18.【紫苑視点】神川がいなかったら詰んでた

『もしかして カンナと先に約束しちゃった?』


 心臓が跳ねてすくみ上がりそうになる。

 芹香はエスパーなのかと思考が飛躍するが、ここは教室。

 私たちの席は、当然芹香からも見えるわけであって。


 神川と向かい合って携帯電話に目を落としている私の姿は、そこまでの予想に行き着いても不思議じゃない。


『ごめん そうなる』

『そっか 私はどっちでもいいよ』


 再度、芹香からのメッセージが挿入される。

 引けと言われれば引くが、誘われることにもやぶさかではない文面。どっちが本心なのだろうと、頭をひねる。


 神川も、芹香も、3人で放課後を共にすることに同意している。

 なら、問題はない……はずだ。


『神川さんもせっちゃんとお話したいって言ってたから、みんなで帰ろう』

『いいの?』

『うん 私も2人と話したいと思ってる』

『わかった 入れてくれてありがとう』


 とりあえず、波風立てずに事が進んだことに大きく息を吐く。

 神川に了承の旨を伝えて、昼休みは過ぎていった。


「ノート、ありがとう」

 放課後になって、私は芹香に授業ノートを返しに行った。


「読めた?」

「昨日の分は。……確かに独創的なノートだったね」

「汚いってはっきり言ってくれていいぞ。そもそも芹香さん、取ったノートは見直さないから」


 じゃあ、テスト勉強のときはどうしているのか。

 この学校にいるということは、芹香もそれなりに学力が高いのだろうし。


「情報を整理したけりゃ、教科書見ればいいじゃん。書くことだけに集中してたら先生の話を聞き逃しちゃうだろうし」


 ああ、なるほど。

 芹香は丁寧にノートを取ることを目的としていない。

 情報を詰め込んで、頭に定着させるために文字に起こしているだけなんだ。


 ……私は書きまくらないと頭に入らないから、記憶力がすぐれているんだろう。

 廊下を隣のクラスの子が横切り始めたため『そろそろ行こう』と会話を中断する。


 その後神川と合流した私たちは、昇降口に向かった。



「すずちーとクロって、いつから友達だったの?」

「小2くらいかなー」

「えー、付き合いなげー。ぜんぜん気づかなかったよ、君ら一緒にいるとこ見たことなかったし」

「まー、クラス離れちゃったからね」


 両隣から、芹香と神川の会話が飛び交う。

 並んで学校を出てから、ずっとこんな感じだ。


 お喋りに興じる芹香と神川、間に挟まれ無言を貫く私。

 会話に入れないというよりは、久々に会う2人に割り込んではならないと口をつぐんでいる。


「おいこら」

 空気を読んでさりげなく一歩下がろうとすると、右側に立つ神川に抑え込まれてしまった。

 右手を手錠のようにしっかり握られ、動きを封じられる。


「もう少し混じってきなよ。すずちーとだけ話に来たわけじゃないんだから」


 唇を尖らせる神川に、ごめんと頭を下げる。

 3人以上になると途端に話せなくなるのは、悪い癖だ。


 2人に伝わり、共有できる話題を持ち合わせていない己の引き出しの浅さが恨めしい。


 『髪切った?』なんて今さらの指摘でもいいから出すべきか悩んでいると。


「ひゃい」


 今度は左腕を抑え込まれる。ひったくりかと一瞬勘違いして変な声が出てしまった。


「……どうしたの?」

 フリーの左腕を掴んでいる芹香を見やる。身長差があるから、まるで連行されているみたいだ。


「えーと、逃さないって前に言ったから」

「この状況でドタキャンできるほど薄情じゃない」

「だ、だよねー。やーでもせっかく並んでるわけだから、うん」


 明後日の方向を向きながら言われたものだから、適当な言い訳を取り繕ったように聞こえてしまう。神川の真似で掴んだ、わけはないだろうし。


 歩道にあまり広がらないように一列に並びたかったのもあるけど、この通り囚われの身となってしまった。

 体格差的に振りほどけるはずもない。


 神川はいぇいいぇいとブランコみたいに腕を振り上げているし、芹香はちょっと痛いくらいの力で手首を掴んでいる。


 歩幅を合わせてくれるのはありがたいことだけど、そんなに私が逃げないように警戒しているのだろうか。

 芹香の視線には、そういった圧を感じる。


 ……そこまで気にしているとなると、あのゲーセンの一件では本当に申し訳ないことをしてしまったな。


「私気になるなー。カンナとの出会い」


 なにか話さないと、と浅い引き出しを漁っていると。芹香が話題を出してくれた。

 しかし、神川との出会いに大きなドラマはない。端的な言葉に出して伝える。


「えっと……神川はペアの恩人だから」

「話しかけやすそうで、簡単に裏切らなさそうな子に飛びついてたんだよねー」


 んん? と芹香がいまいち状況が飲み込めてない苦笑いを浮かべた。

 探さなくても勝手に人が集まってくる子は、頼りがいがあるとか話していて楽しそうとか、普段からの行いで人望を集めている。


 分かっていても、自己主張が苦手な子はどうしたって一定数存在する。

 私みたいな人間にとって、組分けは死活問題である。

 女子の世界において繋がるべき場面で繋がれない”はみ出し者”は、その後の扱いに大きく影響してしまうからだ。


「あの頃のうちらは運命共同体だったよね」

「ほんと、神川がいなかったら詰んでた」


 打算を含んだ友情を言葉に乗せて、ふたりで大きく頷く。

 神川が私をぼっち回避のための相手だと思っていても。友好的に話しかけてくれたり遊びに誘ってくれるため、私は友人だと認識している。


「クラス離れてなかったら、芹香さんもその輪に入ってたのになー」

「あんたみたいなキラキラ女子が来るとこじゃないですぜ」

「奇数グループだとペアを組むときに亀裂が走るわよ?」


 カーストの低いグループに入りたがる芹香の感覚が理解できず、神川と二人して突っ込む。

 その連携も一体感あっていいなーと羨ましがられたため、ますます訳が分からなくなる。


「てかすずちー、ちゃんと会話に参加してるんだからクロ解放してあげたら? そろそろ暑そうだよ」


 頑なに私の手首を掴んだままの芹香へと、神川が訝しげな目を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る