17.【紫苑視点】付き合うとなると疲れちゃいそうだ

 送信者は隣のクラスの神川かみかわカンナ。

 どうやらいつメンが揃って欠席したらしく、基本的に一人でいる私に声をかけることにしたらしい。

 ぼっち飯なんて誰も気にしないのに、女子は変なところで自意識過剰だ。


 昼休みになり、廊下で神川を待っていると。


「クロ、お待たせ」


 隣の教室から、多くの生徒の中に紛れて神川がこっちへと歩いてきた。

 肩にかかるほどの長さだった髪は切ったらしく、首周りがすっきりとしている。


「どこで食べる?」

「そうね……」


 学食、体育館2階、空き教室、今日は風も弱いから外でも。選択肢はいくらでもある。

 ああ、でもうちにはあれがあったな。


「私の席でいい? うち、そういう人のためのパイプ椅子並べてあるから」

「ふーん、便利だね」


 芹香の打開策は、あまり浸透していない。

 このまま使われる気配がなければ、置く意味なしといずれ教師に撤去されてしまうだろう。


 助けてもらった身としては、使ってる人もいるよとアピールしてクラスに広めたいと思ったのだ。


 ちなみに、私と神川に共通する話題はない。

 中学時代、ペアが作れず残りがちな私と何度か組まされているうちに話すようになった、それだけの仲である。


 きっと神川も、私のことは都合がつきやすい相手としか認識していないだろう。


「揃って休んだって、インフルでも流行ってるの?」

「ゲームの発売日だからだって」

「ズル休みじゃん」


 止めろよと内心つっこみつつ、春巻きを口に運ぶ。


「うちのクラス、出席率あんまり高くないんだー。雨や強風ってだけで休む子とかいるよ」

「宮沢賢治が草葉の陰で泣くわよ」


 私も昔はちょっとした気圧の変化で体調を崩していたので、人のことは言えないが。

 それで親にはさんざん苦労させたから、苦い思い出がよみがえってくる。


「……あれ?」


 何かを見つけたように、神川が遠くに視線を向ける。

 つられて注目すると、その先には芹香のグループが机を囲んでいた。


 芹香に負けず劣らず華のある子が集っていて、あそこの空間だけ高そうなコロンの匂いが充満してそうだ。


「すずちー、こっちで食べるようになったんだ。まー、さすがにあのリア充オーラやばいとこには入れないがね」

「分かる」


 響きから誰を指しているかは想像がつく。

 神川と芹香は中学時代の部活仲間だった。芹香が同性愛者であることを知る、数少ない人間でもある。


「今回はわりと早かったねー。3ヶ月って最速じゃん」

「今回? 最速?」


 神川の言葉に引っかかる表現があったので、聞いてみる。


「いやだって。すずちー、高校上がって最初はうちのクラスで食べてたよ」

「そう、なの?」


 その言い方だと、神川と机は囲んでいないのか。

 じゃあ、誰と?


「xxって子覚えてない? 中学で一緒だった子。うちの部活にいた子」

「ごめんなさい、あんまり……」

「あそう。でまあそのxxとすずちー、3学期あたりで付き合い始めたの。周囲には友人関係で通してたけど」

「そう……なんだ」


 私に紹介してくれた子とは、また名前が違う。

 そりゃあ、中学生で長続きするカップルなど稀だ。

 最初の子とは何らかの理由で別れて、そのxxは2番……もしくは何番目かの彼女だったのだろう。


 ……確かに、最初の頃。芹香は昼休みになるとどこかに消えていたから、学食で食べていると思っていた。

 けど、そうか、隣のクラスにいたんだ。

 ……へえ。


「でも、別れたの?」

「だねえ。うちも良くは知らないけど、大方気後れしたんじゃないの」

「気後れ……まあ、だいたいなんでも出来る人だものね」

「憧れはするけどねえ。うちの上里先輩みたいに。でも、付き合うとなると疲れちゃいそうだ」


 神川に悟られないよう、私は一口で入ってしまうコロッケをちびちびとかじる。


 芹香はいま、たまたまフリーにすぎない。

 いつかはまた彼女を見つけて、その子との時間が増えていくのだろう。

 目立つ容姿と広い交友関係を持つ芹香のことだから、案外すぐかもしれない。


 そのときが来ても、私は友達から逃げずにいられるだろうか。

 いっそ、あのゲームセンターの一件でのように。

 私がまた逃げないように、強く繋ぎ止めてくれたらいいのに。


 だけど私はもう、冷められてしまった側。

 そこまで想ってもらえるほどの立場に、取って代わることは叶わないのだ。



「ねえクロ、放課後って時間あるー?」


 味の失せた弁当を胃に収め終わったところで、神川からお誘いの声が来た。


「どこか寄るの?」

「駅前のミ○ド。いま抹茶フェアやってるからさ」

「いいよ」


 駅に行くとなると、西口に商業ビルがあるから買い物もそこで済ませてしまおう。


「じゃ、終わったら廊下で待ってて」

「うん」


 忘れないように、カレンダーアプリにメモをしておこうと携帯電話を取る。

 いつの間にか、芹香からのLINEが届いていた。


『今日 一緒に帰らない』


 …………え。

 脳と指先が冷えていく。よりにもよってこのタイミングで来るなんて。


 だが約束は約束だ。

 神川と先に決めた以上は、芹香の誘いは断らないといけない。


 理屈では分かっていても、穏便に断れるのかと果てしないプレッシャーが襲いかかってくる。


「どした、クロ」

「あ」


 固まっている私を不審に思ったのか、神川が画面を覗き込んできた。


「なんだ、すずちーからも来てんじゃん」

「あ、えと」


 神川は中学からの仲なため、私と芹香が幼馴染であることは知らない。

 きみら仲良かったんだねーと語尾を伸ばして、興味深そうな眼差しを私に向ける。


「かぶっちゃったけど……べつによくない?」

「良いって、なにが」

「すずちーがいても。うちはどっちとも話したいし、すずちーともそのうち遊ぼって保留されたままだし。友達の友達も友達なら、なにか問題ある?」


 神川はなんてことのない顔つきと声で言い放った。

 どう断ろうか必死に絞り出していた思考が、思いもよらぬ方向へ逸れていく。


 まず、芹香はどう思っているのか聞いてみるべきだ。

 返信文を打ち込んでいる途中で、芹香からまたメッセージが届いた。

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