第4話 変化
あの後、篠崎さんにはできるだけゆっくり考えてと伝え、部屋を後にした。自分の部屋に戻ると、簡素な食事が専用のボックスに配膳されていた。本当に囚人みたいだ。みんな、これで納得するんだろうか? 普通、しないよな。
そして時間の感覚。部屋には時計がある。けれど外が見えない。部屋の灯りが暗くなったり、明るくなったりするだけだ。おそらく朝の時間帯になると、灯りを消していても勝手に明るくなってるのだと思う。そして幸いなことにスマホの充電器もある。ケーブルも自分のスマホに合ってる。いつ合わせたんだろう?
朝食をとって宿舎を出てすぐのホールに出る。さながら待ち合わせ場所というところか。ベンチがあり、公園のように噴水なんかがある。緑は無い。当然外は見えない。あの球体が壁についていて、薄曇りのような光を放っているだけだ。
篠崎さんだ。彼女は宿舎の方から出てくる。声をかけるが気づいた様子が無く、彼女のパーティの仲間らしき集団の方に行く。
「待ち合わせじゃ仕方ないか」
「思い詰めてる? ミナトっちどうかした?」
さやっち、おはよう――そう声をかけようと振り向くと、そこには少し長めの黒髪の女の子が居た。
「――えっ。さやっち?」
「そだよ」
「お、おはよう。その髪は? ウィグ?」
「えっ、ああ、うん。そんなとこ。かわいい?」
「うん、すごくかわいいと思う」
「よかったー。あ、おはよーね」
正直、ドキっとした。自分が引かれるような印象の子に見えたからだ。女の子は髪型ひとつで印象が変わるなと改めて思った。そして髪型と言えば目の前を歩いてくる男。金髪でトゲトゲしい頭だ。あまり関りになりたくないなと思ったら、挨拶してくる。さやっちさんに。
「どうよ。かっこいいだろ」
「あー、かっこいいねー」
さやっちさんは、ほどほどの相槌を打っている。三島だった。
「何それ、カッコイイじゃん!」
今度は誰だと思ったら、佐伯さん!? あの大人しそうだった佐伯さんだった。しかも彼女の格好。長い黒髪はそのままだったけれど、髪を頭の両側でツーテールに留めている。そしてなにより衣装。レザーっぽい素材のビキニのトップスにショートパンツ。
「佐伯もエロいじゃねーか!」
「でしょ!」
「えぇ……」
三島と佐伯さんを他所に、僕は百年の恋も冷める思いだった。まあそこまでではないけれど、佐伯さんにはガッカリだった。
宮下と白木も合流したが、奴らは昨日のままでむしろホッとしてしまった。ただ、二人とも三島の髪型をカッコイイと言っていた。あれカッコイイの?
◇◇◇◇◇
二日目もやはりあの小さな人型――クロウキンというらしい――を殺して回った。そして僕が地図を作った。別に嫌いではないし、あれと殴り合うよりはいい。そして地図を作ってはみたが、三島も宮下もどちらに行けばいいか聞くだけで、地図を見ようともしなかった。唯一、さやっちさんがときどき覗き込んでいた。
分配を終えると、今日はそのまま教会で篠崎さんを待ってみた。昨日、あの後どうしただろう。洗脳が少しでも解けてくれればいいけれど。
◇◇◇◇◇
昼食も取らずに待っていたが、不思議と腹は空かなかった。
やがて篠崎さんのパーティが南のカタコンベから戻ってきた。大けがをしているような人はおらず、彼女も無傷なようだ。よかった。
「篠崎さん!」
先輩――そう言った彼女の視線の先には、彼女のパーティメンバーの知らない男が居た。知らない男――いや、見覚えのある男だ。彼女の最初の同級生の集まりの中、あそこで彼女の近くに居た。同級生以外も居たのか? いや、僕から隠したかったのか?
疑問ばかりだったが、彼女が僕の声に振り返って答えてくれることは無かった。
◇◇◇◇◇
自室に戻った僕は、あの祭壇と向き合ってみることにした。今日手に入れた金貨を一枚、祭壇に置く。何を願おうか。例えばそう――。
『元の世界に帰ることを望む』
金貨:500,000枚 残り:499,999枚
頭の中に文字が浮かんだ。あまりの枚数に自失した。
疑問が溢れて止まらない。帰ることは簡単じゃなかったのか? 篠崎さんも帰った後の話をしていたが、四千枚どころの話じゃない。これは死んで生き返れなかった場合、元の世界に戻れない可能性も出てきた。皆、知っているのだろうか?
そしてもう一つ。最初に帰ったはずの人たち。
僕はあの最初のホール。体育館のような場所に戻ってみることにした。
◇◇◇◇◇
記憶にある通路。あの長い通路に戻ることができない。魔法使いになった場所、装備を貰った場所。そこにさえ戻れない。
ふと思い立った。カタコンベ以外で魔法は使えるのか? 答えは是。あの体育館のような場所を示す経路が頭の中に思い浮かんだ。経路を思い浮かべながら進んでいく。途中に扉など無かった。呼び止められることも無かったが、あの場所まで僕は辿り着いた。
人は居ない。静まり返った広い空間。よく見ると体育館を模したような構造がいくつもあった。『非常口』と書いてあるだけのプレート。扉などない。バレーボールのネットを立てるための蓋の付いた穴。意味ありそうに轢かれているが、バスケットボールにもバレーボールにも使えないライン。
「確かこっちに……」
帰る人たちの向かったゲート。そちらへ進む。すぐに幅の広い階段を降りることになる。何かに似ている。あれだ、大きめの駅の階段――違う。もっと似ているものが――カタコンベだ。
階段を降りるとやはりカタコンベの通路に似た場所に行きつく。ゆっくりと足を進め、30m程を歩く。
ベチャ――背後で音がした。振り返ると――金貨が宙を舞っていた。ふわふわと舞っているわけではない。空中に制止している。そしてそれが徐々に近づいてくる。
何かマズい気がした。しかしあまり奥に進みたくもない。後退りながら注意深く金貨を見る。ゆっくりと近づく。金貨の枚数は100枚や200枚ではない。500とか1000とか。そのくらいはありそう。近づく金貨に慎重に触れようとする――チクッ――手に何かが触れ、傷みと痺れが走る。右腕が動かなくなる。
僕は金貨から大きく距離を取る。
金貨は近づいてくる。先へ進むしかない。幸い、
いくつか横道があるようだ。ただ、とても帰還のための通路には見えない。言うなれば五つ目のカタコンベだ。
通路をまっすぐに進む。再びその恐怖の金貨が目の前に現れた。
今度はさっきよりも金貨の枚数が多い。そしてそれだけではない。空中に浮いた人骨が人型のまま近づいてくるのだ。人骨は三つあり、ひとつは立ったまま向こうを向き、ひとつは屈み、もうひとつはこちら向きに寝そべっている。
間違いなく僕を狙っている。
仕方がない。探知を使おう。最初の階段への経路を――僕はすぐに少し狭めの脇道に入る。脇道を進むと経路が妙に曲がりくねっているのが不思議に思う。何故通路の端を通る? わからないが、探知の魔法を信じて通路の端を通り、右へ曲がる。しばらくまっすぐ進むと、再び右へ。そしてまた、通路の端を進むことになる。
抜けた先は先ほどの広い通路。左へ進むと広い階段が見えてきた。助かった。
痺れていた右腕もあれからしばらくすると治った。
◇◇◇◇◇
僕は宿舎の篠崎さんを訪ねる。ノックするが、篠崎さんは出てこない。居ないのだろうか。そろそろ食事時だろうから戻ってくるとは思うのだけど。しばらく待っていると、二人連れが通りかかる。一人は――。
「篠崎さん!」
彼女とあの『先輩』と呼ばれていた男だった。
「どなたですか?」
「えっ? ……い、いや、僕だよ。生物部の一年上の佐枝」
「生物部の先輩はこっちの五十嵐先輩です」
「何言ってんの?」
意味が分からなかった。体の血の気が引く。
「そうッスよね、先輩」
「ああ、オレは篠崎の生物部の先輩だ」
「いや違うだろ。生物部で見かけたことなんてないぞ。僕の他はせいぜい南くらいだ」
焦りで言葉を荒げてしまう。
「南……先輩」
「そうだよ。南は僕の友達だからときどき顔を出してたでしょ。篠崎さんはいつも飴食べてたし。あ、ここに来る前にガラスを割って右手の人差し指を切ったでしょ」
篠崎さんは右手の人差し指の絆創膏を見る。
「あれ? あれ? あれ?」
彼女は狼狽え、やがて走り出す。僕の傍を抜け、部屋に入ってしまう。その後を五十嵐とかいう奴が追うが扉は開かない。
「篠崎! 部屋、入れてくれるって言ったろ? おい、篠崎!」
なんなんだ一体……。
「君、五十嵐くんだっけ。何年生?」
「ん? オレ? ええと……、一年かな」
「じゃあ篠崎さんと同級生だね。先輩なわけない」
「え? ええ? なんで?」
彼も狼狽え始め、やがて帰ってしまった。
おかしい。絶対におかしい。頭が疲れてこのまま帰ってしまいたいけれど、篠崎さんをまたそのままにするわけにはいかない。
「篠崎さん。佐枝だけど、開けてくれない? 話がしたいんだ」
長い沈黙――。
――これは無理かなと思ったが、扉は開かれた。
泣いていたのか、目を赤くはらしている彼女。
「いいかな。話」
コクリと頷き、中に入っていく彼女。僕も部屋に入る。
彼女はベッドに座り、僕は背もたれの無い椅子に座る。
「昨日、あれから何かした?」
「……」
「じゃあ何かお願いした? 祭壇に」
「……うん」
「何をお願いしたの?」
「……いろいろ考えたけど、やっぱり先輩と恋人になりたいって」
「他は? 最初の望みは?」
「先輩にもっと友達に自慢できるようにかっこよくなって欲しかった」
「前に言ってた
「……うん」
はぁ――複雑な感情がため息とともに漏れた。彼女が思っていてくれたのは素直に嬉しい。けれどどうしてこんな手段で。いや、洗脳されてるなら、手段も考えなくなるのかな……。
「もしこの祭壇が篠崎さんを洗脳したのだとしたら、たぶんその願いに合わせたんじゃないかな。そして多分、さっきの五十嵐も同じように洗脳にかかってる。だってあいつ一年生だもん」
「えっ、あっ。私っ」
篠崎さんは両手で顔を覆う。
「五十嵐を先輩だと思いこんじゃってた。恋人になれたかもって」
「あいつもその気だったの? もしかして篠崎さんが好きだったとか?」
「たぶん……そう……かもしれない」
「篠崎さん、聞いて。恋人になるとかは約束できないけれど、こんな歪んだ方法は僕は許せない」
「ご、ごめんなさい……」
「君に怒ってるんじゃないよ。君のその想いを歪めてる何かに怒ってるんだ――」
僕は彼女の隣に座り、軽く抱きしめた。
「――だから、祭壇に祈るのはもうやめて」
彼女は頷く。体を離すと――。
「キ、キスは、してないからっ。あいつと」
「ふふっ、知ってるよ。虫歯菌がうつるからでしょ?」
彼女は涙を我慢するかのように、唇を噛んだまま微笑んだ。
◇◇◇◇◇
落ち着いた彼女に、五つ目のカタコンベの話をする。おそらく、最初に帰還させられた人たちは、あの
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