第一章

第7話 正編:夷険の間~・1・~

 星降りの天命から三千年が経とうとしているこの国は無政府主義であり企業集合体であった。


 神罰でアジャが築いた文明は消え奴隷になっていた部族は新たな生活基盤を作っていった。元々城の跡地は地盤が固く星降りで周りの土地が抉れ堀となった事で外部からの危険が減ると考え橋を架け住み始めた。


 やがて人が多くなり住めなくなると堀の外に住居を作り住む様になり、これと同時に産業は大きく発展していく事となった。ここで時代背景と国民性が相俟って一人に権力が集中する事の無い無政府主義を掲げていく事となった。


 だが、堀の内側が立地的に何所からもアクセスがしやすい為、堀の外と内で発展に差が出来てしまった。段々と生活水準の差や職業の差が開き次第に差別意識が芽生える様になった。


 すると、そんな状態が続いていると堀の外の住人がデモを始めた。だが堀の内側の住民はデモを先導した人を捕まえ拷問をしその上殺してしまった。これに激怒した外の住民らはテロへと舵を切ったのだった。


 当時、台頭してきた建築・土木企業、電力会社、自動車会社などが狙われ占拠されたりした。死者数は数百人にも上った。これに危機感を覚えた内側の住民らは防衛隊を発足しテロリストの排除に動いた。幾人かの犠牲を払いながらも追い出すことに成功し堀の内部を中央都市、外を中央都下区〝逼〟と名付け迫害しだした。これが百年以上前の話であり、そこから製薬会社と防衛隊が勃興し、自動車産業も再興した。ただ、壊滅的だった建築・土木企業は製薬会社に吸収され、電力会社は当時発足した防衛隊の功績と期待値により軍事企業へと成長した際に合併された。


 都市内では一戸建てが占拠された事を踏まえ一戸建てを廃止しビルなどの高層の建物が多く割合を占める様になっていき終いには高層の建物だけとなった。


 やがて都市は地上から数百メートル離れた宙に浮かせる事に成功し、その下で耕地を造った。交通手段の乗り物は更なる技術革新とネットワークにより完全自動運転と飛行が実現し事故や渋滞がなく、ビルの上や合間を縫うように移動出来るようになった。また、都市内では広く取られた車線があり、それらは物流の為と非難道路としての役目の為に作られていた。


 そして、三十年前に製薬会社が差別撤廃の為、都市内の子供と都市外の子供が一緒に学べる学校を作り話題になった。今では富裕層は表面上差別意識が無いのを美徳とし子供の割合が五分五分になっていった。


 そして、その学校に通う一人の青年が須弥山の様に高く雲霧が立ち込める山を残像を生み出す速度で下っていた。名は栃佐野 葵(とさの あおい)今は高校3年生男児で、西暦2982年の5月13日の生まれである。後ろ髪は肩甲骨まで伸び一つに纏めており、前髪も同様に長く目が隠れる程である。蓬髪でありながら不潔さは無く、登校するのに走って一時間掛かる学校に通っている。高等学校には古くからの友人二人と幼馴染が居るが家の都合で四人は別に登校している。


 時刻は朝に戻り、いつもの様に父親に道場まで呼び出されていた。


「いいか葵、家の遺訓を忘れるなよ」


「毎日言わされてるんだから忘れないっての」


「では言ってみろ」


 葵は呆れながら気の抜けた声で遺訓を小馬鹿にするように復唱する。


「〝石の籠から飛び立った鳥達は輝かしい樹に止まるだろう。それを知った一羽の鳥は八翼を羽ばたかせ毀れた身体で常盤の世界まで飛んでいく〟だろ。覚えてるって」


 いつもと変わらない平和な日常はとてもつまらないものだった。明日は高声で抑揚をつけ、父が大好きな女優を真似ておちょくってやろうかと悪癖がいつもでる。


「何時もと変わらず腑抜けておるが、まぁよし、学校に行ってこい!」


「何時もうるさいなぁ。言われなくても行くよ!じゃあね」


 張り合うように大音声を上げ、自室のタンスに仕舞っている鍔と鞘に手を合わせる。玄関で靴の紐を縛りリュックを背負い戸を勢いよく閉め走りだす。人が辛うじて認識できる程の速度で山を下り、数十分山中を駆け抜け街の手前で歩きに戻す。豪壮なビルに嵌め込まれたデジタルサイネージは車、化粧品、薬、医療それに軍事開発の広告を丈夫や好男子、佳人、尤物な人物を起用し客受けを狙っている。ただ葵はそれを見ることは叶わない為、有名人の音声やコマソンを聴くのがつまらない自分を快活にさせる唯一の刺激であった。


「こんな身体能力を持ってても意味あるのかよ。安全な国で安泰な経済どこにも必要としない能力じゃないか。あーあ勿体ねぇな」


 無用の長物でも通行手段では無類の効率を挙げる鍛え抜かれた身体。唯一そこだけは恩恵を享受出来るので葵は仕方ないと半ば諦めている。校門に到着するとまだ8時前で朝練の生徒の声が聞こえる。


 一人教室に入るとすでに一人の友人が来ていた。此方に挨拶をしてくる。名は針白 槐(はりしろ えんじゅ)


「おっす~今日はあいつ来てないのか」


「おはよう。そうだね、まだ見てないね。その感じだと昨日も父親と鍛錬か?」


 昨日の記憶が巡り少々苛々するが直ぐに溜息を衝く。


「そうだよ。何時もの事だろ?父親が楽しんじゃってさぁ夕飯の後5時間もぶっ通しだよ。呆れちまうよまったく」


「そう言いながら君も楽しかったんじゃないの?」


「まぁ・・・否定はしないよ」 


「狐の子は頬白だね」


「うるせぇよ。おめえも一緒だろ」


「やめてくれお前と一緒にしないでくれー」


 突然、頭を抱えて言う槐。そうふざけていると教室は足音が増えていき、人の声も大きくなり殷賑な商店街の様になり、賑やかさが増すにつれ会話する声は張っていった。


「お前こそどうなんだ?上手く造れてるのか?」


「よしてくれよ。昨日の悪夢が蘇るからその話は」


「なんかあったのか?俺に言ってみろ」


 さっきのお返しと言わんばかりに興味津々に聞く。槐の双眸は空ろになり話始める。


「部屋に閉じ込められて鍔を永遠造らせられていたんだよ。気付いたら・・・朝だったよ・・うぅ」


「うわっお前の家も相当頭がパァだな。まぁでも大して俺ん家と変わらんな」


「変わるわ!俺は寝てねんだ!お前は寝れただけいいだろ!」


「でも記憶が無いんだから寝てるのと一緒だろ?」


「一緒な訳あるか!この剣術脳筋野郎が!」


 揶揄されたのを無視し葵は聞き覚えのある足音を感じて教室のドアを向く。


「っていうかもうそろそろ来るよ」


「ん?誰が?」


 誰と答え終わる前にガラガラ音と共にもう一人の友人が顔を見せる。制服はいつもより汚れていて所々解れていた為に槐はまたかと推察しまた落胆する。葵は土の余香がした事で察しが付き聞き耳を立てる。その背後から一人のクラスメイトが友人を押しのけ入ってくる。友人は躓き手を衝いてしまう。そのクラスメイトは友人を転ばせたにも関わらず眼下に見て至当の様に手を踏み付ける。丁度、机で見えない位置での行為、陋劣な男である。


〝痛い〟と声を上げるも聞こえない振りをして謝りもせず再び侮蔑の目を向け、自分の席に着き媚を売るクラスメイトと駄弁っている。


「雪中君の会社って慈善事業してるんでしょ~すごいよね~」


「昨日もテレビで特集されてたもんねー」


「あっ私も見た見た。住む家が無い人の為に家を貸したり、仕事が無い人に働き口を斡旋したりしてるって紹介してた番組よね。すごいよね~」


「ありがとう。テレビ見てくれてたんだね。いつも父は帰りが遅いから早く役に立ちたいよ」


「雪中君ならすぐ活躍できるよ~」


 そのクラスメイトは実家が上つ方であり、入部している剣道部では群を抜いて強く大会ではいつも優勝争いをしている奴でテストでも成績上位者なのである。


 よいしょしている女子をみて槐は心がささぐれ、心の中で唾をはく。


「あんなのに媚売って何になるのかね。慈善事業だってさどう思うよ葵?」


「えぇ?聞きたくもねえから聞いとらん」


「葵は興味ないのか?あの大企業の傘下のお坊ちゃんに」


「ねぇよ。あんなカスの話余り聞くなよな。脳みそ腐んぞ」


「大丈夫か?そんな事言って」


「まぁ俗物一家だから下賤な一般人の事なんて気にしないだろ」


 そして手を踏まれたのが友人の小金井 銀葉(こがねい ぎんよう)である。家は高校から遠く制服もおさがりでおんぼろの自転車か歩きで登校している。詰まる所彼奴には選民意識があり、貧乏人には何しても良いという考えなのだろう。御猪口程度の器量である。


 葵は手を擦る銀葉に近寄りながら声を掛ける。


「大丈夫か?」


「平気だよ」


 いつものように強がってくる銀葉。血の匂いが無く出血していないようなので一安心である。


「銀葉、頼ってくれてもいいんだぞ?」


「ありがとうね。でも此れは僕が決めたことだよ・・・だから大丈夫」


 「決めた事?・・・なんで目を付けられているか分からんけど・・・槐だって心配してんだぞ」


 「うん。分かってるよ。感謝もしてる」


 「お前の腕が必要なんだから。余りケガするなよな」


 「・・・うん。とりあえず僕は大丈夫だから」


 「そうか・・」


 「まぁ俺はお前を親友以上だと思ってる。見捨てたりしないし、何かあるなら相談してほしい」


 「分かってるって。ありがとね」


 「はぁ、どういたしまして」


 葵はそのまま席に戻ると槐が気遣わしそうに話しかけてる。


 「彼奴、大丈夫なのか?」


 「気になるんだったら確かめて来いよ」


 「いいよ・・・別に」


 「お前も強情だな」


 「うるさい。あいつも家業大変なのにな。学校でも嫌がらせされても平気な顔して強い奴だな。でもどうしてなんだ?」


 「うーん、分からん。けど大変なのはお前も同じだろ」


 この日は帰りのホームルームまでお坊ちゃんが此方を見ていた様だがそんな事に目もくれず帰宅した。


 休日の日、山で山菜を取っていると敷地内に気配を感じた。一行には家に帰ると言い戻ると声も匂いも音も風もいつもと変わらないはずなのに全身の細胞がそこに何か居ると警告を示していた。

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