第37話 ラヴァル子爵当主の証

 場内が一気にざわつく。

 あり得ないと否定するが、先ほども「癒した」という言葉が引っかかる。私が死んだと思って自暴自棄になっていたミシェル様を誑かしたとしたら――?

 馬車に乗り込んだジェシカとミシェル様を見ているせいで、信じたいけれど信じ切れない自分が嫌だ。


(ううん、そんなことない。今ならミシェル様のことを信じられる……)


 ミシェル様を見た瞬間、「ひゅっ」と声が漏れそうになった。彼の顔から表情が削ぎ落ちており、傍にいるだけでゾッとするような冷ややかな目をしていた。


「なるほど。……先に言っておくが僕の家系は少し特殊なので情事の後、番として体に紋様が現れるのだがそれはあるのかな」

(ミシェル様、それ初耳なのですが)

「――っ、も、もちろんよ!」

「そうか。それなら教会に依頼をして精霊による魔力鑑定を行って貰う。ああ、精霊は事実のみを答える」

「なっ、せ、精霊!?」

「その腹の子供が僕の子供でなかった場合、伯爵に対して虚偽罪が適用されるがその覚悟はあるということだな」

「え、あっ……」


 ジェシカの顔が一瞬で青ざめる。さすがに嘘を突き通す度胸はなかったのだろう。しかしそれらを庇うように今度はジローディ男爵が前に出た。


「伯爵様、申し訳ありません。伯爵が娘の恋人とそっくりでしたので、少し混乱しているのだと思います」

「……そうですか? とてもそうには見えませんが……そういうことにしておきましょう」

「マリーも無事だったのは本当に良かった。マリーが伯爵夫人になるのであれば、ラヴァル子爵を継ぐ者が必要だと思って陛下に相談していてね。お前からも相続を放棄する旨を国王陛下の前で誓ってくれないか?」

「私が、なぜでしょう」

「だから、お前は――」


 ジローディ男爵の声を遮ってオーケストラの音楽が止まった。それと同時にエグマリーヌ国国王と王妃、王太子たちが会場に入場する。

 その後ろからグルナ聖国教皇おじいちゃんと神官数名が足を踏み入れる。おじいちゃんも神官もベールを被っているので素顔は見えないが、存在感に誰もが圧倒していた。


「今日、この場を設けたのは、グルナ聖国との親睦を深めるためと、ラヴァル子爵の継承者について皆に紹介するためだ。ジローディ男爵、夫人、令嬢も前へ」

「はい!」


 ジローディ一家は鼻で笑った後で、国王陛下の御前に赴いた。壇上の下で恭しく一礼する。


「さて、貴殿はラヴァル子爵としての当主権限を受け継いでいると申していたが、その証をこの場で見せて貰おうか」

「はい、もちろんでございます。ジェシカ、前に」

「はい」


 ジェシカは自信満々に国王陛下と王妃の前に歩み寄る。先ほどまで青い顔をしていたのが嘘のようだ。


(あれだけ醜態を晒していたのに、なんて面の皮が厚いというか、図太い)

「ジェシカの身につけているアクセサリーこそ、ラヴァル子爵当主の証。これでジェシカが新たな当主として認めていただけると思います」


 ジェシカが左手を掲げた瞬間、指輪から青い蝶の群れが姿を見せ、パーティー会場中に飛び散っていく。幻想的な光景にも見えるがあれは魔導具を使っているだけ――つまりは見せかけだ。魔導具が貴重とされているエグマリーヌ国では珍しいかもしれない。

 コバルトブルーの鱗粉が幻想的に煌めき、周囲からも感嘆の声が上がった。それに気を良くしたジェシカは両手を広げてくるりと舞う。


「ふふふっ、あはははは。どう。マリー、これが私と貴女との差よ!」


 自分がヒロインだと信じて疑わないジェシカは、魔導具の力に酔いしれていた。けれど自分に酔っているのはさっさと醒めさせるに限る。

 ラヴァル子爵家の証。

 それがこんな子ども騙しなわけがない。


「マリー」と、ミシェル様は私を信じて微笑み、少し離れた場所に佇むおじいちゃんも小さく頷く。「見せつけてやるといい!」と鼓舞してくれた。


「ヴァイス、リュイ。あの幻影をかき消して」

『承知しました、マリーさま』

『了。本物の幻想を見せてやる』


 白銀の狐とコウモリの翼を持つ蛇が姿を見せ、一瞬で蝶の幻想をかき消した。

 それと同時に白銀の雪の結晶をパーティー会場内に降り注ぐ。硝子の欠片のように煌めき、雪のように溶けて消える。次いで桃色の花びらがそよ風に乗って舞う。

 パーティー会場は一瞬にして歓喜の声を上げた。


「確かに、これが私と貴女の差なのでしょうね」

「なっ、嘘よ。マリーがこんな力を持っているわけなんかないわ!」

「マガイモノで誤魔化されるとでも? 我がラヴァル子爵は精霊と共にある一族だというのを貴方がたはご存じなかったのでしょう。だからこれは忠告です。これ以上、力を使えば貴女自身でその代償を支払うことになる」

「なっ、そんなハッタリなんて信じないわ!」


 ジェシカが再び魔導具を使おうとした直後、指輪に亀裂が入り砕け散った。

 使用限界に達したのだろう。一度で壊れるとはそこまで高級なものではなかったのだろう。本来、国家で認められた魔導具なら使用者への負荷などはないけれど、無許可で製造された魔導具の場合、その限りではない。


「あ、あああああああああああああああ!」


 指輪のはめていた左の薬指が黒ずみ、一瞬にして内側から爆ぜて血しぶきが飛び散る。


「あああああああああああああああああ!」

「ジェシカ! っがあああああ」

「きゃあああああああああああ!」


 ジローディ男爵が身につけていたカフスボタン、夫人の指にある宝石の指輪が一瞬で黒ずみ、同じように内側から爆ぜたように血が飛び散る。ジェシカの使った幻想魔法はジローディ一家全員分の魔導具によって造り出されたのだろう。

 衛兵たちがジェシカたちの身柄を拘束していく。これで終わったと思った矢先、


「マリーぃいいいいいいーーー」


 ジェシカは私に向かって手を伸ばした。刹那、無数の漆黒の刃が生じ、私へと肉迫する。ヴァイスとリュイの反応がやや遅れたせいで間に合わない。

 傍にいるミシェル様が私を庇おうと抱き寄せた。

 漆黒の刃先がミシェル様を貫こうとしたその直前、数十の魔法障壁が展開し刃を弾いた。


 きぃいいいんん。


 白銀の幾何学模様に私は目を見開いた。

 こんなことができるのは私以外にはおばあちゃんか、お母さんだけだ。でも二人ともこの世界にはいない。いないはずなのに――。


「マリー無事か!?」

「は、はい……。私よりもミシェル様は?」

「僕は無事だ。魔法障壁はマリーが出したのかい?」

「いえ……。私じゃないです」


 不思議に思いながらも私を守った魔法障壁は役目が終わったとばかりに、光が薄れたと同時に消え去った。おじいちゃんが何かしたのだろうか。


「これでラヴァル子爵の名を継ぐ者がどちらか証明できた。さて、他に意義のある者はいるか?」

「異議あり!」

「そうだね。勝手に継がれたら困る」


 高らかに宣言した声に、私はドキリとした。

 それはもうずっと前に聞けなくなった人たちの声だった。


「あ……っ」


 振り返ると周囲も声の主へと視線を向ける。パーティー会場内の入り口に現れたのは騎士服に身を包んだ男女だ。

 ジェードグリーンの瞳に、長い金茶色の髪を一つに束ね、凜とした姿の女性と、くせっ毛の赤毛と灰色の瞳を持つ優男。


『マリー、行ってくるわ』

『留守番を頼んだよ、マリー』


 二年前、そう言って屋敷を出て行った姿のまま。

 目頭が熱くなった。


「お父さん、お母さん……」

「「ただいま、マリー」」


 ぽん、とミシェル様に背中を押されて私は両親に向かって歩き出す。徐々に足早になり、いつの間にか駆けていた。令嬢らしくない、はしたないと思われるかもしれない。それでも、私は両親に抱きついた。

 二年前、亡くなった――いや行方不明だった両親の帰還に飛び上がるほど喜んだ。


「ラヴァル子爵の現当主が戻った今、私からの話は以上だ。みな、今宵は存分に楽しんで行ってくれ」


 国王陛下の言葉によって場は締めくくられ、虚偽報告やら諸々の罪状がつまびらかになったジローディ男爵、夫人、ジェシカは衛兵たちに連行されていった。


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