2話 地獄は鏡がありません

 前回のおさらい


 地獄の門の施錠は支部長えんまの仕事!

 鍵は燃えててすっごい熱い。



「えんまちゃーん、いつ許してくれるんすかー?」


 地獄には鏡がない。

 正確には剣、勾玉、鏡の三種の神器の持ち込みができない。

 風習と言ってしまえばそれまでなんだけど、それぞれにもちゃんと理由がある。


「えんまちゃーん、オイラもう反省してますってー」

「うっさい! をつけなさいを!」


 地獄に来るのは、魂の洗濯のため。己の内にある犯した罪を見つめるため。だから外見を写すものがあってはいけない。

 他には、自分の姿を見ると犯した罪を思い出して、魂がまた不浄に染められてしまうから写してはいけない。

 

 いくつか理由があるけど、鏡についてよく言われているのがこの二つだ。なのに……、


「なんで支部長えんまの部下のアンタが率先して鏡持ち込んでるの!」

「持ち込んでないっすよー。顕現っすよー」

「なお悪いわ!」


 と、いうわけでいまアタシはアオばかを罰として溶岩ダイブに直々に突き落としてあげたわけだけど。


「アタシ達が規律を守らないと、囚人に示しがつかないし、もし鏡を見たら転生が遅れてしまうでしょ!」


 そうお説教を繰り返しているけど、アオに効いた様子はない。


「それは大丈夫っすよ。みんなぴっちりした髪型で、モチベーションたっぷりの責苦です」


 溶岩に笑顔で浸かりながら、アオは溶岩池のさらに中央を示す。

 そこにはいつも通り苦悶の表情を浮かべる囚人が……、なんだかみんなキリッと彫りが深い笑顔でこちらを見ているわね。


 目を逸らす。ニヤニヤしているアオと目が合い、その辺の砂を投げつける。

 囚人にもう一度視線を向ける。

 彫りが深い笑顔でこちらを見ている。

 目に砂が入ったアオの悲鳴が聞こえる。

 繰り返す。

 囚人が心なしかみんな顔が赤く見える。

 あ、溶岩だもんね。



 よし、……事務所帰ろ。



「アカ、帰りましょ」


 なんだかどうでも良くなって、アタシは溶岩に浸かってない方のオニ、アカに声をかけた。

 しかし、彼は泣いている。


「ど、どうしたの?」


 驚くアタシにアカは黙って首を横に振った。


「どうしたの? じゃないっすよ。最初オイラと間違えてアカをマグマに投げ込んだのはえんまちゃんっす」


 ……あ。怒りで忘れてたわ。


「ごめんなさい」

「いえ、ボクが双子なのがいけないんです」

「そ、それは違うわよ? 確かにそっくりだけど、服装で区別してくれたら分かるじゃない! ね?」


 あまりの落ち込みように、アタシの慰める声が上擦っていた。ちなみに今日も二人は双子コーデである。

 鏡を顕現させたからか、いつもより気合を入れてピッチリ七三に分けた髪型に、白のスーツだ。今回はボタンも一緒。見分けられない。


「ちゃんと分けました」


 でも、アカはますますそう落ち込んだ。


「えっと、ど、どこかしら?」

「ボクがローカットシューズです」

「オイラがハイカットでーす。裾で見えないけど」


 そっかぁ、ごめんね。分かってあげられなくて。


「でもそれホントにアタシが悪いの?! 理不尽!」

「ひっ」

「あ! 違うのホントにごめんなさいアカ」


 あまりの理不尽さに気持ちと言葉が逆になってしまった。更に落ち込むアカに謝りつつ、アオになんとかしなさいと目配せする。


「もう上がっていいっすか?」

「仕方ないわね」


 軽々と上がってくるアオに腹が立つけど、いまはしょうがない。アオはさっきまでのニヤニヤではなく、真剣にアカとアタシを見比べる。


「でも鏡でみんなこんなにピッチリきめたのは、ちょっとでもえんまちゃんに良い格好を見せたいからっすよ?」


 そう、にっこりと笑顔を見せた。


「へ?」


 アオの飄々とした言葉遣いとは違う雰囲気の表情に、間の抜けた声を上げたアタシは、ゆっくりとまた囚人を見た。

 みんなさっきまでの彫りが深い笑顔が、ピクピクと恥ずかしそうに引きつり、鼻まで膨らんでいる。

 なんだかこっちまで恥ずかしい。

 いけない。支部長えんまとして、気を引き締めてあげなければ。



「あ、アタシに見せるために責苦なんて受けたってダメなんだからね!」



「聞いたかお前らァー! この青鬼様に感謝すんだぞー!」


 片腕を突き上げるアオに、溶岩が飛び散るくらいの歓声が上がる。


 アタシの身体が震えている。


 これは恥じらいじゃない。


「こんのぉバカ! 煽ってるんじゃない!」


 怒りだ……っ!


 アタシは鋭い蹴りでアオをまた溶岩の池にぶち込んだ。傍らで意外なくらいの無言のガッツポーズを決めていたアカもしっかりと。



 戸締りがない日はない日で苦労が多くて困る。




「ところでアオ、なんでアンタ囚人みんなが使えるくらいの鏡を顕現したのに、給料チカラがなくならないのよ?」

「そりゃあ、えんまちゃんより長いっすからね。先代からずっと居ますもん」

「アカも同じくらい溜めてるの?」

「はい」


 事務所への帰り、アタシは二人に尋ねていた。顕現は死後界で勤務する職員は全員が使える力だけど、使えば転生の為のエネルギーきゅうりょうが減る。

 アタシはいつもカツカツだ。

 今回の一件は、ルール違反はもっての外だけど、アオのエネルギーのため込みの異常さが際立つ事例だ。

 しかも二人は服も常時顕現。非常時は金棒も使う。


「アタシは戸締りだけでカツカツなのに、不公平だわ」

「そりゃ、えんまちゃんはえんまちゃんだから」

「? どう言う意味よ、ていうか、いい加減様をつけなさい」

「はーい。ま、なんでもないっすよ」

「えんまち……、えんまちゃま。いつでも、なんでもやるから言って下さい」

「……はぁ、ありがと」


 言いくるめられている気がするけど、今日も疲れたからとアタシは思考を放棄するのだった。



 そして、事務所を開けると、裸の青年が横たわっていた。


「あ、顕現解き忘れた」


 何事もなく裸の青年を消す、多分アカ。


「待って流石に意味がわからないし、さらっと流せない」


 アタシはまた頭が痛くなった。



 ──つづく?



 えんまちゃんは知らない。

 顕現は、本来の地獄の住人なら、そこまでの力は必要ないことを。

 えんまちゃんは知らない。

 鏡に向かう囚人達が、生前よりも目を輝かせて、えんまちゃんを想い身だしなみを整えていたことを。

 知らないのは、またえんまちゃんだけ。




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