死亡編

 魔物が動いていた。魔物が襲っていた。

 魔物が人を食らおうと我先に鉄格子の中へと入っていく。

 誰もが動いている。誰もが行動している。

 誰もが鉄格子の中であっても必死に危険を遠ざけようとあがいていた。

 相反する二つの意思はぶつかり合う。魔物と人間の怒号が飛び交い、留置場は混乱の極みに達していた。

 脅威がある。

 あなたの前に、ミールという名を持つ厳然たる脅威が。

 毛のない緑猿。手には鋭い爪があり、あなたを傷つける汚物のような明確な意思がある。

 誰もが動ていたのに、あなたは指一つすら動かさない。迫りくる火の粉を払いもせず、ただ立ち尽くしていた。

 ミールが真っ赤な血液がしたたる腕を振り上げる。そして、尖った爪をあなたへ振り下ろした。

 破けるジャケット。あなたの胸から腹へ痛みが走る。

 ミールは短く土だらけの汚い足を持ち上げて、心底嬉しそうにあなたへ向けた。小さな体格から繰り出される蹴りに威力はない。その足には嬲るための意思しかない。

 それでも、体勢を崩していたあなたが倒れるには十分だった。

 地面に転がるあなたを見たミールは、さらに嬉しそうな顔をしてあなたに暴行を加える。不潔な手で殴る、汚い足で蹴る……。

 あなたの殴られた肩がジンジンと痛む。押し潰された腹に内臓がゴボっと動き体が苦しむ。笑われる。嬲られる。笑われて嬲られた。

 絶体絶命な状況。魔物が居る異常事態に、襲われていると非常事態に、命すら危ぶまれる緊急事態に、あなたが考えていたのは一つだけだった。

 ――感覚が遠い。

 あなたは自分のことですら他人事のようにしか感じられない。留置場にあるはずの体と心が魂と呼ぶべきものと切り離されているようだった。だから、あなたは動かない、自分の命を守ることすらどうでもいいのだ。どうでもいい程度のものが動くだけの理由になるはずもなかった。何よりこの程度は脅威ですらない。あなたが本気を出せば一瞬で片が付く。

 これは、混乱であるのかしれない。それは、空想に逃避をしているのかもしれない。あわれ、精神が錯乱しているのかもしれない。どうしようもなく、静かに狂乱しているのかもしれない。

 それでも、あなたが感じることは一つ。

 全てが空々しい。

 あなたは目を閉じて暴行を加えるミールを視界から切り離す。

 あなたの耳が周りの音を拾う。留置場にいた他の者たちが争う音が聞こえる。銃声のあと、複数の足音が外へ出て行くのも分かった。

 あなたは居たはずの誰かたちに置いて行かれていた。それに何とも思わない。思えない。

 状況は刻一刻と変わっている。

 それでも、あなたは世界と切り離されている。あなたは、他ならぬあなた自身と繋がらない。

 留置場の電源が落ちて真っ暗になった。

 暗い。暗い独房。

 暴行は執拗にが続く。

 あなたは、上の空で留置場の奥にある天井を眺める。コンクリート製の固い天井は沁みすらない。皮肉なことに、そこだけはあなたが知っている日常のままだった。確かで強固な存在感は未来永劫変わることがないような無駄な安心感すらあった。

 白い。白い天井。

 次の瞬間……砕け散った!

 何の脈絡も予兆も前触れもない。ただ、筒状の大きなものが高速で天井を斜めに突き破った。飛んできた勢いのまま激しく転がる物体。音を立てて留置場の隅まで行った。

 灰色トカゲのような皮膚。触手を束ねたような胴体。筒のような長い顔に穿ったよう赤い八つの目がついている。

 大きな口が開く。見える牙は鋭い。しかし、今は怯えるように震えていた。

「くそが、くそが、くそが、このエンガを」

 エンガの全身皮膚にひびが入っている。誰が見ても一目でも重傷だと分かる状態だ。それでも、すぐに立ち上がり独房の陰に姿を顰めた。

 その姿は何かから隠れるようだった。まるで今すぐにでも追いかけてくると言わんばかりに。

 トン。

 地面に軽いものが着地する音が聞こえた。音がした方向は留置場の奥。あなたは音がした方を床から見た。だが、音がした方には何もいない。ミールの暴行は止まっていた。体に走る痛みを無視して、あなたは思わず立ち上がっていた。

「加減を間違えたとはいえ、埃っぽいのは勘弁してよね」

 聞こえた声にあなたは床を見ていた視線を持ち上げる。

 そこに、少女が居た。

 天井の穴から入る光を反射する長い金の髪、華奢な体を包む青い着物。炎のように自信にあふれる勝気な瞳で辺りを見回す。それは天使が地上を視察しに来たと言われても納得するほどの可憐な少女だ。

 人間離れしている。それは容姿という意味だけではなかった。

 少女は逆さまだ。地上ではなく天井に立っている。そして、おかしいことに長い金髪はサラサラと天井へと流れ落ちている。まるで重力がそこを起点に発生しているというように。しかし、肝心の少女自身は、その状態をおかしいとすら思っていない。

「あのキモいのがいないわね。手応えって言うのかしら。ああいう感じのは分からなかったけど、ちゃんと死んだのかしら?」

 耳を傾けたくなる少女の綺麗な独り言。あなたのことに気づいてもいないのか、気づいていも無視しているのか。視線が交わることはない。

 留置場は電源が落ちて真っ暗な状態だ。天井の穴から入る光では全体を照らすには足りない。角度も光量も、留置場の陰を照らすには足りていない。

 少女は目を凝らし視線を動かす。

 陰の中でエンガは少女の隙を伺う。身をひそめ、息を殺し、震える牙を立てられるように、八つの目で風で流れる髪の一筋すら見逃すことなく。機会を待ち続ける。

 あなたの足に自然と力が入っていた。

 少女は目を凝らし視線を動かし続ける。それでも、エンガの潜む昏い場所を見過ごした。

 視線が外れたタイミングを狙っていたエンガが動く。驚くべき速度で一直線に獲物へ向けて走る。

 あの速度。あの重厚な体がぶつかればどうなる。答えは明白だ。あなたの脳裏にその光景がよぎる。可憐な少女が苦しむ光景が。

 あなたの想像通りに、警戒をかいくぐったエンガの奇襲が迫る。

 少女はまだ気づいていない。

『おおおおお!』

 あなたの体は動いた。あなたの意思が脳みそを通さずに勝手に動かした。

 立ちふさがるミールを手刀でなぎ倒す。飛び掛かるエンガの顔面に飛び蹴りをかました。地面に着地すると、叩き落としたエンガへ拳をお見舞いする。

 拳を伝う固い皮膚の感触。鉄を砕く衝撃。何度も拳を撃ち込むが重厚な質量は沈まない。

 エンガはダメージを受けて炎のような液体を流しながらも長い頭を振り回し、激しく抵抗する。

 普段のあなただったら反撃することは出来ていたはずだ。しかし、今はミールに受けていたダメージのせいで避けるのが精いっぱいだった。

 あなたを下がらせ距離をを作ったエンガは口を開けて、大きく息を吸い込む。砂埃と共に渦巻くほどの空気が吸い込まれている。灰色だった皮膚が一気に赤熱化する。周囲の気温が一気に上がり陽炎が立った。

 ギパっと口が更に大きく開く。誇示するように見せる鋭い牙。赤い炎がくすぶっている。

 留置場を火の海に沈めるつもりか!

 察したあなたが動くよりも少女のほうが早かった。

「そんなところに居たのね。もうおしまいよ。せいぜい苦しんで死んで頂戴、グラビティプレス(黒猫の足音)」

 突如、エンガが床に叩きつけられ、口の端から赤い炎が零れる。エンガは抗い立ち上がろうとするが、上からの圧力は緩まない。

 少しずつ長い筒のような顔が平らになっていく。ゴギゴギゴギと無慈悲な音で全身の皮膚が砕ける。悲鳴すら挙げることを許されずに床に押しつぶされ続ける。

 その姿は、まるで存在しない巨大な黒猫に踏み潰されているかのようだった。

 あなたは一つの伝承を思い出す。

 猫の足音は材料に使われたから存在しない。姿も見えず音もない、されど存在はする。不幸のように身近なそれは、少女の言う通り黒猫の足音としか言いようがない。

 あなたが見ている間にも徐々に圧力は増す。エンガはせんべいのように潰された。ブギャルと奇妙な音で黒いちりへと変わった。あとには陥没した床だけがあった。

 少女は天井からほうっと息を地上へ零した。

「ようやく終わったわ。本当に無駄に時間をかけさせられたわ。まったく、こっちにはやることがあるっていうのに」

『君は』

 あなたは声を出した。あるいは感嘆の声であっただけかもしれない。

 色々と言いたいことがあった。エンガを簡単に倒せた実力が凄いとか。

 色々と聞きたいことがあった。どうやって入ってきたのかとか。

 言葉にならないような思いが、確かにあなたの中にあった。

 だが、少女はすげなく首を振って答えない。踵を返し、自分が入ってきた天井の穴へと向かう。そのまま行くのかと思いきや最後に首だけを動かし、あなたを一瞥した。

 物理的に見上げているはずなのに、精神的に見下しているような視線。勝気な瞳に隠し事はなかった。

 桜色のみずみずしい唇が形を変える。

「あなたって、思ったよりも弱いのね」

 そう言った少女は空へと帰っていった。

 天井の穴から見える春空は青々と。清々しい春風はうららかに。

 壁一枚を隔てた地の底のような留置場。残されたのは、歯牙にもかけられなかったあなただけであった。

 ……。

 ……!

 ……!!

 ふつふつと、感情が沸き起こる。

 静寂の中であなたは少女が消えた天井を見つめる。少女の形はかけらもなく春空は青く憎らしいほどの清々しさ。あなたの居る場所はこんなにも暗くてジメジメした牢屋だと言うのに。

 少女のいう事は正しい。あれは正しい。泣きたくなるほど正しい。少女の言う通りだろう。魔物の一匹に苦戦しているように見えたのだ。そうも言うだろう。実際、あの少女は強い。一人で倒せるほど強かった。あの傲慢で何でも一人で出来そうなほどに強いのかもしれない。言い返すことも出来なかった。

 あなたはドスドスと音を立てて足を動かす。留置場の入口ではなく、天井の穴へ向かって。

 あなたの頭の中で冷静な部分が言う。そっちに行ってどうする。一刻も早く状況を把握しろ、と。

 あなたの心が喚く。助けたつもりが弱いと言われた惨めで惨めで惨めで惨めで惨めで惨めで泣きだしくなる衝動、走り出して逃げたくなる心のインパルス、留置場の隅で一生を過ごしたくなる無様なリビドー。

 ギチッ。

 頭にあるくそみたいな理屈も胸の中にあるくそみたいな感情も、軒並み拳で握り潰しあなたは叫ぶ。

『あの魔物なんぞ知ったことか! 何が起きているかなんて、どうでもいい! そんなこと関係あるか! あの女が凄かろうが何だろうが、それがどうした! 俺を見下しやがった、あの女を見返してやる! 今すぐに! 今すぐだ! 今に見ていろ!』

 理屈も感情も爆発させた。

 あなたはやけくそに体を動かす。大穴を這い出て、留置場の屋根から飛び降りる。地面に着地したあなたは目を皿のようにしてギロギロと動かし続ける。春の青空をくまなく探すがどこにも少女の姿はない。

 追いかけようにも方向すら分からない。分からないからどうしようもない。どうしようもないからどうにもならない。

 ……だから、あなたは走り出した。

 走る。走る。とにかく走る。どうにかするとかそんな考えすらない。少女を見つけるために目を血走らせ空を凝視しながらとにかく走り回る。

 あたたかな春の空気をかき乱し桜の匂いの中を肩で風を切る。

 ガードレールを飛び越え止まっている高級車を足蹴に通りを駆ける。

 車道のど真ん中を突っ切り邪魔する魔物を蹴飛ばして町を疾走する。

 わき目も触れずに走り回る。一人の少女を求めて。

 やみくもに血眼に全力。一人の少女のために。

 執念で駆けずり回る。

 ……。

 血が滲んでいく努力が実った。

 交差点で信号機だけが壊れている場所。それは一見すれば、信号機が落ちただけに見えるだろう。しかし、その下を見れば、信号機の真下にある道路が陥没している。そこには、おまけのように黒いちりがこびりついていた。他の者には自然現象かと勘違いするもの。だが、あなたには分かった。これはあの少女のグラビティプレスだ。間違いない。執念に曇る目だからこそ分かる。これは少女のものだ。

 ようやく痕跡を見つけたあなたの走る足に更なる力が入る。固いアスファルトを弾むように進んでいく。

 同じものを更に見つけ、あなたは走りながらも始めて頭を使う。二つの発見点を頭の中で結ぶ。ほぼ直線であり何かの目的があって移動している。それはつまり、このまま走れば追い付けるということだ。

 俄然、鼻息が荒くなる。

 そして、あなたは見つけた。

 遊具すらないベンチだけの小さな公園。申し訳程度に生えている木々の間。青い着物の少女は地上に立っていた。その周囲を二十匹の魔物に囲まれていても怯える様子はない。むしろ、怯えているのは囲んでいる魔物たちのほうだった。

「ミール倒シタラ、ムアバ様黙ッテナイ」

「それで? あんたらは存在自体が邪魔なのよ。グラビティサークル(黒猫のしっぽ)」

 少女を中心に発生した広範囲超重力は取り囲むミールたちにのしかかる。抵抗すら出来ずにミールたちはすり潰された。

 乱入しようとしていたあなたは肩透かしを食らう。仕方なしに足の力を緩め歩いて近づいた。足音に気づいた少女は一瞥をくれるだけ。その眼は路傍の石を見るようなものだった。

 冷たい視線にも負けずに近づき、あなたはあることに気づく。

 ……何も考えていなかった。

 今更だった。そうしなければ追い付けなかったとはいえ、理屈と感情を爆発させて走り回った代償は大きかった。

 せめてものの服と息を整える。黄色のジャケットは爪の形に破れていて、血もついていた。ひどい格好だった。それでもめげずに、あなたは口を開く。

『また会ったな』

「もしかして、ストーカー? 忙しいから、よそに行ってなさいよ」

『あ、待て』

 少女は逆さまになると、止める間もなく空へ落ちていった。公園から見上げる青い空は、どこでも変わらない空だった。

 ……。

 あなたは手の平をジャケットの上から胸に押し付けて握る。強く心臓を握りしめ、予想通りだと自分に言い聞かせた。そうしなければみっともなく喚きたくなる衝動を抑え込むことが出来ないほどの衝動リビドーインパルスだった。

 たっぷり十秒かかって落ち着いたあなたは少女を追いかけようとして地面に座り込んでいる男を見つけた。その近くにはバイクも転がっている。

 少女はこの男を助けたのだろうか?

 あなたの頭に浮かんだ疑問を首を振って追い出す。今はとにかく少女に追い付くことだ。どうすれば見返せるとかは後で考える。

 もろもろを棚に放り投げて、走り出そうとした足に力を込めたあなたを見て、青年が立ち上がって道をふさぐ。

 邪魔をされたことで、あなたはガスマスクの下で眉をひそめる。

「なあ、あんた。さっき話してたみたいだけど、もしかして、あの子の知り合いか?」

『そんなものじゃない』

「そんな警戒すんなよ。ああ、見たらわかるかもしれないけど変なのに襲われたんだけど、さっきの子に超格好良く助けられたけどさ。お礼を言えなくてさ、どうしようかってわけ」

『そうか、倍返しとかしたいと思うような』

「そう。そうなんだよ。そうなんだけどさ。なんかこの変まだ危険っぽいじゃん。でさでさ、知り合いなら、俺の代わりにお礼しといてくんね」

 自分でしろよ。

 あなたは心の中だけで突っ込んだ。口に出さなかったのは、男ではなく横倒しになっているバイクを見ていたからだ。自分の足で走るのは構わない。だが、それで追い付けるかどうかは怪しい。追い付けたのははっきり言って偶然だ。少女が人助けをしていなかったら今も町を駆けずり回っていただろう。

 あなたが頭を動かし始めると、分かったことがあった。

 少女には目的がある。具体的なものは分からないが、それは恐らく魔物の全滅ではない。また、少女は急いでいると言った。少女の目的に時間が関係あるのは確かだろう。だが、それを前提に考えた場合、公園と道路の件はかみ合わない。寄り道程度に目についた人を助けているのか。それとも少女の目的が人助けなのだろうか?

 ……。

 どうでもいい。そんなこと知るか。分かる必要もない。覚えていたら会ったときに聞けばいい。そんなことよりも、あの傲慢な態度だ。今度はストーカー扱いだ。弱いの次はストーカーだ。事実だろうと許せるものではない。

 あなたは決意を固くする。そのために必要なものは目の前にある。

『話は分かった、俺はやる。だから、バイクを借りるぞ』

「やったぜ。俺の名前は佐藤で、バイクはニンジャ1991ってんだ。あの子にめっちゃアピって電話番号かSNSを聞き出してくれよ」

『ああ、俺はやるぞ。二度とあんな目で見れないように目にも心にも焼き付けてやる』

 あなたが決意を語ると青年は快くバイクを貸してくれた。

 そのバイクは、スポーティかつダイナミックなスタイル。フルフェアリングデザインと片側1本出しマフラー。カラーリングはメタリックブラックを下地にエメラルドグリーンが炎のように塗られている。

 あなたは立たせたバイクにまたがり、エンジンをふかせると走らせる。公園を出るとアクセルを入れて速度を上げた。

 腕を伝うエンジンの振動。刺激的な吸気サウンドが耳を叩く。景色が矢継ぎ早に流れていく。急加速でも最適化されたシート形状は高い快適性をもたらす。

 道路を燃え上がらせる緑の炎となったあなたは町を駆ける。

 見上げる空には遠目でも分かる光源があった。青空に輝く眩しい金髪。見間違えようもない太陽のようで傲慢な輝きはあの少女だ。

 あなたは更にアクセルを入れて追いかける。

 直線で道路で加速していく。

 車道で止まっている車たち。一センチの隙間でノンストップすり抜ける。

 通りを埋める事故車。即座にハンドルを切り無人の歩道を駆ける。

 コーナーを膝がアスファルトと擦れるほど攻める。

 それでも少女との距離は離されていく。相手は鳥だ。地上を走る程度で勝てるはずがなかった。そして、少女を見失う。その上、バイクを走らせるあなたの前をスクラップの山が阻む。

 街中に突如、発生したスクラップの山は破壊された車で作られていた。一帯を塞ぐ悪意のある作りは小さな鉄山だ。更にその前には魔物たちがたむろしている。漏れ出るオイルの匂いが辺りに広がり、まるで魔物の巣と言った状況だ。こざかしい魔物たちはスクラップの山へ追い込み漁のように人を集めていた。

 人間を嬲っている。

 理解した瞬間、あなたは舌打ちと共に突っ込む。目の前に居たミールを轢いた。派手に吹っ飛んだミールは魔物の巣の中央までごろごろと転がり、黒いちりへと変わった。

 あなたはエンジンをふかせる。

『今、急いでんだよ。見ればわかるよな、なあ、おい。もし、あの女に見返すチャンスがなくなったら、どうしてくれんだよ! でも、あいつはやったんだよ。やりやがったんだよ! そんな奴なら尚更見返さえないとだよな! だから、俺がやらねえわけにはいかねえだろうが!』

 勝手にキレ散らかし、一方的に言い捨てたあなた。

 バイクを飛ばし困惑するミールたちに突っ込む。三体を立て続きに跳ね飛ばしてから逃げている人たちと魔物の間に割り込む。車体を倒し、道路に膝がこすれるほどの小さい円を描く軌道で道を阻む。その間に人々がスクラップの山を越えて逃げる。

 完璧な制御でバイクが描き続ける円は全て同じ大きさだ。何度も同じ円を描いていれば馬鹿でも分かる。ミールたちは轢かれないように円の外側に集まり、一斉に飛び掛かった。

 あなたがしたのは車体の傾きを減らしただけだった。バイクが描く円が大きくなる。それだけで避けるには十分だった。そして、ブーメランのように戻ってきたあなたはミールの塊を轢き飛ばした。

 残ったのは緑色でゴリラのような魔物。二メートルを超え、腕が丸太よりも太い。拳の大きさはあなたの頭よりも大きい。

 分かりやすい力自慢を前にあなたは一直線に走り前輪を持ち上げた。ウィリーで前輪を押し付けようとする。ミゴーラは両腕を伸ばしバイクの車体を掴み腕力で止めた。徐々に腕力で押し返すミゴーラが不細工な顔で馬鹿みたいに笑う。

 交通事故に等しい衝撃でも耐える凄まじい体格と膂力は脅威だ。

 脅威と呼ぶべきそれをあなたを鼻で笑い、アクセルを更に入れる。後輪のタイヤが地面を強く咬みバイクが馬力を上げた。拮抗は一瞬。立場が逆転する。押していた状況から押される側となったミゴーラ。次第に傾く均衡に、それでも必死に抵抗する。押し返そうとするが顔面を前輪が砕く方が早かった。

 あなたはバイクを止めて、改めてエメラルドグリーンの相棒を見直す。

 全回転域での優れたエンジンパフォーマンスが生み出すパワーと機動性。

『ニンジャとはよく名付けたもんだ。さて、どうしたらいいんだ?』

 少女を見失った。

 致命傷だ。あなたの心を打ち砕くには十分な事実だ。ここまで来て諦めることなんてできない。また走り回るかと思うが、その前になけなしの理性が働いた。

 あれだけ目立つ少女を単純に見失ったということ考えにくい。空から居場所を変えたのではないか。つまり、どこかに降り立った可能性があるはずだ。

 見上げた空には相変わらず姿は見えない。もし、人助けをしているのなら少女の実力ならすぐに助けられるだろう。地上にいる時間が短いはずだ。だが、現に空にはいない。つまり、それ以外の行動をしている可能性がある。それは、少女の目的に関する行動だ。だが、目的ならば情報がなさすぎて分からない。

 八方手づまり。立ち往生するあなたの耳に町中のスピーカーが音を立てた。

「緊急避難警報発令、未曾有災害が発生しています。すぐに都から離れてください」

 緊急避難警報は山彦のように何度も繰り返される。

 タイミングの良すぎる警報にあなたの頭が動く。

 遅過ぎる警報。地上に降りたせいで見失った少女。二つの符号は簡単に結びつく。

 つまり、これが少女の目的なのだ。今も逃げてないような呑気な奴らは放っておいても誰も気にしないだろうに。自己責任とでも言っておけばいいのに少女は放っておかなかった。

 あなたの中にいろいろな感情が湧いた。

 何をやっているんだという気持ち。もっと他にやる事があるだろうという呆れるような気持ち。少しだけある認めざるを得ない気持ち。小指の先ぐらいあるよくやったという気持ち。

 あなたは、それらを一つの言葉にまとめる。

 お節介だ。

 だから、あなたは頭を掻かずにはいられなかった。少女のあまりのお節介っぷりに。

 町中のスピーカーが音を立てたのなら、行政関係の施設だろう。それ以外に出来そうな心当たりはない。

 居場所の見当はついたあなたはバイクを走らせる。傲慢なくせにお節介な少女を追いかけるために。

 段差を利用し、スクラップの山をジャンプで飛び越える。看板を見ながら走らせると大きな建物が見えた。

 東京区役所。青いハムがはみ出ているサンドイッチみたいな建物だ。一定の感覚で植えられた街路樹バリアフリーでバスターミナルとも直結している。当然の如く人はいなかった。

 その入口に立つ少女を見つけた。比喩ではなく横向きに立っている。対峙するのは毒沼のような紫色をしたキノコの魔物だ。こちらは地上で体をブルブルと震えるだけだった。

 少女は口を動かした。

 周囲が暗くなり街路樹と魔物がビルの壁に叩きつけられる。その勢いに魔物はグチャっと壁のシミとなった。

 光が歪むほどの超重力。重力レンズと呼ばれる現象。魔物にどれほどの力が働いたのか想像もつかない。

 驚きながらもあなたは少女を見る。少女は倒したはずの相手を睨みつけている。

「近づくんじゃないわよ。あなたは弱いんだから」

 カチンとくるあなたは忠告を無視して近づこうとした。その時、壁にできたばかりのシミが動いた。広がっていた菌糸は束なりキノコになった。

「猿、増殖。猿、増殖。ムアバ、ムアバ」

「あれでも死なないなんて。随分、しぶといのね」

「猿、猿」

「じゃあ、死ぬまでやってあげるわ。グラビティプレス(黒猫の足音)」

 ムアバは超重力で壁に押しつぶされる。グチャっと広がり菌糸状となる。そのまま蠢き壁をツタのように這いずり少女へ襲い掛かる。追撃する超重力に壁面ごと潰される。しかし、追跡が止まるのはわずかな時間だけ。すぐに蠢き追い立てる。

 少女は壁面を蹴ってビルを昇る。蠢く菌糸をあしらいながら上へ上へ逃げていく。

 ムアバは追いかける。近づくたびにことごとく潰されながらも執拗に追跡は止まらない。

 先にビルの頂上へと達した少女は自身を中心に広範囲超重力を発生させた。ビルのガラスが砕け散り天使の羽のようにきらめいた。

 ムアバの動きが止まる。いや、止められた。這い上がろうとしても重量のせいで上がれない。本来通りに下へ引く重力。ムアバの体をガラスごと叩き落とした。道路にべチャッと広がる。そこにガラスの雨が降り注ぐ。ガラスの破片が貫通した。生物なら死に絶える衝撃と切断の二重奏。それほどの攻撃であっても、わずかな時間でキノコに戻る。ムアバはそのまま何もしない。あれほど執拗に追いかけ続けていたのが嘘のようにブルブルと体を震わせているだけだった。

 あなたと少女はいぶかしむ。奇妙すぎて動くことが出来なかった。ダメージを受けているように見えない。

 少女もキラキラと輝く地面へ降りたつ。それでもムアバの動きは変わらない。

 慎重に観察するあなたはムアバの体色がわずかに薄くなっていることに気づいた。

「地面、地面、ポイズンクラウド、ポイズンクラウド」

 ムアバは動いていない。しかし、少女は突如、血を吐いて倒れた。

 毒!?

 驚愕しながらもあなたは、急発進させたバイクを巧みに動かし少女を回収する。そして、ムアバを轢いて区役所の入口を破って入った。エントランスにガラスが散乱する。

 ターンしバイクを止めたあなたは正面の入口を見る。そこにある空気が紫に濁っていた。離れたから色の違いが明確にわかる。ムアバは終始、毒の体液をばらまいていたのだ。近づいたら直接、体内へ入れるつもりだったのだろう。捕まえられなくても潰されれば辺りに毒をばらまくことが出来る。見かけによらない狡猾な戦い方だ。

 ムアバは何事もなく追ってきた。そして、また体をブルブルと震わせている。

 この辺りも時期に毒で汚染される。倒せないのならば、出来ることは一つしかない。

『離れるぞ」

「ふざけないで。私を弱いあなたと一緒にしないで。あなたが邪魔しなければ、倒せていたわ」

『なら、どうするんだよ』

「小細工なんていらないのよ。衝撃を吸収。過度の力を加えれば変形。形が変わっても繋がっていることには変わりはなかった。ガラス程度じゃ切れない。これだけ分かれば十分でしょ、グラビティホール(黒猫の毛糸)」

 あなたに抱えられたまま少女は攻撃を放った。

 ムアバの体が黒い球体に包まれる。それは一見すればブラックホールだった。しかし、ブラックホールと真逆の性質を持っていた。内側から外側へと重力を働かせる球体。全方位から引きちぎる超重力が発生する穴。割かれるムアバの体。碌に抵抗すら出来ずに文字通りに弾け飛んだ。

 勝利の余韻もつかの間、少女がまた血を吐く。力を使うのは体に負担がかかるのだ。

 その様子に、あなたは焦り少女を抱え直しアクセルに触れる。

 風切り音。

 突如、発生した音。それが落下音だと気づく前に、あなたはバイクを前輪と後輪を差動を使う。高等技能によって発生した力はバイクをバックムーブさせた。

 間一髪。あなたたちが直前までいた場所にナニカが墜落した。遅れてあなたの髪が衝撃で揺れる。

 墜落し床を砕いたのは魔物だった。黒い体に岩のような皮膚。細い体格で両腕が刃のように鋭くなっている。人間であれば顔に当たる部分が口しかなかった。

 床に膝をついていた魔物は立ち上がる。そして、あなたたちを見たまま動かない。

 あなたの心に焦りが生まれる。入口ほどではないにしてもエントランスにも毒が残っている。速やかに脱出しなければならない。しかし、道をふさぐ魔物が居た。

 魔物は口を開いた。

「絶望を知っているか?」

『そこをどけ』

「黙れ凡愚。ラサマが会話しているのは気高き少女だ。お前ではない」

「知る必要がないわ」

「感情というものは体で感じるものだ。お前が今、感じ始めているように、剣の刃がこぼれ落ちていくが如く、未来を感じとれなくなることだ」

 抱きかかえた少女がまた血を吐く。

 あなたが無事なのはガスマスクを着けているからだ。ガスマスクがなかったら少女と同じ目にあうだろう。

 それを分かっていてもあなたはためらうことなく自分のガスマスクを外し、抵抗する力も弱い少女に装着させる。

 あなたは肺を動かす。息を吸う。たったの一呼吸で喉が痛みを訴えた。

『要は退く気はないってことでいいんだよな。それはつまり、お前も俺の邪魔をするってことだよな』

「凡愚が。お前がラサマの邪魔なのだ」

 話している間にも体の調子が落ちていく。ラサマを短時間で倒さなければ逆にやられることになる。

 あなたは少女を床に置き、バイクのエンジンをふかせる。

 そして、呼吸を止めた。

 アクセルを入れて突進する。彼我の距離を一瞬で埋め車体を傾ける。足を狙ったスライディング。跳んでかわされ、そのまま払いが来るがあなたは既に遠くに離れていた。

 仕留めるつもりだった一撃は避けられた。ラサマの反応速度も判断も悪くない。慎重にいかなければやられる。

 敵の強さを認識したあなたはバイクでラサマの周りをまわる。隙を作るために動き続ける。

 だが、ラサマはこの期に及んでも少女を見ていた。

「絶望の真逆はなんだ」

「希望」

「救いだ。希望の光を、未来を与えられる屈辱の瞬間だ。気高き少女よ、今のお前のように」

 床に倒れている少女はラサマを睨み超重力を発動させた。

 しかし、ラサマはそれを読んでいた。軽々と跳んで躱す。

 そこに突っ込むあなた。迎撃の横なぎ。あなたはアクセルを入れる。刃は追い付くことなくあなたはラサマの背後へと抜ける。前輪をロックし後輪を振り回すことで背中を打ち据えた。

 砕ける衝撃を与えられたラサマはあなたへ顔を向けた。

「邪魔をするな凡愚め! 勇士を気高いままで終わらせてやろうという心意気をなぜ理解しない。魔王を狙うのならば町の中央にいる。少女一人だけなら、きっと魔王の膝元まで行って立ち向かっただろうに。それもムアバの毒で叶わぬと言うなら、無駄に苦しみ長引かせるぐらいなら、せめて、ここで殺してやるのが少女のためだ」

『うるせえ! そんなの知るか! 知ってたまるか!』

 あなたは叫ばずにはいられなかった。

 口から毒が入る。喉が焼けるように痛む。それでも叫ばずにはいられなかった。

 あなたがしたいのは少女を見返す。それだけなのに、それだけなのに、それだけなのに。

 少女もラサマも見ていない、あなたを。

 目の前にいるのにあなたは透明人間でしかなった。あなたの感情に行き場はなかった。

 毒で苦しんでいても助けを求めない、それどころか邪魔だと言う。そんな少女だから。それが少女の傲慢だから見返してやるのだ。

 今すぐに見返させなければならない。だが、少女を見返す方法はまだ分からない。そのためにはラサマは邪魔だ。邪魔をするから邪魔だ。見返さえたいのは一人、傲慢でお節介いな少女だけだ。流暢な言葉に知性を感じる言葉。信条があるのだろう。だから邪魔をするのだろう。

 その程度で邪魔をしやがって正面からぶち砕いてやる。そうやってお前に見返させてから、少女を見返さてやる。

 あなたは勝手にぶち切れてラサマを睨み、思いっきり息を吸った。

『ごちゃごちゃぐちぐち、てめえが魔王に負けた負け犬だってだけじゃねえか! 気高いとかほざいて、人にも押し付けんじゃねえ!』

「凡愚が!」

『てめえも同じだろ! だからやるんだろうが! 俺の名前を呼べ! お前が負ける相手の名を!』

 あなたは自分の名前を叫びながら突撃する。

 激高するラサマはあなたを睨んだ。憎いと言う代わりに大きく開いた口があなたの名前を叫ぶ。そして、前輪を狙った的確な横なぎを放った。

 風を切って迫る黒い刃。殺意が乗った一撃。

 あなたはバイクの前輪をロックさせて急停止する。タイヤが悲鳴を挙げる。空を切る左腕の刃。即座に振われる右腕の刃。必ず殺すと言う激高の二段切り。

 止まったバイクでは避けることは出来ない。そして、あなたはそれどころではない。急停止した代償が襲い掛かっていた。

 それは行き場ない力。避けることが出来ない自然現象。突進することによって発生したベクトルは停止した程度では消えることなく全て後輪へ流れて浮き上がる。視線が傾く中でもあなたはラサマを睨み続ける。

 ジャックナイフ。車体を制御しなければならない状態。隙をさらし刃を前にする絶体絶命。ラサマはあなたの名前を叫ぶ。

 あなたもラサマの名を叫び、腕に力を込めた。全体重を支える前輪を中心にバイクの宙返り。剛毅なエクストリーム技は肉薄する刃を跳び越える。驚愕の表情を浮かべるラサマを頭上から叩き潰した。

 粉々に砕けた床の上でラサマの体は黒いちりとなって消えた。

 バイクにあったベクトルは全て消失し、今はあなたの足だけで立っている。

『お前の敵は俺だ。俺をなめんじゃねえぞ、ラサマ』

 華美であったエントランスは戦闘の余波で破壊されていた。

 見栄えを悪くしている要因は壊れた入口など多数挙げられるが、その中でも床にあるタイヤ痕は間違いなく上位にあげられるだろう。

 俺は悪くないと考えながら、あなたはこみ上げるものを吐きだした。血が大理石の床の上に広がる。さらに見栄えが悪くなった。

 折角の勝利の余韻も気分が悪化していて台無しだ。

 喉が焼けるような痛みは気管が傷ついている証だ。あなたの手足にある痺れは体内を駆け巡る毒のせいだ。

 体の不調を否応なし実感したあなたは少女を回収して急いで外に出た。

 入口を出たところでタイヤが滑った。操作をミスったかと慌てて体制を立て直そうとするがそれも無駄に終わる。

 あなたと少女はバイクごと地面を離れた。

「グラビティジャンプ(黒猫は重力に縛られない)」

 世界が回転し逆さまとなって青い空へと落ちていく。空の柔らかさ、温度、匂い。落ちるほどの空に包まれていく。

 下にあった地面が今や空の代わり。直線であったはずの道路の端が上がるように描かれ地平線が星が丸いことを証明する。空からビルが氷柱のように所狭しと生えていて今にも落ちてきそうな怖さがある。

 空中落下もすぐに終わる。

 ビルの屋上まで落ちたときに重力が元に戻った。

 着地したバイクから少女が降りてガスマスクを外す。顔を上げてそれと向かい合う。

 東京都庁、別名タックスタワーがあった。高さ二五二メートルの二つの塔がつながった構造。上に行くほど不自然にねじれるデザイン。灰色のコンクリートと青いガラスの窓が見るものを威圧する。手前を長いスロープになっていて、広場ほどの大きさで噴水もある。

 そして、魔王がいる。

 それは、空の切れ目から生えている巨大な魔物の左腕だった。防具のようにも見える白い硬質のものに覆われていた。比較対象はタックスタワーしかないが、半分程度の大きさはある。腕だけだが全長は一〇〇メートルあるだろう。

 少女は見据える。はるか遠くに居るはずの魔王を視界の中央に納め、両腕を伸ばす。

 祈るようにも見える仕草。

 顔色は蒼白で決死の表情。口の端からは血が出ている。

 それでも少女の炎のように自信にあふれる勝気な瞳に変わりはなかった。魔王を前にしても揺らがない。

 あなたは理解した。理解させられた。少女は毒に侵されている状態でも攻撃するつもりなのだと。

「グラビティ(黒猫の)」

 あなたは手は自重とは無縁の少女の肩を掴む。小さな肩を力任せに振り向かせた。

 ふらついた少女は攻撃を止める。そして、不機嫌そうに眉を顰め、間近から毅然した態度であなたを赤い瞳で見た。

「邪魔をしないで」

『邪魔なんてしていない。俺は止めただけだ』

「それを邪魔って言うのよ。何、弱くてストーカーでおまけに日本語も不自由なの?」

『どうしてそこまで無理をする』

「あなたにはそう見えるかもね。でも、私は無理なんてしていないの。弱いあなたとは違うのよ」

『毒が残っている。無理に攻撃したら死ぬかもしれないだろ』

「だから何よ。そんなの撃ってみれば分かるわ」

『その……誰かに任せようと思わないのか』

 言ったあなたは後悔した。

 そんな言葉が言いたかったわけではないからだ。本当は俺に任せろと言いたかったのだ。

 だが、少女本人にお前を見返してやると言うのはいささか気恥ずかしかった。少女の可憐な顔が近くにあったのもある。だから、言えなかったのだ。

 肝心の少女は眼差しをキッと細め、あなたを睨んだ。

「よく言うわね。人に任せた結果がこのざまよ。侮辱するために聞くわ。あなたは今まで何をしていたの?」

『目が覚めたのは、ほんの少し前だ。留置場で魔物が目の前にいた』

「そう。のんびりとしているのね。ああ、もちろん馬鹿にしているのよ、勘違いしないでよね。私が昨日、この世界に来て一番最初にやったのは何だと思う」

『魔物を探すことか?』

「まさか、いつにどれだけどこに来るかも分からないものを一人で探そうだなんて、ましてや、それを一人で過不足なく出来ると思うほど私は傲慢じゃないわ。ここの首長ノリコルピーに危機を訴えたのよ。私がどういう存在なのかも含めて。言ってる意味が分かる? 少しでも備えようとしたのよ。ノリコルピーは言ったわ。トラストミーってね。信じたわ、だって欲しかった言葉ですもの。信じるしかないじゃない。その結果がこれよ。見ればわかるでしょう」

『あー、その。走り回ってたから俺は気づかなかったけど何かされたのか? いや、それだったら逃げ惑う人が居るのはおかしいよな』

 あなたは少女にたどり着くまでの道のりを思い出す。

 留置場、公園、道路。どこもかしこも魔物であふれかえっていた。魔物だけではなく事故なども多発している。とにかく町は混乱状態だった。

 少女の言っていることと現状は一致しない。まるで、どっちかが嘘を言っているようだ。少女を疑う理由はない。それなら可能性は一つしかない。それを裏付けるのは、少女がやるまで避難警報すら流れていなかったことだ。

 あなたは気づくしかなかった。こんなにも簡単でありえない可能性を。

 重大な危機が訪れると言ったのに、何もしなかった? 任せろと言ったはずの首長が、何もしなかった?

 ありえない。ありえない。ありえてはいけないはずだ。

 あなたは頭に殴られたような衝撃を受けた。黙ったあなたを見て、少女は鼻で笑う。

「ちゃんとわかっているじゃない。何もされなかったのよ。そんな事が起こりえるだなんて私じゃ分からなかったわ。私には人を見る目がなかったってことね。当てにならないなら、結局、自分で全部やるだけだよ。だから、邪魔をしないでよ。あなたが居ても居なくても変わらない。それでも、少しは時間を短縮してくれたくらいには思っているわ。落とした物を拾われた程度にも思わないから、お礼なんて言う気もサラサラないけど」

 あなたの手を払った少女は魔王へ振り返る。少女に止まる気は一切ないのが分かった。

 少女は両腕を伸ばす。

 あなたは少女の前に立った。魔王に背をむけながら、少女と向き合う。

「邪魔をしないでって言ってるでしょ」

 少女はあなたの体を手で押し出そうとする。少女の肌はきめ細かく小さな手。そこから伝わる力では、あなたの体を動かすことすら出来なかった。

 動かないとみると少女はまた、あなたをキッと睨む。

 邪魔するならあなたごと撃つとでも言えばいいのに、そんなことすら言わない筋金入りのお節介。

 あなたは言いたいことはある。だが、少女を止められる言葉はない。そこまで深く彼女を知らない。知っているのは死ぬかもしれない状況でも折れないの強さを持っていて、傲慢というには人が良すぎることだけだ。

 なによりも……まだ、見返していない。

 だが、あなたの頭には良い言葉なんて思い浮かばない。止めるための言葉なんて、少女にはきっと存在しない。

『……攻撃をぶち込むなら、直接ぶち込んだ方がいいだろ』

 だから、精いっぱいの妥協点を口にした。

「直接? 何を言っているの、私は少しでも早くやりたいだけよ」

 少女は別にいいわと肩をすくめる。

 今の状態で攻撃したら、恐らく少女は死ぬだろう。本人もそれを分かっているはずだ。だが、なんてことがないというように青白い顔で言ってのけた。呆れるほどの強情さ。

『魔王が居る場所まで送る。俺のニンジャなら、そんなにはかからない。ここからじゃ届かないかもしれないだろ』

「ふん、それなら確かに悪くはなさそうね。ここからでも届かないとも外すとも思わないけど、拡散して威力が減衰したら嫌だもの」

『なら、決まりだ』

 あなたはガスマスクを着け直し、少女をバイクに無理やり乗せて発進した。

 バイクはビルを飛び出しエメラルドグリーンの放物線を描いて落下して行く。

 少女は感謝しなさいよと言って、仕方なさそうに重力を軽減した。地上でバウンドしたバイクを走らせる。首都の道路であるが、車の通りはない。魔物のせいで路上駐車にあふれかえっているが、あなたの腕からすれば通り抜けるのは容易かった。スムーズに進み道路が自分のものになったような感覚はこんな時ではなければいい心地だっただろう。あなたは、せめて少女に休む時間を与えようとアクセルを緩めにしていた。

「ねえ。もしかしてだけど、私をエスコートしているつもりなの? 強引なくせに随分と遅いのね。それとも下手なの?」

 もっとアクセルを入れないのなら、自分で行くという言外の言葉。

 紳士でも下手でもない、あなたは更にアクセルを入れざるを得なかった。加速し景色を流していくバイク。少女はあなたの脇腹をちょい掴みする。絶妙なくすぐったさが発生する力加減だった。

「分かればいいのよ分かれば。変な気遣いなんてポイしなさい。あと、止まったりしたらわかっているでしょうね。その、あれよ……なんかひどいことをするわよ。本当だからね。そうそう、それと一応言っておくけど、あいつらぐらい、私一人で倒せたわ」

『ああ、そうかい』

「ええ、そうよ。私ならズドンってやってダーンってなってガラガラガラっ感じで終わってたのよ。あなたは弱いんだから引っ込んでなさいって言ったでしょ。全く話を聞かないのね。次はないけど気を付けないさいよ。何よ、納得してなさそうね、分かったわ。じゃあ、こうしましょう。死ぬ順番を決めておきましょう」

『死ぬならみんな死ぬだろ』

「私が一番、勇者が二番、その他大勢が三番。これなら納得するでしょ」

『何で俺が三番目なんだよ』

「ラサマっていう変なのに凡愚扱いされていたじゃない。って、もしかして自分が三番目だと思ってるの。ちょっと自意識過剰すぎじゃない。安心しなさい、あなたは四番目よ」

「なんだそれは」

「そのまんま。弱いんだから嫌がらせに決まっているでしょ。あなたは、自分を一体何だと思っているのかしら」

『よく分からないが勇者ってのがいるんだろ、なら何とかなるし……俺も居るし、全部うまくいく。それに少し休んだら、そっちの体だって良くなる。今だって話せるぐらいには回復しているんだ。可能な限り万全な状態にしたいだろ』

「私は万全よ。今すぐ魔王のところまで飛んで行ってみせましょうか」

 あなたは、少し話しただけでも少女が分かった。

 少女は強引で強情で傲慢だ。人の話を聞かないくせに、自分の話を押し付けてくる。明らかに無理をするし、その癖に他人のために行動するお節介。

 どうすれば、この少女を見返せるのか。

 簡単に思いつかず、四番目と言われたあなたは、せめて不名誉を正そうとする。

『一応言っておくけどな、俺だって、あのエンガってのは倒せたからな』

「嘘はいいわ。あなた、やられそうだったじゃない。思ったよりも弱くて逆に驚いたわ」

『あれは、その前に』

「その前? そういえば、エンガと戦ってたとき、こう、あれだったわよね。こう、ズンッて感じの踏ん張りっていうの? それとも踏み込みっていうのやつ? よく分からないけど、なんかそんな感じで足腰に力があんまり入ってなくて、ふらついてたわね。もしかして、実はその辺の魔物にやられたのかしら……うっわぁ、ダッサイわね」

 まさかの藪蛇だった。

 事実とは多少違う。あの時のあなたは無気力状態でミール相手に抵抗しなかっただけだ。しかし、それは言えなかった。言ったら最後、何でそんなことをしたのかを聞かれるのが明白だからだ。

 言い返すことも出来ないあなたは代わりにバイクの運転を荒くする。前にある邪魔な車たちを一センチの隙間ですり抜ける。ぶつかりそうな状況でも少女はケロッとしていた。

「ねえ、今のって仕返しのつもり? 図星で、これって。やっぱりダッサイわね」

『うるさい』

「まあ、いいじゃない、せっかく、私みたいな美少女が弄ってあげてるのよ。感謝しなさいよ」

『……! サイドバック! そこに飲み物とか入ってないか見てくれ』

「話を逸らしたわね。まあいいわ、私は寛容で寛大だから、これ以上は止めてあげる。また、運転を荒くされて事故ったら、可哀想じゃない。それにしても飲み物があるなら、先に言いなさいよね」

 少女が片腕を伸ばしてサイドバックを漁る。中から目的のスポーツドリンクを取り出す。片手で器用にふたを開けると口に含んだ。

「うーん、沁みる。しかも、ひどい味。不良品じゃないの、この飲み物。血の味がするわよ、私、血の味って好きじゃないのよね」

『沁みるってのは傷口に沁みるってことか。体の状態はどうだ』

「平気よ。しいて言うなら、毒なんて食らったのは初めてだから分かるわけないでしょ。それに私は医者じゃないの。私は凄いけど毒がどうのこうのなんて知るわけないでしょ。まあ、ふらつきとかは収まってきた気もするし、落ち着いてきたんじゃない? ここから悪化することはないでしょ、多分」

『ずいぶん頑丈だな』

「あなたもね。多少とはいえ毒を食らって、そのまま動けているなんて普通じゃないわ。根性が無駄にあふれているのか、目に見えない神の祝福でもあるのか、それともブレイブカレントを渡されているせいなのかしらね」

『なんだそれ』

「なんだって、あなたこそどうしたのよ。自分を三番目とかい言ってたし……もしかしてだけど覚えてないの? あなたのは……」

 少女が言い淀んだ。

 あなたは首を動かし少女を見ると、わずかに眉を寄せていた。悩んでいるというほどではないが、言っていいのか迷っている風に見て取れた。

『どうした?』

「ん、何でもない。言うなれば、そうね……。あなたのは神聖にして不可侵。尊くあるべきで、静謐であるべき、触れてはならないもの。ってところかしら」

『意味が分からない』

「あなたって罪作りよね。呼ぶなとは言わないけど覚悟があるなら呼ぶといいわ。私が居るんだから呼ぶ機会なんてないでしょうけど。おそらく、テラーオブフォーチュン。あるいはレシェンテ。このどちらかは呼び声に答えるでしょうね、悲しいことにね」

『悲しいって、なんでだ。いや、そもそも何で、おれのブレイブカレントってのを知っているんだ。俺はそっちのを知らないんだぞ』

「気になるの? 聞いても大した答えじゃないわよ。何で記憶を失っているのかは知らないけど、私たちは魔王の侵略を止める勇者たちで、順番に神様に送られるけど私が最後だっただけ。見ていたし聞いていたわけだから、もれなく全員のを知っているだけよ。ね、大したことじゃないでしょ。そして、あなたは一番最初だったってわけ。お分かり?」

『もしかして、それが思ったよりもって言った理由なのか』

「そう。まあ、最初に行くくらいだから勇者としてはそこそこなんじゃないかって、あくまでも私が一個人的に勝手に憶測で根拠もなく事実と反して思ってただけよ。ほら、私は強いから。相手の強さを一々計る必要なんてないの。でも、まさか、あんなに弱いなんてね。ぷぷ」

 あなたの真後ろから馬鹿にする少女。

 事実とは多少違う。だから、あなたは抗議しなければならなかった。しかし、口で勝てそうにないから運転を荒くすると決める。

 正面を見据え直線で加速からの減速。コーナーをブレーキングを行いながらタイヤのグリップ力を意識して車体を傾ける。足、腰、体と流れるように過重移動をさせる。相乗りしている少女の体重も自然と移動させる。少女の表情こそ変わらないが、脇腹を掴む手の力が強くなった。直線道路へと戻っても手の力はそのままだった。

「はいはい、ごめんごめん。あなたが弱いのは事実だけど、別に弱くても気にする必要なんてないんじゃないの。私が何とかするんだし。そうだ、悪い事を思いついたわ。マスク外してこっち向きなさいよ」

 白い陸橋が並ぶ大きな通り。

 安定している直線道路であなたは言われたとおりにガスマスクを外す。

 少女は間近からあなたの顔をマジマジと見る。あなたも気恥ずかしさを覚えながら少女を見つめ返す。炎のように自信があふれる勝気な瞳。その中にあなたがいた。

 唐突に、あなたは気づいた。

 普段なら気後れして話しかけることも出来ないような可憐な少女。サラサラロングの金髪。着ているのは青い和服だ。傲慢で口うるさいが美少女だ。遠い世界の存在が近くにいる。

 そんな少女とツーリング。後ろから、あなたの両わき腹を掴んでいる。

 意識することで勝手に緊張するあなた。その手に汗が出てくるのを自覚した。

 少女の桜色でみずみずしい唇が形を変える。

「ふうん、あなたって、そんな顔なのね」

『変か?』

 あなたの精一杯の強がりだ。変だと言われたら、あなたは一生立ち直れないだろう。

 返事が怖いような期待するような気持ちで、心臓が無駄に高鳴る。その心臓の音が少女に聞こえていないか気になる。

 そんなあなたを知ってか知らずか、少女はこう言った。

「大丈夫よ、今から変にするから」

 突然の凶行。抵抗する暇もない早業。

 少女はあなたの開いた口に飲みかけのペットボトルを突っ込んだ。

 舌を滑る甘みのある清涼飲料水。堪能する間もなく滑り流れて喉奥に当たる。むせて流し込まれる液体を吐き出しそうになる。

 その瞬間、脳裏にそうなった場合の光景が電流のように走った。

 吐き出す。そのせいで体勢を崩す。そしてバイクのバランスを崩す。それを修正しようとハンドルを誤る。看板にぶつかって爆発四散。

 鮮明で嫌すぎる未来だった。

 あなたは意思の力で、情けない最後ごと清涼飲料水を飲み込んだ。さしものあなたも少女を見る目に力が入った。

『運転の邪魔するな』

「あっ、ごめん。やりすぎたわ」

 あなたは素っ気なくガスマスクをかぶり直す。だが、内心では絶対やり返してやるとメラメラに復讐心が燃えていた。

 目を皿のように見開き辺りを探す。あなたは直ぐにいいものを見つけた。モノレールの白い陸橋だ。三車線道路の中央分離帯のように存在する陸橋。モノレールが通るだけあって頑丈で等間隔に配置されている。ぱっと見では壁にも見える陸橋を見据える。

「ごめんごめん。私が悪かったわ。やりすぎちゃった。怒ってる?」

『怒ってない。捕まってろ』

 事実とは多少違う。だから、あなたは抗議しなければならなかった。

 あなたはアクセルを入れると少しずつ前輪を持ち上げる。

「ちょっと、ねえ! 何しているの、傾ているわよ!」

 静止の声を上げる少女を無視してウィリー走行のまま陸橋へ走る。

 衝突。衝撃をうまく殺すことでタイヤが壁面を咬んだ。あなたはバイクを忍者のように走らせる。

 胴体に腕を回して必死につかむ少女とは裏腹にバイクは順調に壁を走る。

『あ』

「ちょっと今の。あ、って何よ! 何なのよ! ちょっと返事をしなさいよ!」

 別に何もなかった。

 何もないがあなたは仕返しをしたかっただけだ。だから、サプライズでスパイスを加えただけだ。バイカーの粋な心意気だ。

 いよいよ少女は悲鳴を挙げる。

 大盛況な少女とは裏腹に、バイクは最後に跳び上がって線路に着地する。モノレールの線路は細く長い道だ。しかも、曲芸のようにガードレールなどは一切存在しない。元々、モノレールが走る道なのだから当然だ。決してバイクが走る道ではない。少しでもバランスを崩せば地上に落ちる羽目になるだろう。しかし、あなたからすれば楽すぎてあくびが出るほどだ。

 遮るもののない見晴らしのいい景色。清々しい青い空。眼下に広がる街並み。何にも遮られない春風を全身で満喫する。町を見下ろしながら風と一体化するのは格別なものだ。

 せっかくの景色だというのに、こわばった表情であなたの胴体に腕を回して必死につかむ少女がいた。一度ついた感情は、そう簡単に消えるものではない。その顔色は蒼白ではなくなっていた。むしろ、赤みが増している。チョイ怒ぐらいの表情に、あなたは胸がやり切った感があった。

「何するのよ。落ちるかと思ったじゃない。何でこんなことをするのよ、何の必要性があったっていうのかしら」

 少女の恨み言すら耳に気持ちいい。

『速度を落とすなって言ってたからな、少しでも早い方がいいかと思った。モノレールの線路なら道も塞がらないだろうから回り道も不要だ。何より上からだから、見やすいし方角も見失わないだろ。それにしても、重力を操るくせに落ちるってなんなんだ。いつもいつも落ちてばっかだったろ』

 煽ると少女の白雪のような瞼がぴくぴくした。

 素晴らしい戦果を見た、あなたの溜飲は更に下がった。

「そう。これがあなたなりの仕返しってわけね。いいわ、この私を敵に回すということがどういう事か教えてあげるわ。そうね、そう、どうやって懲らしめてやろうかしら。なんかひどいことをするわよ。首を洗って待ってなさい」

『おい、あれ』

「ちょっと待ってなさい。というか、今更そんな古典的な手段なの。この私を、やっぱり舐めているわけね。ええ、こうなったらとことん私の凄さを思い知らせてあげるわよ。ひどいこと、ひどいこと。ひどいことって何かしら?」

『前を見ろ』

 あなたのまじめな声に、ただならぬ気配を感じた少女は表情を改めて前を見る。

 タックスタワーが見える。税金を積み上げたて作った揶揄される、高さ二五二メートルの双子の塔。その前にある巨人の腕は近づくほど異質さが際立った。

「魔王まであと少しね」

 さっきまであった空気はなくなった。自然と口は動かなる。あなたの耳にはエンジンの音と少女のかすかな吐息だけが聞こえた。

「アクセル」

 あなたは知らずにアクセルを緩めていたかと思ったが、腕は動かしていなかった。バイクの速度計を見直しても数値に変化はない。それはアクセルが緩んでいないという証明だ。

 少女の言われたことに疑問に思い、あなたは口を動かそうとして気づいた。

 あなたの胴に回される少女の腕。そこに少しだけ痛みがあった。それは、少女の腕の力が変わったということだった。陸橋を上った時ですら、ここまでの力は入っていなかったのに。

 あなたは口を動かすの止めた。気づかないふりをして、少女が言った通りにアクセルを入れる。

 バイクが風を切る。

 到着まであと少しというところで、あなたたちの耳に銃声が届いた。

 この場で音がする理由は一つしかないありえないだろう。あなたが魔王の左腕を見ると、戦おうとしている男たちが居た。いや、それは戦いというものではない。左腕が一方的に虫で遊んでいるような有様だ。

『あれは死ぬな』

「はあ? 私が一番だと言ったはずでしょ。何で無視するのよ、何様のつもりかしら。ちょっとうまくいったからって、調子に乗っているんじゃないの?」

『関係ない奴らなのに俺が悪いのかよ。作戦はあるか』

「そんなもの私には必要ないわよ。不満そうね、じゃあ、イカロスは?」

『太陽へ挑む情熱が好きだって言いたいのか。悪いな、俺の相棒は蠟の翼じゃなくてニンジャなんだ』

 あなたの胴体に回されていた腕は離れる。どこまでも傲慢に少女は言った。

「なら、決まりね。ニンジャらしく行きなさいよ」

 あなたは、それを似合っていると思ってしまった。やっぱり、こうじゃないと見返させる意味がないと感じた。

 あなたはアクセルを入れる。ニンジャは速度でもってあなたに応える。わずかな段差を利用しニンジャは跳んだ。一面の青が視界に広がる。風を切る。高く跳ぶニンジャが青い空へエメラルドグリーンの軌跡を描く。

 鳥のように上り続ける勢いが止まる。それでも、あなたの心に不安はない。ニンジャらしく行けと言ったのは他ならぬ少女なのだから。

「グラビティジャンプ(黒猫は重力に縛られない)」

 少女が後押しをする。止まっていたのが嘘のように、ニンジャは高く高く飛びあがる。

 どこまでも続く空は高く。そして、太陽を背にする。

 魔王は遥か下であなたたちに気づきもしていなかった。いまだに虫遊びに興じていた。

「あら、つれないんじゃないかしら。どうせなら、私とも遊びなさいよ。今度はあんたが虫けらの役だけどね。グラビティプレス(黒猫の足音)」

 少女のブレイブカレント。

 超重力が魔王の左腕を奇襲する。突然の過重に魔王の左腕は高度を下げる。されど、加重されているまま腕は持ち直す。そこへニンジャが真上から襲い掛かる。

 急降下ボディプレス。

 肩へのぶちかましが左腕を根元から断ち切った。少女とあなたのコンビネーションが生み出した極大ダメージ。

 落下衝撃で沈むように見えても魔王の左腕は宙に浮いたままだ。それどころかすぐに高度を持ち直す。腕を折り曲げ体表に居るバイクを掴もうと魔の手を伸ばす。

 あなたはアクセルを入れたまま足を使って急転換する。アクセルターンで掌をかわし、すかさず走り出す。不整地のような場所であっても機動力は変わらない。むしろ、不整地を踏破するのがバイクの役目だ。本領が発揮する。動く地面だろうと

おかいましに動き続ける。迫る掌。視界を埋めるそれを華麗な曲線を描くアクセルターンで避ける。同時に腕に残るタイヤ痕が腕の表面を削る。回避を兼ねた攻撃。走る痛みに躍起に掴もうとするのを幻影のように翻弄し続けた。

 度重なる害虫駆除に失敗し焦れた魔王の左腕が振り落そうとする。それはあまりにもうかつ。警戒が薄れた瞬間を狙い少女の超重力が発動する。さしもの魔王の左腕もコンクリートの地面に手首まで沈んだ。しかし、左腕はまた持ち上がり抗い続け次元違いのタフさを見せつけた。

 魔王の腕が震える。腕全体から無数の泡の弾を放つ。それはフワフワと移動しタックスタワーを穴だらけにする。当たったモノはえぐり取られたように消滅する。植物も、地面も、コンクリートも等しく消えていく。そこに区別はなかった。

 あなたは極端な前傾姿勢でブレーキとアクセルを同時に操作する。後輪がうなりをあげて回転する。しかし、ロックされた前輪はバイクを前に進ませない。結果、後輪が煙を上げるバーンナウト。それはバイクのダンスだった。危険の最前線でゆったりとしたダンスを踊るような動きで泡弾を紙一重で避ける。そして激しく回転する後輪はチェーンソーでもあった。白煙を上げて腕をえぐっていく。

 激しさを増す泡の弾幕。

 辺り一帯が無数の泡に溢れたのを確認するとあなたは跳んで離れた。すかさず広域の超重力が魔王の左腕を襲う。全ての泡弾が連鎖的に破壊され魔王の左腕をも傷つける。

 そこまでのダメージを受けて、とうとう魔王の左腕は地面に落ちた。

 地面に着地するバイクから離れた少女は視界の中央に魔王の左腕を収める。両腕を伸ばし、目を閉じて集中する。

 それは、東京区役所でやろうととしたこの再現だ。邪魔をさせるわけにはいかない。

 あなたはアクセル全開にする。フルスロットル、文字通りに飛び出したニンジャ。あまりにも強い回転はタイヤに触れた者は全てズダズタにする。駆け抜けたニンジャの跡にはズタズタになった魔王の左腕があった。

 遅れてのたうち回わる魔王の左腕。

 絶好の好機に少女は力を解き放った。

「グラビティカノン(黒猫の輪唱)」

 黒い帯状のものが少女の両腕から発射された。それは、超重力で構築されたビーム。光を吸い込み闇をまき散らす。

 魔王の左腕を通り抜け段差超重力を発生する。超高重力は超低重力を食らうように。超低重力は超高重力を分裂させて取り込むように。重力が絶えず変動し続け連鎖する。超重力の分離と混ざり合いによって、周囲の光が飲み込まれる視界が激しく明滅する。それは重力の音階だった。

 音色を変えて幾度も繰り返される重力の音階。止まることなく連続する重力破壊。滅茶苦茶すぎる力の前に魔王の左腕は砕かれるしかなかった。

 あれほど巨大な物体が、いまや塵一つすら残っていない。タックスタワーの前は、広場が破壊されていることを除けば元に戻った。

 額から一筋の汗を流す少女は長い金髪をかき上げた。

「私の力ならこんなものよね。ああ、賛美の声とかは要らないわよ。私なら出来て当然だから」

『俺のおかげだろ』

「あなたは何を言っているかしら。どう見ても魔王撃退は私のおかげでしょ。ていうかね、あなたはくるくる回りすぎなのよ、何回も回って私の目を回そうとしてたでしょ。私じゃなかったら絶対に途中で巻き込んでたわよ、そこのところ分かってる? 私の凄さがあったから、あなたの行動に意味が出来たのよ」

『ああしなきゃ、当たってだろうが。攻撃を避け続けられたのは誰のおかげだと思ってんだよ』

「はあああ? 相棒のニンジャ君のおかげですけど? もしかして、あなたニンジャ君の力を自分のものだと勘違いしているんじゃないの? 魔物一匹にすら負けるくせに。なんかもう、ちょっと生意気よね。生意気じゃない」

『何で、お前の相棒みたく言ってるんだよ。ニンジャは俺のだ』

「ニンジャ君でしょ、もっと敬意を払いなさい。そんなんじゃ、嫌々働いているニンジャ君から愛想が尽かされるわよ」

 広場で言い争うあなたたち。その脇で、銃を持った太い灰色スーツの男が光に包まれて消える。一緒に戦っていた二人の屈強な男が騒いでいた。

 さっき消えたのが勇者なのか、とあなたは漠然と思った。そうでなければ今起きた不思議現象の説明がつかないからだ。

 時を置かず、少女とあなたの体も薄い光に包まれる。

 あなたの中に終わったと言う安堵感はあるものの、それ以上に目的を達成できなかった悔しさで少女を盗み見る。不思議なことに少女の顔に喜びなどはなく、瞳に空の色を移していた。

「どうしたのかしら。私を見てないで、さっさと行きなさいよ」

『あ、ああ。そっちは』

「後で行くわよ」

 少女は素っ気なく、声も平坦だった。

 平成さを装っているのが丸わかりだった。少女が何かを隠しているのが、あなたには分かった。伊達にずっと少女だけを追いかけてきたわけではない。

 だが、今更何を隠しているといるのか? 人を助けた、魔王も倒した。あと何をすると言うのか?

 あなたが考えても答えは出ない。ただ、少女は何かを待っているように感じた。

 ジッと見つめる赤い瞳。口を閉じてあなたを見ている。普段なら、もっと嚙みついていくるはずだ。どうして、少女はこんなに大人しいだろうか。

 あなたの体を包む光が強くなるのを見て、ようやく口を開いた。

「魔王の侵略は終わったんでしょ。あなたの言う通り、成果はともかく他の勇者も頑張ってたわけだし。あなたもまあ、まあまあ弱かったんじゃないの」

 最後の最後まで憎まれ口を叩いて少女は地を蹴った。高く高く、あなたの手が届かないほど高くへ昇る。そして、魔王の左腕がつながっていた空間の切れ目へと消えた。

 ……!

 戦慄が走った。

 あなたは即座にアクセルを入れる。少女を追いかけるためにバイクをジャンプさせても、高い空にあるソレへ届くわけがなかった。

 空を飛ぶことが出来たのは少女が居たから。そんな簡単なことすら忘れてしまうほど、あなたは動揺していたのだ。

 地面でバウンドするバイクがタックスタワーの前で止まる。広場の上空にある空間の切れ目があなたを見下ろす。

 あの先がつながっている先はどこだ? なぜ、魔王は左腕しかなかった? なぜ、少女は行った? 

 答えは一つしかない。

 なぜ、少女はあなたを待っていた? なぜ、さっさと行きなさいよとあなたに言ったのか?

 傲慢な答えは一つしかありえない。

『あのお節介が!』

 叫んでも状況は変わらない。

 むしろ時間を無駄にした分。あなたの体を包む光が更に強くなる。それはこの世界に居られる時間をこれ以上ないほど残酷に示していた。

 迷いなくあなたはアクセルを全開にする。ウィリーさせて持ち上げた前輪。ぶつけた外壁を足掛かりにタックスタワーを駆け上がる。

 落ちてくる瓦礫が耳の脇を通り過ぎても、アクセルは緩めない。

 スプーンでえぐり取られた外壁は上ることが出来ない場所。ためらうことなくガラスの上にタイヤを走らせる。一瞬で砕けるガラス。それでも上がるには十分な時間。次々とガラスを砕きながら登る。

 タックスタワーを突っ切る間にもあなたの体を包む光が強くなっていく。タックスタワーの頂上に達したときにはあなた自身すら見えない強い光となる。

 あなたは躊躇することなく跳ぶ。

 そして、空を駆ける光となった。

 放物線を描くバイク。空間の切れ目はあなたを飲み込んだ。

 視界が一変し周囲が黒に包まれた。ぶつかるようにへ飛び込んだ影響でバイクが激しくバウンドする。

 あなたは姿勢を保つので精いっぱいだった。しばらく勢いのままに走り、落ち着いたところでバイクを止めた。あなたの体の光は消えていた。これならば、もう戻ることはないだろう。あなたは周りを見回す。

 そこは異世界としか言いようがなかった。

 あなたの足元にあるのは、こげ茶色の木張り床。それが地平線までも続く。空は同じく一面は木張りの天井で地平線で床と交わる。これほどの天井を支えるのは大きさを調べるのも馬鹿らしい太く赤い柱。まばらにあるぼんぼりが放つ淡い光が辺りを照らす。どこからともなく抹香の香りが漂う。

 この空間には二つが足りなかった。

 一つは音。静寂すぎて耳が痛いほどの無音。もうひとつは温度。肌の感覚がおかしくなったように温度というものが一切、感じられなかった。熱いのでも寒いのでもない、存在しないように感じられないのだ。

 明確な異常。それでも、あなたは自分の知識と照らし合わせ、この場所を考察した。ありあわせの要素を組み合わせることで答えを出すことが出来た。

 ここは仏間。それも観音堂だ。尺度も含めて何もかもがおかしいが間違いはなかった。

 それが分かった時、自然と目が中央へ動いた。

 観音堂の中央に、それはいた。

 48の腕に38の武具を持ち、白き防具に身を包む、巨大すぎる存在。座禅を組み、全てをあざ笑うかのようなアルカイックスマイルを浮かべ、その瞳は蔑むような独善をたたえていた。

 ――センゲンクセボサツ。

 魔王。

 それは恐怖の別名だった。あなたは魔王の名前を知らない。知るはずもなかった。しかし、あなたが魔王を目に映しただけで名前が魂に刷り込まれた。一生、いや死んだとしても忘れることはないだろう。相手はそれほど未知で、あまりにも圧倒的すぎる存在だった。あなたはそれを正確に言葉にすることは出来ない。それは誰もがそうだろう。言葉で表すことは出来ないほどのモノだったのだ。

「天上天下唯我独尊」

 その声は仏間を揺らがす。

 センゲングセボサツを中心に板張り板が波打った。

 あなたの体も揺らぐ。それは、床のせいだけではなかった。声を聴いただけで、かしずきたくなる魔のような力に無意識で抗ったためだ。

 揺らぎも落ち着き、あなたは初めて少女が隣に居たことに気づいた。いつの間にかではない。ただ、あなたが気づかなかっただけ。実際、少女は今もあなたに気づいていなかった。勝気で炎のようだった瞳は陶然としていて、魅入られたようにセンゲンクセボサツを瞬きすらせずに見続けていた。

「自分がもっとも尊いと言っているわ」

「救世。慈悲。真理。求めよ、求めよ、求めよ。餓鬼ども。授けよう」

「大悲呪。大悲呪を求めているわ」

 ただただ、圧倒的だった。

 センゲンクセボサツは存在が圧倒的すぎて耐えられるものはいない。

 あなたは見ているだけで目を潰したくなりそうだった。言葉を聞いているだけで頭がおかしくなりそうだった。体から心臓が飛び出そうだった……目のに入るだけで死にそうだった。

 それが恐怖か、それとも歓喜か、それ以外の感情かはあなた自身でも分からない。

 だから、あなたはアクセルを入れた。感情のままに全力で。

 センゲンクセボサツを目指し、ひたすら一直線に走る。走った。だが、距離は縮まる気配すらなかった。彼我の距離はどこまでも離れていた。

 センゲンクセボサツは48の腕のうち、一つの掌を動かす。小指を親指で抑える。まるで子供が遊びでやるように弾いた。

 巨大な衝撃波が発生した。

 辺り一帯を飲み込む衝撃波にあなたは死を予感する。アクセルを緩めることすら出来ずに……あなたはバイクごと空へと落ちていった。通り過ぎた衝撃波は板張りの床に底の見えない大穴を作った。

「何を腑抜けているのよ」

 耳元に感じる憎まれ口があなたを正気に引き戻す。安堵すら感じて、あなたは振り向く。

 少女はあなたの後ろに乗っていた。あなたの胴体に回された少女の腕は痛いほどに強い力が込められている。

 この空間で初めて感じられた温度。あなたは右手で少女の震える暖かな手に触れた。

『悪い』

「気持ちは狂いそうなほど分かるけどね。あなたは弱いんだから、しっかりしなさいよ」

『そうだな』

 重力が元に戻り、バイクが地上に降り立つ。

 あなたはバイクを走らせる。さっきは一人だった。だが、今は少女が居る。今度こそ、届くと信じて魔王を目指す。

「無知、蒙昧、不識。餓鬼ども。試せ、色即是空」

 あなたたちをあざ笑うアルカイックスマイル。センゲンクセボサツが小指をはじく。再び起こる衝撃波。加速することで避けたあなたに一つ一つ丁寧に衝撃波が放たれる。

 アクセルターン、ジャックナイフ、バーンナウト、ドリフト。

 あなたは持てる技術の全てで躱す。反撃すら許されない状況で避け続け距離を縮めた。

 アルカイックスマイルは変わらない。ただ、眉をピクリとだけ動かしたセンゲンクセボサツの小指にほんの少しだけ力が込められた。

 今までと比にならない雪崩のような衝撃波。躱すすべなどない。空に落ちたとしても避けられはしない。

「グラビティカノン(黒猫の輪唱)」

 少女の両腕から放たれる超重力ビーム。段差超重力が引き起こす重力変動連鎖。正面から衝突する。かつて魔王の左腕を破壊した重力の音階が衝撃波を砕く。しかし、相手が悪かった。無数に爆散してもなお有り余るエネルギーがあなたたちに襲いかかる。

 避けることも出来ずにバイクは砕かれる。あなたと少女は激しく飛ばされ入ってきた場所まで戻された。

 体中を突き抜けた衝撃の激しさにあなたも少女も動くことが出来ない。生きているだけで奇跡だった。

 センゲンクセボサツは、何かを口ずさむでもなくあなたたちを他人事のように眺めていた。一寸の虫には五分の魂しかないように見ていた。

 あなたは辛うじて体を起こす。

『お前は……そんな力があって何がしたいんだ』

「呪われしもの、忌むべきもの、石積み、罪悪」

『何を言っている』

「罪悪。捨てよ、捨てよ。絶望を捨てよ。希望を与えよう。お前たちが魔物と呼んだものたちのように」

「聞いてはダメよ!」

 今まで微動だにしなかったセンゲンクセボサツは、一つの腕を伸ばす。遠く隔たていた場所からも巨大な手が届いた。その手の凄まじさは身をもって知ったばかりだ。

 あなたは間近にある手を見つめる。それは正しく救いの手だ。

 ……。

 あなたには自由がある。

 知恵を使う。正しい。誰もがこちらを選ぶ。対峙することの愚かしさをあなたは身を知ったばかりだ。勝てるわけがない。万が一、億が一、那由他のかなたの可能性で勝ったとして何になる。なにより、相手が手を伸ばしてくれたのだ。それは許してくれるということだ。歯向かった愚かさを水に流してくれるのだ。菩薩のように。

 愚直に戦う。間違っている。間違っている。間違っている。戦力的にも、心情的にも、感情的にも。なによりも戦う理由すらない。

【だからこそ、あなたは決断しなければならない】

①知恵を使う→賢者編へ移動

②戦う→愚か編へ移動

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