魔王討伐編①

 汚れた白い天井。傷ついた白い柱。穴が開いた白い壁。白い床に壊れた鉄格子の欠片が散乱している。

 ここは留置場だ。仮に、ここが破壊されているだけだとしたら、心が痛むことはないだろう。精々、巻き込まれた警察官が不幸だったと考えるくらいだ。他人事だったら、その程度で終わる話だ。

 だが、あなたは今、渦中に居る。そして、この状況が留置場だけであるはずがないと冷静な頭で理解していた。

 長き逡巡の末に、あなたは言った。

『魔王討伐を優先すべきだ』

 あなたは決意を伝えた。たった、それだけだったはずだ。しかし、あなたの体には変化が起きた。

 自覚を出来たのは脳を巡って血液が急速に冷えていくことだった。それに合わせて自らの心も凍ってしまったようにあなたは感じた。それは、あなたの願望であったかもしれない。だが、確かにそう感じていたのだ。

 目の前の誰かを助けるために奔走する。それは素晴らしいことだ。困っている人を助ける。それは綺麗事だ。人として尊敬できることだ。

 だが、それでは決して悲劇を食い止めることにはならない。悲劇が起こるから誰かを助けようと奔走するのだ。困っている人が居るから何とかしたいと考えるのだ。因果が逆だ。魔王さえいなければ、これ以上の悲劇は起こらない。たとえ今、起きている悲劇を見逃したとしても。原因を取り除かなければならない。

 誰かを助けるのではなく誰もかれも助ける。理屈の上では正しい。戦略的にも正しい。数字の上でも。だが、その正しさのために何を切り捨てたのか、あなたには分からなかった。

 服の上から握りしめる心臓。あなたは知らずに握っていたそれを手放す。手にあったはずの汗はもうない。

 この胸にある痛みの理由を分かってはいけないことなのだ。あなたは、その資格を捨てたのだ。分かるのは一つだけだ。

 魔王を倒すと、決めたのだ。

 それが悲劇の最小公約数につながると信じて。たとえ、冷血と蔑まれても、この決意を自らの芯としたのだ。それ以外は出来ない。それ以外は必要ない。何があっても機械のように正確な動作しかできないことを願って。

 ……。

 あなたの決意を聞いた灰色スーツの太った男は、知っていたとばかりに口角を上げる。

「お前みたいな腕利きなら、そう言うと思ってたぜ。よろしくしようぜ相棒」

「どうしてですか!? 多くの人が犠牲になるかもしれないんですよ!」

「だからだよ」

 太った男は襲われていた時と同じく少女の言葉を切り捨てる。そこに揺らぎはなく容赦もない。男にとっては、少女に勧誘する価値を見出していないのは明白だった。足手纏い。綺麗事だけを言う人間は不要だ。それは恐らくあなたにも当てはまるし、太った男自身にも当てはまる。必要な性能に満たないのなら切り捨てて先に進む。そういう男だ。目の前にいる可憐な少女を切り捨てられるという事は、綺麗事を言わないとはそういう事なのだ。

 人としての評価は低いだろう。少女からしたら別世界の人間とも感じるだろう。だからこそ、あなたは冷徹で頼りになると感じている。少女への手向けとして、あなたはせめてものの誠意として自分の葛藤を告げる。そして、必ず魔王を倒すとだけ付け加えた。

 少女は黙って聞いていたが、ぽつりとつぶやいた。

「分かりません。そんなの、そんなの、絶対納得できないです」

 耳をふさいだ少女は決して理解しなかった。

 理解したくない心情はあなたにだって分かる。だから葛藤したのだ。葛藤の果てに乗り越えたのだ。少女の存在は、もうあなたの行動を変える理由にはならない。その程度で変わるならばそれは決意ではない。あなたの胸にある痛みなど些事に過ぎない。

 今は一秒でも惜しい。

 少女を置いてあなたは太った男と留置場を離れた。せめてものの選別に幸運が訪れるよう願った。何の意味もないことは知っているが、そうせざるを得なかった。

 留置場から荒れ果てた警察署を経由して外に出た。

 青い空に大通り。どこでも変わり映えのしない景色。空をバックに立ち並ぶビルはあなたも見慣れている景色で、ブーツ越しに感じるアスファルトも固いままだ。しかし、今は見慣れない光景に代わっていた。普段ならあふれるほどの人通りも行き交う車もない。まるで町全体が死んだように静か。人が死に絶えてしまったと思ってしまう。感じられなくなって初めて気づく、町の息吹と言うモノが確かに存在していたと。

 だが、歩くモノが居なくなったわけではなかった。人間の代わりに跋扈する魔物だ。警察署の前だというのに、だ。この世界の人間では対抗できないのならば、この状況は予想できたことだ。静かな町に時折、響く奇声。町全体に魔物があふれているのは想像に難くない。

 あなたは魔王を倒す決断したのは、間違いではないと確信した。

 戦闘音が聞こえる。あなたが目を向けると、警察署の前では銀髪で和風な格好の女性が魔物と戦っていた。戦いは一方的に推移していて加勢の必要性はないが、この後に勧誘するなら加勢した方がいいだろう。

 そう考えたあなたは太った男を見る。太った男は黙って首を振り、女性とは別の通りへと歩き出す。

『人手は必要じゃないのか』

「そら、手数はあった方がいいわな」

『悪くない腕だ。俺と同じくらいはある』

「そういうのじゃねえんだよ。アレはダメだ。オレが現実を直視せずにデブじゃないっていうくらいにな。何で警察署の前で戦っているのかを考えてもみろよ」

『……そういう事か』

 あなたの頭に留置場にいた少女が思い浮かんだ。

「ああ、たぶんな。あの女も勇者の一人だから魔王を倒す。っていってもよ、全員のやり方が同じなわけねえだろ。足並みすら揃うわけがねえ。現に、人を救助したいなんて言った奴がいたぐらいだ。馬鹿なことで悪いことだが嫌いじゃない。考えも甘いし何をほざいてんだとも思う。なんなら、オレがデブじゃなけりゃ、尊敬してやってもいいし、ぶつからなければ応援してやってもいい。オレがクールなデブじゃなけりゃ、な」

『あの女には明確な方針がないということだな。よく分かるな』

「お前も分かってんだろ、相棒。あの留置場に居たガキでさえ、目の前で知らん人間が死んでその場の空気だけで何がしたいを言っただろ。あの女にだって同じ時間があったはずだ。いい年してんだから、自分の芯ってもんがあるなら動いているはずだ。つまり、逆なんだよ。あの女には明確な目的がないんだ。するべきことを決めているなら、自分がやりたいことが分かっているなら、それに向けて動く。それがないのは決めあぐねているってことだ。警察署の前にいる理由なんて、他の勇者と合流する以外にないだろ。俺みたいに勧誘する奴を探すって可能性もあるが、そうだったら、自分から接触するはずだ。だが、あの女はこっちに来ない。動かないわけだ。つまり、胸はデカいが半端なんだよ」

『それを置いても腕はある。切り捨てるには惜しいと思うが』

「胸の話は置くのか? 冗談だ。揚げ足をとる言い方になるが、逆を言えば腕があるだけだ。俺としては、それ以上に足を引っ張られる可能性がある事のほうが怖いね。つまりはハイリスクってことだ、話せば違うかもしれんがな。ついでに聞いておくが、オレがお前に死ねっていたらどう思う」

『言う予定がないなら下らないことを聞くな。言う予定があるなら無駄死にじゃなければ別に構わない』

「そらそうだ。でも、お前はしぶとそうだしな。本当に死ぬのか疑わしいぜ。まあ、なんだ、お前はやれる奴さ。このデブを信じな。わざわざ一日分のカロリーを潰してでもオレが勧誘してやったくらいなんだからな。さっきの奴は女だってことで済ませとけ」

 あなたは頭をかく。理解できない部分が、女性のことか、それともデブデブ自虐する男、どっちの比重が大きいのか。あなた自身にもよくわからない。

『そんな言い分が分かるか』

「分かってる時間なんてねえよ。思い出す時間が出来たときにでも適当に納得しとけ。時間が立てば事態が好転するのか不利になるのかも分からない。魔王がどこに居るかもわからず、討伐のチャンスは一度すら作れるかどうかも分からない。こんな状況じゃ、俺たちは俺たちに出来ることをするだけだ。そんなんじゃ、初めてがまだなのかと疑われるぞ。お前、ちゃんとやってるよな?」

『留置場で済ませただろ。もう、忘れたのか。お前の記憶はチーズみたいに穴あきだな』

「あんくらいじゃ足りねえな。オレが役立たずの警察相手に、わざわざ銃刀法違反で捕まってやったんだぞ。慰謝料とアドバイスしてやった分の以上の価値は見せろよ、じゃないオレの潰れた一日分のカロリーに割が合わない。俺の目はドーナツだったってなるからな。ああ、それにしてもドーナツ食いてえな」

『ぬかしてろ』

 あなたが女性を見ていたように女性もあなたを見ていた。その切れ長の視線に気づいていたが、無視して太った男の跡を追う。太った男の言う通り、女はあなたたちを追いかけることはなかった。

 大通りはどこも魔物にあふれている。行き交うはずの多数の車は衝突し合って道路をふさいでいる。なぎ倒された信号機が黒いベンツを潰し、ビルに顔をうずめているセダンもある。言われなければ、ここが日本だとは到底思えない光景だ。言われたとしても信じたくない現状だ。魔物に襲われるというのはこういう事だ。

 あなたたちは魔物たちの視界を避け移動を続ける。人の気配はない。正確には静かに潜んでいる気配はあるのだが、誰もかれもが息を殺している。事実、一匹のミールが近くのビルに侵入したら、強面のヤクザが蟻の巣ように出てくる。そして、次々と襲われ食われていく。社会的弱者を食い物にしていたヤクザの悲鳴が町に響き、悲鳴を聞きつけた魔物が集まってくる。それは襲われているヤクザたちの数を上回っていた。それを助ける者は誰もいない。

 バスの陰に隠れるあなたは思わず拳を握りしめる。

 倒すのは容易い。この場を収めることだけは出来る。あるいは助けるに足る理由があれば助けただろう。だが、助けたところで魔王を倒すことには繋がらない。だから、あなたは心の中だけで、こうつぶやいた。

 ……自業自得だ。

 なんでも片づけられる万能な言葉。素晴らしい言葉で万人にしたり顔で言う識者のように感傷を切り捨てた。

 あなたたちは魔物たちの視界が集中した時を見計らい過ぎ去るしかなかった。車や建物の陰を利用して誰の目にも映らないように移動を続ける。魔物に見つかる危険がある場合、あなたが静かに速やかにしめやかに排除する。

 あなたと男の方針は無言でも通じる程度には似通っていた。

 前提として魔物には襲われない限りは対処しない。

 不要な消耗を避けるためであり音を出さないためだ。先ほどのビルのような事態になったら周辺の魔物を全滅させるしかなくなるだろう。

 もう一つ、理由がある。

 魔王という姿形も分からないモノ。そいつが、どこにいるか検討すらもつかない現状がある。それに対する暫定的な答えが、これだ。魔物が侵入している拠点に居ると仮定して魔物の動きを逆算するしか方法がない。時間や設備があれば、もっとましな探し方があるが、現状ではこれしかなかった。あるいは、町に詳しいものが居ればどうにかなるかもしれない。

 行き当たりばったりで正解に当たる可能性は低い方法だ。だが、仕方がない。ないものだらけなのだから。時間も設備も協力者も地理もない。それでもやらなければならない。無策無謀の代償に非合理を無理に押し通さなければならない。何も出来なかったのなら逃げ惑う人たちのように死んでいくだけだ。あなたが目を覚ますまでに失われた時間というのは、それだけ貴重だったという事だ。太った男もそれを分かっているが、それでも慎重に進めるために留置場にいたのだろう、とあなたは推測した。太った男に確認する必要はない。無駄に音を出す必要はない。

 通りの信号を幾つもわたり、喧騒が遠く離れた頃あなたの耳が音を捉えた。隣にいる男の肩を掴んで動きを止めさせて青い車の陰に隠れる。

 あなたは耳に神経を集中させた。

 特徴的な音。チャッチャッと野生動物のように足爪で道路を掻く足音。打撃音。右にあるドラッグストアのビル陰から野太い声が聞こえる。

 放っておけと男は手だけで言うが、音は徐々に大通りへ近づいてくる。避けるには遅く音源が近づく方が早かった。

 叫びながらビル陰から飛び出した二人組。黒のタンクトップとジーパンの男たちを追いかけて魔物たちがゾロゾロと出てくる。

 二人組は、青い車の陰に隠れるあなたたちを見ると叫んだ。

「逃げろ! 何している。俺は自衛隊員だぞ。早く逃げるんだ!」

「ホーリーシット! そこのグズども、さっさとエスケープ!」

 避難を促す警告。

 普通の事故なら有効でも、異常事態では有効ではなかった。逆に、大きな声は辺りに居る魔物の注目までも集めてしまった。

 追いかける魔物たちと合わさって周辺の魔物たちが一斉にあなたたちを見た。一様に獲物が増えたことを喜び、ネチャアとした醜い笑い顔を浮かべる。

 トラブルシューティング(面倒事)の時間だ。このままでは他にも魔物が集まるだろう。逃げるのも一苦労しそうな状況だ。

 あなたたち勇者の存在を知るわけもない二人組の男たちは足を止めた。そればかりではなく、あなたたちの前で錆びた鉄パイプにポリバケツの青い盾をかざし、ミールに立ち向かおうとしていた。

 鉄パイプで身長の半分もないミールの頭を殴っても、まるで鋼鉄の如く弾かれる。それなのにミールの爪の一撃で鉄パイプはたやすく折れた。

 攻撃が全く通じない。それが魔物の特性。この世界の住人では太刀打ちできない。だから、勇者が必要なのだ。

 あなたの冷静な観察の末に結論づける。

 二人組は状況を分かっていない。せいぜいが化け物が、タフな化け物だということしか分からないだろう。手に負えない相手でも戦おうとする心意気は素晴らしいものだ。だが、悲しいほどに結果が伴わない。

「くそ、くそ。もう持たない。ボケてないで、さっさと逃げろ!」

「モンスター、こっちカモン!」

 うすうす勘付いているだろうに、あなたたちを逃がすために少しでも引き付けようと二人組は殴りかかる。愚かでどこまでも勇敢だった。訓練された動きで何とかミールの攻撃をしのいでいた。それも時間の問題だろう。

 勝手に覚悟を決めている男たちを横目に、あなたは目配せだけで動くぞと伝える。太った男は、少し間をおいては頷いた。

『邪魔だ。お前らは下がっていろ』

「ああん!? うるせえぞ、この不審者! たとえお前が不審者だろうが守るのが自衛隊員なんだよ、バカみてえな格好しやがって、無事だったら警察に通報してやるからな!」

『役不足だ。お前らには』

 役不足。正しく役不足だ。誰かを守ろうする立派な奴らが倒されていい理由などない。助けるのはお前たちの役目だ。お前たちは一人でも多くの人を助けてやってくれ。倒すのは俺たちの役目だ。

 あなたは短い言葉に万感を込めて言った。人に伝わらない言葉であっても確かに言ったのだ。

 足に力を込めて地面を蹴る。一足飛びで詰めた距離。二人組の間をすり抜ける。強く踏み込む。地面から返ってくる力を利用したアッパー。ミールの腹にぶち当てる。小さな体はロケットみたく高く飛ぶ。まき散らる吐しゃ物。周囲の魔物たちがひるむも数の優位を理解しあなたを取り囲んだ。

 あなたは集中する。

 細切れの時間の中、四体のミールが一斉に飛び掛かる。

「これを使え」

 間延びした太った男の声。太った男が二丁の銃を投げるのが見える。

 黄色の銃と黒色の銃。青空とは似つかわしくない不吉で特徴的なカラーリングは銃の凶暴性を表していた。

 ミールたちをかいくぐり飛んでくる銃。あなたは掴む動作から流れるように構える。

 金属が腕にかける重さ。拒むようなグリップの固い感触。引き金は決意のように硬かった。

 銃口を輝かせるマズルフラッシュ。飛び出す弾丸。二体のミールの頭を貫く。

 あなたの目はその全てをつぶさに捉えていた。銃の反動は凄まじい衝撃を与える、反動で上がる銃口すら利用して、狙いを調整し残り二体のミールの頭を撃った。

 全ては一瞬の出来事。

 飛び掛かったはずの四体のミールは銃声が消えるまでの時間で無様にひっくり返って黒い塵となった。その頭に風穴が空いていたのを、あなた以外に見ていた者はいなかった。

 あなたの動きは止まらない。時間をを区切るガンマンの目は動く敵を逃さない。

 広く保つ視界。心の中だけで狙いをつける。狙いをつけるのは一瞬でも十分すぎる。あとは二つの銃口を動かして、引き金を引くだけの簡単なものだった。

 続く銃声が十三。

 大量の黒いちりが通りに舞う。

 熱を持つ銃口。手に残る衝撃の余韻。漂う火薬の匂いだけがミールの居た証だった。それすらも春風がかき消した。

 ロングジャケットが風に揺れる。銃を構えたまま、あなたは沈黙の中にたたずむ。

 ……。

 威力は悪くない。悪くはない。悪くはないが。

 そう評価するも、あなたの中には強い不満があった。そんな内心を知ってか知らずか、得意そうな顔で太った男があなたの肩に腕を置く。灰色スーツ越しでも重くじっとりとしていて厚く熱いデブ特有の腕だった。

「どうよ、俺のブレイブカレント。ゴールド、俺が持つメインを媒介にする武器召喚の能力ってやつだ。6コまでだけどな、いいもんだろ」

『なんだこれは?』

「あ?」

『20m先の目標に着弾が9mmもずれた。欠陥品だな、変わりはないのか』

 あなたの狙いは正確だった。その正確さに銃がついていけてないのだった。あなたの腕なら誤差を修正することは可能であるが、修正が必要な銃を敵の前で渡すなとも感じたのだ。

 これが不満の正体だ。あなたの口が多少悪くなって仕方ないほどの不具合だ。

「おいおい、俺の一品ものだぞ。それも二つ。20m先の9mmなんて誤差の範囲だ。結局、お前が下手なだけだろ」

『俺の求める精度には達していない時点でディスポーザー(廃棄処分)だ』

「なら、返せよ。ノンデブ野郎」

『別に構わない、デブ野郎』

 あなたは礼儀として銃口を見せずに二挺の銃を渡そうとするが、太った男は癒そうな顔をして離れるだけだった。あなたの肩にデブ特有のじっとりとした体温が残っている。

「くそ、嫌味も通じねえ。お前は健康診断の数値かっての……ライトニング、ブラック。すまん、渡す相手を間違えた。渡した俺じゃなくて我儘なガスマスク野郎を恨んでくれ」

 黄色のほうがライトニング。黒い方がブラックだろう。安直だが分かりやすい。

 あなたは返品できなかった二挺の銃をまじまじと見た。

 ぱっと見でも不思議の塊だ。セーフティはなく、サイトもマガジンにハンマーも存在しない。その癖に引き金を引けば弾丸が出る。あなたの知っている実銃とはかけ離れた存在、これがブレイブカレントというものなのだろう。

 衝撃を余すことなく伝える金属のグリップはごつい。無駄に長い銃身は威力と命中精度を与えるが、その分反動を強くしている。機械はシンプルがいい。弾丸が出て当たればいい。狙った場所に当たらないのなら精度が足りないと言わざるを得ない。どうにも扱いにくさが目立つ。それが二挺もある。相乗効果で不良品扱いも致し方なしだ。

 そう考えるあなたは男の手にあるブレイブカレント、金色の銃を見る。小型の銃で小口径だ。威力はさほどでもないだろう。その分、取り回しがよさそうだ。

 動き回ることを考えたら場合のメリットは間違いなく、ゴールドのほうがいい。なぜ、男は扱いにくいものを渡したのだろうか? そもそも拳銃を二挺も渡す意味はなんだ?

 あなたが疑問を口に出す機会はなくなった。魔物に襲われていた二人組の片割れ、自衛隊員だと言っていた痩せ気味の男が先に口を開いたからだ。

「お前らは一体なんだ」

 銃の観察を中止したあなたは振り返る。

『さっきも言ったはずだ。お前らには役不足だ。それならばやることがあるはずだ。無駄な時間を過ごすな』

 魔物退治は俺たちがやる、だから、先ほどと同じように人を助けるのは任せた。

 あなたは言った。少し端折ってしまった部分はあったものの大筋は間違っていないから、訂正の必要性を感じない。

 しかし、自衛隊員たちの顔が赤くなる。ぐっと、一度、言葉を飲み込んだ自衛隊員がもう一度口を開く。

「何で、お前はあいつらが倒せたんだ。おれらじゃ倒せなかったんだぞ」

「シット仕様のあいつらはアイが殴ってもダメージが入らなかった、これが達人ってやつか? それとも変態ってやつなのか?」

「オレの銃があれば倒せるぜ」

『馬鹿な事を言うな。あの程度、素手で十分だ。お前らには一生無理だな、諦めろ』

「お前はミゴーラってデカいのを素手で倒していただろ、俺のアドバイス無視罪で留置場行きだな」

『じゃあ、お前はデブ罪で留置場にいたのか? それとも勇者罪か? 存在が罪とはそういう意味だったのか、初めて知ったな。つまりは、そういうことだ。根本的にお前らとは違うんだ。もういいだろう、これ以上は時間の無駄だ』

 あなたにも彼ら二人組の考えは分かる。

 倒せない敵を倒せる武器があったらどうするか? 誰だってほしい。その程度のことだ。理屈ですらなく考えるまでもない。

 だから、あなたは手早く会話を打ち切ろうとするが、二人に銃を投げる奴がいた。そんなことをする奴も出来る奴も一人しかいない。

 銃を受け取る男たちの脇で、ニヤニヤと笑う太った男をあなたは見咎める。

「いやー、お前らは運がいいな。特別に貸してやるよ」

『無駄に巻き込むな』

「無駄だあ? おいおい。オレがデブだからって無駄とかけて何てとんちをかますなよ。いいか、デブは無駄じゃない。使い道もなく蓄えているだけなんだよ。非常事態に役立つ、机上演習上ではそうなっている。オレの相棒は、巻き込むとか言ったが、魔物については元々がこいつらの問題。解決できなからファットダンディたちが来た。つまり、俺たちはお助けマンでしかない。違うか?」

 視点の問題だと言いたいのだろう。問題を解決するのは当事者以外にいない。そして、当事者はこの世界の者だ。二人組が解決するのが筋というのも分からない話ではない。実際、銃を受け取った二人は乗り気なのは見ればわかる。戦力も多いに越したことはない。ファットダンディの言い分もあなたには理解できる。

 だが、当事者というのは勇者だけでいい。魔王と勇者だけが当事者でいい。この世界に魔物はいない。あなたの世界にも魔物なんて異常は存在しない。その根底には立派な志を持つ男たちを巻き込みたくないだけというのも否定できない。

 あなたは自分を俯瞰的に分析していた。

 あなたは冷静で、ファットダンディは冷徹。魔王という目標を倒すか、魔王を討伐するという目的を達成するか。似ているが似ているだけ。二人組については、決定的に違う要素だ。

『違うな、俺たちが速やかに片せば何もなかったことになる。そうだな?』

「そうか? お前とは目標しか合わなそうだな。下手になれ合うより、そっちの方が都合がいい。じゃあ、ここにおられる当事者の方々に聞こうぜ。なあ、そこで棒立ちだった蛮勇の勇者の方々はどう思う。こん棒片手に勇気と情熱のファイアーダンスで何にもできなかった、お前らのために。特別に、ガキみたいに馬鹿らしく口を開けておこぼれを待っているお前たちのために、オレたちが全部やってやってもいいが、お前らはそれでいいのか?」

 分かりやすすぎる挑発に怒りと羞恥で自衛隊員が顔を染めた。ファットダンディの胸ぐらを両腕でつかむ。ニヤニヤと笑うファットダンディの顔は崩れない。

「良い訳があるか、不審者だろうと民間人だ。守るのは当然だ。守れて当然なんだよ!」

「ステイツ人イギリス系にも同盟を守る権利がある!」

「この銃があれば守れるなら、やってやる」

「ガンの生きるマナーって奴を見せてやる」

 まくし立てて落ち着いたのか、自衛隊員は男の胸ぐらから手を離した。

 ファットダンディは苦しかったはずなのに顔色一つ、眉一つ動かさないままだ。

「聞いたか。オレの心づけを有難く頂戴いたしますだとよ。そういうことだ、お前の気遣い親切心は大きなお世話だってことだ。さて、長居しちまったな、せっかく倒したのに別の魔物も集まってきそうだな。んじゃ、行こうぜ相棒。オレたちはこれから元凶をぶっ倒してやるから……あー、そっちの二人はそうだな。よく知らんお前たちは適当に頑張れ」

 そう言ってファットダンディはドスドスと体重どおりの音を出して歩き出した。あっさりと離れようとする姿に、てっきり二人を連れていくと考えていたあなたが戸惑うほどだった。

「おい、待てよ。プロは必要だよな?」

「ノーサンクス、ファッキン自衛隊員。オレたちは素人だからな。自称プロ、ってヤツの足を引っ張たら不味いだろ」

「メイアイヘルプしてやるぞ?」

「ノーサンクス、ファッキンジョンブル。メイアイヘルプしたのはお前らじゃねえか」

「……手伝わせてください」

「……ヘルプしてあげます」

「っち、仕方ねえな、ファッキン自衛隊員にファッキンジョンブル。ファッジ一号と二号だな。おい、喜べよ、相棒。二人のプロ落ち軍人が素人の下っ端になるってよ。そういえば相棒、お前の呼び方決めてなかったな。イエローか、それともジャケットか、ガースでもいいな」

『イエローで構わない。デブ』

「おいおい、デブは事実であっても悪口にはならねえぜ。事実を言われて怒るなら、そいつはデブの覚悟ってもんがないだ。オレはファットダンディと呼びな。本当はもっとシンプルに名は体を表すってしたいんだがな、一応の配慮って奴だ。この紳士誠実さがダンディの秘訣になるとは皮肉だな」

『デブだけに、と言いたいようだな』

「お前は銃弾みたいに容赦がないな。いいぞ、もっと弄れ」

 弄り待ちのファットダンディにあなたは肩をすくめるだけで済ませた。

 あなたちに落ち武者カテゴリーの軍人が仲間になった。巻き込みたくはないが人手は多いに越したことはないのは事実だ。人を守ってほしいと考えるのは個人的な願望にすぎない。何より彼らは自分で決めた。それを否定出来るのは友人家族だけだ。

 あなたは改めてチームを観察する。

 ファッジ一号、ファッキン自衛隊員。身長175。黒目黒髪短髪。年齢は23~25。瘦せ型で筋肉質。黒のタンクトップとジーパンで道路に落ちていた迷彩のジャケットを羽織った。戦闘を見る限りでは足を使うタイプのようだ。銃器の扱いは最低限は出来るだろうが、それ以上は未知数だ。

 ファッジ二号、ファッキンステイツ隊員。身長185。茶色目スキンヘッド。年齢は25から28。ゴリラ型マッチョ。黒のタンクトップに星条旗が描かれている。戦闘を見る限りでは力があるようだが、魔物との戦いに役立つことはないだろう。ステイツ系の軍人だ、銃器扱いに心配はないだろう。

 ファットダンディ、リーダー。身長190。体重は150。黒目茶髪角刈り。年齢は30前半。デブ。上下灰色のスーツ。ブレイブカレントを持つ勇者で冷徹。自虐デブネタの使い手。デブであることに並々ならぬプライドがあるようだ。戦闘面は未知数。目的を達成するためにチームを統率できるかどうかは男の腕次第だ。

 ……。

 結論。暑苦しい、ムサイ。近くにいるだけで汗臭さが移りそうだ。

 それがチームに対してあなたが感じたことだ。華がないので当然である。

 あなたの格好は、黄色のロングジャケットに黒いインナー。指ぬきグローブにロングブーツ。そして、顔全体を覆うガスマスク。

 イエローの由来はロングジャケットからきたに違いない。

 チームとしての実力など後で分かる。落第者がいるなら、ファットダンディが容赦なく切り捨てることだろう。

『自分の身を自分で守れなくても気にするな、俺が居れば問題ない。お前たちごときでも大切な戦力だからな、フォローぐらいはしてやる。話を変えるが一号と二号。お前たちはどこの地の果てから逃げてきたんだ』

「ったく、さっきも思ったが口が悪い野郎だな。しかも、一号呼び確定かよ。ああ、あっちの方だ。今の状況であっちって言っても分からねえか、町の中央のほうなんだが……って、おい。おいおい、おい。ちょっと待て。あれだけ大口をたたいておいて、もしかしてお前たち、どこに行くのかも決めてなかったのか」

『そこのデブが素人だと言ったはずだが。どうやらデブの言葉とお前たちの想像力が足りていなかったみたいだな。つい先ほどまで銃刀法違反で留置場にいたくらいだ、街中に魔物があふれているくらいしか状況も分からない。元凶はこれから探して倒すところだった。これで、状況は理解したな』

「モンスターに襲われているんだシット。元凶って言い方をしたんだ。何も知らないと言ったら火薬スメルを体に出来た穴で嗅ぐになるぞ」

『知らない。俺は戦うだけだ』

 あなたの返答に驚いたのは、二人組ではなくファットダンディの方だった。

「マジか。デブでもないのに脂肪が脳みそに詰まって記憶に障害でも出てんのか? ……まあいい、どうしようもねえし使えないわけでもない。ブレイブカレントを使える想定が潰れたぐらいだ。それでも、オレがくれてやったライトニングとブラックでなんとかなるだろ。あー、で要約すると俺たちが来た理由だったか? 俺たちがここに来たのは神様ってのに助けてやってくれっ魔王撃退をお願いされたからだ、他は知らん」

 信じられないという表情をしている一号と二号。

 あなたも胡散臭さは感じるが、魔物が居る以上は事実なのだろう。それ以上は考えても仕方がないし意味もない。文字通り時間の無駄だ。

 ファットダンディは腕を組んで腹を強調した。

「事情は分かったな。ご大層な事情なんてないってことだ。要はチームで元凶をぶっ潰すってだけだ。こんなときは、ユーコピーっていうんだったか?」

「アイコピー。納得はいかないが、これ以上は聞いても無駄そうだな。俺は魔物を引き付けながら逃げていた、ファッキンジョンブル二号もそうだよな」

「そうだ、ファッキン自衛隊一号。町の中央あたりだ」

「中央って、なんだ中央って。中央だけで分かるかよ。下っ端共はやっぱり使えねえな。具体的にどこってのは探さないとダメか。じゃあ、その元凶が仮定として町の中央にいるとする。居ないなら、そこから片っ端からしらみつぶしにクリアリングだ。他に何かあるか」

『目玉がドーナツ野郎のドーナツ作戦だ。難しいな』

 情報がない以上、これ以上を求める方が無理がある。ドーナツのように漏れがあるのは当然だ。

 そう賛成したあなたはファットダンディの微妙な視線に晒された。おまけのようなため息も付け加えられた。

「はあ、口を悪くすならちゃんと伝わるようにしろっての。まあいい。中央とやらを目指して移動するぞ」

 時間は長くなかったが、それでも留まっていたことには変わりはない。

 周囲に魔物の姿が見え始めている。

 その姿を確認すると一号と二号が取り出した銀色の銃を撃つ。狙いは頭と胸で作る仮想のデッドトライアングル(三角形)。そこを狙うことで重要部位へ着弾しミールを倒していた。

 10メートル先の相手に平均七〇ミリと五〇ミリ。それぞれの狙いのずれだ。相手は動く目標であり悪くない腕だ。日頃、真面目に訓練に励んでいるのが分かる。

「攻撃が通る。戦えるぞ」

「シュート!」

 景気よく撃つ二人の脇でファットダンディもゴールドを撃つ。軽い音で放たれた銃弾は、腰を狙い動けなくしたうえで確実に仕留めていた。狙いのずれは三〇ミリだが、あの打ち方なら狙いなど気にする必要もないだろう。

 三人は魔物たちを近づけることなく倒すことに成功していた。

 各自の腕前を観察しながら、あなたは銃弾を使わずにハンドガンの底で殴り倒す。大口径の銃は音が無駄に大きいからだ。バカスカ撃っている状況では誤差の範囲だろうが些細な気配りをしていた。

 それでも魔物は集まり続けていた。

『きりがない、このままじゃ。俺以外は繊細だから力尽きるな』

 あなたは周りを確認する。

 町全体の状況は、この辺りも例外ではない。将棋の駒のように折り重なり道をふさぐ多数の車。耳をすませば車から嗚咽の声が聞こえる。車は多数あるが使えそうな車はない。あるいは使えたとしても他の車が邪魔をして通行できないものばかりだ。

 早々に車を諦めたあなたは遠くにあるものに目を付ける。別の通りにある白いコンクリートで出来た陸橋。その上は魔物がいなくて遠目には安全そうに見えた。

「おい、どうするんだ。このままここにいてもしょうがないぞ。もう正面突破でいいだろ」

「ノー。てめえだけでゴー! 何キロもシュートしながムーブできるのならな!」

『役にも立たない議論なんて無能な民主主義らしいな。ファットダンディ、あの陸橋はなんだ?』

「陸橋だあ? 道路のど真ん中にあるし、あの形状はモノレールだな。そうだな、高所から見下ろせば敵の位置も把握しやすい。斬首戦術にもってこいだ。モノレール自体が使えるかは知らんが、地上を車で行くよりはましなはずだ。おい、下っ端どもモノレール駅はどこだ?」

「まっすぐ行けば通りにいけばすぐに駅が見える。下っ端扱いするな」

「分かった分かった。ファットダンディ義勇軍三等兵の一号二号。そこまで倒しながら行くぞ」

 あなたは眉をひそめた。

『消耗は抑えた方がいい。俺ならサイレントキルは問題ない』

「ここまで騒がしくしたなら今更だ。それに使えるかどうかが分からないだろ」

『武器か……それとも人間か』

「チームだ。俺もお前も含めてな。ついていけないのならどっちも同じだ、後ろから追い立てられても困るしな。どうでもいいが、こういう時はちゃんと喋れるんだな」

『俺は口下手じゃない。前に行く、俺の背中に当てられるなら狙ってもいいぞ』

「OK、お望み通りけつに穴をあけてやるよ。おら、野郎どもネームド様のお通りだ。遅れた奴とイエローに穴を追加しなかった奴が飯をおごりだぞ、オレは昨日の摂取カロリーが一万キロカロリー足りていないからな。分かったな!」

 野太い抗議の声があるが、ファットダンディは無視して、射線がかぶらないように散会を指示する。

 ワントップの陣形。あなたが先頭を切る気たちだ。

 青い空。視界を遮る多数の事故車が視界を遮る道路。ほどよく障害物があって、どこから魔物が飛び出し来るか分からない状況。銃を馴染ませるには絶好のシチュエーションだ。

 チェックポイントである次の通りまでは一〇〇メートル。魔物を数える必要はない。ルールは単純明快。前にいるのは倒す、それ以外はチームがフォローする。

 あなたが最初に構えたのは左手に握るライトニングだ。イエローカラーの銃が今か今かと、発砲のタイミングを待っていた。

 呑気に道路を徘徊するミールの横っ面を撃つ。頭を貫いた弾丸が雷のようにビルの外壁に刺さった。

 あなたは歩きながら撃ち続ける。

 立ち尽くすミール。逃げるミール。ゴミ箱から出てくるミール。ビルの窓に見えたミールをガラスごと撃ち抜く。

 発砲はリズミカルに狙いは正確無比で一体も漏らすことはない。射的のように手あたり次第に魔物を撃ち滅ぼしていく。

 交差点で三体のミールが走ってくる。数がいれば攻撃できるという浅知恵にして集団心理。

 あなたは引き金を止める。銃を構えたまま狙えるタイミングを待った。その時はすぐ来た。ライトニングの射線とミールたちが一直線に結ばれた。放たれる弾丸は一発だけで三体とも貫いた。そして、車の陰でこちらを伺うミールたちに弾丸をお見舞いする。

 ライトニングは貫通力に長けている。誤差の修正も完了した。スペックをフルに活用できる。あなたが、そう自覚した瞬間にグリップが手に馴染んだ感覚があった。

 ゴールのモノレール駅まで三〇〇メートル。三車線の大通りで事故車が少ない。重機で道路わきに追いやられていた。もっとも重機というのはミゴーラのことだが。

 駐車場で暴れていた筋肉自慢。こちらに向かってくる巨体をライトニングの弾丸が胴体を貫く。しかし、突進は止まらない。

 ライトニングの銃弾が発揮する力は貫通力だ。貫いてしまっては、敵を止めるためのストッピングパワーとはなりえない。それでも人間相手なら十分だっただろう。だが、相手は大柄の魔物だ。体に穴が開いた程度で止まりはしなかった。

 あなたはライトニングを降ろす。代わりに右のブラックを持ち上げた。一見、病的で大人し気に見える。だが、その実態は構えただけでも分かる凶暴さ。あなたは思わずガスマスクの下で苦笑する。

 狙いは変わらず胴体。分厚い筋肉の塊だからこそ本領が発揮される。

 あなたは硬い引き金を引いた。直前までの大人しさが嘘のように暴れだす銃の反動を抑え込む。

 音速で飛ぶ金属の塊は目標で着弾する。放たれた一撃は弾丸と呼ぶには不釣り合いだった。それは、爆発に等しかった。ミゴーラの腹が波打った。まるで巨人のボディブローを食らったように。信じられないと言った顔。胴体を押さえて膝から崩れ落ちるようにアスファルトに倒れた。

 あなたは足の動きを再開させた。そして、ブラックが銃声と獣性を開放する。

 車を執拗に殴り続けるミゴーラ。引き抜いたマンホールの盾で防ごうとするミゴーラ。ゴミ箱を投げようとするミゴーラを撃ち抜く。

 大きく目立つ姿は見逃しようがない。大通り。街路樹の陰。ビルの間。獲物を見つけるたびに叫び声が上がる。

 通りには食らい尽くされた塵だけが残る。

 目ぼしいのを倒したあなたは銃を下す。グリップが手に吸い付く感触があるブラックは、そうでもしなければ必要以上に撃ちたくなる病的な魅力を持っていた。

 それに、全てを倒す必要はない。

 あなたの死角を埋めるのは他の三人の役目だ。通り過ぎた車の陰からミールが飛び掛かる。それは銃弾に叩き落とされた。

 弾丸が飛んできた方向を見ると一号が警戒を怠るなと睨んでくる。一号は即座に別の方向へ銃を向け周囲の警戒を続ける。

 互いをカバーしながら動いている様は一個の生物だった。チームは十全に機能している。

 あなたは先行しモノレール駅前広場へ移動し、辺りを一掃してからチームを待った。

 モノレール駅は、そうと知らなければ普通の駅ビルのように見える。駅との違いは発着場が地面にないことだ。

 あなたは駅ビルを見上げる。

 全面ガラス張りの発着場。それだけで心が躍るものがある。平べったい箱型のモノレールが線路をまたぐように止まっている。その線路はどこまでも続くように見えて、こんな時でもなければ、とりあえず乗ってみるかと思える冒険心を満たしてくれたに違いない。

 じっくり観察しながら待っていると遅ればせながらチームが到着する。一号と二号は息も絶え絶え、ファットダンディも膝がだいぶ辛そうだった。

『よくもその様で勤まったものだな』

「ハアハア……今からでもレンジャーの試験ぐらい突破してやる」

「ハアハア……わざわざウェイトしてるんじゃねえよイエロー。それともへばったのか。こんくらい鼻息が出ちまうくらい楽勝だったぜ」

「銃弾を打つごとにカロリーがゴソッと消耗するんだよ。俺は蓄えているから膝以外は平気だがな、何でお前は平気なんだ」

『関節痛のデブは需要がないぞ』

「デブは弄られてこそ輝く。もっとイジレ。それで、何があった?」

『警戒しろ』

 あなたは何もモノレールが見たいからチームを待っていたわけはない。観察することで情報を可能な限り情報を集めようとしていた。それは無駄に終わったが万全を期すためにチームを待っていたのだ。ファットダンディの言い方を借りるならば、リスクを削ったというところだ。

『違和感が強い。この先に何かあるぞ』

「違和感ね、なんじゃそりゃ、と言いたいがお前が言うなら、そうだな。駅に違和感か……多分だが袋小路だから、追い立てやすかったんだろうな。銃声をバカスカ撃っても、今も駅から出てくる奴はいないってことは、引き算を証明しつづけた結果だな。オレはおはじきを使ってたが、こっちの奴は人間を使って分かりやすく証明したらしい。デブの減量並みに反吐が出るぜ。冷静に行けよ」

『オレはコールド(冷血)さ。誰かを救う事より目の前のやつらを殺すことを選んだんだ。その程度、完璧にこなして見せるさ』

「お前が殺すのは魔王だ。魔物の殲滅は目的じゃない。そこを履き違えるな。行くぞ」

 あなたのチームは駅ビルへと足を踏み入れた。

 ほんのわずかな距離しか移動していないが、騒がしい外とは雰囲気が全く違う別の空間だった。

 ショーウィンドウの中にあるマネキンが気取ったポーズであなたたちを迎え入れる。カフェテリアに本屋などの当たり前にある店舗が立ち並ぶ。そこもかしこも無人であり明らかに異常な空間となっていた。

 電光掲示板だけが次の発着時間を表示していた。

 不自然なほど音がしない。

 風が通り過ぎる音につられ歩くあなたのブーツ音だけが響く。反響する音を様げるものはいない。普段ならばここも人で溢れかえっているはずだ。人はどこに行った?

 音を求めて耳に神経が集中する。それでも成果はない。

 シンシンと続く静寂が耳に痛い。あなたたちは銃を握り慎重に進む。

 精神性の汗が首筋を流れる嫌な感触。わきの下にねっとりとした汗が湧く。

 カフェテリアのテーブルの下、本棚の裏、看板の陰。魔物が何時出てきてもいいように常に銃口を向けて警戒を怠らない。だが、カバーしあいながら移動は遅々として進まない。それでも未だに一匹すら見当たらない。

 それが不気味だった。外にはあれだけの数の魔物がいたのに、なぜここにはいない?

 解くことが出来ない疑問が積み重なっていくあなたは、地面にある水たまりのような痕跡を見つけた。

 血だまりと床に開いた無数の穴。

 血だまりは雑巾で引き延ばされたような線がある。それは引きずられて出来たものであり、続く先には破壊された改札があった。奇妙なことに改札にはべっとりと血の跡がついている。しかし、血を流すモノはどこにも見当たらない。

 すでに処分したか、あるいは何らかの手段で持ち運んだか。

 あなたは人差し指を血だまりに浸けた。ねばつく赤い液体が冷たく乾いていく過程が指でも感じる。凶行から時間はさほど立っていないことだけは分かった。

 疑問が新しく湧く。

 時間が立っていないのにもかかわらず、なぜ何もない? 駅に来て何分だ? なぜ、モノレールは来ない? 

 電光掲示板は変わらず次の発着時間を表示している。緊急事態で止まっているだけならいいが、それ以外だった場合はどうなるか。

 あなたの脳裏に嫌な予感が湧いた。

 こうしていても埒が明かないのは分かるが警戒を怠るわけにはいかなかった。ファットダンディがハンドサインで前へ進めと示す。

 ……シャルシャルシャルシャル……。

 固いものやすりで削るような音。あなたは音が発生した場所に銃口を向ける。

 改札の先にある上り階段。そこをスーツケースほどの大きさの物体が転がる。 

 ベベべチャッベベチャッべチャッべチャべチャ。

 粘質な音を立てる。それは人間だった。だが、即座にそれを人間だと分からなかったのは、変形していたからだ。まるでだるまのように。

 ドスン。

 重力に従い床に叩きつけられた衝撃があなたの足にも伝わる。

 あなたは破壊された改札を飛び越え、駆け寄り声をかける。それでも開きっぱなしの瞳は変わることはなかった。あなたは見上げた。

 階段の上にいる魔物はあなたたちを見下ろす。

「あれあれあれ、アヘビ猿残してた」

 長く太い青色の紐のような体は階段に持たれかかる形でとぐろを作る。そこから飛び出す丸い頭。縦に裂けた爬虫類の目。

 大蛇の魔物だった。

 シャルシャルシャルシャル。

 階段を鱗で削る音。しかし、下から見上げるあなたからでは胴体が動いている様を確認できない。だが、音が意図するものは一つだけだった。

 アヘビは階段の上から飛び掛かる。20メートルを超える巨体かわし、銃を構えるあなたの前で、床にかみついたアヘビは死体を上に放り投げて丸のみにした。

「撃て!」

 ゲップをするアヘビをファットダンディたちが狙う。

 銃弾は頭、胴体、しっぽをそれぞれに命中。だが、固い鱗は弾き返し跳弾となって壁に穴をあけた。

 アヘビは長い体でとぐろを作り、弾くようにしっぽを振り回す。しなる巨体が生み出す一撃は触れた壁を根こそぎ抉り取る。飛び散るコンクリート片を浴びながら、誰にも当たらなかったことに舌をチロチロと動かし、とぐろを作りなおす。

 分かりやすすぎる攻撃の前兆にあなたは銃を構える。

 弾かれるしっぽ。迫る遠心力たっぷりのブットイしっぽ。

 あなたは軌道を見据えブラックの銃弾で迎え撃つ。

 衝突は爆発のような音を立てた。しっぽは巨人のハンマーに打ち据えられたように止まり、すかさずライトニングの銃弾が貫く。

 胴体に空いた小さな穴。飛び散る黒い血。致命傷には程遠い。

 間を置かずしっぽは再び動き出す。アヘビの動きが変わりあなたに蛇特有のうねる動きでシャルシャルと近づく。大口を開けてのかみつき。 

 様子見すらない一挙同。

 大雑把な一撃をすれ違うように躱しながら放った銃弾は口に吸い込まれる。

 よろめきもせずに床にかみついたアヘビ。強く咬んだ床を使い体全体を振り回す。

 グルンと時計の針のように円を描く巨体。迫るタイムリミットを前にあなたは起点となる床を穿つ。

 支える土台をなくしたアヘビは自身の勢いであらぬ方向へ跳んでいく。更なる弾丸が撃ち抜いても呆れるほどのタフさで動きは止まらない。

 今度は全身で囲むようにしてあなたの周りをまわる。あなたを中心に据えた円の出来上がりだ。

 あなたは銃撃を止めて視線で牽制する。あなたが足を動かすと、円の中心を一定の距離を保つ。太さ1メートルの胴体がグルグルとぐろを作っていく。それはもはや壁だった。動き続ける青い鱗に視線が定まることも許さない。全方位からシャルシャルと削る音がする。

 狙いは一目瞭然だ。

 あなたは鼻で笑い足を止めた。

 瞬間、大蛇の胴体が迫る。

 巻き付き。

 空気ごと潰すアヘビの抱擁。あなたは迫る壁を蹴って跳んだ。驚愕の表情を浮かべるアヘビのがら空きの頭へ直接弾丸をぶち込む。そこに男たちの銃撃が重なる。

 流石のアヘビでもよろめいた。そして、悲鳴のような空気音を立てながら驚くほどの早さで階段の上へ逃げた。

 素早く反応するあなたは追いかけてホームで銃を構える。

 ……だが、引き金を引けなかった。

 アヘビはそこに居た。

 余すことなくモノレールの後部に絡みつく巨体。重量で軋むモノレールには数えられないほどの人が乗っていた。大蛇を前にいずれも恐怖で引き攣った顔をしている。

「お前お前お前、こう考える。どこ撃てばいい。猿猿猿知恵、蛇知恵勝てない」

 馬鹿にするようにチロチロと舌を動かす。そして、アヘビの鱗は逆立った。

 それはハリネズミのように鋭利な装甲だった。金属の壁を、ガラスを突き破り、中の人間を余すことなく突き刺した。

 床にあった痕跡!?

『止めろ!!』

 正体を悟ったあなたは叫びながら銃弾を放つ。

 鱗は銃弾を弾く。アヘビは焦らすように後部から先頭車両へじっくりと移動する。モノレールをガリガリと削りながら。連続する銃弾でも止まりはしない。恐怖で引き攣った顔をしながら人は潰されていった。

 先頭までたどり着いたアヘビは赤い舌で運転席をまさぐる。直後、駅に発射のアナウンスが流れる。

「これで箱動く」

 アヘビはあなたに向けて赤い舌をチロチロと動かす。

 遅れて着いたチームが静止する声を振り切り、あなたはモノレールへ飛び乗った。

 ドアが閉まり、モノレールが発射する。

 ボロボロのモノレールは陸橋を走る。あたかもブラッドカラーを青空へとまき散らすように。

 むせかえる血臭、血液で塗りたくられた室内。転がる物体物体物体……。

 ブラッドバスに立つあなたは壊れた天井の隙間からアヘビへ銃口を向けた。それを見下ろすアヘビ。最初と同じ構図。違いはアヘビの表情。勝利を確信している邪悪な顔。

「ひっかかった。所詮猿、猿、猿。なんで、箱動かす思う。こっち橋折ってある。あと落ちる。お前死ぬ、アヘビ死なない。猿回し時間、回れ回れ、猿、猿、猿!」

 キシャーーーーと笑うアヘビ。

 あなたの強くかみ合う口から言葉が漏れた。

『言いたいことはそれだけか』

 あなたの中にある冷静さは、この状況が不利であると理解している。

 そもそもが、アヘビを追う必要などなかった。ファットダンディが言った通りだ。殺すのは魔王だ。魔物の殲滅は目的じゃない。

 だが、体が止まらなかったのだ。これはエラー(感情)。これはバグ(感情)。あなたの胸にある何かを理解する必要はない。してはならない。機械には不要なものだ。それでも、動き出した機械を止める術はない、

 だから、あなたは今更、引き金を止めることはしなかった。

 狙い一点だけで十分だ。胴体の装甲が一番厚い腹。頭を狙えば簡単に終わってしまうから、そこを狙った。

 二挺の拳銃からは放たれる銃弾は火花を散らし弾かれて空へと消える。

 装甲化した己が体に絶対の自信があるのかアヘビはチロチロと舌を動かしあなたを馬鹿にするだけで動かなかった。

 あなたは構わずに射撃を続ける。タンタンと淡々と。一定の間隔で撃ち続ける。弾丸は同じ鱗に当たり続ける。

「無駄猿」

 確定した死を前に一向に様子を変えないあなたに焦れたアヘビが動きだす。

 屋根の上から体を伸ばしかみつき。

 モノレールを更に破壊する攻撃を容易くかわすあなたは銃撃を続ける。たとえ目の前にアヘビの大口があっても、動じることなく同じ個所を撃ち続ける。ダンダンと段々と。

 散る火花が多くなり、頑強であった装甲が欠けた。

 嬲るための攻撃を続けていたアヘビは動きを変え、屋根から跳び跳ねる。

 あなたは素早く、屋根の穴から跳ぶ。

 紙一重で避けたアヘビの全身を使った叩きつけは、モノレールが傾くほどの衝撃を与えた。

 空中であなたは腹を撃つ。装甲が完全に砕け散った。あなたはそこに着地する。

 この時、初めて無視できないほどの違和感を味わったアヘビは鎌首をもたげてあなたを見た。

「何やった」

『これから死ぬお前には関係ない』

 巨体に対して鱗一つ分の穴。

 それだけの隙間があればあなたには十分すぎた。

 固い引き金をためらいなく引き切った。銃口から飛び出した弾丸はあなたの獣性のままに食らいついた。

 アヘビの体内へ侵入した弾丸はエネルギーの限り暴れる。

「ギィエアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 固い装甲が仇となって弾丸は体内から抜けることがない。内臓をぐちゃぐちゃにされる苦痛にアヘビは悲鳴を上げる。

 だが、あなたは弾丸を撃ち続ける。

 ガガガン、ガガガガガガ……。リズムもなく感情のままに撃ち続けた。

 悲鳴が上がり続ける。

 弾丸は暴れ続ける。アヘビの全身から黒い血出し切っても。目玉から飛び出しても。悲鳴も上がらなくなったころに、ようやくあなたは引き金を引くのをやめた。

 アヘビは既に黒い塵となっていた。残っているのはモノレールの底に空いた穴とブラッドバスだけだった。

 あなたの胸にあったエラーはもうなくなった。代わりに喪失感と疲労があった。

 壊れたモノレールの向かい側に新しいモノレールが並走する。その扉が開き、ファットダンディが手招きをする。

「早く飛び移れ」

 助走をつけようとするあなたはブラッドバスの中で動く人がいるのを見た。倒れている人に駆け寄ると制服姿の運転手だった。

 奇跡的に生きていた。しかし、血まみれの姿は致命傷なのはわかる。

 体を抱えようとすると震える手で拒まれる。

 運転手の口が動く。声はなかった。それだけの力は残っていない。だが、懸命に訴えていた。一人で飛び移れと。

 ……。

 あなたは血が出るほど唇を強くかみ、立ち上がる。

『オレを許すな。オレが出来るのはお前たちの分まで弾丸を届けるだけだ』

 あなたは振り返らず飛んだ。

 その直後、モノレールが壊れた陸橋の下へと落下して行った。

 悲鳴は青空にまで響いていた。

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