抵抗編

 ミールが血の付いた爪を大げさに振るう。

 近づく脅威。理不尽に押し寄せる危険。

 コマ送りのような時間の中で、あなたの目は詳細に観察していた。あなた自身が驚くほどの冷静さで見ていた。それなのに瞳は目の前にいる醜悪なミールを観ていない。それどころではなかったのだ。

 あなたの脳裏で何度も警察官たちが死ぬ光景がフラッシュバックされる。その度に、何度も同じ言葉が頭の中で反響する。

 どうして、俺がこんな奴らに殺されなければならない。

 どうして、こんなことになっている。

 どうして、魔物がいる。

 どうして、人が死ななければならなかった。

 それは、現実逃避と呼ばれるもの。あなたを知らないものからすれば絶望を前にした逃避だと言うだろう。死を前にした無力な嘆きだと名付けるだろう。諦観が生み出す走馬灯。しかし、あなたにとっては、ただの状況認識にすぎなかった。

 思考も、感情も、信念も、何もかも一致するものが何もなかった。状況に流されることすらできなかった。だから、あなたは動くことすら出来なかった。

 だが、今は違う。

 光景思い起こされるたびに焼けるような感情が沸き上がる。言葉が繰り返されるたびにあなたの胸の感情が増幅する。その感情の名前をあなたは知っている。

 感情の名前は、怒り。

 渦巻く怒りが体を巡る。その熱さは、体全体に火をつけていくようだった。最初は蠟燭に火がともるように小さく、繰り返される言葉はガソリンのように降りかかり、正義の炎となった。

 炎は爆発し、あなたの体を突き動かす。

 握りしめた拳。それは、振り下ろされる爪よりも早く、ミールの卑しい顔面に届いた。

 グローブ越しでも分かるおぞましい肉に触れた感触、拳から伝わる顔面の肉を変形させる過程、脆い骨を打ち砕く実感。衝撃がミールの頭を突き抜ける。

 ゴギャペ。

 悲鳴にもならない音を上げてミールは地面に倒れ、振り上げたままの腕は、遅れてひっかく動作をした。絶命した汚い体が黒いちりとなって消えていく。

 一撃。あなたの思い通りに動く体はたったの一撃で魔物を倒した。拳に残るわずかな痺れ。それは快感にも似ていた。

 黒いちりが漂う中、あなたは腕を突き出したままでいた。通路にいるミールたちへ見せつけるように拳を開き、ゆっくりと指だけを動かす。

 挑発。

 単純すぎるジェスチャー。誤解することさえあり得ないボディランゲージ。言葉が通じない人間同士でも伝わる仕草はミールたちでさえも理解する。反応は劇的。緑色の顔を赤くし奇声を上げる三体があなたへ殺到する。

 左、右、正面。

 時間差での突撃。

 挑発を理解した順番での攻撃とはいえ、走る勢いのままに振られる腕は危険だ。長く不潔な爪に当たれば、あなたの皮膚をたやすく傷つけるだろう。三体もいるならばズタズタに裂ける。

 危険を前にあなたが感じたのは一つ。

 右腕だけで十分だ。

 あなたの判断と同時に行動は終わっていた。

 フック、肘、ストレート。的確で流麗な連撃で三体を仕留め、大量の黒いちりが辺りへ飛び散る。

 一秒にも満たない瞬殺だった。

 あなたは技の切れに問題がないことを確かめ、拳を握り直す。

「ミー、ミミ、ミミミ、ミール、次、何スレバイイ」

 野太いダミ声は呑気そのものだ。通路の奥から戻ってきたミゴーラは、あなたの独房の前で止まった。そして大きな手で腹をボリボリと掻いた。

「ナ、ナナ、ナナナ、ナンデ死ンデナイ。ミール、ドコ、カワリ、コロス」

 ミゴーラはミールが死んだことに気付いていなかった。これが油断を誘うためなら、いっそ感心するほどの知能の低さ。

 驚愕しかねない事実とは裏腹にあなたは警戒を怠らない。

 ミゴーラが大股で距離を詰めて殴りかかってくる。知性のない大きい腕振りはかわすのですら容易……ではない。

 体が大きくリーチも長い相手の拳。それはそれだけで脅威だ。しかも、ここは独房。心を蝕むほどに狭いのだ。地の利はミゴーラにある。

 状況を正しく認識するあなたは下がった。あなたの顔前を丸太と見まがうブットイ腕が通り過ぎた。

 ブオン。

 風圧がガスマスクごしの顔を叩き髪がなびく。勢い余ったミゴーラの拳は独房を隔てる左の鉄格子を破壊し、辺りに金属の欠片をばらまいた。

「ア、アア、アアア、アレ?」

 冷静に見定めるあなたの前で、ミゴーラは仕留めてない拳とあなたを交互に見る。その顔には、当たったはずじゃと間抜けにも書いてあった。

 低い知能。知能を補って余りあるほどの腕力。もし食らったら骨折程度では済まない。単純で何も考えない相手ならば、調子づかせれば不味いことになるかもしれない。だが、ミールと違い分厚い筋肉がある、攻撃したとしても通じるだろうか?

 観察の答えが出るよりも早く、ミゴーラのフックが迫る。

 あなたは沸き上がる恐怖心を抑え踏み込む。自然と下がる頭の上を巨腕が通り、風圧が首の後ろを撫でる。そして隙だらけの胴体に理想的なカウンターを入れた。

 鋭い打撃音。

 拳から伝わるのは固く重い感触。踏み込んだ足に反動が返る。それでも分厚い筋肉は揺れずダメージすら入っていなかった。

 あなたは舌打ちと同時に距離をとる。その後をミゴーラの腕が通り過ぎた。

「ヨ、ヨヨ。ヨヨヨ、ヨケルナ」

 腕の力では足りない。そう判断したあなたはミゴーラの胴体に連続して風切る蹴りを放つ。

 腕、脛、頭。

 タイヤのような感触。蹴り抜くことできず、ひるむ様子すら見せないミゴーラが拳を突き出す。短調なストレート。あなたは首を動かしただけで避ける。

 ドガン。

 止まらないストレートは鈍い音で白い壁を砕いた。そこからは中庭が見える。その光景に、あなたは想像せぜるを得なかった。ミゴーラのパンチを頭に受けたらどうなるかを。首からは上がなくなる未来を。想像しただけで心理的な衝撃が背骨を走る。それは決してありないことじゃないと、物理的に壁の開いた穴が保証していた。

 二つは合わさり、あなたへ襲い掛かる。体を重力のように縛る感情。自然と息が荒くなる状態異常。あなたの目に映るミゴーラの体が大きくなったような錯覚を与え、押しつぶそうなプレッシャーを感じさせるもの。

 あなたの中に芽生えた、それの正体をあなたはよく知っている。

 恐怖。

 戦いにおいては不要な感情。だが、同時に恐怖はあなたの体に別の変化をももたらす。

 スリルと興奮。

 心臓が高鳴り、頭に血が巡る。

 スイッチが入り、あなたの体が戦闘状態になった。

 一度も食らえば首からは上がなくなる未来を知っていてもなお、あなたはガスマスクの下で口角を上げる。そして、分かりやすく、誤解が生じないようにゆっくりと手を広げ、低知能のゴーラに指の動きを見せつけた。

 挑発。

 野太い叫び声と共にミゴーラの攻撃が激しくなる。めちゃくちゃな腕の振りは局地災害だ。連続するパンチは子供のように不格好でありながら、扇風機よりも激しい風圧。扇風機の首振りみたく左右から順繰り放たれる短調な機能。ブットイ腕と恐怖の波状攻撃。

 あなたは、あえて相手のリーチにとどまり、迫る攻撃をかわして見定める。

 ……もっと、もっとだ。

 決定的なタイミングを図り、攻撃をかわし続ける。鉄格子が全滅するほどミゴーラは暴れさせ、その全てを避け切り、出来た隙に遠心力を加えた回し蹴りを食らわせる。

 ミゴーラの頭が揺らいだ。しかし、ミゴーラは腕の振り回しを再開する。

 わずかに衰えた腕の勢いを、肌で感じとる。決定打を入れるために素早く離れたあなたに声が届いた。

「何を遊んでやがる。ブレイブカレントを出せっての!」

 ブレイブカレントとはなんだ? 

 あなたは呼吸を乱さないために口に出さず、疑問を視線だけで投げる。

 そこにいたのは金色の銃を握る太った男。銃を構えていても魔物を撃たないのは誤射を恐れているからだ。

「ブレイブカレントをさっさと出せ! じゃなけりゃどけ!」

 期待していた答えとは違うものに、あなたはそんなの知るかと脳内だけで吐き捨てた。

 サイドステップ。行き場を失った巨腕がまたも壁を壊す。

 飛び散る砂利があなたの服の上から体を叩き、辺りに砂埃が舞う。激しく舞うそれに視界が遮られた。

 仕切り直しの状況にあなたは仕方なしに言ってみた。

『ブレイブ、カレント? こい?』

 ……。

 あなたの手は空をつかんだままだった。ブレイブカレントなどと言う謎の物体が現れるわけがなかった。

 状況は何も変わらなかったが、ミゴーラの動きが変わる。砂埃が風圧を視覚化した。

 それは掌の形をしていた。

 掴もうとする両腕。差し迫るものをスライディングで股下を潜り抜ける。足りない勢いをつける貯めるに、ミゴーラの腰を蹴って反動で離れる。

 隙だらけの背中を見ながら騙されたあなたは耐え切れず叫んだ。

『よくも騙してくれたな!』

「遊んでんじゃねえ!」

『うるさい、役に立たない外野は黙ってろ』

 さしずめ男の持っている銃がブレイブカウントなのだろう。あなたにはそんなものが存在しないと言う結果だけがある。だから、男の言っていることは分からない。分かる必要もない。要は倒せばいいというだけのことだ。

 信じることの愚かさを知ったあなたは、開き直りミゴーラの攻撃を待つ。

 ミゴーラは大きく振りかぶった。足を。

 さんざん、あなたが見せた攻撃を真似たのだ。どうして当たらないのかは分からないが、それなら当たる攻撃をすればいい。そんな単純な簡単な考えが手に取るようにあなたには分かった。それが、あなたの仕掛けた罠だとも知らずに。

 ミゴーラの押し出すような不格好な蹴り。

 めぐってきた好機にあなたは地を蹴る。そして、ミゴーラの足を踏み台にさらに跳ぶ。バランスを崩し前のめりに首を差し出す形となるミゴーラ。

 上から見下ろす不細工。あなたは蛍光灯の光を背に、右足を垂直に上げる。ピンと筋が張る感触。それは刃を下す前の断頭台だ。死刑は半月を描くように執行された。

 ――かかと落とし。

 一ミリもずれずにミゴーラの脳天へ直撃。かかとから伝わる鈍い感触の連続が首の骨まで叩き折ったことを知らせていた。今までの行いを謝罪するようにさらに不細工になった頭を無様に地面へつける形で巨体が黒いちりと化す。

 あなたは着地を決める。

 一息をつけると戦闘状態だった体が自然と収まる。勝利の証は沈黙であり、勝者を称えるの声はなかった。

「ヤバい……ヤバいアホだ」

 代わりにあったのは感心と呆れを混ぜた声だった。あなたは憮然として太った男を見る。

 太った男は身長は190程度、体重は150を超えているだろう。黒目茶髪角刈り、角刈りで大雑把な顔立ちをしている。手に持っている金色の銃がなかったら、灰色のスーツをも太らせる手品師だと認定しなければならないような雰囲気があった。あるいは人間ストーブだろうか。見るだけでも人間をあっためることが出来るふくよかな奴だ。

『誰がアホだ』

「アホじゃなかったら、なんだ、このアホ。何で、あんな化け物みたいなの相手に素手なんだよ。しかも勝ってんだ! オレがブレイブカレントを出せってッアドバイスしたのも無視しやがって」

『ああ。使えないアドバイスだったな』

「使えないのはお前だ。って、ああ? あー、もしかしてあれか。お前、もしかして、この世界の人間か? いや、この世界の人間じゃ倒せないはずだが、ガスマスクつけた変態なら話は違うのか?」

『この世界?』

「この世界は今、2025年。つまり、平成36年の日本らしいぞ。知らないってことは、やっぱり、俺たちと同じだよな。こんな変態と同じか」

 太った男は大げさに頭を抱え、太い腕の隙間からあなたをチラ見する。

 男を無視して、あなたは自身の記憶を確かめる。あなたの知識では平成31年までだ。つまり、逆説的に自分は異世界の人間だ、と。証明するもの魔物ぐらいしかないが、それで十分すぎるだろう。

 あなたは即座にピンときた。そこまでは簡単に理解できた。それでもうやむやになった疑問の解決につながらない。結局のところ、目下一番の疑問である問題の解決できていない。

 何をすればいいのか?

 目的がなければ、あなたは場当たり的にしか行動できないのだ。魔物に襲われているばかりの状況が終わっただけにすぎない。あなたは目的を決めることすら決めかねている。迷うほどの情報すらないのだ。決める決めない以前の問題だった。

 見かねたわけでもないだろうが、太った男があなたへ声をかけた。

「まあ、いいか。それよりもお前はどうするんだ」

「どうっていうのは、なんだ?」

「やっぱりそこもか? 脂肪が脳みそにつまって記憶が混濁しているのかもな。俺たちは勇者だろ?」

 勇者。

 その単語を自覚した瞬間、あなたの腑に落ちていった。理解ではなく納得。あくまで状況に対する納得にすぎない。勇者という単語だけでは行動の指針にはなりえない。実際、何をすればいいのかという問いに対する答えにはならない。目的を見定めるのか、目的を見出すのか。どちらにしろ、あなた次第といったところだろう。

「ちょっと、来ないで来ないで。死ぬ死ぬ死んじゃーう!」

 あなたの向かいにある牢屋から聞こえた叫び声。

 アイドルみたいな恰好をした少女がいた。アイドルみたいなと、感じたのは紫色のきらびやかで肩を出している格好はアイドルと言ってもいいからだ。だが、少女の両腕には巻かれている鎖はアイドルとはかけ離れている。可愛いのか病的なのか、ともかく不思議な格好だった。あなたも決して人のことは言える格好ではないが、あっちよりもマシだと一般的な感性で感じている。

 留置場に居ることも踏まえて彼女も恐らく勇者だろうと、あなたは判断する。上下とも灰色スーツの太った男と見ていたが、どうにも様子がおかしかった。

 少女はあなたと同じようにミールに襲われている。あなたの違いは自衛をしていないことだけだ。

 壊れた独房を駆けずり回り逃げていたが、とうとう不潔な爪に壁まで追いやられたが、そこまで至っても一向に反撃する様子を見せない。それどころか、顔が恐怖にひきつっていて、本人が言うように今にも死にそうだった。

 もしかして戦えないのか?

 舌打ちをしたあなたは彼我の距離を即座に走る。勢いのままミールの後頭部へ足をかけ、思いっきり壁にたたきつける。白い壁にミール印のデスマスクが作られた。

「ヒぃ。私、壁ドンはイケメンにされたいのに、こんな壁ドン。イヤー!」

 目を閉じてうずくまる少女をあなたは間近から見る。

 短い黒髪、可愛いらしい顔立ちはそのままアイドルみたいであった。もし死んでいたら、凄惨な事件として報道されていただろう。それもこれも両腕には鎖を巻いていなければ、だが。

 あなたがしばらく待っても、一向に動かない少女。見ているのも忍びなくなったあなたから声をかけた。

『おい』

「ウィスパーボイスなのにイケボじゃない。むしろゴアっぽい。ゴアの下水っぽい音」

『さっさと立て。出ないとお前のデスマスクも壁に作るぞ』

「変な猿に脅されてるーーって、デスマスクってなんですか!?」

 少女がガバッと顔を上げた。

 そこで初めて目を開いた少女。形のいい眉。黒色の目。涙を浮かべている瞳は、つぶらで保護欲をかきてる。瞳の魅力を間近で見せつけられた、あなたは無言で距離をとった。そうしないと平静を保てそうになかった。

 そんなあなたの内心を知らずに、少女は口を開く。

「イロモノだ! ガスマスクをつけた変人で、イエローのロングコートに黒のインナー。しかも指ぬきグローブつけてる! 絶対、イロモノだ! バラドル!」

『やかましい』

「おう、そっちは大丈夫みたいだな」

『……お前の手にある銃のほうが早かったよな』

「はん。引き金が軽いのは嫌だろ。んで、お前はどうする?」

『どうするって』

 あなたは、少し前に言われたことを繰り返された。

 どうするもこうするもない。一人で出来ることなどたかが知れている。行動の方針が一致する誰かと協力するのが最善だ。問題とすべき点は、今のあなたにそんなものはないことだけだ。目を覚まして僅かな時間しかったていないから当然だ。むしろ、そんな状況で動けるのは人かどうかすら疑ってしまいかねない。人が動くにはそれだけの理由が、動機が必要だ。たとえ、それが腹減った程度でも動けるなら十分だ。

 だが、状況はあなたを待ってくれない。魔物が襲撃してきた時と同じく誰しも平等に流れる。

 あなたと太った男に近づいてきた少女は、襲われたばかりなのに呆れるほどのバイタリティーがあった。そして、当然といった様子で言った。

「どうするっていうか。まずは、みんなを逃がすことが優先ですよね?」

「お前、もしかして、この世界の人間を優先する気か? 馬鹿か止めとけ。そういうのは余力が有り余っている奴らに任せればいいんだよ。でなけりゃ放っておけ」

 太った男は鼻で笑い、少女はムッとする。

「その余力を持っているってのは私たち勇者じゃないんですか。それにこれは必要なことです」

「おいおい、論点が違うぜ。必要なのは魔王を撃退することだ。それ以外は日常茶飯事。茶飯事に構う余裕はないな。誰が死のうが知るか。全部を関係ないで切り捨てて無視しろ」

「はあ!? 何ですかそれ。そんなのって、人としておかしくないですか!」

「オレはおかしくなんていない。余力が有り余っている奴らに任せればいいって言ってんだろ。少なくとも勇者としておかしいのはお前だ」

「おかしいですよ。だって、私たちは勇者じゃないんですか。それなら、やることをやるべきじゃないですか」

「話になんねえな。だから、やることは魔王を撃退することだって言ってんだろ。俺たちは勇者だからなんだよ。勇者は勇者に出来ることをする、当然だな。その上で、オレはできることしかできないって言ってんだ。現実ってものを見ろよガキ」

「私がガキかどうかは関係ないですよね!」

「やっぱり、ガキじゃねえか」

 いがみ合いの末、二人は沈黙する。

 口を開かないのは時間の無駄だと分かったからだ。ほんのわずかな会話だったろうに互いを理解するには十分なコミュニケーションだった。こいつとは相容れない。それさえ分かれば十分すぎる成果だ。友人の友人くらいの間柄だったら問題はなかっただろう。勇者同士だから、それは問題だ。そして、勇者はもう一人いる。

 二人は睨み合い続ける。。少女は下から涙を浮かべ、太った男はそんな少女を上から見下す。

 そして、弾かれたように二人はあなたへ視線を向けた。

「お前は」

「あなたは」

「「どう思う」」

 異口同音。

 少女も太った男も自身を疑うことない。当然だ。正しさは疑うものではない。正しいから疑う必要すらない。その正しさの由来が違うだけだ。両方の正しさをあなたは理解できる。それはつまり、あなたはどちらかを選ばなけれならないことを示していた。いっそのこと、片方の考えし分からなければ悩む必要もなかっただろう。だが、悩むという事は逆説的に、それだけ価値があるということでもある。差し迫る選択を自覚したあなたは、自身の中で自分の考えと思いを巡らせなければならなかった。

 アイドル然とした少女は分かりやすい。善良で困っている人を救いたい。それだけで、それ以外の考えなどないだろう。可愛らしい容姿から出る言葉は綺麗で絵空事。守ってあげたいと誰もが思うものだ。それに、力を貸すのは間違いであるはずがない。

 灰色スーツの太った男もある意味で分かりやすい。魔王を倒すことだけを考えている。それ以外は些事だと言い切った。冷徹だが頼りになるのは確かだ。そして、少女と違い明確な力を持っている。ブレイブカレントと呼ばれる力。少女とは違い使いこなしているのは、男の銃の取り扱いでも分かる。少女のは少なくとも戦いに使えるものではないのは確かだろう。戦いに使えるのなら使っているはずだろうから。

 ……。

 一つだけ確かなことがある。あなたが、あなたたち勇者が居る根源的な理由は、魔王を撃退するというものなのだ。そこは誰もが変わらない。少女の言葉も男の言葉も間違っていない。正しいからこそ、ぶつかりあう。引くことなどできない。出来るはずもない。出来るなら、それは正しくないのだ。自らがよって立つものなのだ。譲るなどもっての外だ。

 少女は人々の避難を優先する。人道的に正しい。あなたも人々を助けることに異存はない。目の前にいる人を助けずに誰を助けることが出来るというのか。しかし、根本的な解決が遅れれば、その分被害が増えるのは明らかだ。それでも助けたいとおもうのは決しておかしいことではない。だが、それだけでいいだろうか。あなたならもっと大勢を救えるかもしれない。

 男と魔王の討伐を優先する。戦略的に正しい。最短で最速。根本原因を消滅させる。冷徹に命の価値を数値とみなし、それを減らす。これも人助けだ。直接ではないが人助けには違いない。合理的な事に間違いはない。だが、その過程で被害を無視しなければならないだろう。その被害を前にした時、貫く意思があるか……男にはある。少女を助けようとしなかった、見捨てたのは覚悟の現れなのだ。足手纏いはいらないという鉄の意志と覚悟。人の命程度では心の天秤にかけることもしない冷徹な計り。男自身が言ったように引き金は決して軽くない。

 どちらも尊い行いであることに変わりはなく、誰とも変わることは出来ない。二つの事柄が同時になしえるのなら二人ともそうする。出来ないからこそ優先順をどちらにおくべきかというだけのこと。二人はすでに自分の中で決めている。あとは、あなたは決めるべきことだ。

 至極単純な二択。

 故に、どちらも両立するのは、あなた一人では不可能だ。決してできない。だから、あなたは選択することが出来る。選ばなかったことを考える必要はない。あなた自身で自らをごまかす言葉はある。あなたはそれを知っているし耳にしたこともある。もしかしたら、言ったこともあるかもしれない。

 自己責任。

 反吐を吐きそうになるほど素晴らしい言葉だ。目の間で誰かが魔物に潰されても、そんな言葉を投げ捨てることが出来るのならば。万人にしたり顔でいうことが出来る識者とやらであったのならば、きっとここにあなたはいないだろう。たとえ愚かであろうと、その場にいないものの言葉などくそを擦り付けるだけにすぎない。

 あなたがここにいるのは、悲劇を食いとるために違いはない。

 悩む間にも時は流れる。選択にかかる時間が長くなれば、それだけ被害も大きくなるだろう。少女も男もそこまで待つことはないだろう。現にあなたにかかる視線の圧力は時間が経つごとに強くなっていく。

 ……。

 あなたは決断しなければならない。

 救出を優先するか、討伐を優先するか。あるいは、目の前にある人命と見えない人命の数どちらを軽重するか。もしくわ手の届く範囲と手の届かない範囲と割り切るか。単純に感情で動くか、理性を貴ぶか。無力な少女の思いをくみ取るか、男の冷徹な判断力を頼りにするか。

 ――――――。

 あなたの思考が加速する。血管が拡大し、脳の隅々まで血が巡る。未来を想像し起こりえる可能性に手に汗が噴き出る。襲われる人々の姿に口が乾く。それでも結論などでない。出るわけがない。だれもが納得できる答えなど存在しない。それでも正しさは証明できる。言葉には正しさは存在しない。正しさは自らで証明しなけばならない。証明されない正しさは正しくない。正しさは行動をもって初めて存在する。

 あなたの正しさを証明する、初めの一歩。引くことは出来ない道の始まり。

【だからこそ、あなたは決断しなければならない】

①人々の被害を見逃せない→救出編へ移動

②魔王討伐を優先する→討伐編へ移動

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