20.アオハルかよ

 前略、カンナにバレた。

 ほとんど私の自爆ではあるけど。姉といいこいつといい、私の周囲にはエスパーがひしめいてるの?


「逆にすずちーが分かりやすすぎんの」

「その根拠なんだよ」


「手をつないだら対抗するみたいにクロの手ずっと握ってるし、てかずっとひっついてたでしょ。あれって思って、クロとの接触増やしてみたわけ。そしたらすずちー、さっきからずっとうちらのやりとり凝視してるじゃん。ってか、ちょっと目つき怖かったよ。あれだけばしばしオーラ出してたら気づくって」


 言い逃れできない指摘が次々と出てきて、『もういいもうええから』と早口で手を突き出し静止する。


「あとすずちー、小さい子とばっか付き合ってたでしょ」

「人をロリコンみたいに言わないでくれる? 背の低い子が好みなだけ」

「人一倍でかい君が言うと、余計それっぽく聞こえんだわ」


 カンナ、それ偏見ですよ。

 でもはっきり言ってしまえば、紫苑の影を追い求めて似たような子と付き合っていたところはある。

 ……それもそれでこじらせすぎてやばいか。


「君ら付き合い長いんでしょ? まさかずっと?」

「ずっとですが何か」

「えー、うわー、アオハルかよ」

「うっせ」


 カンナを小突き、やけ食いのようにオールドファッションを口に放り込む。


 違うクラスでカムしてるカンナだからいいけど、紫苑に長年想いをこじらせてることまでぶっちゃけてしまったのはくっそ恥ずかしい。他に言える相手もいないけどさ。


「てか、なんで告らないの?」

「したし、玉砕した。そもそもしーちゃんノンケだし」

「あー」


 カンナが紫苑からもらったエンゼルクリームの片割れをかじりながら、よくあるぱはーんほへへと納得する。食べてから話しなさい。


 失恋から学んだ私は、アプローチをかけるときは必ずセクシャリティを聞いてからにしている。

 相手がノンケかバイかビアンかノンセクかも知らずアタックかけてたまたまうまくいくなんて、創作世界だけの話だ。


「……ん?」

 何かが引っかかったかのように、カンナは烏龍茶のグラスを置くと顔を近づけてきた。


「ノンケって言ったけど。何を根拠に確信したの? 本人がそう言った?」

「友達じゃだめかって返ってきたら、ほぼほぼそうじゃない?」

「でもはっきりとは言われてないんでしょ? まだ諦めてないんだったら聞きなよ。友人に戻ったんだから」


 簡単に言うけど、これは友人関係にメスを入れるキラークエスチョンだ。

 ふった相手が言ってきたらよほどの鈍感でもなけりゃ、まだ諦めてないんだなと察されるに決まっている。


 はっきりしない私にカンナは呆れたように肩をすぼめると、話題を変えた。


「クロってかなり可愛いじゃん」

「知ってる」

「中学時代、男子からそこそこモテてたんだよ」

「知ってる」


 もうその頃には紫苑とあまり話さなくなってしまったけど、他の男子経由で紫苑が人気あることは知っていた。

 清楚気取って男ウケ狙ってんのかよって、一部の女子からやっかみを買われていたことも。


 もちろんお邪魔虫として立ちふさがる気は毛頭なく、いい男子と仲良くなれるように情報をリサーチして登下校を見守っていたくらいだ。

 あと、やっかんでる女子は厄介事になる前に牽制かけておいた。


「それストーカーじゃね?」

「友達思いと言って」

「聞かなかったことにしとく。でもクロ、イケメンの木林とか大森とかいい感じかなーって奴はいたのに、結局彼氏作らなかったじゃん。それどころか女子校でしょ。それ、ほんとにノンケって言えるのかなーって」


 彼氏の有無でノンケ判定は早計だと思う。

 紫苑がここの女子校を選んだ理由は、家からいちばん近い高校だって聞いてるから。


「カンナだって、彼氏いないからってビアンかもって思われたくないでしょ?」

「んー、どっちかつったらうちはバイ。になった」

「初耳なんだけど」

「すずちーはタイプじゃないから。ごめんあそばせ」


 何も言ってないのに勝手に振られた。

 ちなみにやつのタイプはゆるふわ系らしい。聞いてないけど教えてくれた。

 ああ、だから私のカムもすんなり受け入れたのかと妙なところで納得する。


「たった一回フラれたくらいでめげるのは早いんじゃない? 何年も猛アピールして結ばれたカップルもいるでしょ。ほんとに脈がなかったら友達にすら戻らないと思うし」

「……うーん」

「性的指向は変わることもあるんだから、まだ諦めるには早いと思うけどね。うちがそうなんだから」


 可能性があるなら、信じてみたい。

 だけど、私はまだスタートラインに立ったばかりだ。紫苑に見てもらうべきは、今の私なのだ。

 つまり、私がすべきことは。


「とりあえず、もうちょっと仲良くなってからにする。分かってると思うけど他言無用だから」

「はいはい」


 私は無難な言葉を口にした。

 告白というものは、ほぼほぼ確実という間柄でしか成功しない。経験で学んだ。

 だから、今はひたすら外堀を埋めるときなのだ。


「お帰りー」


 話が一段落したところで、紫苑がトイレから戻ってきた。話題の中心の人間を目の前にして、なんとなく姿勢を正してしまう。


「ふたりで何話してたの?」

「んー、恋バナ」


 おいちょっとカンナさんよ。他言無用つったのにさっそく怪しまれるようなワード出してどうすんの。

 チョップしそうになる手刀をこらえて、紫苑の反応をうかがう。


「恋バナって……具体的には?」


 大事なことを確かめるように、紫苑が張り詰めた声で聞いてくる。


「実はうち、バイだったみたいで。先輩にxxさんっているんだけど、そのひと気になってるんだよね」

「そうなんだ……」

「でも同性が対象の恋バナって気軽に友人に話せないじゃん? すずちーは貴重な同志だから聞いてもらってたわけ」


 おお、カンナうまくでっちあげてくれた。

 ほっとしたのもつかの間、落としたカンナの爆弾に私は目を剥くことになった。

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