7.私たちにとってはノーカンじゃない
候補を絞り出す。
飲食店、さっきまかない食べたからナシ。服やコスメや雑貨品、基本はネット通販だからナシ。
迷った末に、ひとつの施設を提案した。
「本屋でいい? ここの4階」
「いいよ」
私たちは南側入り口から再度入店して、エスカレーターで向かった。
エスカレーターを上がった奥に展開している書店へ歩く。
小さいけど、ここはガールズラブのコーナーがあるのが特徴だ。
書店って規模にかかわらず、品揃えに店員さんの個性が出るから面白いんだよね。
郊外の大型書店はここの数倍置いてあるのに、GLジャンルは男性向けと女性向けの本に紛れてしまっている。
異世界ものは特例で専用の本棚が一面にあるのに。
つらつらと扱いの悪さを紫苑に愚痴る。
「毎クール枠はあるし、ラノベはまだ数が少ないけど注目されているみたいだし……市場規模は増えたほうじゃない?」
「でも、BLはどこでもコーナーあるじゃん。なんでこっちは隅っこに追いやりますかなあ」
「顧客ごとに定義が異なるからじゃないかと」
女同士の恋愛を描いたもののみをGL、女だけでわちゃわちゃしていれば恋愛に発展していなくてもGL。
そういった面倒な論争が勃発する可能性があるから、ってのもあるんだけどさ。
よし、まずはこれにするか。
私はライトノベルのコーナーから4冊をいっぺんに取り出した。
「そんなに買うの?」
「今度映画化するからね。それに合わせてカバーイラストが描き下ろされてるから、記念に買い直そうかなって」
ちなみに私はアニメ前からこの作品を推してましたよ。
打ち切りにならないように買い支えてきた甲斐があったね。
「用途に分けて複数買う人って本当にいるんだ……」
紫苑は面陳列されたラノベを手に取って、裏面の値段にたまげたように目を見開くと戻してしまった。
どれもこれも物価上昇してるからなあ。
昔はワンコインで買えたと思うんだけど、読書すらも贅沢な趣味になったということか。
「紙が高騰しているのは分かるけど、電子書籍もそこまで値段変わらないのはどうして?」
「データ化や手数料でもともとコストかかるし、あまりに値段差があるとますます紙で買う人が減っちゃうんだ」
「書籍業界もペーパーレス化の瀬戸際に立たされているのね……」
苦い顔をした紫苑は、最終的にエッセイコーナーから漫画を一冊レジに持っていった。
お互い買い物は終わったので、帰路につくことにする。
歩きだしてまもない頃のことだった。
「あ、こんなところに清白が出た」
「ぎゃおー」
横切っている最中のゲーセンコーナーで、いつメンの女子グループと鉢合わせた。
RPGのエンカウントみたいな言い回しだったので吠えて返す。
「バイト終わったとこ?」
「そうなるね」
「暇なら混ざってく? うちらも今来たところで、プリクラこれから撮るとこなんだけど」
バイト帰りなら誘うに決まっているか。
ってあれ、紫苑どこ行った?
なぜか、隣にいたはずの紫苑がこつ然と消えている。まさか誘拐?
ぐるっと辺りを見回すと、吹き抜けの柱から長いコートの裾が見えていた。客は薄着ばかりだからすぐに分かってしまう。
猫かよ。逃げ足の速さにふっと失笑が漏れた。
「ごめん、先約あるんだ」
「先約……もしかしてデート中だった?」
「ううん、クラスの子」
デートか。本当にそうだったらいいのに。ベタな勘違いに舞い上がりそうになる。
友人同士のお出かけをデートなんて言う人いるけど、紫苑といるときは気軽に使えない。その辺りのTPOはちゃんと弁えるつもりだ。
「クラスメイトなら一緒に遊んだっていいじゃん」
「んー……」
紫苑はどう思ってるんだろう。
私をきっかけに他の子とも仲良くなりたいか、気まずいから遠慮しているのか。
直接聞くか迷ったけど、隠れるあたり自分の存在はこの子たちに悟られたくなさそうだ。
「誘ってくれてありがとう。でも、今日はその子と遊ぶ約束だったから。月曜にまた付き合うよ」
「んじゃ、月曜放課後スタバね。忘れんなよ」
「お達者でー」
次の約束を取り付けて、いったんゲームセンターから死角になる場所まで移動した。
『出てきていいよ』とLINEに送る。
紫苑が追いつくまで待って、下りのエスカレーターに足をかけたところで口を開いた。
「こーら。急にいなくなっちゃダメだろ。いくら私でも傷つくよ」
「……ごめん」
軽く咎めたつもりだったんだけど、紫苑はビビった顔つきで眉根と頭を下げてきた。
そんな怒ってないよ。顔見知りを街で見かけたら逃げたくなるのは分かるけどさ。
「なんで隠れたの?」
「私がいると気まずい空気になりそうで……それに、用事は終わってるからせっちゃんも遊びたいかな……と」
ああ、紫苑なりに気遣ってくれたのね。彼女から見れば、いつも私とつるんでいるグループと会ったわけだし。
ずっと好きだった人と、こうして昔みたいに戻りたかったって伝えられないのがもどかしい。
だから、私は紫苑の手を取った。
ぎゅっと握って、絡めたい指を我慢する。
「次は逃がさない。ちゃんと私がフォローするから」
「……本当にごめん」
「分かればよろしい」
怒っていないことをアピるため、降りるまで私は手を繋いでいた。
ずっと繋いでいたら下心があると思われそうだけど、一時的なものだったらいいよね。
友人同士なら、多少のスキンシップくらい普通。
だけど私たちにとっては、ノーカンじゃない。
友達に戻れたのに、早くも焦れったい気持ちを私は覚えていた。
てか、ほんとに紫苑暑くないの? 厚手のコートって。のぼせるよ?
結局、季節にそぐわない格好の理由を聞くことはできなかった。
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