第36話 逆転劇を始めましょう

 私とミシェル様は堂々とパーティー会場に入ると、賑やかな声と心地よい音楽が聞こえてきた。豪華絢爛な内装、色とりどりのドレスを着こなす女性に目を奪われる。

 さすがは王家の主催するパーティーで、思わず眩暈がしそうだった。

 場の空気に呑まれそうになるもののミシェル様に「マリー」と呼ばれただけで緊張が解けて、令嬢らしい笑み保つことができた。


 少しだけで緊張がほぐれ、私たちは周囲の注目を惹くためにダンスフォールで踊ることにした。一曲目あるいは二曲目で私たちの存在に気付くだろう。

 作戦とはいえ私はミシェル様とダンスができることに少し浮かれていた。でもそれはミシェル様も同じようで、ダンスが始まった瞬間、蕩けるような笑みを浮かべたのだ。

 シャンデリアの目映い光も相まって、私の背後いた令嬢の何人かが卒倒していく。

 なんという色香。これはうっかり惚れてしまう。


 曲が始まりステップを踏む私にミシェル様は悩ましい吐息を漏らす。今のでまた倒れた令嬢が……。作戦が始まる前に何人の令嬢を卒倒させる気なのだろう。無自覚なのが末恐ろしい。


「マリーとダンスができるなんて夢のようだ」

「それは……私もです」

「今日で色々決着が付くだろうけれど、そうしたら僕はラヴァル子爵の婿に入ればいいか?」

「あ。そういえばその話をしていませんでしたね」


 今回の作戦のことに集中していたので、今後のことをすっかり失念していた。両親が行方不明になっている以上、私が代行としてラヴァル子爵を継ぐのだが打倒だろう。

 ミシェル様としては私の傍にいられれば、身分とか地位とかはどうでもいいとか言い出したのも大きい。そもそも伯爵を継いだのも私をグルナ聖国で保護するためだったとか。話を聞けば聞くほど、私のことを考えで行動してくれたようで、嬉しいやら恥ずかしい気持ちになる。


「とりあえず僕としては改めて結婚式を挙げて、マリーが僕のだと周りに見せびらかしたい。いや、可愛いマリーを狙う連中が増えるかもしれないので、二人だけで結婚式を挙げるべきか……」

「気が早いような」

「どこが? この件が終わったらすぐにでも式を上げてしまいたいぐらいだ」

「浮かれすぎるのはダンスが終わるまでにしてくださいね」

「わかっている。終わらせた後のご褒美が楽しみだ」

(ご褒美って私からのキスのこと? あ、なんかそれだけですみそうにない予感が……)


 作戦の後の方が真の戦いになるかもしれないと、私は決意を新たにする。

 曲が終わったことで、周囲からの注目は自然と私たちに向いているのを感じた。

 好奇、嫉妬、驚愕――様々な感情が入り交じった視線。


 ラヴァル子爵の娘であるマリーが生きていただけでも驚きだろうが、婚約者いや夫であるグルナ聖国のミシェル・ハリソン・カレント伯爵の存在は目を惹く。

 ミシェル様の美貌は見惚れてしまうほど素敵なのだから、黄色い声が上がるのも無理はない。


「なっ、なんでアンタが生きているのよ!」


 大きな声で喚き立てる声が響いた。おおよそパーティー会場にふさわしくない声音が誰なのかすぐに分かった。

 真っ赤なドレスに身を包んだ従妹のジェシカだ。派手なメイクに私の身につけているアクセサリーに似たイヤリングとネックレスをしている。ジェシカの後ろにはジローディ男爵と夫人も見えた。


「これは、ジェシカ嬢、ジローディ男爵様、ご婦人もお久しぶりです」

「偽物だわ! マリーは馬車の事故で亡くなったのよ! 死別婚までして……それなのに偽物を用意するなんてミシェル様もあんまりだわ!」


 今にも掴みかかりそうな勢いで人混みをかき分けて私たちの前に佇む。私はミシェル様の腕に寄り添いジェシカとの直接対決を避けた。今はまだ反撃するよりも彼女を喋らせておいた方がいいと思ったからだ。

 案の定、ジェシカは聞かれてもいないのに、私を偽物だと断言して罵声を浴びせる。


「馬車の事故でミシェル様が塞ぎ込んでしまったのはわかりますわ。生前、マリーのことを大切にしていましたでしょうから、そのたびに私が何度も訪問して心の傷を癒したというのに、それなのに……マリーに似ているというだけでお側に置くなんて……」


 まるで悲劇のヒロインのような設定とセリフを淀みなく言い切る。しかも涙も浮かべている上に、何だか聞き捨てならないワードがあったような。

 隣に佇んでいるミシェル様の笑顔は消え、氷点下の――いや虫けらを見るような顔をしていた。そう言えば私と再会したときもこんな顔していたのを思い出す。


「癒す? 押しかけて自分を伯爵夫人にしろと言い寄ったことか? 厚顔無恥にもほどがある。私の隣にいるマリーは正真正銘本物だ。彼女は精霊に愛され加護を持っていたから馬車爆破事故でも生き残った。教会で保護してようやく僕の元に戻ってきた、僕の妻だ」

「――っ!」


 ミシェル様は私を抱き寄せて私にキスをする。台本にないがジェシカの自尊心を折るには効果的だったようだ。

 顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。よっぽど屈辱だったのだろう。だが、すぐに彼女は勝ち誇った顔で唇を歪めた。


「そんなことを言ってもダメですわ。私のお腹には伯爵との子供がいるのですから! 身ごもった事実は覆りませんわ」

「え」


 血の気が一気に引いた。唐突に何を言い出すのだろう。


(ミシェル様がジェシカと?)


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