ユウYOUゆう勇者
オススメ
アナタの決断
意識の空白を超えて、あなたは目を開いた。
目に映るのは三方を囲う錆びた鉄格子。最後の一方は固いコンクリートで塞がれている独房だ。
白い床。白い柱。白い天井。白いベッドに白い机。備え付けの備品までもが偏執的に色を統一されている。罪の一切を許さないというかのように均一に白く塗りたくられた頑強な檻は、中にいるのはどうしもない人間だと証明しているようだった。
あなたに罪がないことはあなた自身が知っている。だが、脱出不可能な堅牢さと息が詰まる窮屈さ。留置場に居るという事実。行動を制限されているという状況は心へ抑圧という形で重くのしかかる。
窓一つ存在しない場所では景色も変わることはなく、時間の流れる感覚もない。変わるものといえば冷たく固い床だけだ。倒れているあなたの体から、容赦なく体温を奪っていく。一方的な搾取は、まるで死体へと変わっていくような不吉な錯覚をもたらした。
凡庸な人間であれば正気を失う空間。精神を失調する場所。
修行僧のごとき試練の間とも呼べる場所で、あなたがしたことは何もしない事だった。そっと、目を閉じて心を蝕む抑圧から離れる。あなたは留置場にいる理由を思い出すために記憶を辿るのであった。
……。
名前、年齢、家族構成、昨日食べた夕食。誰かとして果たせなかった小さな約束や、頭をかかえたくなる間違いをしたこと。誰かと笑い合った大事な思い出。
あなたは自分を思いだすことに成功した。
回想の旅は長くはかからなかった。当然だ、あなたには問題がないのだから。
記憶を振り返った過程で、あなたは自分という存在に以下の特徴があることを認識した。
本を読むのが好きだが、飛んできたボールをとっさに避けることが出来る運動能力も合わせ持っている。
数多の才能を持っているが、その大半は使われず生かしきれていない。状況次第ではすぐに開花し、初めてのことでも、そつなく対応できる。
外見的には規律正しく自制的。そのうえで独自の考えを持っていることを誇りに思い、十分な根拠もない他人の意見を聞き入れることはない。しかし、正しい判断や正しい行動をしたのかどうか真剣な疑問を持つ時がある。表面上には出さないものの、内心では不安になる傾向があるが、それを普段は克服することができる。
他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っており、それにかかわらず自己を批判する傾向にある。
内向的で用心深く遠慮がちなときもあるが、その一方で外向的・社交的で愛想がよいときもある。しかし、他人に自分のことをさらけ出しすぎるのも賢明でないとも思っている。
傷つくことも傷つけることも好まない優しさを持っているが、必要であればためらうことはない冷徹さもある。
思いを込めて話しても他人が理解しないことがある。
ある程度の変化や多様性を好み、制約や限界に直面したときには不満を抱いている。自身の願望には、やや非現実的な傾向のものもある。
……。
自己分析を踏まえ、あなたは自らの再定義を終わらせた。そして、あなたは背中から伝わる二つの感覚に震える。床の固さは、今いるこの場所がどうしようもない現実だという事。血を奪うような冷たさは未来を予感するもの。それを感じ取ったから体が震えたのだ。だが、体とは裏腹に頭は冷静そのもの。状況に混乱することなく働き続けている。
あなたのルーツは辿れた。自らを縛るルールもある。だが、ルートがない。決定的に欠けている要素。それは目指すべき目標が分からないことだ。だから、ルートが存在しない。
自分は何故、留置場にいるのか? そして、どうして独房に横たわっているのか?
それは疑問だ。疑問を抱くことで、あなたは初めて動く理由ができた。抱いた疑問を抱え、あなたは立ち上がり自身の姿を見下ろす。
黄色のロングジャケットに黒いインナー。指ぬきグローブにロングブーツ。そして、顔全体を覆うガスマスク。ガスマスク、そのものは悪くなくてもあなたのせっかくの顔が台無しだ。
あなたは自分の姿を見て思う。留置場にいるのにピッタリな不審者だ、と。あるいは、不審者を余裕でぶっちぎっりテロリストと言っても通じるだろう。あなたは、また一つ、頭の中に疑問を増やした。
『俺は……何をすればいいんだ』
口からついでた声。あなたが発した声は当然、聴きなれた自分のものであった。しかし、ガスマスクを通り越して別人のように低く変わり、辺りに散っていった。
切実な問いに答えるものは当然のようにいない。それなのにあなたには一つだけは分かっていること、いや確信していることがあった。
ここにいるのは自分が望んだからだ、と。
理由は分からない。意味不明すぎる。それなのにも関わらず、ここにいるのは絶対的に正しいことだ。だから、何をすればいいのかと無意識に言ったのだ。論理的な思考ではありえない暴論ともいえる直観。それは疑う必要すらない。確信が胸にある限り、疑う必要はない。
だが、こことはどこだ。独房のことなのか? 独房にいるのが正しいことなのか?
あなたは困惑に強く拳を握りしめる。その時、聞こえた足音に顔を上げた。
固く閉ざされた鉄格子の向こう側。廊下を歩くヨレた制服の太った警察官と引きずられて歩かされる金色全身鎧の男。あなたの知っている常識では理解できない組み合わせであった。
「さっさと歩け、くず野郎」
「誰がくずだ。くずなのは誤認逮捕するような無能のお前らだろ」
「口答えをするな、さっさと歩け」
「ムノウ! ムノウ! 帰れ、ムノウ! ムーノーウ警察。お前、覚えていろよ。オレの無実が証明されたならどうなるか。勇者逮捕罪で懲戒免職処分だ」
「やかましい。銃刀法違反でお前ら全員捕まっているんだ、さっさと歩け」
「あれはブレイブカレントだって言ってんだろ、何度言えば分かんだよ、無能。無能だから分からないってか。分かってたら捕まえるわけはないよな」
「あーはいはい、分からない分からない分かりたくもない。よくわからん聖剣と仲間っぽい変質者。凶器を所持する妄想犯罪集団なんて捕まえるに決まってんだろ。さっさと歩け、くず野郎」
「誰がくずだ。くずなのは、誤認逮捕するような無能のお前らだろ」
二人が歩く先は独房の入口だ。そこにも大きな鉄格子がある。
各独房と入口にある鉄格子。外界と犯罪者を隔てる二重の檻。脱獄防止のため二重構造は、囚人を逃がさない鉄壁の構造を誇っていた。少なくとも、今日この日までは。
歩きながらも言い争いを続ける二人は気づかない。
入口の先、大きな鉄格子の向こう側に大きなモノが立っていた。一目でも見れば誰もが分かる、それは人間の造形から外れていた。
あなたが声を出すよりも早く、鉄格子の先で人型が大きく拳をふりかぶる。
予測できる光景は一つだ。
拳が砕ける。
普通だ。それが常識だ。あの人型は馬鹿なことをしている。常識で考えれば分かることだ。鉄の固さを知っているならば、誰だって思い描く常識だ。しかし、それは人間であった場合の常識だ。2メートルを超え、腕が丸太よりも太くても。たとえ、拳の大きさがあなたの頭よりも大きくても、そこから生み出される破壊力が計り知れなかったとしても。肉も骨も鉄よりも脆い。だから、拳が砕ける。人間ならば、そうなるはずだ。そうならなければ脱獄を防ぐことが出来ない。そうであるからこその鉄壁。
……だが、緑色の皮膚を持つ人間はいない。頭部は大きく失敗した粘土細工のように不細工な顔を持ったものも存在しない。裸同然の格好で警察署を歩くものもいるはずがない。些細な違和感が積み重なることで前提条件は崩れ去るには十分だった。
もしも……もしも、相手が魔物であったら、どうなるか?
あなたの頭に浮かんだ単純な疑問は、あなたの見ている前で答え合わせが行われた。
ゴウッ。
大きな拳が起こす風圧。
留置場を揺るがす衝撃。耳をひっかく金属の金切り声。
壁に固定されていた鉄格子がはじけ飛び、通路にいた二人ごと通路の奥まで吹き飛んだ。
ドグチャ、グチャ。
遅れて、通路の奥から潰れた音が聞こえた。
至極単純な暴力にあなたの常識も脆く砕け散った。その衝撃はあなたを動揺させる。頭は悲鳴をあげるように働いた。鉄の重みに耐えられる人体などない、通路の奥の光景が、あなたの明瞭な頭脳は容易に想像出来てしまった。
「コ、ココ。コココ、コレデゼンブ、シンダ。シンダ?」
大きな魔物から発せられた野太いダミ声。それを合図に、巨体の陰から小柄で醜悪な魔物たちが現れる。それらは猿のように飛び跳ねながら、辺りを見回す。ヘドロのように濁った視線があなたと合わさった。
「ミゴーラ、シンダナイ、ヘヤ、マダイル。人間マダイル。牢屋ゴトコワセ」
「ソ、ソソ、ソソソ、ソウカ。ワカッタ、ミール」
ミールの指示通り、ミゴーラが奥まで移動する。歩きざまに鉄格子へぶっとい指をひっかけて、全独房の入口を雑に壊して行った。
冗談のような光景をあなたは見ていた。鉄格子の中から、ただ、見ていることしか出来なかった。
この状況はなんだ?
なぜ、こんなことになっている?
なぜ、魔物がいる?
なぜ、人が死んだ?
なぜ、俺が殺されなければならない?
常識を破壊された衝撃は大きく、あなたの頭の中は目の前で起きたことを整理することも出来ず、胸の内で形にもならない感情が渦巻く。
指針も理念も無い。思考、感情、信念。一致するものが何もない。困惑とカオスにあなたは支配されている。
動く理由も動ける理由もない。だから、あなたは動くことが出来なかった。あるいは、まだ頭の片隅でこう考えていたのだ。
――自分は当事者じゃない、と。
そんな、傍観者気取りのあなたに構うものはない。時間も、人も、魔物も、ミールたちも、またそうだった。
「オ、オオ、オオオ、オワッタ」
「バカ、ノコッテル。モウイイ、エンガ様命令。オマエラ、ヤルゾ」
壊れた各牢屋にミールたちが乱入する。すぐに悲鳴や怒号の声が上がった。
それは決して他人事ではない。当然のように、あなたの独房にも理不尽が形を伴って現れた。
一匹のミール。
蛍光灯の光に照らされていた。その手からは真っ赤な血液がしたたり落ちる。
あなたの目の前にいるミールは酷く醜悪だ。あなたの腹ほどまでの大きさ。緑色で毛のない姿は猿のような姿。魔物であるはずが、体の大きさに似合わない大きな口を歪めて、ニヤニヤとしたいやらしい笑いかたをしている。自分が優位にあると信じ、他者を貶めることに何の苦痛も感じない笑み。無様な姿を期待する嘲笑。殊更に人間の醜い部分を強調したかのような表情だった。そして、口から臭いよだれを垂らし、見せびらかすように、細い長い腕を大げさに腕を振りかぶる。相手の抵抗すら考えていない絶対的な優位を信じて。
……。
今、あなたに危険が迫っている。迫りくる火の粉を払う者はあなた自身でしかありえない。
【だからこそ、あなたは決断しなければならない】
①抵抗する→抵抗編へ移動
②抵抗しない→死亡編へ移動
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