第3話 金貨
カタコンベ――それは教会の地下墓地らしい。ここはいくつものホールがあるけれど、その一つが『教会』と呼ばれている。違いはあまり分からないが、教会と呼ばれるホールからは四方向の下へ向かう階段がある。
「あまり楽しそうな場所じゃないね」
隣の佐伯さんに話しかける。僕たちのパーティ……もとい、三島のパーティ――彼と宮下が『エムエム』と名付けた――は『西』と書かれた階段を降りて行っている。
「楽しむために来てるわけじゃないので……」
佐伯さんは思ったより真剣なようだが、僕にはちょっとついて行けない。
地下は照明は無くとも壁に埋め込まれたあの球体が薄ぼんやり光っていて、意外と遠くまで見える。ただ、何が居るかまでははっきり見えない。
地下は上下の起伏はなく、石造りの通路のような構造がどこまでも平坦に続いていた。真っすぐに進んでいくと、途中、いくつか分かれ道がある。が、先頭の宮下はそのまま真っすぐに進んでいっている。
◇◇◇◇◇
「なにか居るよあれ」
さやっちさんが声をかける。よくあれが見えたな。確かに小さな人影のようなものが2体見える。
「ヒャッハー! 行くぜ野郎ども!」
突然、奇声を発して三島が走り出す。続く宮下。さらに白木が走り出す。
「本気で言ってるのかよ」
衝動的な行動に呆れていると、――行こ――さやっちが促して、佐伯さんも走りだす。僕も仕方が無いのでついて行く。前では炸裂音のようなものが聞こえる。
「遅せーよ。もう終わったぜ」
半分に切り裂かれた小さな子供のような生き物。醜悪な顔つきで髪の毛は無い。背中に小さな蝙蝠の翼のようなものが付いているが、飛べるようには見えない。もう一体は、バラバラに飛び散っていた。
「うわぁ、グロいな」
内臓のようなものが飛び散っていて、吐き気を覚えて口を覆う。
「情けねえな。ほんとに年上かよ」
三島に言われるが、こいつ何とも思わないのか? 三島だけじゃない、宮下や白木、それに佐伯さんまで平気な顔をしている。いや、おかしくない?
二匹の死体はやがてドロドロと溶け始めて、僅かな金貨を残す。
「どうなってんのこれ?」
「えっ、聞きましたよね、説明」
しまった――そう思ったが遅かった。答えた佐伯さんだけでなく、皆、訝しげに僕を見ている。
「聞くと実際に見るとじゃ、やっぱ違うじゃない?」
僕は慌てて取り繕うが、皆、こちらをじっと見ている。
「ま、そーね。わかんなくもない。ミナトっちのいうことも」
意外なことに、さやっちさんが助け船を出してくれた。他の皆も――そうかもな――的な同意で僕への注目を解いた。
その後、僕たちは同じような小さい人型の生き物に三度遭遇し、難なく倒すことができた。どの生き物も宮下の板金鎧を貫くことができず、ほとんど怪我もなかった。ほとんど――というのは、三島が負傷したからだ。こいつは前に出過ぎて奴らの爪にやられた。
「魔法が無くなったから帰ろうぜ」
「もう使い切ったのかよ」
「だってよ、4回しか使えないんだぜ、第一位階の魔法」
そういうものなのか……。自分の呪文書を見ると、確かに探知は第一位階の魔法の中に書かれていて、飾り枠の中に3と書かれている。えっ、三島以下なの? 確かに魔法使いになれるギリギリとは聞いたけれど……。
「しゃーないわ。戻るか」
宮下が促して引き返し始める。
◇◇◇◇◇
「いつになったら着くんだ?」
白木が宮下に問う。
「いや、どうかなー」
ごまかすように言う宮下。
「お前、わかってて進んでるんだよな。最初の長い通路じゃないぞこれ」
「誰か地図作ってない?」
宮下が今更聞くが、だれも返事をしない。
「誰も作ってねーの? ダメじゃんか」
「いや、お前もでしょ」
「ほんそれー」
僕がツッコむと、さやっちさんが同意する。
「うっせーよ、何もしてないんだからあんたやればいいだろ」
「次から考えとくよ」
いい加減、好き勝手されてるのにイラついていて、言葉に棘が出てしまう。
「あんた、何もしてないくせに――」
宮下が言い終わる前に僕は探知の魔法を使う。頭の中に道筋のようなものが思い浮かんでくる。
「こっちだね」
歩き出すが宮下と三島が付いてこない。
「帰らないの? 階段はこっちだよ」
僕たちは無事、階段に辿り着くことができた。少しだけスッとした。
◇◇◇◇◇
「じゃ、分配な。あんたと佐伯は何もしてないから半分でいいよね」
「え?」
「えっ」
三島がまたバカなことを言い始める。
「そういう分配の仕方してたらいざという時、やる気もなくなるでしょ」
「こ、困ります! 私も望みを叶えたいんです!」
「それに僕たちは、宮下くんにお金貸してるよね。鎧買えたのに何もしてないは無いでしょ」
「ミナトっちは魔法で帰り道教えてくれたっしょー? 役に立ってるし」
さやっちさんに微笑んでおく。向こうも頷いてくれた。
「三島もさ、いざって時に眠りの魔法、佐伯さんに使うの拒否されたら困るでしょ」
しぶしぶだが納得してくれる三島、そして宮下。白木も――借りた物は返さねえとな――と言ってくれる。その後、皆は一旦、宿舎に帰るそうだ。宿舎?――とは聞かなかった。わかっている振りをして付いて行くと、宿舎なんて建物ではなく、『宿舎』と呼ばれる一階上のエリアに来る。
「(ミナトっち、男は向こうよ)」
さやっちさんが他の人に聞こえないように教えてくれる。僕は小声で礼を言って宿舎に向かう。宿舎には何本もの廊下があり、廊下の左右に扉が並んでいる。宿舎と言うよりは牢屋のようだ。扉にはそれぞれに名前が書いてあり、自分の名前を見つけるまでに何人かにすれ違った。眉をひそめる者も居たので、友達を探してる風を装っておいた。
自分の部屋を見つけてドアノブに触れると、カチャリと錠が開いた音がした。中に入ると、ホテルのワンルームのような部屋がある。ただ、部屋の奥には――祭壇? 祭壇のようなものがある。怖い。何かの神様のようなものが置いてある。
「これは……宗教団体? 洗脳とか?」
◇◇◇◇◇
僕は余計な荷物を置いて『教会』に戻る。待っていると他のパーティが戻ってくる。僕たちと同じく、それほど被害は無いように見える。また別のパーティ。こちらも被害は少ない。――いや、無事だったから帰ってきたんだ。被害が大きかった場合、帰ってこれないかもしれない……。一抹の不安を覚えた。
「何してるんスか?」
聞きなれた声にほっとして振り向くと、制服を着た篠崎さんが居た。
「いや、無事かなってね」
「心配ないッスよ。それより先輩が帰っちゃってないか心配でした」
「どうだった?」
「かなり儲けました。供える余裕もあったッスよ」
「あ、あのさ……」
声を顰めて彼女に聞く。祭壇の事や金貨の事、とにかくわからないことだらけなのに、誰にも聞くことができない。
「わかったッス。でもちょっとここじゃ……」
やっぱり何か問題があるのか。そこのところ疑問に思っていたが、
◇◇◇◇◇
篠崎さんは僕を宿舎の自分の部屋に招く。
「えっ、ここって男が入っていいの?」
「特にそういうのは無いッスね」
篠崎さん的にはいいんだろうかとも思ったが、今はそれどころじゃないので置いておく。とにかく、祭壇が怖いのでそこら辺を聞いてみると、この祭壇に金貨を捧げることで望みに近づくのだそうだ。
「いや、それって体の良い搾取なんじゃないの?」
「それは無いッスよ。見ててください」
そう言うと彼女は祭壇に金貨を一枚置く。そうして手を合わせて目を瞑り、祈るようにすると金貨はさらさらと粉のようになって、薄まるように空中に消えた。これをどれだけ繰り返すのか、そして彼女は何を願ったのか。
「全部で二千枚ッスね。望みは……秘密です」
「じゃあ、二千枚溜まったら帰れるんだ?」
「帰っても願いを叶えたままにするには更に二千枚ッスね」
「そんなに? じゃあ僕の分を分けてあげようか?」
今日の稼ぎを彼女に話すと、何と彼女はその10倍の金貨を手に入れていた。そんなに稼ぎが違うんだ。やっぱり三島に任せていたらダメだな。そう言うと――。
「三島がリーダーなんスか」
「そう。やっぱり知ってるよね」
「三島は口だけのやつッスね。宮下とかも」
「宮下も居るよ。二人で勝手やってて困ってる」
「先輩も運が無いッスね」
「まあ僕はいいよ。篠崎さんと逆だったら篠崎さんが同じ目にあってわけだし」
それよりも――大事なことを彼女に聞きたかった。
「篠崎さん、大事なことだからちゃんと答えて欲しいんだけど、望みって本当に叶うと思ってる?」
「はい」
「根拠は?」
「間違いないです」
「根拠は無いんだね?」
「……来てくれたじゃないですか」
「え、何が?」
「先輩、部屋に来てくれたじゃないですか」
「それと根拠と何が……あっ」
もしかして――。
「僕のこと? 篠崎さんが? 僕とのことを望んだの?」
「それだけじゃない……ッスけど……」
「いや、でもこれは僕が色々教えて欲しかっただけで偶然だよ?」
「それでも少しは叶いましたから」
「だいたい、恋愛をこんな形で叶えたって――」
いやでも集会であの男はそういう望みについても語っていた。歪んでいる。そう感じた。
「僕は、こういう形で叶えるのには賛成しない。好きなら面と向かってそういうべきだ」
「……」
「それに篠崎さんは洗脳されていると思う。よく考えてみて。こんな危険を冒して、こんなことの報酬で得るようなもの?」
他にもクラスの事やカタコンベのことを聞きたかったが、さすがに今の彼女からは聞けなかった。
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