えんまちゃんは戸締りがニガテ

つくも せんぺい

1話 地獄はホワイトになりました

 地獄は魂の洗濯場!


 アタシが先代と役目を引き継いだ時、そう肝に命じなさいと、一本の鍵を渡された。

 それは、『地獄の門』の鍵。


 昔は常に開け放たれ、地獄の門番が四六時中交代で立っていた門。

 でも、いまは毎週戸締りをしている。


 だれが? アタシが!

 だってそれが《えんま》であるアタシの役目だから。


 現世に善行と悪行があるように、地獄にも、極楽にもルールがある。

 そのルールも、現世の流れの中で変化する。


 どうしてかって?


 地獄や極楽の職員が顕現できるのは、現世の生命がアタシ達の存在を信じてくれるから。

 現在は働き方を見直す動きが現世で活発で、地獄を管理する職員の間でも改善運動があった。



 年中無休が年一休暇に。

 年一休暇が月一休暇に。

 月一休暇が週一休暇に。


 

 最近は、週休二日を求めてよくデモを開いている。


 地獄の囚人も、休日は責苦せめくが無いからかとても協力的で、一致団結した囚人は、転生後の犯罪率が減少している。

 決められた時間に守られた地獄の日常は、結果的に規律も品行方正にも繋がったみたいだ。


 逆に極楽は現世の徳に合ったご褒美の世界で、そこに浸った魂の転生後の犯罪率は高く、極楽の甘さに耐えきれなかった魂が堕天し、地獄で過ごし転生した後は、現世に名を刻むほどの偉人になっているらしい。


 生者からすれば、生は目の前だけだから関係ないかも知れないけど、よくできたサイクルだと思う。極楽も地獄も一定数の魂で保たれているのだから。


 何はともあれ、昔は年中無休に阿鼻叫喚だった地獄もずいぶん穏やかになったものだ。





 でも、この門の施錠。これだけはいただけない。

 

「熱くないんですか?」

「熱いわよ」


 ホントに、コレ作ったやつを処してやりたい。


「あつくないんですか?」

「だから、あっついわよ!」


 アタシは、休みの前にやってくるこの門の施錠が、大嫌いだ!


「もう! だれよこの鍵作ったの!?」

「ずっと昔の支部長えんまさまです」

「知ってるわよ! なんで燃えてるの?! しかも持ち手まで!」

「……威厳?」


 あまりの熱さに鍵を叩きつけた。

 地獄は暑い。寒いところもあるけれど、それは寒冷地管理者の資格が要るから、ずっと同じ所長が担っていると聞く。

 そんなことはいいとして、締めないと終わらないこの仕事。大きい門に相応しい仰々しい鍵は、轟々と燃えている。


 ……あっつい。

 アタシだから火傷で済むのでしょうけど、熱さがふざけている。

 横から分かりきっていることを聞いてくる声にも腹が立ち睨むと、そこには二人。

 しかも双子。

 二人とも上品にセンター分けされた髪型に、肩まで届かない丸みを帯びた黒髪。グレーの、身体のラインが綺麗に見えるスーツを着ている。

 ワタシの下で働く事務員オニだ。


「代わりましょうか?」

「……自分でやるわよ。えっと、アオ?」

デス」

「アオは隣でしたー!」


 喋り出すと分かる。アカは内気で、アオは陽気。

 以前は全身を赤と青に塗られていたが、現世が個人の在りたい自分を尊重する文化になったらしく、双子コーデに凝っている。

 見た目で区別がつかないと文句を言ったが、スーツを二つボタンと三つボタンで区別していると言い返された。



 ……え? それアタシが悪いの?



「えんまちゃんオイラがかわるよ?」

を付けなさいを」


 アオが言う。コイツはアタシをなめている。


「えんまちゃ……。えんまちゃま、無理されないでください」


 アカ。コイツも無自覚にアタシをなめている。


「いい。自分でやる」


 大きくため息をついて、覚悟を決めた。

 覚悟。

 そう、今週分の給料を飛ばす覚悟だ。


 集中し、手のひらにエネルギー集め、手袋状に膜を作ってカギを握る。

 うん。さっきよりマシ。

 一気に門のカギをかけた。ガチャリじゃなく、ゴォーンと重たい音が響く。


 終わった。泣きたい。

 死後界の職員は、勤務した時間、洗濯された囚人の不浄の魂の質によって、給料、いわば自分の転生のためのエネルギーきゅうりょうが貯まる。

 アタシはこの鍵のせいで、ほぼ毎週それを使っているのだ。開ける時も。

 むしろマイナスではと心配になる。


「帰るわよ」


 あの鍵だと思うと見るだけで腹立つ門。さっさと帰ろう。

 双子に声をかける。


「たまには一杯おごりましょうか?」


 どっちかが言った。二つボタン。……どっちよ?


「イヤ。家でケルベが待ってる」

「あー、あのどっかから連れてきた黒犬。えんまちゃんそれバレてないの?」

「さぁ?」

「えんま様、アオに注意しなくていいのですか?」

「……? あ、様ね。めんどい、もう帰るから。あー、プール恋しい」

「池ならそこにあるじゃん」

「アオが煮えたぎったマグマが好きなら、浴びるほど泳いで飲んでいいわよ?」

「さーせん」


 あーあ、帰ろ。



 双子は知っている。彼女がただの迷い子で、顕現体ではないことを。

 囚人も知っている。特別じゃないから、ただここでの頑張りで得た分の力しかないことを。

 みんなが知っている。彼女のがんばりかわいさに、みんなが改心していっていることを。


 知らないのは、えんまちゃんだけ。


 

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