4.終わった

 うちの学校では、団体競技のチーム分けはくじ引きによる振り分け。

 完全ランダムにすれば余り物になる子がいなくなるだろうと。


 今日のバレーも、前回とは違った面子があらかじめ組まれている。

 そこそこの立ち位置にいる私は、そこそこの仲であるチームメイトと当たり障りのないやりとりを交わしながら試合に臨んでいた。


「今日はあいつとじゃなくて良かったわ」


 ぼそっと、ボールを上げたひとりが陰口を叩く。

 名前を出さなくても、誰のことを指しているのかは分かってしまう。


「あそこまで小さいと、この先大変そう」

「なんかの病気じゃない?」

「てか、同い年じゃないかもよ。実は飛び級だったりして」


 心無い言葉が口々に放たれる。

 話題の中心にいる子、黒川紫苑くろかわ しおんは小柄な女子だ。

 今はちょうど、私たちの試合を眺めるように体育館の隅に座っている。


 黒い髪が陽光に透けて、青みを帯びた天使の輪がはっきりと浮かび上がっている。

 贔屓目に見ても、ほんとお人形さんみたいな子だ。


「ほらほら、無駄話はやめやめ。勝つことに集中しよ」


 これ以上聞きたくなくて、私は強引に会話を打ち切る。

 『あきらめんなー』と掛け声を天井に飛ばし、こぼれ球をすれすれのところで拾い上げた。


 紫苑はいつの間にか、隣のコートに移動していた。


 多くの人が、紫苑が同じチームに入ると迷惑そうな顔をする。

 多くの人が、紫苑がいま何をしているのか見ようともせずに。


 前回も、その前の体育でも。残り時間はいつも隣のコートで、紫苑は練習に励んでいた。

 だから今日は何本かサーブが入っていたし、飛んできたボールを他の人に回すこともできていたのに。


 周りは、体格でできない子と判断する。

 少なくなってきたミスだけに注目して、陰であの子を責める。

 ミスの頻度は私も同じくらいなのに。


 焦れったい感情を燻ぶらせたまま、今日も想い人を見つめるだけの一日が過ぎていく。



 放課後になり、私はバイト先に向かった。

 場所は大型スーパーの外にある、小さな喫茶店。


 ガラス戸越しに見える景色がだんだん薄暗くなってきた頃。

 テーブルを拭いていると、からからとドアベルが鳴る音がした。


 ただいま参りまーすと声を上げて、早歩きでレジに向かった。


 …………え?

 私は想定外のエンカウントに固まって、『ご注文をお伺いいたします』の一言すら忘れていた。


「6時からの面接のお約束を頂いております、黒川と申します。恐れ入りますが、ご担当の方はいらっしゃいますでしょうか」


 抑制の効いた、儚げな声が届く。

 うちの学校の制服、小柄な背丈、腰までの長い髪。既視感しかない。


 というか、面接? 接客業とか苦手そうなのに?

 次々と浮かぶ疑問をいったん遮断して、私は店員の顔に戻る。


「かしこまりました。こちらにご案内いたしますね」


 スタッフルームへ紫苑を案内する。

 扉を開けると、デスクのPCに向かっている女性の背中が見えた。


「店長、面接予定の方が来ましたよ」

「はーい、今日はどうぞよろしくねー」


 人当たりのいい笑顔で振り返った店長が、紫苑に気づいて立ち上がった。

 めっちゃ可愛い~と歓喜の声を上げる。心の中でうんうんと頷いた。


「きみ、ひょっとしてオオネちゃんと同じ学校の子?」


 突如出てきた第三者の呼称に、紫苑が首をかしげる。

 オオネってのは私の通名。ここでは身バレ防止で、本名以外で呼ぶ決まりになっている。


「ああはい。私もさっきびっくりしたところです」

 大丈夫、同じクラスだなんてアピールしないから。ちゃんと接点はほとんどないことは伝えるからね。


「あれ? オオネちゃんが紹介したとかじゃないんだ」

「それならまず、店長に伝えてますよ」


 同じ学校で学年も一緒なら、友達同士で応募したのかって思われるのが普通だよね。


 向こうだって私が働いていたなんてこと、まったくの初耳だろう。内心逃げ出したい気持ちでいっぱいに違いない。

 そろそろ私も去ったほうがいいなと思い、一歩下がろうとすると。店長に引き止められた。


「あ、まだ帰らないで。これ終わったらでいいから、お客さんとしてここにいてくれる?」

「はい?」


 意図が分からず突っ立っていると、店長は次に紫苑に指示を出した。


「で、黒川さんには接客態度のテスト。ちょっと営業スマイルやってみて」

「え? ……え?」


 私の面接のときにはこんなん無かったはずだけどなー。

 客の前でも無愛想にならないかのテストなんだろうか。


 紫苑は戸惑っていたものの、やがて姿勢を正して、向き直った。淡褐色の鋭い瞳に見据えられる。


「いらっしゃいませ」


 見事に撃ち抜かれた私は、エア眼鏡を引いて『So cute……』と心の声を漏らした。

 発音いいね~なんて店長の呑気な声が耳を滑っていく。


 とっさに口元を覆ったけど、上がっている口角から気色悪いニヤけ面まで晒していたことに絶望する。


 終わった。絶対にドン引かれた。

 だが可愛いに嘘はつけない。悲しき性だ。


「失礼いたします」


 これ以上ボロが出る前に、私はさっさと仕事に戻った。

 ひと目につかないレジ下を拭きつつ、我慢していた大きい溜息を吐く。


 店長がどう合否を下しても、間違いなく紫苑は辞退するだろう。

 よりにもよってフッた相手と同じ職場なんて、気まずいなんてレベルではない。


 もうだめだ紫苑との溝は決定的になってしまったあああと退職届を書きたくなる右手を抑えながら迎えた週末のことだった。



「本日からアルバイトでお世話になります、黒川と申します。以後、”ハル”とお呼び下さい。どうぞよろしくお願い致します」


 土曜日の朝、開店前のバックヤードにて。

 ここにいるはずがないと思っていた人物が輪の中心にいた。

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