第8話 夷険の間~・2・~
その存在は自分の家の木戸門に向かうにつれ強くなっていった。木戸門に着いた時、葵は可笑しいと感じていた。足音も服を擦る風の音もしない。生物特有の匂いも無い。いつもと変わらない何も可笑しくのない空間、にも関わらず直感だけが危険信号を放つこの乖離した感覚に警戒せずにはいられなかった。
葵は誰も居ない木戸門に向かい言葉を投げる。
「おい!誰か居るのだろう?姿も見えないようだが何しに来た?」
すると脳内に直接声を掛けられる。
「私たちが此処に来たのはあるお願いをする為です。どうか聴いてはくれませんか?」
一人がさっきよりも気配を濃くし、存在感が増した。そのあふれ出るオーラは人の域を超えていた。さっきまでは人数は分からなかったが片方の存在感が強くなることでそれとは違う気配を感知出来たことで、二人居ると確信を持った。
「話なんて聞く必要あると思うかい?人とは違う気配の君らを信用するほどお人好しじゃないよ」
「お待ちください。我々は危害を加えに来た訳では無いのです。だからどうか話をお聞き下さい」
すると家の奥から父親がやって来て来客を嘱目していた。
「おい親父、お昼寝でもしてたのか?それとも耄碌したか?まだ若いのに大変だな。もしかして年齢詐称でもしてたのか?察せなくて悪かったね」
「うるさいわ阿呆、とっくに気付いておったわ。面倒・・・じゃなくてお前に任せていたんだよ後継ぎとしてな!」
「は?糞親父め!こいつらを変だと思わないのか?」
「ん?あぁ変だとは思ったんだけどな悪い感じはしないからもてなそうと準備してて遅くなったんだよ。わりぃな息子よ」
「はいはい、そうかい、そりゃ良かったよ。じゃぁ家に入れていいんだな?」
「あぁいいともいいとも」
「ちっ糞親父、そうならそうと早く出て来いよ」
「では家にお入りくださいな。ていうかお茶のみ足りるのか」
「準備してたんじゃねぇのかよ。阿呆だな」
「これまで誰も家に客など来んかったろ」
「別にお茶のみが足りないくらいで大げさな」
「なんだと!?立派にもてなしてこそ大人ってもんよ」
「どの口が言うのやら」
葵と父親は些細な言い合いをしながら客人を挟む様に案内していく。
床の間まで案内した親父はお茶を出す。自分と客人の分しか出していなく、葵は溜息と共に台所へ行く。
「ったく客人が来たなら俺の分も出せよな。あぁでも親父なら〝此れも修行の一部だ〟なんて言うんだろうな。あの狸親父が」
親父の真似をしながら棚にあるお茶葉と古い湯呑を出し急須にひと肌になったお湯を淹れ床の間に戻ると父親が笑い始めた。
「お前何してんだ?人数分あるだろう。お前こそ耄碌したんじゃないか?若いのに大変だな!がははは」
「はあ?!親父こそ何言ってんだ?此処に来たのは二人だろう」
「ん?二人?マジでなに言ってんだ?どう見ても・・・あぁそうだな。あっそいえばお前には視力を封印してたんだったな。忘れてたよ。えへへ」
「忘れんな糞爺!」
「も、もしかしてこちらも見えているのですか?」
驚愕している女性は葵に訊く。
「いや見えては無いけど敷地に入ってくる時の気配?が重なっていた様に感じたしそれに貴方が話しかけた時に二種類の気配がしたからかな」
「いえ間違っておりませんもう一人います。さぁ出てきて挨拶しなさい」
するとその女性の横から声がして姿を現す。まるで双子の様にそっくりである。
「隠れていて申し訳ありません。ジーバと申します。所で君は挨拶したの?」
「ああ、申し訳ありません。私はカーヤと申します。挨拶が遅れてすみません」
親父は感嘆としながらまじまじとその二人を見ていた。
「イヤァ、ホントウニイタナンテ。ビックリシチャウネ」
「はぁ・・」
「それにしても葵よ勘が鋭いな」
「勘じゃねぇって言ってんだろ。それよりもこの二人が何で此処に来たか教えてもらった方が良いんじゃないか?」
「まぁそうだな。ではお願いしようかな」
「そうですね。お話しますと私たちが此処に来たのはもうすぐ不可抜の壁がなくなり〝神樹〟が姿を現しそれを狙う者が現れた為です。なので貴方たちが神から継承している力で世界の崩壊を食い止め、正しい方向に導いてほしいのです」
「いやいや、ちょっと待てよ。情報多すぎだし、あの壁は企業達が境界線より外は危険な場所だからわざわざ張ったんじゃないのか?ありゃ嘘だって事か?それとも・・・」
突拍子も無い事を言い出すカーヤに警戒したが父親の心悸を聴くと通常なままだった。恐らく何か知っていたが黙っていたのだろう。
「おい親父!何か知ってんだろう。隠してないで答えな」
「エーソーナンダーシラナカッタヨ、オトウサン」
「ふざけるなこの野郎!真面目に答えろ」
「まぁまぁ分かったからそんなかっかかっかするなよ」
「じゃ早く答えてく・だ・さ・い!」
「ったく性急なんだから誰に似たんだか」
溜息を衝きながらも悪妻を想起していた。
「その前にだ、あんた達は一体何なんだ?あそこまで姿を隠せるんだ人間とか詰らないこと言うなよ?あんたらが信用に値するか見てからだ」
「分かりました。そうですね私たちは神の使いとでも言うのでしょうか。言葉だけでの証明は信頼がないのであの壁まで来てくれますか?」
二人が言うように不可抜の壁まで来てその二人は不透明な壁を触れる。すると手は空気を触るように壁をすり抜ける。父と葵は信じられないものを見た顔をする。すぐ自分でも壁を触るが手はすり抜けない。だがまだ信じられない葵はある提案をする。
「まだ半分信じられないんだけど、刀で切らしてくれない?神の使いなら神の力を継承している人間に切られても死なないじゃない?どうなの?」
「えぇ良いですよ。どうぞ」
「じゃぁ親父・・・やってくれ」
即座に道場に飾ってある刀を持ってきてお願いする。親父は渋った顔をして
「お父さんやりたくないよ。妖より変な感じがするんだよ」
「そんな事良いから早くやって」
「どうしよっかな~」
「い・い・か・ら・や・れ」
父親の頭を叩く葵、右手で頭を擦る父親はぼやく。
「ったくなんで俺がやるんだよ。この威勢誰に似たんかねまったく、疲れるよ」
「さぁ!どこからでもどうぞ!」
カーヤは両の手を広げ受ける準備をする。父親は正面に構え左手に持っていた家宝の刀を抜く。刀姿は打ち刀で鎬造り、茎が異様に反っており、不気味さがある。切先は中切先、中丸帽子。庵棟は高く行の棟。反りは先反り、梨地肌で湾刃の刃文。刀疵は無く美しい。鍔にはうねった文字が彫られている。二人は感嘆の声を漏らす。
「「素晴らしいですね。」」
「有難うよ。ではいくぞお嬢さん」
「えぇお好きにどうぞ」
父親はカーヤと見合い右肩から左脇にかけて袈裟切りを行う。その技術は素人目でも洗練された物だと分かる程美しい。それは、著名な書道家が巨大な半紙に長大な筆をもって書初めを行う様を魅入るかの様である。一瞬だけその場に居た者は見るだけに専念したのだ。ただその刀身は空気を切るかの様にカーヤの身を通り抜けたのだった。それは人為らざるものを意味しており、また妖の類でもないと判断が出来る。カーヤは勝ち誇ったように胸を張る。
「これで信じてもらえましたか?」
今度は意味合いが違う信じられないといった表情になる。
「申し訳ありませんでしたカーヤ殿。ほら葵も頭を下げるんだ」
「カーヤ殿、申し訳ありませんでした」
促されながらも頭を下げる。葵は下げる事に一つの不快感はなく逆に本当に神様の使者が存在するのだと心が躍る。そして、目の前に居るのが想像上の存在であり又その上の神も居るであろうという事実が葵の蓋をしていた潜在的欲求が顔を出してきた瞬間だった。
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