22.私は臆病者

 好きな人に、好きな人の有無を聞かれる。

 言いづらい。めっちゃ言いづらい。


 いると正直に答える。

 いないとごまかす。

 はぐらかす。

 君はどうなのと逆質問をする。


 どこかで見かけた回答パターンが浮かんできたけど、どれも正解でどれもリスキーだと専門のサイトは告げていた。


 私の場合は一度ふった相手が聞いてきたから、なお慎重に答えを見極めないとならない。そういうシチュも網羅しておいてよ。


「……ごめん、デリカシーがなかったね」


 候補を絞りきる前に、会話は中断されてしまった。

 しまった、答えを出すのに時間がかかりすぎた。

 沈黙や無表情だと”自分には言いたくないんだな”と拒絶されている印象を与えてしまうってNG返答集にあったことを思い出す。


「や、そういうことは全然思って、」


 あわてて弁明しようとした言葉を途中で切る。

 ええい、言い訳する前に正直に言ってやれ。意を決して、私はその一言を声に出した。

 

「い、いるよ。います。どんな子かは内緒だけど」


 つっかえながら答える。

 いないよ、と嘘を吐くかは直前まで迷った。


 けど、いないならやましいことはないんだからさっさと言えばいいだけの話。

 出し渋った後にいません、と言ってもどのみち隠してるんだなとバレるだろう。


 だから、ここで遠回しに告白する。

 どんな人についてかはぼやかして。


 紫苑は予想外の返答だと受け取っているのか、その場で立ち止まり大きい瞳をしばたいていた。

 ぽかんと空いたままの口がゆっくりと引き締まり、薄い笑みを形作る。


「そっか。せっちゃんならきっと叶うわよ」


 応援の言葉と一緒に、紫苑は背を向ける。

 それ以上は探らないという、会話に幕を下ろす雰囲気が感じ取れた。


 ……叶うって、叶う望みが薄そうな本人に言われてしまった。

 むずそうだけどねー、とへへへと笑って隣に並ぶ。


 君はどうなの、って。聞き出したい欲張りな気持ちはあった。


 知りたいのに、いますって答えだけは聞きたくない矛盾した感情を抱えている。

 都合のいいことは起きないって分かっていても、まだ今の私には受け止められそうになかった。


 一方的に聞くだけでは不公平だからとついでに紫苑が言い出さなかったことに、ひそかに胸を撫で下ろしている。

 私は臆病者だ。



「ねえ、」


 ぎこちない空気を切り替えるように、紫苑がまた袖口をくいくいと引いてきた。

 恋バナを引っ張るのかと思いきや、意外な提案が紫苑の口から飛び出す。


「なんだい」

「できれば……お昼、一緒に食べたいな……って」


 上目遣いで辿々しく言うものだから、うっかり勘違いしそうになってしまった。


「あ、でも毎日ってわけじゃなくて。たまに食べたいって話」


 私が所属しているグループに気を遣ったのか、紫苑があわてて譲歩の言葉を絞り出す。

 べつに私は毎日で構わないけど、毎日と制定してしまうと昼休みの紫苑の勉強時間を阻害してしまうか。


「うちのグループ、けっこールーズだからいいよ。いつメンで毎日固まってるわけじゃないし。ぼっちで学食行くとか他グループに混じってるとか、いつものことだし」

「ありがとう……よかった」


 心から安堵したように、紫苑が長い息を吐く。

 明日はどう? とさっそく誘ってみると色良い返事がもらえた。よっしゃ。


「場所は教室?」

「次の時間体育だし……体育館2階の観覧席でいい?」

「あそこ? しーちゃんそこで食べてるの?」

「たまに。けっこう他の生徒も見かけるわよ」


 椅子が設置されているとなれば、そりゃちらほら集まってくるか。


 また、少しずつ紫苑との時間が増えることに否が応にも浮かれてしまう。

 うっかり気持ち悪い顔に緩まないように、表情筋を鍛えとかないとな。



「ところで清白、あんたGWどうするの?」


 次の日の昼休み。授業が終わると同時に、前の席の女子が切り出してきた。

 向こうが何を聞きたいかは予想がついているため、私は『バイト』と答えた。


「えー、5日間ずっと?」

「繁忙期だし、スタッフさんの中には子持ちの人もいるし。忙しくてもお子さんと過ごす時間は必要じゃん。だからその人たちの代わりに入ってる」

「本音は?」

「特別手当めっちゃ美味しいから」


 私は本音を半分しか言っていない。残りは、GWは少しでも紫苑と長くいたいからだ。


 まだバイトを始めたばかりで疲れもたまるだろうから、彼女のことを考えれば連れ回すのではなく休ませてあげたい。

 だから、職場だけでも傍にいたいと思った。


 フォローを入れて、放課後の約束を取り付ける。

 それからロッカーに向かい、体操着を取り出した。


「あれ? もう着替えるの」

「うん。あと、今日は他で食べるね」

「いってらー」


 1階に下りて校舎から出て、体育館に続く通路を歩く。体育館内は前の授業が別のクラスだったのか、バレーネットはそのままになっていた。

 観覧席を見上げると、確かに紫苑が言った通りちらほら生徒の姿があった。


 紫苑は……いた。

 袖の余る大きめのジャージに身を包んでいて、床につかなかった足がぷらぷら揺れている。

 校内だと高校生の中に1人だけ子供が混じっているようなもんだから、わりと見つけやすいね。


「…………」

 向こうも見上げている私に気づいたのか、顔の横でちょこんと手のひらをかざしてくれた。


「おまたせー」


 軽く会釈を交わして、観覧席へと腰掛けた。

 宣言通り、今日はちゃんとしたお弁当。

 蓋を開けた瞬間、紫苑がおお、と感嘆の声を漏らす。ほほほ、その顔が見たかったのよ。


「昨日作ってみたんだ」


 いちばん食べてほしい人へと、私は弁当箱を差し出した。

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