪中が詰め寄って行く。

「お前がこんなになったのはコイツの所為だからな勘違いするなよな。じゃまた明日ね~」

雪中は子分を連れて去って行く。地面に耳を当て足音が聞こえ無くなってから上半身を擡げさせ立つ。槐の所に駆け寄り左腕を引っ張り、持ち上げ右足を掴み猫背になりながら背負う。

「どう・・して・おま・・えは・・へいき・なん・だ?」

「いや分からん。多分親父の扱き」

「へへっ・・すごいな・・あおいは・傷ひとつ・・・ないじゃないか」

肩を掴んでいた槐の掌に力が入る。巻き込んだ葵に責めない槐に引け目を感じまた少し汲み取ろうと考える

「もう、楽にしてていいんだぞ。俺にとってはお前が居なきゃダメなんだからさ。それとごめんな」

「ほんとに・・・ちからぶそくだよ・・・なにも変わってない・・おれも・・・ぎんようも」

「いいから、休めよ。なっ?」

「わかった・・・本当にあまいよ葵は」

ぼそっと呟いた槐の言葉を葵は何気なく受け止める。槐からしたら家元と分家では立場が違う訳で当然見方も異なる。そんなことは些細なことでそれだけではなかった。本来継ぐ筈では無い世業を継ぐ事になった事由があったからだった。経緯としてお互いの兄と姉が原因だった。ただ素行が悪く破門とか病死とかそうではない。槐の兄と銀葉の姉が恋仲であり、二人ともが第一後継者だったのが事態を悪くさせたのだ。どちらか片方が家督を継がないなら問題は無かったのだ。その二人は両家の説得も聞く耳を持たず駆け落ち同然に家を出て行ってしまいそのまま消息不明となり、仕方なく二人は継ぐ事となったのだ。一連の出来事を知っている葵は精神的圧迫を常に感じているのは重々承知の為、触れることはしない。ただ今の状況に憐憫を感じるだけで受け止めるのが家元の矜持だと直感したまであった。

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