21.心の準備ができていない質問

「クロも混じろうよ。男と女どっちが好き? どっちもいける?」


 直球ー。カンナド直球ー。

 そんなダイレクトにセク聞く流れ作って、あっさり紫苑教えてくれるわけないじゃんもー。ほら紫苑もフリーズしてるしー。


「えっと……その質問の意図を教えてくれる?」

「や、恋バナするなら相手のセクも知っておきたいじゃん。ホモフォビアやヘテロフォビアの人に真逆の性的指向の話はできないし。同志だったら盛り上がれるでしょ」


 紫苑は困ったような顔で沈黙している。

 当事者がふたりも目の前にいるから、下手なことは言えないと言葉を選んでいるようにも見える。


「アリかなしかで聞かれたら……アリ」

「ほうほう。どして?」

「想像してみて嫌ではなかったから……って、こういうふわっとした自認じゃ駄目かな」

「んーん、うちも最初は曖昧だったもの。束縛とかしたくないのに、すごく仲のいい子だけは他の子といるとめっちゃ妬くようになっちゃってさ。それで気づいた感じ」


 まさか答えてくれるとは思わず、紫苑を凝視している目の筋肉がこわばる。


 あり? 蟻? いまアリつったよね? 同性愛者と両性愛者を目の前にしてナシは言いづらいから合わせたのかもしれないけど。

 言質は取ったぞとばかりに拡大解釈を始める私へと、カンナがこっそり親指を立てた。


「それより、神川の話が気になる。どこで好きになったの?」

「語るも涙で長くなるんだけど、つい昨日のことでねー」

「そんなに濃い一日だったの……?」


 それ以上は紫苑から聞き出さず、カンナは架空の恋バナをつらつらと語り始める。

 全部即興で考えてるのかな、あれ。喋り方が淀みなさすぎてすごいわ。


 とりあえず、最初の目標である相手のセクシュアリティを知ることには成功した。

 一度振った相手も対象かは、また別の話だけど。


 2人が話に夢中になっている間。私は席を立つと、店頭のショーケースに向かった。トレーとトングを持って、すかすかの列を眺める。


 お、まだあってよかった。

 わずかに残っていた、お目当てのエンゼルクリームを確保してレジまで持っていく。


「やっぱそれ買ってきたんだ」

「気になっていたなら、あのとき食べてもよかったのに」

「実はそこまで興味が出なくて……でも君らがうまそうに食べてるの見て食指が動いた」


 カンナは意味深に口元を釣り上げている。単純と思われようが知ったことか。

 好きな人の好きなものだから、その好きを共有したい。それだけの話だ。


「実はあんま食べたことなかったんだよね、これ」


 ふんわりと丸みを帯びた、エンゼルクリームをかじる。

 表面にまぶされた粉砂糖がさっくりと音を立てて、舌へ甘さが溶けていく。


 もちもちの密度を想定していたけど、生地自体はわりと軽めでちぎりやすい。

 そこになめらかな舌触りの植物性クリームが加わって、クリーム入りの揚げパンを食べているような感覚だ。


 きなこ揚げパン、給食のメニューでいつも人気だったなあ。そのときの懐かしさがよみがえってくる。


「これ、こんなに美味しかったんだ」

「そうよ。物価上昇で年々小さくなっていることだけが残念だけど」


 推しドーナツの美味さに魅了された私に、紫苑が得意そうに胸を張る。


 ちなみにエンゼルクリームは凍らせても美味いらしい。さらなる沼にハマらせるべく、紫苑がいろいろ教えてくれた。

 まあ私ゃ、もっと深い沼にどっぷり沈んでるんですけどね。恋っていう底の見えない水中に。



「じゃ、また今度ねー」

「風邪引かないようにー」


 駅の改札までカンナを見送り、見えなくなったところで私は紫苑に向き直った。


「この後、どうする予定?」

「そこの駅ビル。スーパーあるらしいからたまにはここで買おうかなと」

「なら、一緒に行くよ。こっから買い物袋抱えて歩くの、けっこうかかるよ」

「大丈夫、持てる量しか買わない」


 あ、しまった。この言い回しは気遣ってると思われるに決まってる。

 紫苑と一緒にいたいだけって、正直に言えたらどんなに楽だろう。

 他の友人であったら気軽に言えるのに。


「買いたいものあるから」

「……何買うの?」

「お弁当のおかず」


 本音をしまい込んで、私は昨日決めた約束を行使した。

 それに、切り出したのは新たな成長のためでもある。


「私、明日から自分で弁当を作ろうと思う」

「昨日は面倒くさがっていたのに、どうしたの?」

「や、作ってもらうだけはやっぱり悪いと思ってね。毎食買ってたら、お金貯まんないし」


 なので、作ってもらう日は自分が紫苑のぶんを作ることにした。

 明日から弁当にするって言ったのは、そのための修行みたいなものだ。


「別に私は気にしないけど……自分で作れるに越したことはないか」

「りんごの皮むきすらできないぺーぺーだけど頑張るよ~」



 さて約束通り、私達はスーパーで弁当用の食材を買うことにした。

 駅前にこんなとこあったんだねー。夕方だからそれなりに人の密度があるけど、いつも行く大型スーパーよりはましなほうだ。


「しーちゃんはどういったおかずが好き?」

「ゲテモノ料理でなければなんでも。好き嫌いはとくにないから」

「羨ましいな。作りがいがありますね」


 めぼしいものをカゴに入れて、2人でレジの行列に並ぶ。

 カゴの中に、弁当用の冷食や惣菜のほかに果物類をどさどさ入れていく。

 デザート用にしては多い量に、紫苑がケーキでも焼くのかと話しかけてきた。


「ちょっと練習してみようかと」

「練習?」

「そそ。フルーツロール。しーちゃんってクリーム好きみたいだから、美味しくできるようになりたいなって」


 お弁当にフルーツロールってどうかなと身構えていたけど、紫苑には好感触だったらしく『楽しみにしてる』とエールをおくられた。

 ド素人の手作りとかいらねって一蹴しない紫苑はほんとええ子だ。



「……ねえ、」

「ん?」


 歩きながらくいくいと、紫苑が袖口を引いてくる。


「神川と恋バナしてたみたいだけど、せっちゃんも好きな人とかいるの?」


 声量を絞って、紫苑が心の準備ができていない質問をしてきた。

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