5.子供って残酷

 1週間ほど研修で現場には出てこなかったため、顔を合わせるのはこれが初となる。


 紫苑、絶対断ると思ってたのに。なんでここに決めたんだろ。


「ねえねえ、ハルさんってどうしてここに来たの?」


 今まさに私が聞きたかったことを、社員のコモリさんが尋ねてくれた。

 紫苑の回答は『なかなか採用されず片っ端から受けていた』とのこと。


「こちらの店舗は、のぼりよりもスタッフ募集のポスターが目立っておりましたので……急募なのだろうと」

「いつも春先は人材確保に苦労してるからなあ」


 なるほど、そういう理由ね。

 となると、私がいようがなりふり構っていられなかったってことか。


 しかし着替えた紫苑めっちゃ可愛いな。

 これくらい小柄な人となると、ぴったりの制服はすぐには用意できない。

 なので店長とそれっぽい服を探してきたらしい。


 黒ワンピと、白いワークエプロン、三角巾といったよくある組み合わせ。

 身長的にワンピもエプロンもロングスカートみたいに足を覆っているから、カラーリングも相まりメイド服っぽく見える。


 一人ずつ紫苑に挨拶をして、最後にこの中では一番下っ端だった私の番になった。


「オオネさん、面接ではありがとうございました。これからよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。一緒に頑張っていきましょうね」


 無難な言葉を乗せて、私は人当たりのいい笑みをうかべた。

 話したいことは山ほどあったけど、ここでは単なる従業員でいなければならない。

 挨拶を終えて、私は持ち場へ戻った。


 ミーティングの後は、それぞれ開店準備に移る。私は厨房で軽食の仕込みを。

 モーニング用の卵を茹でていると、横からコモリさんが耳打ちしてきた。


「ハルさんって、かなり小さい子ね。品出しとか大変そうなのに、正直よく採用されたなって思う」

「そうですね、天使みたいですよね」

「話聞いてた?」


 物珍しい目では見ちゃうよね。

 私の二の腕あたりまでの身長と、幼い顔つきは制服を来ていなければ中学生に見えるかも怪しい。

 子供を働かせているのかと客から不審がられ、店が風評被害を受ける可能性もある。


 面接で苦戦するのも無理はない。

 本人が一番気にしているだろうから、口には出せないけど。



「オオネちゃん、ハルちゃん。時間だよ、お疲れ様」


 お昼になって、店長から上がるように告げられた。

 うちは狭いから、カーテンで仕切られた簡易更衣室は一つしかない。

 男女兼用じゃないだけマシだけど、紫苑にとっては私も警戒の対象だ。

 二人きりで着替えるなど、紫苑には気が気ではないだろう。


「いまピーク時ですし、私はちょっと延長しますね」

 もっともらしい理由で、私は少しの間留まることにした。

 実際店内は満席で、一気に二人も抜けたら提供は遅れるのが目に見えている。


「ハルさん、お先に使ってください。こちらのことはご心配なく」

「はい」


 紫苑は頷くと、お先に失礼致しますと付け加えてバックヤードを後にした。


 ただ、今日みたいに退勤時間が被ったときはいつも延長とはいかないよな。

 うーん、フィッティングルームをもう一つ置けないか店長に聞いてみるか。ア○ゾンで買えるみたいだし。


 それから10分ほど延長して、私も上がることにした。

 こんなに明るいうちに終わるのは久しぶりだから、のんびり家でゲームでもするかな。


「うわっと」

 スタッフルームに入ると、コートに身を包んだ紫苑が立っていた。

 まさかまだいると思わなかったから、幽霊でも目撃したみたいな声が出てしまう。


「お疲れ様でーす」

「あ……お疲れ様です」

 控えめに会釈すると、紫苑は何かを言いたげにこちらへ近づいてきた。


「いかがなさいました?」

「え……と、菓子折り、持ってきたから。あとでみんなで召し上がって、ください」


 手で示した先のテーブルには、1階の物産品コーナーで買ったらしきクッキーの詰め合わせの箱が置いてある。


「いんすか? わー嬉しいー」

「いえ、うん。好きなだけどうぞ」


 お互い、微妙に抜けない敬語のままぎこちなく笑う。

 ……で、これを言うためだけに上がるのを待っていたのか。律儀な子だ。


「そういえば、通名の”ハル”ってなにが由来?」


 無難な会話の引き出しがあったことを思い出し、紫苑に聞いてみる。

 彼女からの答えは『ハルジオン』だった。


「名前候補、ハルとの二択だったから」


 なるほどね。

 確かに、春生まれなのに秋の花が名前って不思議に思ってたな。


「……名が体を表さなくてもよかったのに」


 ハルジオンにネガティブな意味あったっけ?

 秋の方の紫苑は草丈が高いから、そっちの意味で名付けられたかったってことかもしれないけど。


「ちなみに私のオオネは、大根の訓読み」

「ああ……昔そう呼ばれてたわね」


 小学校で春の七草を習ったその日から、私のあだ名はダイコンになった。

 スズシロといった格調高い響きからのダイコンが、がきんちょたちにはよっぽどウケたらしい。

 ちなみに別クラスの”スズナ”ちゃんも同じ宿命を背負い、カブと呼ばれてしまっていた。


「子供って残酷」

「別に気にしてはないけどな。大根おいしいじゃん」


 雑談を終え厨房に向かおうとすると、紫苑が不思議そうに声を掛けてきた。


「着替えないの?」

「うん。お昼まだだし、食べていこうかなと」


 ようはまかない。お店のメニューから選んで食べることができる。

 スタッフは半額で頂けるから、私は結構な頻度で利用している。


「…………」

 紫苑はじっと、指示待ちのように立ち尽くしたままだ。


 なんだろう、まだ何かあるのだろうか。

 ……もしかすると、だけど。私は声をかけてみた。


「せっかくだしさ。お昼、食べてったら?」

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